#34「マイアサウラ」
(♂0:♀2:不問0)上演時間40~50分
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
リカ
【リカ】女性
高校生。終わってしまった世界で「マイアサウラ」を探して旅をする。
サラ
【サラ】女性
終わってしまった世界でリカが出会った謎の少女。
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―プロローグ
(雨が降っている)
(リカとサラ、廃墟の軒下に走ってくる)
リカ:っ、はぁっ!はぁっ!
サラ:はぁ……はぁ……!……危なかったねぇ。
(リカ、呼吸を整える)
リカ:まさか急に雨が降り出すなんて。
サラ:ほんとだよぉ。
リカ:「こんな世界」になってからこっち、ずうっと雨なんか降らなかったのに。
サラ:ずうっと灰色の曇り空、だったもんね。
リカ:……あのさ。
サラ:ん?
リカ:雨がやんだら、さっきの場所にもう一度戻ってみない?
サラ:あそこ、まだ調べるの?
リカ:もしかしたら今度こそ見つかるかもしれないでしょう?マイアサウラの足跡が。
(少しの間)
サラ:……リカはさ。
リカ:なあに?
サラ:本当に見つかると思ってる?マイアサウラ。
リカ:……探す。見つける。
サラ:なにムキになってるの。
リカ:だってサラは信じてないんでしょ?マイアサウラ。
サラ:そういう名前の恐竜がいたことは知ってるよ?リカが教えてくれたもん。でも遠い昔の生き物じゃん。それをなんで今、「こんな世界」で、って思って。
リカ:「こんな世界だから」だよ。
サラ:「こんな世界だから」かぁ。
リカ:うん。
サラ:まぁでも、リカがマイアサウラを探していなかったら、私たち出会えなかったかもしれないもんね。だから付き合うよ。どうせ時間はいっぱいあるんだしさ。
リカ:サラ。
サラ:なあに?
リカ:……ありがとう。
(サラ、照れ臭そうに笑う)
サラ:えへへ。
(しばし雨を眺める二人)
サラ:……それにしても、こうしてぼんやり座っているとさ、思い出すよね。
リカ:何を?
サラ:リカと初めて会った日のこと。
リカ:あれは……
【間】
―回想
リカ:……ここにも足跡はなし、か。まだ体力にも余裕あるし、もう少し足を伸ばしてみようかな。……ん?
(リカ、何かを見つける)
(リカの視線の先には倒れているサラ)
リカ:えっ、人!?
(リカ、駆け寄って確認する)
リカ:……良かった、生きてる。ねえ、あなた。起きて。ねえ、大丈夫?
(サラ、目を覚ます)
サラ:ん?んん?……あ、おはよぉ。
リカ:おはよ、じゃないよ。こんなところで寝てたら危ないじゃない。
サラ:危ない?
リカ:こういう開けた場所は「壁」が落ちてきやすいから、危険だよ。
サラ:かべ?
リカ:知ってるでしょ?
サラ:あーうん、「壁」、「壁」ね。
(リカ、大きくため息をつく)
リカ:とりあえず、ついてきて。
サラ:うん。
(歩き出す二人)
リカ:あなた、記憶喪失かなにかなの?
サラ:わかんない。でも「この世界」のことはちゃんと理解してるよ。
リカ:分かっててあんなところで、呑気に寝てたの?
サラ:だってすごく眠かったんだもの。
リカ:あきれた。ねえ、あなたの名前は?
サラ:なんだったかなぁ。
リカ:じゃあ……サラ。思い出すまでサラって呼ばせてもらうね。
サラ:うん。……サラ、いい名前。うん、好きだよ。
リカ:そう。良かった。
(空から透明な「壁」が落ちてくる)
リカ:はっ!やっぱり「壁」が!サラ!あそこの建物の陰まで走るよ!早く!
(リカ、サラの手をつかむ)
サラ:う、うん!……わっ!
(サラ、バランスを崩して転ぶ)
(リカ、慌ててサラを助け起こす)
リカ:サラ!あぁもう大丈夫!?
(二人、立ち上がり走り出す)
リカ:急いで!
(二人、悲鳴を上げて廃墟の中に飛び込む)
【間】
(倒れている二人)
(リカがサラに覆いかぶさるように倒れている)
サラ:重い……。
リカ:失礼ね。あいたたた……。
サラ:守ってくれたんだね。
リカ:そういうことに、なるのかな。
サラ:置き去りにしても良かったのに。
リカ:そうもいかないでしょ、バカ。
サラ:そう?
リカ:そうだよ。……とにかく、間に合って良かった。
サラ:……あのさ。
リカ:なに?
サラ:重い。
リカ:……むかつく。
(リカ、ゆっくりとサラの上から退いて立ち上がる)
(サラもゆっくりと起き上がる)
サラ:でも、ありがとう。びっくりした。怪我は?
リカ:ちょっと肘を擦りむいたくらい。サラは?
サラ:大丈夫みたい。
リカ:そう、良かった。
(リカ、ため息をつき、ぼそりと呟く)
リカ:……でも今回は、はずれかな。
サラ:何が?
リカ:なんでもない。
(リカ、あたりを見渡す)
リカ:ここも崩れそうで危ないか……。サラ、もう少し移動しよう。
【間】
(二人、歩いている)
リカ:大体この辺りまで来れば大丈夫。
サラ:詳しいねぇ。
リカ:もうそれなりに長いこと旅してるからね。
サラ:そうなの?
リカ:まあね。
サラ:すっごい。
リカ:……私も、「こんな世界」になるまでは普通の女子高生だったんだよ。なんとなく学校に行って、なんとなくお弁当食べて、なんとなく家に帰って、なんとなくお風呂に入って寝て、また朝が来て。
サラ:うん。
リカ:きっとサラもそうだったんじゃないかな。ううん、きっとみんなそう。
サラ:覚えてないけど、そうだったのかも。
リカ:いつもの朝だと思った。今日もなんとなく一日を過ごすんだろうな、って。それなのに……
サラ:それなのに?
リカ:家を出て歩いていたら、ついさっき通り過ぎた空き地にさっきのと同じ「透明な壁」が「落ちて」きたの。
サラ:うん。
リカ:それと同時に空が段々と灰色に、建物はものすごいスピードで廃墟になっていった。人の声がしてもいいはずなのに、さらさらと、ものすごく静かに。
サラ:それが、はじまりの日?
(リカ、無言でうなずく)
リカ:怖くなってめちゃくちゃに走った。あんなに必死に走ったのなんか、小学生の運動会以来だったかもしれない。そうして気付いたら私は、学校の裏山に来ていたの。
サラ:今思うと、なかなかに危ない場所だね。
リカ:その時は「壁」について何にも知らなかったしさ。裏山の頂上からなら、何が起こっているか見渡せるかと思ったんだ。
サラ:冷静だなぁ。
リカ:……住み慣れた街に見たこともない大きくて透明な「壁」がどんどん落ちてきて、そのたびにその壁の周りの景色が、人が風化していく。すごく怖かったのに、悲鳴も出なかった。
サラ:あんまりにも想像を超えたことが起きると、声、出なくなるもんね。
リカ:「ああ、この世界は終わるんだ」って漠然と思った瞬間、私の目の前にも「壁」が落ちてきたの。
サラ:えぇっ!?よく無事だったね!?
リカ:それは今でも不思議。とにかく私は衝撃で気を失って、目を覚ました時には……
サラ:すっかりとこんな感じの世界になっていた、ってことかぁ。
リカ:しばらくはどうしていいか分からなくてぼーっとしてたんだけどさ。急に色んなことが心配になってきて。
サラ:家族とか、友達とか?
リカ:……まあそんなところ。景色がだいぶ変わっちゃってたから、ボロボロの建物に残る看板や表札なんかを頼りに、とにかく歩いてみたんだけど……
サラ:けど誰もいなかった。何もなかった。……だよね。
(サラ、リカを抱きしめる)
リカ:ちょっと、何!?急に抱きついてこないで!
サラ:怖かっただろうなあ、って思って。
リカ:そういうの、いいってば!
(リカ、サラを引き離し、ため息をつく)
リカ:……そりゃあ怖かったよ。泣きもした。でも、ひととおり泣いたら、今度は「とにかく生きなきゃ」って思って、旅を始めた、ってわけ。
サラ:そっかぁ。
(少しの間)
サラ:……でも不思議だよね。
リカ:何が?
サラ:なんで……あ、名前。まだ聞いてなかった。
(リカ、もう一度ため息をつく)
リカ:リカ。
サラ:うん、いい名前。……それで、話しは戻るけどさ、なんでリカだけがこの世界に閉じ込められちゃったんだろうねぇ。
リカ:分からない。
(サラ、空を仰ぐ)
サラ:……「壁」、もうしばらくは落ちてこなさそうだね。
リカ:そうだね。とりあえず、今日はあそこの建物で少し休もう。
サラ:……ねえリカ。
リカ:なに?
サラ:私も、リカの旅についていってもいい?
リカ:いいよ。ほっといたらあなた、死んじゃいそうだもの。
サラ:あ、ひどいなあ。
【間】
―雨やどり中の二人
サラ:……そうそう、そんな感じだった。なっつかしー。
リカ:考えてみたら……というか、今更ではあるんだけど、おかしな世界だよね。
サラ:本当に今更だね。どしたの?
リカ:私、最初の日からお腹すいてない。喉も乾かない。
サラ:そういえば私もだ。
リカ:今まで気づかなかったの?
サラ:うん、意識したこともなかった。
リカ:……変な子。
サラ:えへへ。
リカ:あとはなにより、時間の感覚があんまりないこと。
サラ:時間?
リカ:私たちが初めて会った日からどれくらい経ったのか、全く分からないの。
サラ:私も分かんないよ。まあカレンダーもないしねえ。
リカ:そういうことじゃなくて。
サラ:じゃあ、どういうこと?
リカ:そもそもいつ一日が終わって次の日になったのか、とかが分からないって話。
サラ:んんー?よく分かんない。
リカ:お腹もすかないし喉も乾かない上に、朝も夜もないじゃない、ここ。……太陽が、沈まないんだもの。
サラ:そっかあ。ここ、ずうっと白く曇ってるもんね。
リカ:だから時間の感覚がさっぱりなんだよね。かろうじて身体の疲れや眠気はあるから、一応生きてるなあ、とは思えるんだけど。
サラ:でもさ、ありがたくもあるよね。
リカ:なんで?
サラ:だって時間の感覚があったら、「もう何日この状態」とか分かっちゃうわけでしょ?リカみたいにまじめな性格だと、それってすごく怖く感じるんじゃないかなぁ。
リカ:……それも、そっか。
サラ:それにさ、食欲があったら困るよ。ここ、食べられる物なんかなんにもないんだもん。
リカ:まあ、ね。そう考えると、まあまあ私たちに都合の良い世界でもあるよね。
サラ:……神様の同情かもよ?
リカ:神様の同情?
サラ:うん。神様がここに取り残された私たちを見て、「ありゃあかわいそうに」って少しだけ都合よくしてくれてたらって思うと、ちょっと安心しない?
リカ:そうかも。
サラ:リカってば、どんなことでも考えすぎて、すぐ真っ赤なリンゴみたいな顔になるから。
リカ:そんなことない。
サラ:ありますぅ。
リカ:ないもん。
サラ:あるもーん。
(サラ、くすくすと笑う)
(リカ、小さくため息をつく)
リカ:リンゴ、長いこと食べてないな。
サラ:そうだねぇ。
リカ:食欲はないけど、食べたいなぁ。
サラ:そうだねえ。
(少しの間)
リカ:……雨、やまないね。
サラ:やまないね。
リカ:本当に、なんで急に雨なんて降り出したんだろう。
サラ:わかんない。
リカ:きっと何かヒントがあるはず。
サラ:マイアサウラ?
リカ:どうかな。
サラ:そういえば、なんでリカがマイアサウラを探しているのか、聞いたことなかった。
リカ:そういえば聞かれたことなかったね。
サラ:教えてよ。雨、まだやみそうにないし。
リカ:……この世界に来る前に、何かの本で知ったの。「初めて子育てを本格的に行っていた可能性のある恐竜」だって。
サラ:へえ。
リカ:「慈母竜(じぼりゅう)」なんて呼ばれてもいるんだって。
サラ:なんか素敵だね。
リカ:でしょ?だから、会ってみたいの。
サラ:でも、なんでわざわざこの世界で?
リカ:……はじまりの日にさ。
サラ:ん?
リカ:ほら、私たちが初めて会った日に話したじゃない。はじまりの日に、目の前に「壁」が落ちてきた、って。
サラ:あぁ、言ってた!ほんと、よく無事だったよねぇ。
リカ:それ、その時も言ってた。
サラ:だって普通に考えれば、リカの身体だってそのまま風化してると思うんだ。
リカ:だよね。でも、目が覚めた私のすぐそばに、あったの。
サラ:あった?
リカ:埃と灰が積もった真っ白な地面についた、大きな足跡が。
サラ:足跡……
リカ:象よりもずっとおっきい、博物館なんかで見たことのある恐竜の足跡。まるで、私の前にとっさに立ちはだかって、守ってくれたみたいな、足跡。
サラ:……マイアサウラ?
リカ:根拠はないけど、私はそう確信した。
サラ:だから追ってるの?
リカ:うん。
サラ:でもさ、「壁」の目の前にいたら、そのマイアサウラはさ……
リカ:生きてない。
サラ:うん。
リカ:だから私も、最初は探そうなんて思わなかった。でも別の日に、また見つけたんだ。落ちてきた「壁」のそばに、足跡。
サラ:別のマイアサウラかな?
リカ:それは分からない。同じ個体かもしれないし、違う個体かもしれない。だけど、生きて存在してるって分かったら、なんか元気が出たの。
サラ:元気?
リカ:うん。この何もない――生きていることの実感も薄れそうな世界に、ずっと会いたかった存在がいるんだ、って。……そう思ったら、追わずにはいられなかった。
サラ:壁から何かを守る慈母竜かあ。私も会ってみたいなあ。
リカ:絶対見つけてみせる。
サラ:ねえねえリカ。マイアサウラを見つけたらさ、背中に乗ろうよ!
リカ:はあ?
サラ:子供恐竜ごっこ。
リカ:漫画じゃないんだから。子供の恐竜は、背中になんて乗らないと思うよ。
サラ:ええー。楽しそうじゃん。
リカ:まあ、できるならやってみてもいいけどね。
サラ:なあんだ、やっぱり興味あるんじゃん。素直じゃないなあ、リカは。
リカ:うるさい。
サラ:あ、雨。やんだよ。
リカ:ほんとだ。
サラ:結構しっかり降ったね。
リカ:そうだね。
(サラ、廃墟の外に出る)
サラ:うわっ!すごいよリカ!地面べっちゃべちゃ!
(リカも外に出る)
リカ:これじゃあ足跡も流れちゃってるだろうなあ。
(サラはリカの話を聞いていない)
サラ:ねえねえ!灰が水吸って白い粘土みたいになってる!ねえ、面白いよリカ!触ってみなよ!
リカ:サラ、今日はこのままここで休もう。
(サラ、空を見上げてあるものに気付く)
サラ:リカ!
リカ:なあに?
サラ:空見て!虹!
リカ:あ……
サラ:綺麗だねえ。
リカ:うん、綺麗。
サラ:こうやってみると、この真っ白な世界もまんざらじゃないねえ。
リカ:そう、かもね。
サラ:マイアサウラも見てるかなあ。
リカ:見てるんじゃないかな、きっと。
【間】
―数日後
(急ぎ足で歩く二人)
リカ:サラ、急いで。
サラ:ちょうどあの、高めのビルのところだよね?
リカ:そう。
サラ:ちょっと……距離あるよね。
リカ:少し走るよ。
サラ:えぇー。
リカ:「壁」が落ちてからあんまり時間が経つと、マイアサウラ、いなくなっちゃう。
サラ:そうかもしれないけど。
リカ:ほら、行くよ。
サラ:ねえ待って。私疲れたよ。
(サラ、足を止める)
サラ:そんなに頑張りすぎなくてもいいじゃん。時間はたくさんあるんだし、きっとまた会えるって。
リカ:……時間がまだたくさん残っているかどうかなんて、分からないじゃない。
サラ:え?
リカ:こんな世界だもの。いつ目の前に「壁」が落ちてきて、自分が消えるか分からないじゃない。
サラ:それは
リカ:今こうしている瞬間に、地球サイズの巨大な「壁」が落ちてきて、星自体が消えてしまうかもしれないじゃない。
サラ:うん。
リカ:ここはすでに死んだ世界だもの。
サラ:そう、だけども。
リカ:だから、急がなきゃいけないの。サラが走らなくても、私は走る。
(リカ、駆け出す)
サラ:時間は限られている、か……。リカ待って。私も行く!
(サラも駆け出す)
【間】
リカ:……
サラ:いないね。
リカ:うん。
サラ:ごめんね。私が変なこと言ったせいで。
リカ:ううん、いいの。
サラ:じゃあなんでそんな顔してるの。
リカ:どんな顔よ。
サラ:真っ赤なリンゴみたいな顔。今、絶対機嫌悪いでしょ。
リカ:そんなことない。
サラ:唇噛んで眉つりあげてさ。
リカ:そんなことないってば。
サラ:こっちを見てくれないし。
リカ:そんなことないって言ってるでしょ!
(少しの間)
サラ:……やっぱり怒ってるじゃん。
リカ:怒りそうになるのを我慢してるの。だから余計な事言わないで。
サラ:なんで?
リカ:え?
サラ:なんで我慢するの?怒りたいなら怒ればいいじゃん。
リカ:そんなこと、できるわけないでしょ。
サラ:どうして?
リカ:「マイアサウラを探す」っていうのは私の都合で、サラはそれに付き合ってくれてるだけだもの。そりゃ必死になんてなれないよね。そんなの分かってる。……自分の都合を押し付けて怒るのは、おかしいでしょ。
サラ:どうして?
リカ:どうして、って
サラ:人間って、そういう生き物じゃない?
リカ:え?
サラ:自分の都合で怒ってわめいて、戦って殺して、散らかして汚す。そういう生き物じゃない。だから別にリカがそういう面を見せても、私はなんとも思わない。ごめんねとは思うけど、リカのそれが悪いとは思わない。そんなもんだと思うもの。
リカ:……サラ?
(サラ、はっと我に返る)
サラ:あ……わ、私どうしちゃったんだろね。なんでこんなこと。我慢なんてしないで怒っていいよ、私が悪いんだもん、って思っただけなのに。あはは、なんか言葉が下りてきたっていうのかな?ほんと、変なの。
リカ:あなた、もしかして記憶が?
(サラ、しばらく考える)
サラ:……んー、やっぱり思い出せない!変なこと言ってごめんね、リカ!
リカ:うん……。
サラ:でもさ、そうやって我慢するの、本当に良くないよ。リカの悪い癖だと思う。
リカ:そうやって、生きてきたから。
サラ:どうして?
リカ:母親がそういう人だったから。
サラ:そういう人?
リカ:自分の都合と価値観で相手を否定するばかりの人。
サラ:……それは、正(まさ)しく人間じゃない。
リカ:ねえサラ、本当にどうしたの?
サラ:あ、うん、ごめん。ほんと、どうしちゃったんだろ。あはは、変なの。
リカ:……とにかく、私はそういう人になりたくなかった。だから、あんまり自分の中身はさらけ出したくないの。たとえそれで、「面白みのない」「つまらない」奴だ、って周りに思われても。
サラ:……ねえリカ。
リカ:なによ。
(サラ、手を伸ばしてリカの頭を撫でる)
サラ:いい子いい子。
リカ:なに、急に。
サラ:「清く」いたかったんだねぇ。「正しく」「優しく」いたかったんだねぇ。でもそれ、孤独だよねぇ。疲れるよねぇ。
リカ:……っ!
サラ:だから、いい子いい子。
(リカ、サラの手を払いのける)
リカ:や、やめてよ。サラ、ほんとに今日は変だよ。
サラ:そうだね、えへへ。
リカ:あと少しだけ足跡を探したら、もう休もう。サラ、疲れてるんだよ。
サラ:うん。そうだね。そう、だと思う……
(サラ、ふらつく)
リカ:サラ!?
サラ:あ、大丈夫大丈夫。少し灰に足を取られただけだから……
(サラ、何かに気付く)
サラ:リカ!
リカ:え?
サラ:そこ!見て!
リカ:マイアサウラの……足跡。
サラ:しかもこれ、歩いてるんじゃないかな!あっちに向かって続いてるよ!
リカ:生きてる……!
サラ:そうだよ!ねえ、追ってみよう!
(サラは駆け出そうとするが、リカは動かない)
リカ:……
サラ:リカ!
リカ:休んでからで、いいよ。
サラ:でも!いつまた雨が降って消えちゃうか分からないよ!?
リカ:そしたら、また探す。
サラ:でも時間が……
リカ:それでも、今私は、サラに休んで欲しい。
サラ:リカ……。
リカ:足跡か――もしくは私が消えちゃったらさ、それはきっとそういう運命だったんだ、ってあきらめがつくけど、サラが倒れて、もし死んじゃいでもしたら、それは絶対……すごく後悔すると思うから。
サラ:……ごめん。
リカ:私の都合の押し付けなんだから、むしろこっちが「ごめん」だよ。
サラ:何に?
リカ:サラがせっかく足跡を見つけてくれたのに、無駄にしてごめん、って。
サラ:別に、いいよ。
リカ:これでおあいこ、ってことにしよ。ほら、横になって。
サラ:うん。
(サラ、横になる)
(少しの間)
サラ:……ねえリカ。
リカ:ん?
サラ:マイアサウラが、鳴いてる。
リカ:え?
(リカ、しばし耳をすませる)
リカ:……向こうの建物が崩れた音だよ。
サラ:そっかぁ。
リカ:サラ、あのね。
サラ:ん?
リカ:私がマイアサウラに会いたい、もうひとつの理由。
サラ:うん。
リカ:「お母さん」に会いたいんだ。
(サラ、大きな欠伸をする)
サラ:そっかぁ。優しくて、強い「お母さん」……だもんね、マイア、サウラは……
(サラ、話しながら眠ってしまう)
リカ:……お母さん。マイアサウラ。お母さん。慈母竜。私が会いたい、のは。
(リカ、サラの寝顔を見つめる)
リカ:サラは……どうやってここに来たんだろうね。
【間】
―数日後
(黙々と歩く二人)
サラ:ねえ、今日暑くない?
リカ:太陽の位置は変わらないから季節が変わることもないはずなんだけど、言われてみれば少し暑いね。
サラ:ちょっと休憩しよ!喉乾いたぁ!
リカ:……え?
サラ:なあに?
リカ:喉……確かに少し乾いたね。
サラ:うん。
リカ:今までそんなこと、なかったよね。
サラ:……あ。
リカ:この間の雨といい、少しずつ何かが変わっていってる?
サラ:そう、かもしれない。
リカ:いずれにせよ、まずいよね。
サラ:どうして?
リカ:だって、灰と埃だけの世界で、どうやって喉を潤すの。
サラ:あ、そっか……。
リカ:とにかく、一度座って休憩しよ。このまま歩き続けたら、それこそ死んじゃうかもしれない。
(リカ、座る)
サラ:うん。
(サラ、座る)
(少しの間)
サラ:……こないだ雨が降った時に、水を溜めておけば良かったね。
リカ:あの時は、喉が渇く日がくるなんて思わなかったから。
サラ:まあね。
リカ:一体どうして、世界が変化していってるんだろう。
サラ:んー……
リカ:まるで、死んだ世界がもう一度生き返ろうとしているみたい。
サラ:そうだねぇ。
リカ:……モノリス?
サラ:も、の……なにそれ?
リカ:モノリス。元々は単なる一枚岩のことを指すんだけど、映画なんかだとね、生物を劇的に進化させたり、生命を滅ぼしたりする役割をもつモノリスが出てくるの。
サラ:んーうん?
リカ:ほら、「壁」。
サラ:あ。
リカ:あの「壁」が、もしかしたらそれなのかも、って。だとしたら、マイアサウラは元々この世界にいたわけじゃなくて、「壁」が落ちてくるのと同時に生まれているのかも。
サラ:だから、いつも「壁」のそばに足跡があるってこと?
リカ:うん。だから、休憩したらもう少し歩いてみよう。
サラ:え、でもそしたら喉が。
リカ:私の仮説が本当なら、壁のそばにはマイアサウラの痕跡だけじゃなくて、水や植物も発生している可能性が高いと思う。
サラ:でも、あくまで仮説でしょ?
リカ:ここでじっとしていたって喉の渇きは収まらないもの。頼りないけど、今はこの仮説を信じて歩くしかない。
サラ:うん、分かった。
(二人は立ち上がり、歩き出す)
(少しの間)
サラ:リカはすごいなあ。
リカ:なにが?
サラ:色んな事を知ってる。
リカ:人とあんまり関わらない分、本や映画にはたくさん触れてきたから。それだけよ。
サラ:それに、一生懸命に生きてて、あきらめなくて、頑張り屋さんで。……最初の日だって、会ったばっかりの私を命がけで助けてくれた。優しいなぁ、すごいなぁ、って思ったよ。人間、捨てたもんじゃないね。
リカ:また変なこと言って。ほら行くよ。
サラ:はいはーい。
【間】
―移動した先で
サラ:すごい……!リカ、ほら!ほんとに水が湧いてる!
リカ:良かった……!これで生き延びられる。
サラ:うんうん。
(サラ、水をすくって飲む)
サラ:あーっ!おいしい!生き返る!
(リカも水をすくって飲む)
リカ:うん、美味しい……。
サラ:良かったねえ。
(リカ、気恥ずかしそうに微笑む)
リカ:サラを死なせてしまわないで済んで、本当に良かったよ。
(サラ、けらけらと笑う)
サラ:責任感強すぎ。優しいなぁリカは、ほんと。
リカ:もういいってば、その流れ。
サラ:ねえ、ここ見て。
(サラ、地面を指さす)
リカ:ん?
(リカ、サラの指すものをまじまじと見つめる)
リカ:……これ、四葉のクローバー?
サラ:幸先いいでしょ。
(リカ、微笑む)
リカ:そうだね。
(サラ、クローバーを摘む)
サラ:あげる。
リカ:え?
サラ:四葉のクローバー、あげる。……あなたの魂に、幸(さいわ)いあれ。
リカ:ねえ、だからそういうの
サラ:思い出したんだ。
リカ:え?
サラ:全部、思い出した。
リカ:なに、を?
サラ:もうすぐ、これまでで一番大きな「壁」が落ちてくる。
リカ:ちょっと、何言って
サラ:それで全てが「終わって」、「始まる」。
リカ:どういうこと?
サラ:正解だよ、リカ。
リカ:なにが?ねえ、全然分からない。どうしちゃったの、サラ。
サラ:モノリス。
リカ:え?
サラ:これは、この星の自浄作用なの。
リカ:自浄……作用?
サラ:そう。
サラ:人間は、やり過ぎた。自分の都合だけでこの星にのさばり、貪り、汚し、もう引き返せないところまで来てしまった。
リカ:……天罰だった、ってこと?
サラ:似てるけど、少し違う。言ったでしょ?この星の自浄作用だって。地球には大きな、とっても大きな意思が存在していてね。その意思が、「一度まっさらにしてやり直そう」と決めたの。
リカ:サラ、あなたは一体何者なの?
サラ:私は、地球の意思の一部。
リカ:どうして、私の前に?
サラ:リカが生き残ってしまったのは、ほんの些細なミスだったの。
リカ:ミス?
サラ:そう、ミス。だけど地球は、これをひとつの「最後の審判」ととらえた。
リカ:言ってることが、全然分からないよ。
サラ:ミスとはいえ、人間が生き残った。ならば、人間は今後も存在を許すに足る存在なのか?リセットした後の世界でまた生まれることを許していいのか?地球はそれを見定めようとしたの。
リカ:あなたは、私を……、ううん、「人間」を見定めるために現れたのね。
サラ:……だましていて、ごめんね。
リカ:違うでしょ。
サラ:え?
リカ:だってサラ、記憶なくしてたじゃない。それもきっと、些細な地球のミス、なんでしょ。
サラ:そうだね。
リカ:それなら、だましていたことにはならないよ。
リカ:サラは今日この日まで、私と旅を――マイアサウラを探す旅をしてくれた。それだけじゃん。結果はどうあれ、さ。
サラ:リカ……。
リカ:次の「壁」で世界が完全にリセットされるなら、私はきっと、消えるんだね。
サラ:……
リカ:マイアサウラに、会いたかったなぁ。
サラ:うん……。私も、会いたかったよ。
リカ:……
サラ:リカ……
(少しの間)
(リカ、突然吹き出し、笑い始める)
リカ:あははははははは!
サラ:リカ?
リカ:でも!楽しかったから!いい!
サラ:え?
リカ:言ったじゃん、「自分が消えてしまうのならあきらめがつく」って。
サラ:……
リカ:こーんななんにもない世界で、サラと旅ができた。今までの世界じゃ考えられないくらい、たくさんしゃべって、笑って、怒って、泣いた。……すっごく楽しかった!だからいい!会えなくても、いい!
サラ:リカ。
リカ:ん?
サラ:私、決めたよ。
リカ:うん。
サラ:……人間は本当に愚かで、欲深い生き物だね。今のリカだって、私の気持ちを無視して、ひとりで満足しちゃってさ。私はまだ全然満足してないのに。
リカ:……
サラ:だから、もう一回やり直しです。追試です。
リカ:久しぶりに聞いた、その単語。
サラ:リカの学校の話を聞いた時から、使ってみたい言葉だったんだ。
(リカ、ふっと笑う)
リカ:なんでそんな言葉。変なの。
サラ:でも、今のリカはやっぱり消えます。
リカ:まあ人間が現れるのは、きっともっと後だもんね。
サラ:うん。
リカ:いいよ。言ったじゃん「悔いはない」って。
(サラ、天を仰ぐ)
サラ:……最後の「壁」が、来る。
(リカ、天を仰ぐ)
リカ:ああこれは……すごいや……。
サラ:リカ、手を出して。
リカ:え?
サラ:いいから。
(リカ、サラに手を差し出す)
(サラ、その手を握る)
サラ:飛ぶよ。
リカ:え?……きゃあ!
(二人は空中から地上を眺めている)
サラ:リカの肉体は、これで完全に消えました。
リカ:え、そうなの!?じゃあ今の私は?
サラ:うーん、私に限りなく近いかな。ひとつの概念とか、思念とか、そんな感じ。
リカ:随分あっけなく終わったなあ。
サラ:終わりってのは、あっけないもんだよ。
リカ:それにしたってさ。
サラ:……それでね。
リカ:うん。
サラ:次に人間が生まれるまで、もう少しこうして、二人で旅をしよう?
(リカ、微笑む)
リカ:……いいよ。
サラ:きっと楽しいよ。
リカ:ん。
サラ:はい、これ。
(サラが差し出した手にはいつの間にかリンゴが握られている)
リカ:リンゴ!
サラ:この世界で最初のリンゴです。
リカ:私たち、アダムとイブみたい。
サラ:違うよ。
リカ:いいじゃない、少しくらいロマンチックなこと言ったって。
サラ:そうじゃなくてさ。私達じゃイブとイブじゃん。
リカ:サラは、女の子って認識でいいわけ?
サラ:うん、そうでいさせて。
リカ:ん、分かった。
サラ:んじゃ、一緒に最初の一口といきますか!
リカ:うん!
サラ:あーん!
リカ:あーん!
(サラとリカ、両端からリンゴを齧る)
リカ:美味しい。
サラ:生き返るようだね。
リカ:うん、生き返る。
(二人、笑う)
(その時、リカが地上の何かに気付く)
リカ:……サラ!
サラ:なあに?
リカ:あれ!ほら下!見て!
サラ:あ……!
リカ:マイアサウラ……!
サラ:やっと会えたね。
リカ:うん……!うん!
サラ:子供もいる。
リカ:お母さんが、ご飯を食べさせてる……!ほんとうに子育てしてたんだ……!すごい……!お母さんだ……!
サラ:リカ。
リカ:サラ。
サラ:楽しいね。
リカ:うん、すっごく楽しい。
サラ:ねえリカ。今度は何を探しに行こうか。
リカ:もう少しマイアサウラを見てから考える。
サラ:そっか。……ねえ私、今度は最初の虫を探しに行きたい。
リカ:ええ、虫?
サラ:うん。なんとなく、だけど。
(リカ、ふっと微笑む)
リカ:しょうがないなあ。サラの都合に、付き合ってあげる。
サラ:えへへ、ありがとう。
(少しの間)
サラ:ねえ、リカ。とりあえず、今日はここで休もうか。
リカ:日が落ちてきたもんね。
サラ:夕焼け、綺麗だね。
リカ:うん、綺麗。なんだか眠くなっちゃう。
サラ:時間はまだまだあるよ。だからゆっくり眠ろう。
リカ:うん……
(リカ、大きな欠伸をする)
サラ:おやすみ、リカ。また明日。
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【幕】