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​​#48「マイアサウラ ―terra―」 

(♂2:♀0:不問0)上演時間40~50

※こちらの作品は#34「マイアサウラ」の比率変更版です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

リクト

【リクト】男性

高校生。終わってしまった世界で「マイアサウラ」を探して旅をする。

 

サワキ

【サワキ】男性

終わってしまった世界でリクトが出会った謎の男。

 

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―プロローグ

 

(雨が降っている)

(リクトとサワキが廃墟の軒下に走ってくる)


リクト:っ、はぁっ!はぁっ!


サワキ:はぁ……はぁ……!いやあ、危なかった。
 

(リクト、呼吸を整える)

リクト:まさか、急に雨が降り出すなんて。
 

サワキ:本当にね。
 

リクト:「こんな世界」になってからこっち、ずっと雨なんか降らなかったのに。
 

ワキ:ずっと灰色の曇り空だったものなあ。
 

リクト:うん。
 

(少しの間)

リクト:あのさ。

 

サワキ:うん?

 

リクト:……雨がやんだら、さっきの場所にもう一度戻ってみたいんだけど。
 

サワキ:あそこ、まだ調べるのかい?
 

リクト:もしかしたら今度こそ見つかるかもしれないだろ。マイアサウラの足跡が。
 

(少しの間)

 

サワキ:リクトはさ。
 

リクト:なに?
 

サワキ:本当に見つかると思っているのかい?マイアサウラが。 
 

リクト:だからこうして探しているんだろ。
 

サワキ:聞いてみただけだよ。そうムキにならないで。
 

リクト:どうせサワキは信じてないんでしょ?マイアサウラなんて


サワキ:そういう生き物がいたことは知っているよ。リクトが教えてくれたからね。でも遠い昔の生き物だろう?それをどうして今、こんな世界で、って思ってね。
 

リクト:こんな世界だから、だよ。
 

サワキ:こんな世界だから、か。
 

リクト:うん。
 

サワキ:まぁでも、リクトがマイアサウラを探していなかったら、俺たちは出会えていなかったかもしれないからね。だから、付き合うよ。どうせ時間はまだあるんだからさ。
 

リクト:サワキ。
 

サワキ:ん?
 

リクト:……ありがとう。
 

サワキ:改めて言われると、なんだか照れるねえ。
 

(しばし雨を眺める二人)

 

サワキ:……こうしてぼんやり座っていると、思い出すね。
 

リクト:何を?
 

サワキ:リクトと初めて会った日のこと。
 

リクト:あれは……
  
【間】
 
―回想

 

リクト:……ここにも足跡はなし、か。まだ体力にも余裕あるし、もう少し足を伸ばしてみようかな。……ん?
 

(リクト、何かを見つける)

(リクトの視線の先には倒れているサワキ)

リクト:リクト:えっ、人!?
 

(リクト、駆け寄って確認する)
 

リクト:……良かった、生きてる。ちょっと、おじさん。起きて。おじさん。ねえ、大丈夫?
 

(サワキ、目をさます)

 

サワキ:ん……?ああ、おはよう。
 

リクト:おはよう、じゃないよ。こんなところで寝てたら危ないって。
 

サワキ:危ない?
 

リクト:こういう開けた場所は、「壁」が落ちてきやすいから、危険だよ。
 

サワキ:「壁」?
 

リクト:まさか、知らないの?
 

サワキ:ああうん、「壁」。「壁」ね、うん。
 

(リクト、大きくため息をつく)

 

リクト:とりあえず、こっち。
 

サワキ:あ、うん。
 

(歩き出す二人)

 

リクト:おじさん、記憶喪失かなにか?
 

サワキ:どうなんだろう。でも、この世界のことはちゃんと理解しているよ。
 

リクト:分かっているのに、呑気にあんなところで寝てたわけ?
 

サワキ:だって、すごく眠かったからさ。
 

リクト:おじさんの名前は?
 

サワキ:なんだったかなぁ。
 

リクト:覚えてないの?
 

サワキ:そうみたいだ。
 

リクト:じゃあ……サワキ。思い出すまでサワキって呼ばせてもらうよ。
 

サワキ:サワキ?
 

リクト:高校の担任の名前。
 

サワキ:いい名前だ。気に入ったよ。
 

リクト:そう。良かった。
 

(空から透明な「壁」が落ちてくる)

 

リクト:ああほら、やっぱり「壁」が!サワキ!あそこの建物の陰まで走るよ!早く!
 

サワキ:あ、ああ!……わっ!

 

(サワキ、派手に転ぶ)

(リクト、慌ててサワキを助け起こす)
 

リクト:サワキ!あぁもう何してんのさ!ほら、つかまって!急いで!

サワキ:ああ……!

(二人、立ち上がって走り出す)

リクト:間に……あえぇぇぇぇぇ!
 
【間】
 
(倒れている二人)

(リクトがサワキに覆いかぶさるように倒れている)

 

サワキ:重い……。

リクト:うるさいな。あいたたた……。

サワキ:俺のこと、守ってくれたんだね。

 

リクト:……一応ね。

 

サワキ:置いていっても良かったのに。

 

リクト:そうもいかないでしょ。

 

サワキ:そうかい?

 

リクト:そうだよ。とにかく、間に合って良かった。

 

サワキ:……あのさ。

リクト:なに?

サワキ:重い。

 

リクト:むかつく。

 

(リクト、ゆっくりとサワキの上から退いて立ち上がる)

(サワキもゆっくりと起き上がる)

 

サワキ:怪我は?

リクト:ちょっと肘を擦りむいたくらい。サワキは?

 

サワキ:大丈夫。

 

リクト:そう、良かった。

 

サワキ:ありがとう。

リクト:でも今回は、「ハズレ」かな。

 

サワキ:何が?

 

リクト:なんでもない。

 

(リクト、あたりを見渡す)

 

リクト:ここも崩れそうで危ないね。もう少し移動しよう。
 
【間】
 

(二人、歩いている)


リクト:……大体この辺りまで来れば大丈夫。

 

サワキ:詳しいねぇ。

 

リクト:もうそれなりに長いこと旅してるからね。

 

サワキ:そうなのかい?

 

リクト:まあね。

 

サワキ:すごいな。

 

リクト:俺も、「こんな世界」になるまでは普通の男子高生だったんだよ。なんとなく学校に行って、なんとなく弁当食べて、なんとなく家に帰って、なんとなく風呂に入って寝て、また朝が来て。

 

サワキ:うん。

 

リクト:きっとサワキもそうだったんじゃないかな。普通の会社員、みたいな。きっとみんなそうだったんだ。

 

サワキ:覚えてないけど、そうだったのかもしれないね。

リクト:いつもの朝だと思った。今日も何となく一日を終えるんだろうな、って……。そうしたら。

 

サワキ:そうしたら?

 

リクト:家を出て歩いていたら、ついさっき通り過ぎた空き地に「透明な壁」が「落ちて」きたんだ。

サワキ:うん。


リクト:同時に、空が段々と灰色に、建物はものすごいスピードで廃墟になっていった。人の声がしてもいいはずなのに、さらさらと、ものすごく静かに。

 

サワキ:それが、「はじまりの日」?

 

(リクト、無言でうなずく)

リクト:怖くなってめちゃくちゃに走った。あんなに必死に走ったのなんか、小学校の運動会以来だったかも。気付いたら俺は、学校の裏山に来てた。

 

サワキ:今になって思うと、なかなかに危ない場所だね。

 

リクト:その時は「壁」について何にも知らなかったしさ。裏山からなら、何が起こっているか見渡せるかと思ったんだ。

 

サワキ:冷静だなぁ。

 

リクト:住み慣れた街に、見たこともない大きくて透明な「壁」がどんどん落ちてきて、そのたびにその壁の周りの景色が風化していく。すごく怖かったのに、悲鳴も出なかった。

サワキ:あまりに想像を超えたことが起きると、声が出なくなるっていう、あれだね。

リクト:「ああ、この世界は終わるんだ」って漠然と思った瞬間、俺の目の前にも「壁」が落ちてきた。

サワキ:それなのに君は……消えなかったのか!?

リクト:不思議なことにね。とにかく俺は衝撃で気を失って、目を覚ました時には……

サワキ:すっかりとこんな感じの世界になっていた、ってことか。

リクト:しばらくは何が起きたのか、どうしていいのか分からなくてぼーっとしてたんだけど、急に色んなことが心配になってきてさ。


サワキ:家族とか、友達とか?

リクト:……まあそんなところ。景色がだいぶ変わっちゃってたから、ボロボロの建物に僅かに残る看板や、表札なんかを頼りに街中を歩いてみたんだ。

サワキ:だけど誰もいなかった。何もなかった。

リクト:うん。

(サワキ、両腕を広げる)

サワキ:はい。

リクト:なに?

サワキ:胸を貸してあげようと思って。 

リクト:はあ!? 

サワキ:怖かっただろうなあ、って思ったらたまらなくなって。ほら、遠慮しないで。

(サワキ、リクトを抱きしめる)

リクト:ちょ、やめてってば!

 

(リクト、サワキを引き離す)

 

サワキ:君はまだ子供なんだから、遠慮なんかしなくていいのに。

リクト:遠慮なんかじゃないよ。

 

サワキ:そうかい?

 

リクト:そりゃあ怖かったよ。でも、ひととおり怖がって悲しんだら、今度は「とにかく生きなきゃ」って思って、旅を始めた、ってわけ。

サワキ:そうか。

(少しの間)

サワキ:でも不思議だね。

リクト:何が?

サワキ:なんで……あ、名前。そういえば君の名をまだい聞いてなかった。

リクト:……リクト。

サワキ:うん、いい名前だ。……それにしても、なんでリクトだけがこの世界に閉じ込められちゃったんだろうね。

リクト:分からない。

 

サワキ:そうか。

 

(サワキ、空を仰ぐ)

 

サワキ:……「壁」は、もうしばらく落ちてこなさそうだね。

 

リクト:ん。とりあえず、今日はここで少し休もう。

 

サワキ:……なあ、リクト。

 

リクト:なに?

 

サワキ:俺も、リクトの旅についていってもいいかい?

 

リクト:いいよ。ほっといたらあんた、死んじゃいそうだもん。

 

サワキ:ひどいなあ。

 
【間】

―雨やどり中の二人

サワキ:……そうそう、そんな感じだった。懐かしいねえ。

リクト:あれからどのくらい経ったんだろう。

 

サワキ:どのくらいだろうね。

(少しの間)

 

リクト:ねえ、考えてみたら……というか、今更ではあるんだけどさ、ここっておかしな世界だよね。

サワキ:本当に今更だね。どうしたんだい?

リクト:俺、最初の日からお腹すいてない。喉も乾かない。

 

サワキ:そういえば俺もだ。

リクト:今まで気が付かなかったの?

サワキ:ああ、意識したこともなかったよ。

リクト:変なの。

サワキ:そうだね。

リクト:それこそ、日付がないこととかも。

サワキ:まあ、日付を知るためのものが何もないからねえ。

リクト:そういうことじゃなくて。

 

サワキ:じゃあ、どういうことだい?


リクト:そもそもいつ一日が終わって次の日になったのか、とかが分からないって話。

 

サワキ:ふむ……?


リクト:お腹もすかないし喉も乾かない上に、朝も夜もないじゃない、ここ。……太陽が、沈まないんだから。

 

サワキ:ああなるほど。ここ、ずうっと白く曇ってるからね。

リクト:かろうじて身体の疲れや眠気なんかはあるから、一応生きてるなあ、とは思えるんだけど、時間の感覚はさっぱり。

 

サワキ:でもさ、それはありがたくもあるよね。

 

リクト:なんで?

 

サワキ:だって時間の感覚があったら、「もう何日この状態」とかが分かるわけだろう?リクトみたいにまじめな性格な子には、それってすごく怖く感じるんじゃないかなぁ。

 

リクト:……それも、そうか。

 

サワキ:それにさ、食欲があったら困るよ。ここ、食べられるものなんかなんにもないんだから。

 

リクト:まあ、ね。そう考えると、まあまあ俺たちに都合の良い世界でもあるよね。

 

サワキ:神様の同情かもしれないね。

 

リクト:なに急に。 

 

サワキ:ん?なんとなくだよ。神様がここに取り残された俺たちを見て、「ありゃあかわいそうに」って、少しだけ都合よくしてくれていたら、って思えば、少しは安心しないかい?

 

リクト:……そうかも。

 

サワキ:リクトはどんなことでもすぐに考え過ぎて、真っ赤なリンゴみたいな顔になるからなあ。

 

リクト:そんなことない。

サワキ:あるさ。

リクト:ないってば。

サワキ:あるよ。


リクト:……そういえばリンゴ、長いこと食べてないな。

 

サワキ:そうだね。

 

リクト:食欲はないけど、なんだか食べたい気がしてきた。

 

サワキ:……

(少しの間)

リクト:……雨、やまないね。

サワキ:やまないね。

リクト:本当に、なんで急に雨なんて降り出したんだろう。

サワキ:さあねえ。

リクト:きっと何かヒントがあるはずなんだ。

 

サワキ:マイアサウラ?

 

リクト:どうかな。

 

サワキ:そういえば、リクトがどうしてマイアサウラを探しているのか、聞いたことなかったね。

 

リクト:そういえば、聞かれたことなかった。

サワキ:教えてくれるかい?雨はまだ当分やみそうにないし。

 

リクト:……この世界に来る前に、何かの本で知ったんだ。「恐竜のなかでは初めて、子育てを本格的に行っていた可能性のある恐竜」だって。

 

サワキ:へえ。

 

リクト:「慈母竜(じぼりゅう)」なんて呼ばれてもいるんだ。

 

サワキ:素敵だね。

 

リクト:でしょ?だから、会ってみたいんだ。

サワキ:だからって、どうしてわざわざこの世界で?


リクト:……「はじまりの日」に、さ。

 

サワキ:ん?

 

リクト:ほら、俺たちが出会った日に話したでしょ。「はじまりの日」に、目の前に「壁」が落ちてきた、って。

 

サワキ:あぁ、言ってた!リクト、君よく無事だったよねえ。

 

リクト:それ、その時も言ってた。

 

サワキ:だって普通に考えれば、リクトの身体だってそのまま風化してるはずだろう?

リクト:うん。俺もそれが不思議だったんだけどさ。目が覚めた時、最初に視界に入ったんだ。……埃と灰が積もった真っ白な地面についた、ふたつの大きな足跡が。


サワキ:足跡?

 

リクト:象よりもずっと大きい、博物館なんかで見たことのある恐竜の足跡。まるで、俺の前にとっさに立ちはだかって、守ってくれたみたいな、足跡。

 

サワキ:……それが、マイアサウラ?

 

リクト:根拠はないけど、俺はそう確信したんだ。

 

サワキ:だから追っているのかい?

 

リクト:うん。

 

サワキ:でもリクト。「壁」の目の前にいたら、そのマイアサウラは……

リクト:生きていない。

 

サワキ:……

リクト:俺もそう思ったし、だから最初は探そうなんて思わなかった。でも別の日に、やっぱりまた見つけたんだ。落ちてきた「壁」のそばに、足跡を。

サワキ:別のマイアサウラかな。

 

リクト:それは分からない。同じ個体かもしれないし、違う個体かもしれない。だけど、生きて存在してるって分かったら、なんか元気が出たんだよ。

 

サワキ:そうか。

 

リクト:この何もない――生きていることの実感も薄れそうな世界で、ずっと会いたかった存在がいる。そう思ったら、追わずにはいられなかった。

サワキ:壁から何かを守る慈母竜かあ。会ってみたいね。

 

リクト:絶対見つけてみせる。

 

サワキ:見つけたら、一緒に背中に乗ろうか。

 

リクト:はあ?

 

サワキ:子供の恐竜になったつもりでさ。

リクト:子供の恐竜は、背中になんて乗らないと思うんだけど。

サワキ:楽しそうだと思ったんだけどなあ。

 

リクト:まあ、できるならやってみてもいいけどね。

 

サワキ:なんだ、やっぱり興味あるんじゃないか。君は本当に素直じゃないなあ。

 

リクト:うるさいな。

サワキ:雨、やんだね。

リクト:あ、ほんとだ。

 

サワキ:結構しっかりと降ったね。

 

リクト:そうだね。

 

(サワキ、廃墟の外に出る)

 

サワキ:うわっ!これはすごいぞリクト!地面がべっちゃべちゃだ!

 

(リクトも外に出る)

 

リクト:これじゃあ、足跡も流れちゃってるだろうな。

 

サワキ:お!灰が水を吸って白い粘土みたいになってるな!面白いぞ、リクト!触ってごらん!

 

リクト:サワキ、今日はこのままここで休もう。

 

サワキ:おーいリクト!

 

リクト:なに?

 

サワキ:空!

 

リクト:空?

サワキ:虹だ。

 

リクト:あ……

 

サワキ:綺麗だね。

 

リクト:うん……。

 

サワキ:こうやってみると、この真っ白な世界もまんざらじゃない気がしてこないかい?

 

リクト:……マイアサウラも、見てるかな。

 

サワキ:見ているんじゃないかな、きっと。
 
【間】
 
―数日後

 

リクト:サワキ、急いで。

 

サワキ:あの高めのビルのところだよね?

リクト:そう。

 

サワキ:ちょっと距離がないか。

 

リクト:少し走ろう。

 

サワキ:えええ。

 

リクト:時間が経つと、マイアサウラ、いなくなっちゃうだろ。

サワキ:そうかもしれないけど。

 

リクト:ほら、行くよ。

サワキ:ちょっと待ってくれ。疲れた。

 

リクト:でも、あと少しだから。

 

(サワキ、足を止める)

 

サワキ:そんなに頑張りすぎなくてもいいんじゃないか?時間はたくさんあるんだし、きっとまた会えるよ。

 

リクト:……時間がまだたくさん残っているかどうかなんて、分からないじゃないか。

 

サワキ:え?

 

リクト:こんな世界だよ。いつ目の前に「壁」が落ちてきて、自分が消えるか分からないじゃないか。

 

サワキ:それは

 

リクト:明日地球サイズの巨大な「壁」が落ちてきて、この星自体が消えてしまうかもしれないだろ。

サワキ:……そうだね。

リクト:ここはすでに死んだ世界なんだから。

 

サワキ:そうだけれども。

 

リクト:だから、急がなきゃならないんだ。サワキが走らなくても、俺は走るよ。

 

(リクト、走り出す)

サワキ:……時間は限られている、か。リクト!待ってくれ!やっぱり俺も行くよ!

(サワキも駆け出す)
 
【間】
 
リクト:……

 

サワキ:……

 

リクト:いないね。

 

サワキ:ごめん。俺がぐだぐだしていたせいだね。

 

リクト:ううん、いいよ。

 

サワキ:じゃあなんで、そんな顔をしているんだい。

 

リクト:どんな顔。

 

サワキ:君、今絶対機嫌悪いだろう?真っ赤なリンゴみたいな顔してる。

リクト:そんなことない。

サワキ:唇噛んで、眉だってつりあがってる。

 

リクト:そんなことないってば。

 

サワキ:それに、こっちを全く見ない。

 

リクト:そんなことないって言ってるだろ!

 

サワキ:ほら、やっぱり怒ってるじゃないか。

 

リクト:怒りそうになるのを我慢してるんだよ。だから黙ってて。

 

サワキ:どうして?

 

リクト:え?

 

サワキ:怒りたいなら怒ればいいじゃないか。

リクト:そんなこと、できるわけがないだろ。

サワキ:どうして?

リクト:マイアサウラを探すのは俺の都合で、サワキはそれに付き合ってくれてるだけじゃないか。そりゃ必死になんてなれないよ。それは分かってる。だから、俺が自分の都合を押し付けて怒るのは、おかしい。

サワキ:だから、どうして?

 

リクト:どうして、って。

 

サワキ:人間って、そういう生き物だろう?

リクト:え?

 

サワキ:自分の都合で、怒ってわめいて、戦って殺して、散らかして汚す。そういう生き物じゃないか。だから別にリクトがそういう面を見せても、俺はなんとも思わない。申し訳ないとは思うけれど、リクトのそれが悪いとは思わない。そんなものだと思うからね。

リクト:……サワキ?

サワキ:あ、ああごめん。ちょっとどうかしていたみたいだ。なんだってこんなこと。俺が悪いんだから、我慢なんてしないで怒っていい、って思っただけなんだよ。ほら、僕の方が大人だから。はは、言葉が下りてきたっていうのかな、こういうの。びっくりさせたね、すまない。

 

リクト:サワキ、もしかして記憶が?

 

(サワキ、しばし考える)

 

 

サワキ:いや、やっぱり思い出せない。変なこと言ってごめんよ。

 

リクト:うん……。

 

サワキ:でもね、そうやって我慢するのは本当に良くないよ。リクトの悪い癖だ。

 

リクト:そうやって、生きてきたから。

 

サワキ:どうして?

 

リクト:母親が、そういう人だったから。

 

サワキ:そういう人。

 

リクト:自分の都合と価値観で相手を否定するばっかり、みたいな。

 

サワキ:……それは、正(まさ)しく「人間」だね。

 

リクト:サワキ、今日は本当にどうしたの?

 

サワキ:ああ、うん、ごめん。ほんと、どうしちゃったんだろうな。変なことを言ったね。

リクト:……とにかく、俺はそういう人間になりたくなかった。だから、あんまり自分のことはさらけ出したくないんだ。たとえそれで、「面白みのない」「つまらない」奴だ、って周りに思われても、さ。

 

サワキ:ねえリクト。

 

リクト:なに。

 

(サワキ、手を伸ばしてリクトの頭を撫でる)

 

サワキ:いい子いい子。

 

リクト:なに、急に。やめてよ。

 

サワキ:「清く」いたかったんだね。「正しく」「優しく」いたかったんだね。

 

リクト:……

 

サワキ:でもそれは、とても孤独だよね。そしてとても、疲れるよね。

リクト:……っ!

サワキ:だから、いい子いい子。


(リクト、サワキの手を払いのける)

 

リクト:や、やめてよ。サワキ、ほんとに今日は変だって。

 

(サワキ、笑う)

 

リクト:とにかく、少しでも足跡を探して、今日はもう休もう。サワキ、疲れてるんだよ。

 

サワキ:うん。そうだね。きっと、そう、なんだと思う……

 

(サワキ、ふらつく)

 

リクト:サワキ!?

 

サワキ:ああ、大丈夫大丈夫。少し灰に足を取られただけだから……

 

(サワキ、何かに気付く)

 

サワキ:リクト!

 

リクト:え?

 

サワキ:あそこ!

 

リクト:マイアサウラの、足跡……!

 

サワキ:これ、歩いているんじゃないか?あっちに向かって続いてる!

 

リクト:生きてる……!

 

サワキ:そうだ!ほら、追ってみよう!

 

リクト:……

 

サワキ:リクト?

 

リクト:……休んでからで、いいよ。

 

サワキ:また雨が降ったら消えちゃうかもしれないぞ!?

 

リクト:そうしたら、また探す。

 

サワキ:でも時間が

 

リクト:それでも、今はサワキに休んで欲しい。

 

サワキ:リクト……。

 

リクト:足跡か、もしくは俺が消えちゃったらさ、それはきっとそういう運命だったんだ、ってあきらめがつくと思うんだ。でも、サワキが倒れて、もし死んじゃいでもしたら、それは絶対、すごく後悔すると思うから。

 

サワキ:……ごめん。

 

リクト:俺の都合の押し付けなんだから、むしろこっちが「ごめん」だよ。

 

サワキ:何に?

 

リクト:サワキがせっかく足跡を見つけてくれたのに、無駄にしてごめん、って。

 

サワキ:別にいいよ。

 

リクト:じゃあ、これでおあいこだね。ほら、横になって。

 

サワキ:うん。

 

(サワキ、横になる)
(少しの間)

 

サワキ:……リクト。

 

リクト:ん?

 

サワキ:マイアサウラが鳴いてるね。

 

リクト:え?

 

サワキ:ほら、聞こえる。 

 

(少しの間)

 

リクト:……向こうの建物が崩れた音だよ。

 

サワキ:そうか。

 

リクト:あのさ、サワキ。

 

サワキ:ん?

 

リクト:俺がマイアサウラに会いたい、もうひとつの理由なんだけどさ。

 

サワキ:うん。

 

リクト:「母さん」に会いたいんだ。

 

(サワキ、大きなあくびをする)

 

サワキ:そう、か。……優しくて、強いお母さん、だものな、マイア、サウラは……

 

(サワキ、話しながら眠ってしまう)

 

リクト:……母さん。マイアサウラ。母さん。慈母竜。俺が会いたい、のは。

 

(リクト、サワキの寝顔を見つめる)

 

リクト:サワキは……どうやってここに来たのかな。
 
【間】
  
―数日後


サワキ:なあ、今日はやけに暑くないかい?

 

リクト:太陽の位置は変わらないから、季節が変わることもないはずなんだけど、言われてみれば少し暑いかもね。

 

サワキ:ちょっと休憩しよう。喉が乾いた。

 

リクト:……え?

 

サワキ:なんだい?

 

リクト:喉……確かに少し乾いたね。

 

サワキ:うん。

 

リクト:今までそんなこと、なかったよね。

 

サワキ:……確かに。

 

リクト:この間の雨といい、少しずつ何かが変わっていってる、ってことなのかな。

 

サワキ:そうかもしれない。

 

リクト:いずれにせよ、まずいよね。

 

サワキ:まずい?

 

リクト:だって、灰と埃だけの世界で、どうやって喉を潤すのさ。

サワキ:……

 

リクト:とにかく、一度休憩しよう。このまま歩き続けたら、それこそ死んじゃうかもしれない。

サワキ:ああ、そうしよう。

(二人、座る)
(少しの間)


サワキ:……こないだ雨が降った時に、水を溜めておけば良かったね。

 

リクト:あの時は、まさか喉が渇く日がくるなんて思わなかったから。

 

サワキ:まあね。

 

リクト:一体どうして今になって、世界が変化を始めたんだろう。

 

サワキ:……

リクト:まるで、死んだ世界がもう一度生き返ろうとしているみたいだ。

 

サワキ:そうだね。


リクト:……モノリス?

 

サワキ:も、の……?なんだいそれ?

 

リクト:モノリス。元々は単なる一枚岩のことを指すんだ。

サワキ:へえ。

リクト:昔見た映画にさ、生物を劇的に進化させたり、生命を滅ぼしたりする役割をもつモノリスが出てくるんだ。

サワキ:うん。

リクト:ほら、「壁」。

 

サワキ:あ。

 

リクト:あの「壁」が、もしかしたらそれなんじゃないかな、って思って。だとしたら、マイアサウラは元々この世界にいたわけじゃなくて、「壁」が落ちてくるのと同時に生まれているのかもしれない。

サワキ:だから、いつも「壁」のそばに足跡があるってことかい?

リクト:うん。だから、もう少し歩いてみよう。

 

サワキ:でもそうしたら喉が。

 

リクト:俺の仮説が本当なら、壁のそばにはマイアサウラの痕跡だけじゃなくて、水や植物が発生している可能性もあると思うんだ。

 

サワキ:でも、あくまで仮説だろう?

 

リクト:それでも、ここでじっとしていても喉の渇きはおさまらないでしょ。頼りないけど、今はこの仮説を信じて歩くしかないよ。

(二人、立ち上がり歩き出す)

サワキ:……リクトはすごいなあ。

リクト:え?

 

サワキ:色んな事を知ってる。

 

リクト:……人とあんまり関わらない分、本や映画にはたくさん触れてきたから。それだけだよ。

 

サワキ:それに、一所懸命に生きていて、あきらめなくて、頑張り屋さんだ。最初の日だって、会ったばっかりの俺を命がけで助けてくれた。優しくてすごい子だ。人間、捨てたもんじゃないね。

 

リクト:また変なこと言って。ほら行くよ。

 

サワキ:はいはい。
 
【間】
 
―移動した先で

 

サワキ:……すごいぞ、リクト!本当に水が湧いてるじゃないか!

 

リクト:良かった……!これで生き延びられる。

 

(二人、水をすくって飲む)

サワキ:ああ、これはおいしい!生き返るなあ!

リクト:うん。美味しい。

 

サワキ:良かったね。

 

リクト:サワキを死なせてしまわないで済んで、良かったよ。

 

サワキ:君は責任感が強すぎるね、本当に。

リクト:もういいってば、その流れ。

 

サワキ:リクト。そこ。足元。

 

リクト:ん?……これ、四葉のクローバー?

 

サワキ:幸先いいだろう?

 

リクト:そうだね。

 

サワキ:よっ……と。

 

(サワキ、クローバーを摘む)

サワキ:ほら、プレゼントだ。

 

リクト:え?

 

サワキ:君の魂に、幸いあれ。

 

リクト:だからそういうの

 

サワキ:思い出したんだ。

 

リクト:え?

 

サワキ:全部、思い出したよ。

 

リクト:……

 

サワキ:もうすぐ、これまでで一番大きな「壁」が落ちてくる。

 

リクト:ちょっと、何言って

 

サワキ:それで、全てが「終わって」、「始まる」。

 

リクト:どういうこと?

 

サワキ:正解だよ、リクト。

 

リクト:なにが?ねえ、全然分からないよ。サワキ、本当にどうしちゃったのさ。

 

サワキ:モノリス。

 

リクト:え?

 

サワキ:これは、この星の自浄作用なんだ。

 

リクト:自浄……作用?

 

サワキ:そう。

 

サワキ:人間は、やり過ぎた。自分の都合でこの星にのさばり、貪り、汚し、もう引き返せないところまで来てしまった。


リクト:……天罰だった、ってこと?

 

サワキ:似ているけれど、少し違う。言っただろう?この星の自浄作用だって。地球には大きな、とても大きな意思が存在していてね、その意思が、「一度まっさらにしてやり直そう」と決めたんだ。

リクト:サワキは、何者なの?

 

サワキ:俺は、地球の意思の一部。

 

リクト:どうして、俺の前に?

 

サワキ:リクトが生き残ってしまったのは、ほんの些細なミスだったんだ。

 

リクト:ミス?

 

サワキ:そう、ミス。だけど地球は、これをひとつの「最後の審判」ととらえた。

 

リクト:言ってることが、全然分からないよ。

 

サワキ:ミスとはいえ、人間が生き残った。ならば、人間は今後も存在を許すに足る存在なのか、リセットした後の世界で、また生まれることを許していいのか。地球はそれを見定めようとしたんだよ。

 

リクト:サワキは俺を――人間を見定めるために現れたってことなんだね。

 

サワキ:だましていて、ごめんよ。

 

リクト:違うよ。

サワキ:え?

リクト:だって記憶、なくしてたじゃないか。それもきっと、些細な地球のミスなんでしょ。

 

サワキ:そうだね。

 

リクト:それなら、だましていたことにはならないよ。サワキは今日この日まで、俺と旅を、マイアサウラを探す旅をしてくれた。それだけじゃん。結果はどうあれ、さ。

 

サワキ:リクト……

 

リクト:次の「壁」で世界が完全にリセットされるなら、俺はきっと、消えるんだね。

 

サワキ:……

 

リクト:マイアサウラに、会いたかったな。

 

サワキ:俺も、会いたかったよ。

 

(少しの間)

(リクト、吹き出し笑い始める)

 

リクト:あははははは!

 

サワキ:リクト?

 

リクト:でも、楽しかったからいいや。

 

サワキ:え?

 

リクト:言ったじゃん、「自分が消えてしまうのならあきらめがつく」って。

 

サワキ:……

 

 

リクト:こんなになんにもない世界で、サワキと旅ができた。今までの世界じゃ考えられないくらい、たくさんしゃべって、笑って、怒って、泣いた。……すごく、楽しかった。だからいい。会えなくても、いい。

 

サワキ:リクト。

 

リクト:ん?

 

サワキ:決めたよ。

 

リクト:……

サワキ:人間は本当に愚かで、欲深い生き物だ。今のリクトだって、俺の気持ちを無視して、ひとりで勝手に満足して、本当にずるい生き物だ。俺はまだ全然満足も納得もしていないのに。

 

リクト:うん。

 

サワキ:だから、もう一回やり直しだ。追試だよ。

 

リクト:久しぶりに聞いた、その単語。

 

サワキ:リクトから学校の話を聞いた時から、使ってみたいと思っていた言葉だったんだ。

リクト:なんでそんな言葉。変なの。

サワキ:でも、リクトはやっぱり消えなくちゃならない。

 

リクト:まあ、人間が現れるのは、きっともっと後だもんね。

 

サワキ:ああ。

 

リクト:いいよ。言ったじゃん、悔いはない、って。

 

(サワキ、天を仰ぐ)

 

サワキ:……さあ、最後の「壁」が、来る。

 

リクト:ああこれは……すごいや……。

 

サワキ:リクト、手を出して。

リクト:え?

(サワキ、差し出されたリクトの手を握る)

 

サワキ:飛ぶよ。

 

リクト:え?ちょ……うわぁっ!

(二人、空中から地上を眺めている)


サワキ:リクトは今、これで完全に消えた。

 

リクト:随分あっけないね。

サワキ:終わりってのは、案外そんなもんだよ。

リクト:それにしたってさ。じゃあ今の俺は?

サワキ:俺に限りなく近い存在、かな。ひとつの概念とか、思想とか、そんな感じ。

リクト:……

 

サワキ:それでね。

 

リクト:うん。

 

サワキ:次に人間が生まれるまで、もう少しこうやって、俺と旅をしないかい。

(リクト、微笑む)

リクト:……いいよ。

 

サワキ:きっと楽しいよ。

 

リクト:特等席だね。

 

サワキ:そう、特等席だ。はい、これ。

 

(サワキが差し出した手には、いつの間にか林檎が握られている)


リクト:……リンゴ。

 

サワキ:この世界で最初のリンゴだ。

 

リクト:なんだか、アダムとイブみたいだね。

 

サワキ:それは違うよ。

リクト:そんなこと分かってるよ。いいじゃん、少しくらいロマンチックなことを言ってみたくなっただけだよ。

 

サワキ:アダムとアダムじゃないか。

 

リクト:サワキは、地球の意思だけど男って認識でいいわけ?

 

サワキ:うん、そうでいさせて欲しいな。

 

リクト:分かった。

 

サワキ:それじゃあ、最初の一口といこうか。

 

リクト:うん。……いただきます。

 

サワキ:いただきます。

 

(二人、両端から林檎を齧る)

 

リクト:美味しい。

 

サワキ:生き返るようだね。

 

リクト:うん、生き返る。

(少しの間)

リクト:……サワキ!

 

サワキ:うん?

リクト:あれ!ほら下!見て!

 

サワキ:あれは……

 

リクト:マイアサウラだ……!

 

サワキ:やっと会えたね。

 

リクト:うん……!

 

サワキ:子供もいる。

 

リクト:母親がご飯を食べさせてる……!本当に子育てしてたんだ……!すごい……!母さんだ……!

 

サワキ:リクト。

 

リクト:サワキ。

 

サワキ:楽しいね。

 

リクト:うん、楽しい。

サワキ:なあリクト。マイアサウラの次は何を探しに行こうか。

リクト:もう少しマイアサウラを見てから考えるよ。

 

サワキ:そうか。

 

サワキ:そうだ。俺、今度は最初の虫を探しに行ってみたいなあ。

 

リクト:ええ、虫?

 

サワキ:うん。なんとなく、だけどね。

 

リクト:しょうがないな。サワキの都合に付き合ってあげるよ。

 

サワキ:ありがとう。とりあえず、今日はここで休もうか。

 

リクト:日が落ちてきたもんね。

 

サワキ:夕焼け、綺麗だね。

 

リクト:うん、綺麗だ。……なんだか、眠くなってきた。

 

サワキ:時間はまだまだあるよ。だから、ゆっくり眠ろう。

 

リクト:うん……

 

(リクト、大きなあくびをする)

 

サワキ:おやすみ、リクト。また、明日。
 

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【幕】

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