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​​#12「化鳥」

(♂2:♀2:不問0)上演時間40~50

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・美奈
【浦添美奈(うらそえみな)】女性
連れ出しスナック「ぱらいそ」で働くホステス。つまりは売春婦。
客によって振る舞いやビジュアルも変えてしまうため、年齢不詳。

・康太
【浦添康太(うらそえこうた)】男性
美奈の「息子」。高校生。

 

・千鶴
【武井千鶴(たけいちづる)】女性
康太の同級生で、康太のことが好き。

 

・孝之
【剣崎孝之(けんざきたかゆき)】男性
美奈の働く連れ出しスナック「ぱらいそ」の店長


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―プロローグ

 

康太:もしもし、警察ですか。……たった今、母を殺しました。

【間】

―美奈と康太の家

 

康太:ただいま。

 

美奈:あれ、あんた今日部活なかったの?

 

康太:……辞めた。

 

美奈:なんで?

 

康太:シューズやらなんやらで、結構金かかるな、って思って。

 

美奈:別にお金ならなんとでもなるのに。

 

康太:いや、いいんだ。別に俺、サッカーで食っていきたいわけじゃないし、そんなに真剣になるものでもなかったから。

 

美奈:でも、やりたくて入ったんでしょ?サッカー部。

 

康太:まあ最初は。でも思ったより周りが熱血でさ。なんかついていけなくて。

 

美奈:……またなんか言われた?

 

康太:なんか、って?

 

美奈:あたしの仕事の話とか。

 

康太:そんなのいつもじゃん。

 

美奈:そっか。

 

康太:もう慣れた。それに、もうそんなことくらいで逃げ出す歳じゃないよ。

 

美奈:いっぱしの口きいちゃって。

 

康太:うるさいな。

 

美奈:少し前はからかわれるたびに泣きながら喧嘩売って、傷だらけになって帰ってきたのにね。

 

康太:それなら母さんだって。

 

美奈:ん?

 

康太:母さんだって、謝りに行く先々で喧嘩売ってたじゃん。相手の親に。

 

美奈:あら、そうだったっけ?

 

康太:とぼけんなよな。

 

美奈:だって、あたしの可愛い息子を傷モノにされたら、そりゃあ……ねえ?

 

康太:「あら奥さん、もしかしてご主人は垣内(かきうち)商事の課長さん?……いいえ、別にぃ?ただ……(鼻で笑う)なるほど、奥さんじゃあ物足りなかったんだろうな、って」

 

美奈:なにそれ。

 

康太:中学の頃、俺を傷モノにした奴の母親をじろじろ見ながら、母さんが売った喧嘩。

 

美奈:そんなこと言った?

 

康太:言った。

 

美奈:だって理不尽じゃない。あたしは確かに身体を売ってあんたを食わせてるけどさ、それはあんたには全く関係のない話だし、どうしようもないことでしょう?本人にはどうしようもないことをあげつらう人間、あたしは嫌い。だから、同じことをしただけよ。「その安心しきった身体じゃ、旦那さんもさぞ物足りなかったでしょうねえ」って。

 

康太:その時も、今と全く同じことを言ってたよ。

 

美奈:そうだったかも。

 

康太:あんたの夫は外であたしを抱いてます、って校長室のソファで宣言するかな、普通。

 

美奈:あたしはするよ?

 

康太:(笑う)そうだね。

 

美奈:あたし頭悪いからさ、やられたらやり返す、しか知らないんだもの。

 

康太:今日のその服装見てると、とてもそうは見えないんだけど。

 

美奈:あら。見る目あるじゃない。

 

康太:今日のコンセプトは?

 

美奈:「かつては大企業でバリバリ働いていたけれど、今は訳あって身を落としている女」。

 

康太:なるほど。

 

美奈:「不倫関係にあった恋人の横領の罪をかぶって身を落とした」って裏設定もあるの。名前はリカ。どう?そんな風に見える?

 

康太:見える見える。

 

美奈:今日はね、山岡さんが来るからさ。

 

康太:その山岡さんを俺は知らないけど、そういう好みの人なんだ。

 

美奈:そ。頭のいい女を徹底的に組み敷きたいタイプ。

 

康太:うわぁ。

 

美奈:うわぁ、ってことはないでしょう。

 

康太:だって歪んでない?そんなの。

 

美奈:……康太。

 

康太:なに。

 

美奈:ちょっとこっち来て。

 

康太:え?

 

美奈:いいから。

 

康太:ん。

(美奈、康太を抱きしめる)

 

美奈:ぎゅー!

 

康太:うわ、なんだよ急に!?

 

美奈:あたしの息子は、ずいぶんと純粋に、真っ直ぐ育ったなあ。

 

康太:はあ?

 

美奈:そのままでいてね。そんな屈折した愛なんか知らないまま、可愛い子を見つけて、とっとと幸せになっちゃいなさい。

 

康太:……それ、母さんの言葉?それとも、「不倫関係の末に身を落とした」リカの言葉?

 

美奈:あはは、どうだろ。

 

康太:全く。すぐ自分でつけた設定の女になりきるんだもんなぁ。

 

美奈:でもどちらにせよ、嘘じゃないわよ。美奈でもリカでも、その心から生まれた言葉だもの。

 

康太:(ため息)そっか。……それよりいいのかよ。もうそろそろ出勤時間だろ。

美奈:あっ!ほんとだ、いっけない!夕ご飯、カレー作ってあるから!温めて食べて!

 

康太:はいはい。気を付けてね。

 

美奈:ありがと。それじゃ、行ってくるわね。明日も学校、頑張るのよ。

 

【間】

―康太と千鶴の学校

千鶴:康太くん、おはよう。

康太:おお武井、おはよ。

千鶴:ねえ、なんでサッカー部辞めちゃったの?

康太:え、もう知ってるのか。

千鶴:昨日康太くんが退部届出してすぐに聞いた。マネージャーの香苗、私の友達だもん。

 

康太:そっか。

千鶴:ねえ、なんで辞めちゃったの?康太くん、結構いい線行ってたと思うんだけど。

康太:別に。思ったより金かかるなあ、とか、思ったより楽しめなかったなあ、とか、そんな感じ。

千鶴:ふぅん。

康太:そんなこと聞いてどうするの?

千鶴:別に?ただの興味本位。

康太:興味本位であんまりくっつくなよ。俺、加瀬に睨まれたくないんだけど。

千鶴:やあだ、そんなこと気にしてるの?

康太:気にするだろ。俺は平和主義なんだよ。争いごとはできるだけ避けて通りたい。

千鶴:加瀬くんにはきちんとお断りしたよ?あなたとは付き合えませんって。

 

康太:そうなんだ。

 

千鶴:うん。

 

康太:なんで加瀬は駄目だったの?結構モテる方じゃない?あいつ。

 

千鶴:どれだけモテようが、私は加瀬くんに興味ないの。そんなの、しょうがないじゃない。

 

康太:……ふぅん。

 

千鶴:な、何よ。急にじろじろ見て。

 

康太:ううん。武井ってもっとふわふわしたタイプかと思ってたけど、結構きついんだな、って。

 

千鶴:……悪い?

 

康太:いや、いいんじゃない?俺は、そういう方が楽。

 

千鶴:そっか!それなら良かった。あ、そうだ。部活辞めたならさ、今日の放課後って暇だよね?

 

康太:一応暇。

 

千鶴:一応、ってなに。

 

康太:いや、なんとなく。

 

千鶴:変なの。それじゃあ「一応」暇ならさ、一緒に帰らない?本屋に寄りたいの。付き合って欲しいな。

 

康太:分かった。

 

千鶴:やった。ありがとう。

 

康太:あ、でも母さんには一本連絡入れさせて。俺の母さん、心配性だからさ。一応毎日帰る時には連絡入れてるんだ。

 

千鶴:(小声で)……マザコン。

 

康太:ん?なんか言った?

 

千鶴:ううん。そうだよね。康太くん、親孝行だね。

 

康太:まあ女手ひとつで育ててもらってるから。こっちからも大事にしたいじゃん。

 

千鶴:そっか。あ、もうすぐチャイム鳴るね。それじゃ、放課後。約束ね。

 

康太:オッケー。

 

【間】

 

―連れ出しスナック「ぱらいそ」

 

孝之:おう美奈、お帰り。

 

美奈:……あたしはリカよ、剣崎さん。

 

孝之:お前の名前は美奈だ。いい加減帰ってこい。

 

美奈:店を出るまではリカでいさせてくれたっていいじゃない。 

 

孝之:めんどくせえんだよ、そういうの。客と別れてからもそうする理由がどこにあるんだよ。

 

孝之:ほら、今日のお前の給料。

 

美奈:ありがと。

 

孝之:昨日はセリナ、一昨日はアミ、その前は……なんだったか。お前もよく考えるよな。全く、大した女優だよ。

 

美奈:でもそのお陰で、あなたは儲かっているじゃない。この店だって、雑居ビルの一室だったのが、今じゃすっかり立派になって。知ってるのよ?あたしが来てから、あなたの身なりがどんどん良くなっていってるの。

 

孝之:ばれたか。

 

美奈:街中の男がこそこそと、ここに夢を買いに来る。あたしはその夢を最大限叶えて幸せにしてあげる。みいんな幸せ。ねえ、なんにも問題ないじゃない。

 

孝之:まあな。どいつもこいつも、表じゃ胸張ってご立派なことを言ってるが、結局抜け道を通るようにここに来る。いつの時代も変わらないな。人の情欲ってのは。

 

美奈:でもそれがなかったら、人類は滅びちゃうわ。

 

孝之:さしずめお前は、繁栄の女神か。

 

美奈:ううん、ただの淫売(いんばい)よ。

 

孝之:どこでそんな言葉を覚えてきた。

美奈:さあ、どこだったかしら。あんまりにも色んな女の人生を演じてきたから、忘れちゃったわ。

 

(孝之、煙草に火をつける)

 

孝之:……康太君は元気か?

 

美奈:おかげさまで。あたしの息子とは思えないくらい、真っ直ぐにいい子に育ってるわよ。

 

孝之:親はなくとも子は育つ、ってやつだな。

 

美奈:そうね。きっとそう。

 

孝之:美奈。

 

美奈:なあに。

 

孝之:リカやセリナやアミが客たちの夢なら、「美奈」は誰の夢なんだ?

 

美奈:あたしの夢よ。美奈だけは、あたしの夢。

 

孝之:康太君の、とは言わないんだな。

 

美奈:言えるわけないでしょ。親子と言えど、所詮他人だもの。

 

孝之:違いない。

 

美奈:用がないなら、あたし帰るわよ。山岡さん、しつっこいからくたびれちゃった。早く寝たい。

 

孝之:あいよ。

 

美奈:あと。

 

孝之:あ?

 

美奈:いつもありがとうね。

 

孝之:……気を付けて帰れよ。

 

美奈:ん。

 

孝之:良い夢を。

 

【間】

 

―康太と美奈の家

 

美奈:で?

 

康太:「で?」って?

 

美奈:もっかい放課後の話、聞かせて。

 

康太:なんでだよ。

 

美奈:いいから。

 

康太:だから、放課後一緒に帰って本屋寄って、途中で武井が腹減ったっていうから、一緒にハンバーガー食べて、それだけだって。

 

美奈:はあ?

 

康太:はあ?ってなんだよ。大丈夫だって、夕飯はちゃんと食えるから。

 

美奈:そういうことじゃないでしょうが。

 

康太:何が。

 

美奈:手とか、繋いだりしなかったの?

 

康太:なんで?

 

美奈:なんで、って、だってその子……千鶴ちゃんだっけ?絶対康太のこと好きだよ?

 

康太:はあ?

 

美奈:康太も、別に悪い感情はないんでしょ?

 

康太:思ったより結構さっぱりした奴で、話していて確かに楽しくはあったけども。もっと砂糖菓子みたいなタイプかと思ってたからさ。

 

美奈:だったら

 

康太:でも好きとかそんなんじゃないよ、お互い。武井はクラスの人気者だし。なんだろ、なんかキラキラしてるっていうか。だから俺なんかのこと、好きにならないって。

 

美奈:……俺なんか?

 

康太:うん、俺なんか。

 

美奈:ひとり親、ましてや身体を売ってるような女の息子なんか相手にしない、って?

 

康太:え? 

 

美奈:なるほどね。あんたがあたしのことでからかわれても悪口を言われても喧嘩をしてこなくなったのは、そういうわけね。

康太:そういうわけ、ってなに。

美奈:あんたがあたしのことを、「汚点」だと思うようになったから、諦めたんでしょう?

康太:……なんだよ、それ。

 

美奈:だってそうじゃない。「仕方ない」って思ってるから、「俺なんか」なんて言えるんでしょう?

 

康太:違う。

 

美奈:違くない。

 

康太:違うってば。

 

美奈:違くない!

 

(美奈、康太の頬を叩く)

 

康太:……っ!ちゃんと俺の話を聞いてよ。

 

美奈:いいわ、聞こうじゃない。何が違うっていうの?

康太:俺なんか、って言ったのは、別に顔も成績もスポーツも、全部普通な俺の事なんか、って意味だよ。母さんの

ことをそういう「汚点」として見たことはない。

 

美奈:……

 

康太:今日はどういう設定だか知らないけどさ、そんなに卑屈にならないでよ。俺、母さんのことはひとりの女性として、凄く尊敬してる。人を育てるのって大変なことじゃん。どういう形であれ、それを一人でやってる母さんは、俺の誇りだよ。

 

美奈:康太……。

 

康太:だからさ、自分のことを「汚点」みたいな言い方するの、やめろって。なんだか俺が悲しくなる。

 

美奈:……ごめん。

 

康太:それで?今日は誰さんなの?昨日に比べて随分派手で感情的だけど。

 

美奈:マイカ。「派手な格好をして派手に遊んでいないと寂しさを紛らわせない、頭と心の悪い女」。

 

康太:見事に入り込んでたね。

 

美奈:ごめんってば。

 

康太:でもさ、どうして母さんの仕事の時のそういう設定って、いつも悲しいの?

 

美奈:え?

 

康太:いや、客の好みなのかもしれないけどさ。もっと幸せそうな設定があってもいいのに、って。

 

美奈:どうでもいい男に抱かれる時なんて、自分が悲劇のヒロインだとでも思わなきゃ、やってらんないのよ。

 

康太:……まだマイカさんが抜けてない感じ?

 

美奈:……さあね。

 

美奈:さ、そろそろ行かなくちゃ。夕飯、昨日の残りのカレーがあるから、それでいいよね?

 

康太:平気。二日目の方が美味いしね。

 

美奈:だよね。ああそうだ、明日も別にその千鶴ちゃん?って子と遊んできてもいいからね。

 

康太:はあ?

 

美奈:「俺なんか」って言うくらいには気に入ってるんでしょ?頑張りなさい!じゃあね!

 

康太:……好き勝手言ってくれちゃってさ。

 

【間】

 

―放課後

 

千鶴:お待たせ。ごめんね、掃除当番が長引いちゃって。

康太:大丈夫。待つのは慣れてる。

千鶴:慣れてる?

康太:母さん、夜は基本いないからさ。

 

千鶴:まさか寝ないで待ってるの?

 

康太:そういうわけじゃなくて。学校から帰ってきて、入れ替わりに母さんが仕事に行くまでの時間しか、俺、母さんと話す時間がないからさ。昔からその時間を楽しみに待ってた、みたいなところ、あったんだ。

 

千鶴:小さい時からそんなだったの?

 

康太:そんな、って?

 

千鶴:えっと、お母さん、夜はその……仕事でいなかったのかな、って。

 

康太:まあ中学に入るまでは、夜は近所のおばさんの家に預けられてたけど、基本は同じ。

 

千鶴:そっか。

 

康太:なに?

 

千鶴:……あのね、先に言っておくね。

 

康太:うん。

 

千鶴:私、康太くんが好き。

 

康太:うん。

 

千鶴:うん、って……どういう反応?

 

康太:友達として好いてくれてるんでしょ?

 

千鶴:そんなわけないでしょ、ばか。

 

康太:え?嫌いなの?

 

千鶴:ああもう、じれったいなぁ!信じらんない。

 

(千鶴、大きなため息をつく)

 

千鶴:ねえ、ちょっとかがんで。

 

康太:なんで?

 

千鶴:いいから。

 

康太:分かった。……これくらいでいい?

 

千鶴:うん。ばっちり。

 

(千鶴、康太にキスをする)

 

康太:……え。

 

千鶴:……こんなつもりじゃなかったのに。ちゃんと二人で休みの日におしゃれして出かけて、それからって思ってたのよ?

康太:俺……

千鶴:言わないで。

 

千鶴:……ずっとね、康太くんに近付くタイミングとか、告白するきっかけとか、色々考えてたんだ。でもなんか、現実ってうまくいかないね。

 

康太:……

 

千鶴:謝らなくていいからね。康太くんにその気がないのは、さっきまででよく分かったから。でも、私はちゃんと恋愛対象として好きだって、伝えたかったの。

 

康太:……なんか、ごめん。

 

千鶴:だから謝らないでってば。泣きそうになるから。泣かれたら困るの、康太くんでしょ?

 

康太:そうじゃなくて。その、俺、もしかしたら武井のことが好きかも、って思った時もあって、だからさっきの武井の「好き」って言葉にも、本当は一瞬期待したんだ。

 

千鶴:え?

 

康太:なのに、どうしてだろう。キスされたら、「この子じゃない」って思った。だから、その……

 

千鶴:ざっくりと酷いこと言うね。

 

康太:だから、ごめん。

 

千鶴:他に好きな人、いるんだ。

 

康太:なんで?

 

千鶴:この子じゃない、ってことはさ、別に欲しいキスがあった、ってことでしょ?

 

康太:そう、なるのかな。

千鶴:私はそう思ったけど。

 

康太:……分からない。

 

千鶴:そう。……ねえ康太くん。進路、どうするの?

 

康太:こんな時に何言ってるんだよ。

 

千鶴:本当はこっちを話したかったんだよ。

 

康太:そっか。

 

千鶴:私たち、もう高二でしょ?そろそろ考えなきゃいけないからさ。大学とか、どこ行くのかな、って。

 

康太:俺は、大学には行かない。

 

千鶴:え?

 

康太:卒業したら就職する。

 

千鶴:もしかして、お母さんのため?

 

康太:ああ。今までの分を返さないと。身体なんか売らなくてもいいように、俺が稼いで、ちゃんと幸せにしないと。

千鶴:……なんだか恋人みたい。

 

康太:は?

 

千鶴:康太くん、知ってるの?……ううん、知ってるよね、きっと。

 

康太:何が言いたいんだよ。

 

千鶴:康太くんとお母さん、血が繋がってないんでしょ?

 

康太:え?

 

千鶴:……待って。もしかして、知らなかったの?

 

康太:嘘……だろ?

 

千鶴:多分、康太くんだけだよ。知らないの。街ではそれ、結構噂になっていたもの。ほら、お母さんって……有名だから。

 

康太:……街のほとんどの男を食い物にしている、って?

 

千鶴:そんな言い方……

 

康太:でも、そういうことだろう?だから変な噂を立ててもいい、って思ってるんだ。

 

千鶴:ねえ待って。

 

康太:俺、お前のことさっぱりしていて、いい奴だと思ってた。顔も可愛くて、いいな、って。……だけど、全然可愛くなかったわ。

 

千鶴:え……?

 

康太:悪い。もう帰る。

 

千鶴:康太くん、待って!ねえ待ってったら!……康太くん!

 

(少しの間)

千鶴:二人の血が繋がってないとか、そんな話をしたかったわけじゃないのにな……。どこの大学に行くの?とか、一人暮らしするの?とか、卒業しても、一緒にご飯とか食べに行こうね、とか、そんなことが言いたかっただけなのに……。どうして、こんなことになっちゃったのかな……。

【間】

 

―夜/連れ出しスナック「ぱらいそ」

 

孝之:はい、いらっしゃーい……って……

 

康太:こんばんは。

 

孝之:康太君。

 

康太:母さんは?

 

孝之:もうとっくに客と出て行ったよ。

 

康太:そうですか。

 

孝之:……奥の席で待っててくれるか。すぐに行く。

 

康太:はい。

 

孝之:ああ、あとこれ。

 

康太:上着?

 

孝之:俺ので悪いが、羽織っとけ。流石に学ランが店にいるのはまずい。

 

康太:あ……。すみません。

 

(少しの間)

 

孝之:お待たせ。ウーロン茶でいいか。

 

康太:はい。

(孝之、康太の前に烏龍茶のペットボトルを置く)

孝之:で?わざわざこんなところまでやってくる程の用事ってのはなんだ。

康太:剣崎さんに、聞きたいことがあって。

孝之:……俺に?

 

康太:俺と母さんの、ことで。

 

孝之:……どこで知った。

 

康太:クラスメートが、街中の噂になってる、って。知らないのは俺だけだ、って。

 

孝之:そうか。

 

康太:俺、全然知りませんでした。というか、疑いを持ったこともなかった。母さんと俺の血が、繋がっていないだなんて。

 

(孝之、煙草に火をつけ、ふかす)

 

康太:この町に来てからはずっと剣崎さんのところでお世話になっているって、いつか母さんが言っていました。だから何か、知っているんじゃないか、と思ったんです。

 

孝之:美奈の過去を、か。

 

康太:どういう経緯(いきさつ)で、俺を養子にしたか、です。

 

孝之:同じだよ。……さて、どこから話したもんかねえ。

 

康太:できれば、全てを。

 

孝之:俺は、責任持たねえぞ。

 

康太:……。

 

(孝之、小さく舌打ちをする)

 

孝之:美奈は、あいつはな、人殺しだよ。

 

康太:……え?

 

孝之:十四年前だ。美奈がまだ二歳の君の手を引いて、この町にやってきたのは。裏通りをとぼとぼと歩いていたんだと。

 

康太:実際に見たわけじゃないんですか?

 

孝之:声を掛けたのは、俺じゃあないんでね。

 

康太:なら、誰が?

 

孝之:まだ「ぱらいそ」が雑居ビルの一室にあった時にな、隣に「何でも屋」ってのがあったんだ。

 

康太:「何でも屋」?

 

孝之:まあ深くは聞くな。そこの男が美奈と君を拾ったんだよ。うさん臭くて陰気な奴だったが、案外情に厚くてね。ほっとけなかったんだろ。

 

康太:その人は今どこに?

 

孝之:さあね。ある時急に消えたよ。こんな世界じゃあ、よくあることだ。

 

康太:そうですか……。

 

孝之:「子供を抱えて行くあてがなく、困っているらしい」「女に仕事を世話するのは得意だろう?なんとかしろ」とそいつが俺に丸投げしてきたのさ。それが、俺と美奈の出会いだ。

 

康太:人殺しっていうのは。

 

孝之:……あるところに一人の女がいた。売れない女優だった。女には恋人がいたんだが、そいつは下手くそな遊び人で、なんと妻子がいたんだ。何も知らない女は男に夢中になって身も心も捧げたが、ある日全てを知っちまった。おかしくなった女は妻のいない隙に男の家に行き、そのまま男を刺し殺すと、そばにいた二歳の息子を連れて行方をくらました。……ここまで言えば分かるだろ。

 

康太:その犯人が……母さん……。

 

孝之:そういうこった。

 

康太:なんで警察に届けなかったんですか。

 

(孝之、ゆっくりと煙を吐く)

 

孝之:美奈がな、泣いて懇願してきたんだよ。

 

康太:え?

 

孝之:「絶対にこの子には手を出さない」「大事に育てるから、あたしを母親にして」ってな。

 

康太:……。

 

孝之:なんとなく、その涙は嘘に見えなかった。俺も若かったからな、完全に絆(ほだ)されちまったんだよ。だから俺はあいつに、「美奈」って名前と整形代をやって、ここで雇うことに決めた。

 

康太:そんな……

孝之:まあ蓋を開けてみりゃ、こっちが思ったよりいい母親やってるじゃねえか。だから俺は、その時の自分の選択を後悔しちゃいない。

 

康太:俺の、本当の母親の苦悩は?

 

孝之:そりゃ相当なもんだろうとは思うさ。それでも俺は、あの日あいつを救うと決めた。それだけだ。

 

康太:……。

 

孝之:……なあ、「化鳥(けちょう)」って知ってるか?

 

康太:けちょう?

 

孝之:元々は鳥のバケモノのことだけどな。こっちじゃ昔から娼婦のことをそう呼ぶんだ。

 

康太:それと母さんに、なんの関係が?

 

孝之:いや、ただの感傷だ。

 

孝之:あいつは、世間的に言やバケモノさ。人を殺した挙句、毎夜あらゆる女に化けて、男を食い物にしている。

 

康太:そう……ですね。

 

孝之:だけどその実(じつ)男たちは、あいつに夢を見せてもらっている。康太君、君にもいい夢を見せただろう?

 

康太:夢?

 

孝之:君は自分が不幸だと思ったことは?

 

康太:……ありません。

 

孝之:そういうこった。それに君は、どこから見てもまっとうないい子だ。

 

孝之:あいつはあいつで必死に夢を追っている。見せかけだと分かっていても、そりゃあ必死にな。だから俺は、やっぱり後悔はしていないのさ。

 

康太:……。

 

孝之:俺からできる話はこれだけだ。これから君がどうするのか、美奈がどうするのか、俺は知らん。

 

康太:はい。

 

孝之:夢ってのは、終わりがあるから夢なんだ。そうだろう?

 

康太:……。

 

孝之:美奈も君も、良い夢を見た、と言えるといいが、まぁそれは俺の、都合のいい夢だ。そんなことには絶対にならないのは分かってる。少なくとも、君はな。

 

康太:……どうでしょうか。

 

孝之:いずれにせよ、俺は全て見届けるつもりだ。無責任かもしれないが、それくらいしか、今の俺にできることはないからな。

 

康太:……はい。

 

孝之:……悪いが、こっから忙しくなる時間なんだ。そろそろ帰ってくれると助かるね。

 

康太:そうですよね。すみません。……ありがとう、ございました。

 

【間】

 

―朝/美奈と康太の家

(千鶴が玄関ドアの前でそわそわしているおり、そこへ美奈が帰ってくる)

千鶴:おはようございます。あの、私……

美奈:もしかして、千鶴ちゃん?

千鶴:え?

美奈:そうだと思ったんだ。どうしたの?あいつ、もう家を出ちゃってると思うけど。千鶴ちゃんは時間大丈夫なの?結構遅刻ギリギリなんじゃない?

千鶴:あの!

美奈:ん?

千鶴:私、美奈さんに謝りたくて。

美奈:謝る?

 

千鶴:えっと……

 

美奈:上がって。お茶とお菓子くらい出すわよ。

 

千鶴:お邪魔、します。

(少しの間)

―室内

美奈:それで?謝りたいことって?

 

千鶴:康太くんに、あなたと康太くんの血が繋がっていないっていう噂の話をしてしまいました。

 

美奈:……

 

千鶴:事実、なんですか?

 

美奈:……事実よ。

 

千鶴:ごめんなさい……。

 

美奈:いいのよ。いつか来ることだって分かっていたから。

 

千鶴:悪気はなかったんです。ただ……ただ康太くんが、あんまりにも自分のことを置き去りにして、あなたのことばかり気に掛けるから、つい……

 

美奈:やっぱり、康太のことが好きなのね、あなた。

 

千鶴:え……?

 

美奈:人を好きになる、ってそういうものよね。周りが何にも見えなくなって、なんとかして相手を繋ぎ留めたくなって、必死になって――結果、バケモノになってしまうの。

 

千鶴:バケモノ……。

 

美奈:ああ違うの。あなたがバケモノだって言うわけじゃないのよ。あなたはまだじゅうぶんに可愛いもの。まだ、引き返せる。

 

千鶴:美奈さん?

(美奈、小さくため息をつく)

美奈:ちゃんと、子離れしなきゃいけないわね。良い夢を見たなぁ、って思えるうちに。

 

千鶴:言っている意味が、分かりません。

 

康太:その先は、俺が話すよ。

 

美奈:康太……。あんた、いたのね。

 

千鶴:康太くん、聞いてたの?

 

康太:母さん、俺、剣崎さんから全部聞いたよ。

 

美奈:……そう。人が悪いわね、あの人も。帰る前に教えてくれていたら良かったのに。

 

千鶴:全部?

 

康太:母さんが人殺しで、俺は殺された母さんの不倫相手の息子だってことを。

 

千鶴:え? 

 

(美奈、大きく息を吐く)

 

美奈:それで?康太はどうしたいの?

 

康太:母さん、どうして俺のことは殺さなかったの?

 

美奈:……似ていたのよ。あの人に。

 

千鶴:そんな……理由で?

 

美奈:生まれてくることを許してもらえなかったあたしとあの人の子供と、この子と一体何が違うの、って思ったら、最初は憎くて憎くて堪らなかった。だから、殺してしまおうと思ったわ。……でも、考えても考えても、何も違わない。愛しいあの人の子供だもの。だから、殺せなかった。

 

千鶴:産むことができなかった自分の子供の代わりに、康太くんを育てたって言うんですか?

 

康太:……

 

美奈:でも、駄目ね。康太はどんどんあの人にそっくりになっていって、それを見るたびにあたしは、康太の母親である「美奈」を演じることを、忘れそうになる。

 

千鶴:それってまさか……

 

美奈:そうよ。康太を抱きたくなる気持ちが抑えられなくて、毎日苦しかった。毎晩他の男に抱かれながら、康太を想ったわ。

 

千鶴:最低……。

 

美奈:だから、潮時だな、って。「美奈」はもうおしまい。ああそうだ、剣崎さんにも連絡しなきゃね。

 

美奈:千鶴ちゃん、康太をお願いね。……あなたに、任せたわ。

 

千鶴:康太くんをモノのように、そんな都合よく扱わないで!あなた自分が何を言っているのか分かってるの!?

 

康太:やめろ!

 

千鶴:康太くん!

 

康太:やめろ……、もうやめてくれ……!

 

美奈:康太。

 

康太:武井、もう帰ってくれ。ここからは、俺とこの人との話だ。

 

千鶴:でも!

 

康太:帰ってくれ。

千鶴:嫌よ!ここまで聞いたら、私には見届ける義務があるもの!それに私……こんな状態の康太くんをほっとけない。

 

康太:いいから!帰ってくれ!

 

(康太、千鶴の腕をつかみ玄関へ連れて行こうとする)

(抵抗する千鶴)

千鶴:嫌よ!あたし帰らない!やめてったら!離して!康太くん!

 

(康太、千鶴を外に出し、ドアを閉める)

 

千鶴:康太くん!開けて!康太くん!

 

美奈:……康太。

 

康太:俺、あんたの事をなんて呼んだらいい?母さん?美奈さん? 

 

美奈:好きに呼んだらいいわ。

 

康太:武井から俺とあんたは血が繋がっていないって聞いたときに、俺さ、どこかで安心したんだ。

 

美奈:安心?

 

康太:なんで安心したんだろう、って初めは分からなかった。…でも、剣崎さんの話を聞いているうちに分かったんだ。

美奈:……まさか。

 

康太:血が繋がってないなら、俺がその男と同じようにあんたを愛してやれるじゃないか、って。

 

美奈:嘘よ。

 

康太:嘘なんかじゃない。

 

美奈:……

 

康太:でもやっぱり、俺の本当の人生を奪ったあんたが俺に与えるものは、全部まやかしなんじゃないか、つまり俺のこの想いもまやかしなんじゃないか、って気持ちは拭えない。

美奈:そう、全部まやかしだわ。どう?あたし、うまく騙せてたでしょう?

康太:それなら!さっきのあんたはなんなんだよ!俺を抱きたいなんて、あんな……あんな下手くそな嘘。

 

美奈:嘘なんかじゃない!

 

康太:毎日違う女になって男に抱かれに行くあんたを、どれだけ見続けて、待ち続けたと思ってるんだよ。それくらい、分かる。

 

美奈:……

 

康太:あんたがいる限り、俺はあんたを憎み続けて、あんたを愛し続けなきゃいけない。

 

美奈:康太……

 

康太:あんたが……いるからっ!

 

(康太、美奈を押し倒す)

 

美奈:……っ!

千鶴:康太くん!今の音は何!?ねえ開けて、康太くん!

(孝之が走ってくる)

孝之:おい!

千鶴:あなたは?

孝之:「ぱらいそ」の剣崎だ。美奈からメールを貰ってきてみりゃ、これは一体どういうことだ。

 

千鶴:私が悪いの!私が、二人は血が繋がってない、なんて康太くんに言ったから!

 

(孝之、舌打ちをする)

 

孝之:二人は!?

 

千鶴:分からない……。でもさっきから大きな声と音がして……。私、私、どうしたらいいの……!

 

(孝之、ドアを叩く)

孝之:美奈!康太君!開けろ!開けるんだ!

(室内では康太が美奈の首を絞めている)

美奈:か……はっ……!

康太:これがあんたの与えた夢の末路なら……!こんなもの要らない……!

 

美奈:手を、放して……!くるし……

 

康太:あんたが今更自首しようが、俺の気持ちは……一度焼けたものは、元には還らないんだよ!

 

美奈:死ね、と言う、のなら……あた、し、勝手、に、死ぬ、から……

 

康太:嫌だ!俺をまた孤独にするなんて許さない!

 

孝之:康太君!俺は確かに見届けると言った。でもそれだけはやめろ!康太君!

 

美奈:あんた、が、ひと、ごろしに、なん、て……

 

康太:あぁぁぁぁぁぁ!

 

千鶴:康太くん!

 

孝之:おいあんた!管理人を呼んでこい!鍵だ!

 

(少しの間)

美奈:あい、し、て、る……

 

(美奈、だらりと息絶える)

 

康太:……え?

 

(孝之・千鶴、ドアを開け入ってくる)

 

千鶴:康太くん!

 

(孝之、横たわる美奈に気付く)

 

孝之:遅かったか……。ちくしょう……!

 

千鶴:こう、たくん……み、なさん……。あ……あぁぁぁぁぁぁっ!

孝之:康太君。

(康太はうつろな表情をしている)

康太:「あいしてる」?なあ、それってどういう意味だよ……?俺は結局、あんたの何だったんだよ……。

孝之:君は、美奈の「息子」だよ。

 

康太:……

 

孝之:すまない。俺が浅はかだった。君の気持ちに気付いていりゃ、こんなことには。……今更言っても、仕方ないがな。

 

(康太は話を聞いていない)

 

康太:あんたがいなくなっても、何も変わらないな。どこまでが真実で、どこまでがまやかしか、全然分からないままだ。

 

孝之:康太君!

 

(康太、ふらふらと立ち上がり、携帯電話を取り出す)

 

康太:もしもし、警察ですか。……たった今、母を殺しました。ああいや違う。あれは……あれは「化鳥」だったんだ。

(少しの間)

康太:母で、女で、だけど俺の恋人にだけはならなかった「化鳥」を、俺は殺しました。

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【幕】

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