#41「宵闇通りの見世物小屋【化鳥】」
(♂3:♀4:不問0)上演時間30~40分
※こちらの作品は#5「宵闇通りの見世物小屋」と#12「化鳥」のクロスオーバー作品ですが、
どちらもお読みになっていなくても楽しめるように努めておりますので、両作品が未読でも
問題なくお読み頂けます。
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泰山
【宵闇泰山(よいやみたいざん)】(男性)
見世物小屋「鉤爪の子猫座」の親方。かつては「宵闇電柱の赤マント」と呼ばれていた子供攫い。
小桜
【蛇腹の小桜(じゃばらのこざくら)】(女性)
「鉤爪の子猫座」の芸人で、龍神と生贄の娘の間に生まれた巨体の蛇女。
軍服
【軍服さん(ぐんぷくさん)】(男性)
「鉤爪の子猫座」の芸人で、軍服をまとった男。
鏡売り(姉)
【鏡売り(姉)(かがみうり・あね)】(女性)
「鉤爪の子猫座」の芸人で、妹とひとつの身体を共有している少女。
鏡売り(妹)
【鏡売り(妹)(かがみうり・いもうと)】(女性)
「鉤爪の子猫座」の芸人で、姉とひとつの身体を共有している少女。
女
【女(おんな)】(女性)
男を追って「宵闇通り」を通り、「鉤爪の子猫座」に迷い込んできた。
男
【男(おとこ)】(男性)
女と共に「宵闇通り」を通って「鉤爪の子猫座」に迷い込んできた。
小さな赤ん坊を抱えている。
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(鈴の音)
泰山:さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ここが噂の見世物小屋、「鉤爪の子猫座」だ!東西南北の珍奇が集まる、今や絶滅寸前の見世物小屋はこちらだよ!大人は800円、子供は500円、お代は見てのお帰りだ!金のない奴ぁ帰った帰った!親の金貰って出直してきな!さあさあ入った入った!「鉤爪の子猫座」、間もなく始まるよぉ! ……おや、あれは……。やれやれ、今日も因果が「宵闇通り」をやってきた。ひとおつ、ふたあつ。嗚呼どうにもこうにもこの世は業が深い。
(泰山、小さく咳ばらいをする)
泰山:……寄ってらっしゃい見てらっしゃい!「鉤爪の子猫座」の開幕だよぉ!
(赤ん坊を抱えた男と、それを追う女が現れる)
女:はぁ……はぁ……!待って!お願い!待って!
男:いい加減にしないか!
女:嗚呼待って!お願いだからその子を返して!
(鈴の音)
泰山:ようこそ、「鉤爪の子猫座」へ。
男:っ!?
女:だ、れ……
泰山:まあそう驚きなさんなって。お客さん方、「宵闇通り」を通ってここに来たんだろう?
男:宵闇通り?
女:もしかして、今私たちが走ってきたこの真っ暗な道のこと?
泰山:ああそうだ。このくらぁい道はその名の通り「宵闇通り」と言ってね。「訳(わけ)あり」の人間にしか通れない道なのさ。
男:「訳あり」だって?ああ、確かに訳ならある。そう、この女が、どうしてもほら、この赤ん坊を捨てないと言うんだ。埒が明かなくて赤ん坊を取り上げてみれば、今度はこうしてどこまでも追いかけてくる。正気の沙汰じゃない。
女:私は正気よ。その子がいればもう何もいらない。だから早く返して。
男:ほら、二言目にはこれだ。だからこうして馬鹿みたいな追いかけっこをして、こんなところまで来てしまったというわけだ。さあもう十分だろう。誰だか知らんが、そこをどいてくれ。これは私達ふたりの話だ。
小桜:はぁん?まだ産声も上げていない我が子を捨てるというのかい。
女:!?
小桜:なんだい、ここは見世物小屋だよ。蛇女くらいでびびるんじゃないよ。
男:……蛇女だと?
小桜:ほうら、この裂けた口をご覧よ。ほうらほうら!
(小桜、大きく口を開ける)
小桜:シャァァァァァッ!
女:ひいっ!
男:……っ!なんて醜い……。見世物小屋だって?ゲテモノ小屋の間違いじゃあないのか?
小桜:醜いとは随分な言い様だねえ。人間ってやつぁいつもそうだ。自分の想像や理解を超えたものにみっともない貼り紙をつけて、すぅぐ優位に立とうとする。全くむかついてゲロ吐いちまいそうだねえ。
男:ゲテモノが偉そうな口を利く。そのどこからどう見ても異様な巨体がゲテモノでないとでも?
小桜:……言うじゃあないか。
(鈴の音)
泰山:さあさお立合い!龍神と生贄の娘が愛し合った、嗚呼ただそれだけなのに!ある日欲にまみれた人間はあろうことかその仲を引き裂いた!怒りと恨みにまみれた娘から生まれたのがこちら!身の丈2.5メートル、身体には無数の鱗、舌先はちょろりと二股に分かれた哀れで巨大な蛇女、それが
小桜:あたし。この「蛇腹の小桜」さ。
泰山:おい、てめえはなんだっていっつもそう俺の口上をさえぎりやがる。
小桜:はん!分からないのかい?単につまらなくてかったるいからさ。
泰山:ほぉう……
小桜:やるってのかい?
(銃声)
軍服:静粛に!
泰山:っ!
軍服:貴様らの口喧嘩はいい加減聞き飽きた。
小桜:軍服さんよぉ……耳もとでいきなり銃をぶっぱなすのはやめてくれないかい?嗚呼耳が痛い。
軍服:貴様らの茶番などどうでも良い。それよりこの二人から「お代」を頂戴する方が先だろう。
女:……「お代」?
泰山:「宵闇通り」を通ってきたからには、ここに立ち寄って「お代」を払ってもらわなきゃならねえ約束なんだ。
男:はっ、そんな取り決めなど聞いたこともないし、こんな小さな見世物小屋なんかに用もない。もちろん、金など払う義理もない。
小桜:金なんか要らないね。ここじゃそんなもの、なぁんの価値もない。なんせ使うところがないんだからねえ。
泰山:ここは因果のゴミ捨て場さ。
女:因果……
泰山:ああ。俺達はここに辿り着いたあんたらのような客に絡みついた因果を、ほんのちょっぴり、お代替わりに頂くだけだ。
女:それってまさか
男:ならちょうどいい。おい、あんた。蛇ならばいっそこの子を飲み込んでくれないか。ほらっ!
(男、小桜に向かって赤ん坊を放る)
女:やめて!
(泰山、赤ん坊を受け止める)
泰山:おっとあぶねえ。おや、この子は……
小桜:あたしは蛇女であって蛇じゃあない。子供を丸呑みする趣味はないね。それこそ団長、因果に塗(まみ)れた子供を連れてゆくのはあんたの仕事じゃないのかい?
軍服:「宵闇電柱の赤マント」様だからな。
泰山:……軍服さんよ。あんたもやっぱり小桜と一緒に塵にしてやろうか。
軍服:俺はむしろ団長には敬意を払っているのだ。哀れな子供たちを救おうと人攫いに身を落とし、怪人の汚名を着たまま死んでいったあんたの心には、慈悲がある。
女:慈悲があるのならお願い。その子を私に返して。
泰山:そのことだが娘さんよ、この子はもしかして……?
男:そう、その赤ん坊は目が見えない。何も見ないし、声も発しない。私達の指すら掴まない。この有様が因果でなくて何だと言うんだ。ああ、ちょうどいい。その子の因果をお代にしよう。さあ、私達を帰らせてくれ。
軍服:「親の因果が子に報い」というやつか。なるほど、確かにこの子に絡むのは、貴様らの因果に相違ない。
泰山:小桜、どうだ?親の因果でその身体になったお前さんにゃ、他人事とは思えないだろう。
小桜:うるさいね。いちいち話の腰を折るんじゃないよ、くそったれ。
男:悪いのはそこの淫売で、私じゃない。赤ん坊の因果はこの女がもたらしたんだ。
(小桜、けたけたと笑う)
男:何がおかしい!
小桜:いいやぁ?なんにも?
軍服:罪深いな。実に罪深い。
男:なんだと?ならば私の罪と因果はどこにあるのか説明してもらおう。そもそもこいつが私を騙して子供を作ったんだ。そうだ、私は被害者なんだぞ。
軍服:埒があかんな。おい、誰か鏡売りを呼んでこい。
(鏡売りの姉妹、ちょこちょこと走りながらやってくる)
鏡売り(姉):あいあい、鏡はこちらだよ。
鏡売り(妹):奥様、鏡はいかが?
軍服:早いな。
泰山:てめえら、盗み聞きしてやがったな。シャム双生児の鏡売り。
小桜:しっかし、相変わらずばかでかい鏡だねえ。
女:……鏡売り?
(男、大きなため息をつく)
男:また見世物か。今度は一体何を始める気だ。
鏡売り(姉):私たちはふたり。
鏡売り(妹):私たちはひとつ。
鏡売り(姉):頭はふたつで身体はひとつ。
鏡売り(妹):姿見を確認しながら
鏡売り(姉):よろめきながら歩くから。
鏡売り(妹):お辞儀が下手なのは許して頂戴。
女:鏡なんて要らないの。ねえお願いだから、赤ちゃんを返して。
男:またそれか。いい加減赤ん坊はあきらめろ!
女:嫌!
軍服:静粛に。
女:……
軍服:鏡売りは鏡を売るわけじゃない。
小桜:鏡に映る「モノ」を売るのさ。
女:鏡に映る「モノ」?
鏡売り(姉):どうする奥様。
鏡売り(妹):決して損はさせないよ。
鏡売り(姉):どうするどうする。
鏡売り(妹):どうするどうする。
(鏡売りの姉妹、「どうする?」と繰り返しながらけらけらと笑う)
男:うるさい!なんだこいつらは。気色悪い。
軍服:うるさいのは貴様の方だ。そもそも貴様がその女のなかに吐き出した因果だろう?きっちりと見届けろ。
小桜:「軍服さん」は本当に厳しいねえ。
泰山:村一つ殺して回っただけのことあるってなあ。
男:は?
軍服:村の奴らは俺が病のせいで戦争に行けぬと知るや、俺と俺の姉を蔑んだ。姉は嫁いで逃れたが、俺は悟った。俺の戦場は満州でもレイテ島でもなく「ここ」なのだと。ただそれだけだ。俺は兵士だ。俺の正義にそぐわねば、女であろうと赤子であろうと手にかける。
小桜:おおこわいこわい。そうしてしまいにゃ散弾銃咥えて自分の頭をぶち抜いたってんだから。
軍服:最後に自らを裁いただけだ。俺の正義が世の正義ではないことくらい、分かっていたからな。
小桜:なんだってこいつは地獄に行かずにここにいるんだろうね。物騒過ぎてたまんないよ。
泰山:軍服さんの因果は血生臭過ぎて、地獄でもお手上げだってよ。
鏡売り(姉):むしろ軍服さんは地獄の鬼みたい。
鏡売り(妹):ううん、きっと地獄の鬼も撃ち殺すよ。
鏡売り(姉):でも軍服さんの狙撃ショーは面白い。
鏡売り(妹):最後に頭を撃ちぬくのが面白い。
鏡売り(姉):柘榴が爆ぜたみたいで綺麗。
鏡売り(妹):花火が爆ぜたみたいで綺麗。
鏡売り(姉):引きはがされた私たちよりずっと綺麗。
鏡売り(妹):私たちの断面はみっともなかったものね。
鏡売り(姉):私たちはひとつのままで良かったのに。
鏡売り(妹):ふたりでひとつが好きだったから、何度も鏡を見ていたのに。
鏡売り(姉):ねーえ。
鏡売り(妹):ねーえ。
男:はっ、なあんだ、陳腐なデタラメか。脅かしやがって。
女:いい加減にして。私に一体何を見届けろと言うの。どうして赤ちゃんを返してもらえないの。
鏡売り(姉):だからさ、奥様。
鏡売り(妹):鏡を見てよ、奥様。
鏡売り(姉):旦那様も覗いてみてよ。
鏡売り(妹):じゃなきゃ話が進まない。
男:そんなはずがあるか。何度も言っただろう。俺は無関係の被害者だ。
軍服:まだそれを言うか。
男:だってそうだろう?売れない貧乏女優だっていうから、ちょっといい思いをさせてやっただけなのに、勝手にのぼせ上がりやがって。その上、だまし討ちのように子供まで。
女:……
(鈴の音)
泰山:さあさあご覧あれ!いよいよ本日の大一番だ!ひとつの身体に二つの頭!なんとも奇怪な見た目で生まれ落ちた姉妹は、人より多くの目を持っていた。人より多くの目を持つ分、人より多くのものが見えた。嗚呼それは神が与えたもうた素晴らしい能力であったのに、両親や周りの大人たちはその常識外の力を恐れ、彼女たちを「普通」の枠に納めようと、なんとその身体を二つに引き裂いちまった。引き裂かれた断面は醜く腐り果て、あな悲しや、姉妹は二度とその目を開くことはなかったとさ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これがシャム双生児の「神の瞳」だよ!
鏡売り(姉):見える、見えるよ。
鏡売り(妹):映る、映るよ。
男:なんだ、これは……
女:ここに映る、私に寄り添うこの子は誰なの?
鏡売り(姉):奥様、あなたの「息子」だよ。
鏡売り(妹):あなたがその赤ん坊の代わりに育てる「息子」だよ。
女:……代わり?
泰山:あんた、もう薄々気付いているんだろう?
軍服:そこの赤ん坊はもう産声を上げることはない。盲いているのは因果のせいではない。その子自身が、この世を見ることをやめたんだ。
鏡売り(姉):私たちと同じね。
鏡売り(妹):ゆっくりと闇に堕ちて
鏡売り(姉):命の燃え尽きる音を聞きながら
鏡売り(妹):諦めて瞳を閉じた。
鏡売り(姉):瞳を閉じた。
(少しの間)
(女は大きく息を吐く)
女:……やっぱり、そうだったのね。あれは、夢じゃなかったのね。
(女、膝をついて涙を流す)
小桜:親の因果が子に報い……ねえ。嗚呼おっかしい。人間の欲の深さってやつは、いつの時代も笑わせてくれる!
(小桜、けたけたと笑う)
女:やめて……
男:待ってくれ、それならこの鏡に映る少年は一体……
鏡売り(姉):旦那様、あなたの息子だよ。
鏡売り(妹):淫売の奥様は、化鳥(けちょう)になった。
鏡売り(姉):業と情念の化鳥になった。
鏡売り(妹):化鳥は旦那様の巣を荒らして
鏡売り(姉):まだ親の顔も覚えていない雛鳥を盗んだ。
男:なんだと……?
(女、泣き笑う)
女:あはは……あははは……そっかぁ……。そう、そうだった……!
軍服:利発に育った雛鳥はあろうことか、「母」である淫売の化鳥を愛してしまう。
男:……は?
泰山:ああ可哀想に可哀想に。その身は真っ赤な因果の帯でぐるぐる巻きだというのに。
鏡売り(姉):帯を咥えて離さない化鳥との綱引きは
鏡売り(妹):だあれも応援しないし、だあれも幸せにならない。
男:一体どういうことだ。俺の息子がどうしてこんなことに。
小桜:この赤い帯はあんたの因果でもあるってこった。いい加減認めたらどうだい。
鏡売り(姉):真っ赤っかのこの帯は
鏡売り(妹):旦那様の血で染められた。
男:なんだって……?
女:ふっ……ふふふふふ……
男:おい!さっきから何がおかしい!
鏡売り(姉):旦那様、あなたはもう帰れない。
鏡売り(妹):だってあなたはもう死んでいるから。
男:は?
女:あはははははははは!
男:おい!
女:そうだった!そうだった!赤ちゃんが私のもとへ来た日から、私はずうっと母親になりたかったのに。なのにあなたは、その時になって妻子がいるだなんて言うんだもの!
男:そんなこと……些細なことじゃないか!
女:些細なこと?
男:ああそうさ。だってお前は私を愛しているんだろう?それなら何故、私を苦しめるようなことをする!
女:それで私を階段から突き落としたの?この子を殺すために。
男:お前の夢は大女優で、母親になることじゃなかったはずだ。どちらにせよ、私を愛しているのなら、それは諦めるべき夢じゃないか。
女:……それでも諦められなかったから、私は天秤にかけたのよ。
男:天秤だと?
女:あなたへの愛と、母親になる夢を。
軍服:地獄と地獄を天秤にかけるとは、俺でも持て余すほどの罪深さだな。
泰山:閻魔も裁きに困らあな。
小桜:つまり旦那ぁ。あんたとの地獄はもう要らないってことさあ。
男:それで私を殺して……息子を連れ去ったとでもいうのか……?馬鹿げてる……!そんな、そんなデタラメが私に通用するとでも思っているのか……!
女:やあだ、あなたってば。まだ思い出せないのね。
泰山:旦那はよほど自分に自信があったと見える。だからまさか、自分が殺されちまうなんてことは想像もしなかった。だから今も「その瞬間」を思い出せない。そうだろう?
軍服:安寧の中で生きる人間は、自分が殺されるなどとは思わんよ。その安寧は約束されたものだと信じ切っているからな。だから皆「何が起きたのか分からない」といった顔で死んでいく。自分が殺されたことを理解できずに、最期の瞬間まで蠢くのだ。
小桜:見慣れてるってかい?
軍服:……まあな。
男:そんな……そんな……
(男、へなへなと座り込む)
女:ねえ鏡売りさん。
鏡売り(姉):なあに?
鏡売り(妹):なあになあに?
女:その鏡に映る通りなら……私はいずれ、この子と食い合うのね。そうしてこの子の手にかかって死ぬ。愛した女が淫売の化鳥と知ったこの子に、私の因果を全て押し付けて。
鏡売り(姉):自分に巻かれた因果の帯に気付いたら
鏡売り(妹):小鳥はもう帰れない。
鏡売り(姉):茹でた卵が
鏡売り(妹):元には戻らないように。
女:そう。そうよね。
泰山:さあそれで?あんたはどうする?
女:……赤ちゃんを、抱かせて下さい。
泰山:……
(泰山、そっと赤ん坊を女に抱かせる)
(女は安心したように、愛おし気に赤ん坊を抱きしめる)
女:私のこの子は、連れては帰れないのね。
軍服:その因果をもってここで見世物になるか、輪廻の輪に還るか、だな。
女:……それなら、いつかまた私がここに来るまで、この子を頼みます。
小桜:へえ、あんたまたここに来る気でいるのかい。
女:来たくなくても来ることになるわ。きっと今度はほら、この真っ赤な帯がここに導くだろうから。
軍服:承知した。その時まで、赤ん坊は私たちが預かろう。
小桜:勝手に決めないでおくれ。あたしはガキは嫌いだよ。
泰山:俺も正直赤ん坊を見世物にする趣味はねえが、ま、「悲鳴の可南子」のいい遊び相手にゃならあね。
小桜:嗚呼いやだ。子供ばっかり増えてろくなもんじゃない。
(男、我に返って立ち上がる)
男:おい……!おい!私を無視して勝手に話を進めるんじゃない!私は……私は殺されたんだぞ!
軍服:だから何だと言うのだ?
男:は?
軍服:全てはこの女の因果であり、同時に貴様の因果だ。言ったであろう?もとは貴様がその女のなかに吐き出した因果だと。
男:じゃあ……じゃあ私もここで見世物になるしかないのか……?
(小桜、くすくすと笑う)
小桜:まあそう都合よくはいかないだろうねえ。
軍服:そうだな。
男:え?
鏡売り(姉):ああこわい。
鏡売り(妹):軍服さんはこわいこわい。
泰山:やれやれ、ここは罪を裁く場じゃねえんだぞ、軍服さんよ。
軍服:ならばこの男の因果、こちらで引き受けるか?
小桜:けっ、嫌なこった。あたしを蛇扱いするような男、使い物になるもんか。
泰山:というより、俺らが頂く因果は赤ん坊だけでじゅうぶんだ。それ以上はお代の貰い過ぎになっちまわぁな。
軍服:ということだ。
男:じゃあ、俺は……俺は一体……
軍服:なに、簡単なこと。ここに居場所がないのなら、輪廻の輪に還るだけだ。
男:輪廻の……輪……、は、ははっ……まさか、そんな
(男は引きつった笑いを浮かべる)
小桜:さすがの旦那も、行き先が分かっちまったってツラだね。
男:あ……あ……あ……!
軍服:さあ、俺が地獄まで連行してやろう。
(鈴の音)
泰山:さあさあさあ!ここに来てまさかのアンコールだ。皆々様、両のお目々をかっ開いてしかとご覧あれ!どんなものでも一発で仕留めてみせる「軍服さんの狙撃ショー」だ!最前列のお客様はご用心!まもなく大雨の予報だよ!真っ赤な雨がざんぶと降って、どいつもこいつもずぶ濡れだあ!
(泰山・小桜、大笑いをする)
(鏡売りの姉妹もけらけらと笑っている)
男:やめろ!やめてくれ!
鏡売り(姉):きゃーあ。
鏡売り(妹):きゃーあ。
男:いやだぁぁぁぁ!
(銃声)
【間】
(女、腕のなかの赤ん坊をあやしている)
女:よーしよし、いい子ね。ああなんて可愛い……目なんて開いてなくても、ほんとうに可愛い……可愛い私の赤ちゃん。
泰山:さ、そろそろ店じまいの時間だ。その子をこっちへ。
(女が泰山に赤ん坊を返そうとしたその時、赤ん坊が目を開け、きゃっきゃと笑い出す)
女:……!私の……私の赤ちゃんが……笑った……!
泰山:この子はこれからここで見世物として「生きていく」。まあ仮初の生ってやつだな。
(女、涙ぐみ、深々と礼をする)
女:……お世話に、なりました。
(小桜、小さく舌打ちをする)
泰山:小桜、やめねえか。……ここにまた来るってやつは今までにいなかったんでね。俺らもどうしたらいいか分からねえんだ。悪いな。
女:いいえ。くれぐれもどうか、この子を頼みます。
(女、泰山に赤ん坊を返す)
泰山:あいよ。
軍服:任された。
鏡売り(姉):奥様奥様。
女:なあに?
鏡売り(妹):私たちの占いは、この見世物小屋からは持ち出せない。
鏡売り(姉):だからあなたは、「宵闇通り」を一歩引き返すごとに
鏡売り(妹):この鏡で見たものを忘れてしまう。
鏡売り(姉):それがしきたり。
鏡売り(妹):残念だけど。
鏡売り(姉):堪忍してね。
(女、ちいさく微笑む)
女:……それじゃあ、私はこれで。
(女、来た道をゆっくりと戻ってゆく)
【間】
小桜:戻ったところで地獄だってのに、どうしてああも晴れやかなのかねえ。気持ちが悪い。
軍服:「母親」になれれば殺した男の息子でも良いとは。流石の俺もおぞましさに身の毛がよだつ。
泰山:因果の真っ赤な帯を引きずって走る化鳥なんか、こっちの手に余らあね。
小桜:ここに戻ってなんてこないで、次こそ地獄に向かって一直線に走っていきゃあいいんだ。
軍服:化鳥ならば「飛んでいく」だな。
小桜:一言多いよ、あんた。
泰山:いいや、「走っていく」のさ。軽やかに飛ぶ翼なんか、化鳥にはねえんだよ。
軍服:ここに戻ってくるときにどんな姿になっているか、見ものだな。
(鈴の音)
泰山:さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ここが噂の見世物小屋、「鉤爪の子猫座」だ!東西南北の珍奇が集まる、今や絶滅寸前の見世物小屋はこちらだよ!大人は800円、子供は500円、お代は見てのお帰りだ!金のない奴ぁ帰った帰った!親の金貰って出直してきな!……ああん?とびきり恐ろしいものが見たいって?お客さん、あんた運がいいね。今日の一番の目玉はな、首に巻かれた真っ赤な帯が妖しくも美しい「化鳥」だ。ぼんやり見惚れてたらいけないよ。その隙に化鳥の帯が首に絡み、あんたを殺してしまうかもしれない!……さあさあ入った入った!「鉤爪の子猫座」、間もなく始まるよぉ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【幕】