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​​#31「アデライデ ―principesa―」

(♂1:♀1:不問0)上演時間30~40

※こちらの作品は#30「アデライデ ―tesoro―」の比率変更版です。


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アデライデ

【アデライデ】女性

滅びた王国の外れにある「黒き森」に住む魔女。

「呪い」によってその身を流れる時の流れが非常に遅くなり、非常に長生き。

 

マルコ

【マルコ】男性

かつてアデライデに命を救われて以来、アデライデに仕えている。

あいさつ代わりに「愛している」と告げるくらい、アデライデを愛している。

​※principesa(プリンチペッサ)とはイタリア語で「お姫様」の意味。

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―朝/アデライデの家
 

マルコ:アデライデ様。
 

(アデライデ、マルコの声で目覚める)

 

アデライデ:ん……んん……。ああ、マルコおはよう。
 

マルコ:おはよう、ではありません。また床で寝てしまわれたのですね。昨日はせっかく布団を干してふかふかにして、枕元に手製のポプリまで置いておいたというのに。
 

アデライデ:ああ……それはありがたいんだけどね。私はね、床で眠る方が性に合っているんだ。
 

マルコ:性に合っている、などと適当なことを。どうせ魔法の研究をしながら寝てしまったのでしょう?
 

アデライデ:……よく分かったね。
 

マルコ:分からないと思っている方がおかしいんですよ。
 

アデライデ:この「黒き森の魔女」に向かって随分な言いようだ。
 

マルコ:黒だろうが白だろうが、知ったことではありません。私は、貴女の身を心配して物申しているだけです。
 

アデライデ:……
 

マルコ:なんですか?珍しく神妙な顔をして。
 

アデライデ:いやね、私のことなぞ心配してくれるのは、マルコくらいなものだなあ、と思って。
 

マルコ:そりゃあ、こんなとうの昔に滅びた国で一人で暮らしていればそうもなります。もっと人里に下りてみてはいかがですか?アデライデ様の薬の知識や、生活に役立つ様々な魔法があれば、どこでだって好意的に受け入れてもらえると思うのですが。
 

アデライデ:そのつもりがあれば、とっくにそうしているよ。だがね、別に私は人助けをしたいわけじゃあないんだ。君の言う薬の知識や魔法は全て、私が長らく行っている「ある魔法」の研究の副産物に過ぎない。
 

マルコ:そうでしたね。それはもう何度も聞きましたとも。本当に偏屈なお人だ。
 

アデライデ:君こそ、相当なおせっかいだ。
 

マルコ:ではお互い様ということで。……ああそうだ、アデライデ様?
 

アデライデ:なんだい。
 

マルコ:裏庭の花壇が少し寂しくなって参りましたので、午後にでも貴女の魔法で、新しい花を咲かせて頂けませんでしょうか。
 

アデライデ:何の花がいい?
 

マルコ:そうですね……午後までに考えておきます。
 

アデライデ:分かった。ところで……マルコ。
 

マルコ:なんですか?ああ、朝食の準備ができましたよ。はい、座って。
 

(マルコ、アデライデの背を押して食卓につかせる)

 

アデライデ:あ、うん。……うえ、今日は野ぢしゃのスープか。
 

マルコ:お嫌いなのは存じ上げておりますが、万年睡眠不足の身体には栄養が必要です。しっかり召し上がって頂きますよ。ほら、口を開けて。
 

(マルコ、スプーンをアデライデの口元に持っていく)

 

アデライデ:……あーん。
 

マルコ:その調子です。
 

アデライデ:おえ。
 

(アデライデ、小さく息を吐いて話し始める)

 

アデライデ:それでね、マルコ。
 

マルコ:はい。……ああほら、パンくずを床に払わないで下さい。
 

アデライデ:あ、ごめん。
 

(マルコ、パンくずの掃除を始める)

 

アデライデ:……あのさ、ちっとも話が進まないんだが。
 

マルコ:失礼致しました。私としたことが、つい。それで?どうしたんですか?
 

アデライデ:いつもありがとう。 
 

マルコ:は?
 

アデライデ:怪我をして森を彷徨っていた君を戯れに助けた日から、毎日つきまとわれ……いや違う、毎日何くれと世話を焼いてもらって、なんやかやで楽しい毎日を過ごさせてもらっているよ、うん。
 

マルコ:それは……求婚ですか?
 

アデライデ:なんでそうなる。
 

マルコ:私がアデライデ様を尊敬し、かつ愛しているのはもうご存知でしょう?
 

アデライデ:君、挨拶代わりに愛の告白をしてくるからなあ。
 

マルコ:ああそういえば、今日の分がまだでした。

 

(マルコ、こほんと小さく咳ばらいをする)


マルコ:アデライデ様、私は今日も、貴女を愛しております。
 

アデライデ:あ、うん。それは、うん。
 

マルコ:求婚を受け入れる準備は整っております。今朝もきちんと身体を……
 

アデライデ:やめなさい。
 

マルコ:そうだ、ベッドを新調しなくてはいけませんね。今のベッドでは二人一緒には眠れませんから。
 

アデライデ:そうでなくて。
 

マルコ:ではなんだと言うのです。
 

アデライデ:「研究」が、完成したんだ。
 

マルコ:それはおめでとうございます。
 

(アデライデ、ぼんやりとマルコの顔を見つめる)

アデライデ:……君は不思議な男だな。
 

マルコ:そうでしょうか?私ほど分かりやすい人間もいないと思うのですが。
 

アデライデ:まあ……ある一面においては、そうかもしれないけど。
 

マルコ:そうですとも。
 

アデライデ:でも君は、私に付きまといこそするものの、私の言う事には一切踏み込んでこない。
 

マルコ:主(あるじ)の言う事に必要以上に首を突っ込まないのは、召使いの本分ですから。
 

アデライデ:でも気にならないのかい?その……「研究」の内容が。


マルコ:気にならない、と言えば嘘になります。ですが、人間言いたくない事のひとつやふたつあるものです。勿論私にだって。つまりは、そういうことです。
 

アデライデ:……自分の過去とか?
 

マルコ:お気付きでしたか?
 

アデライデ:うん。森で拾った時だって、どうして森にいたのかとか、怪我の理由とか、君はそういうことは一切話さなかったから、きっとそうなのだろうなあ、と。
 

マルコ:未だに触れて来られませんよね、そういえば。そういう律儀なところ、素直に尊敬致します。もう十年は経つというのに。
 

アデライデ:私にとってはたったの十年さ。ああでも、それを聞いてこなかったのは、確かに君と同じ理由だね。言われてみれば納得だ。
 

マルコ:そうでしょう?
 

アデライデ:うん。
 

マルコ:それで?その口調からすると、今回は「聞いて欲しい」ということでよろしいですか?その研究の内容を。
 

アデライデ:流石だね。
 

マルコ:貴女を愛しておりますから。
 

アデライデ:愛して……か。
 

(マルコ、アデライデの向かいに座る)

マルコ:さて、もうこれ以上は余計な口を挟みません。アデライデ様のお好きなように、お好きなだけお話し下さい。
アデライデ:ありがとう。さて、どこから話したものか。いや、やはり結論からだな。

 

(アデライデ、大きく息を吐き話し出す)

アデライデ:……私が完成させたのはね、「自らを殺す魔法」だよ。

(少しの間)


マルコ:……口を挟んでもよろしいですか?
 

アデライデ:ああ。
 

マルコ:つまりアデライデ様は、死にたいと仰る。
 

アデライデ:……うん。
 

マルコ:まさかとは思いますが、私の寿命が尽きた時に共に死ぬため……ではありませんよね?
 

アデライデ:うん、違う。
 

マルコ:では、私より先に死ぬおつもりですか。
 

アデライデ:そういうことになるかな。
 

マルコ:理由を伺っても?
 

アデライデ:その前に、君に問いたいことがある。
 

マルコ:なんでしょうか。
 

アデライデ:君が私を「愛している」と言い始めたのは、一体いつ頃だったかな。
 

マルコ:流石に私もそこまでは覚えておりません。愛とは、明確にいつから生まれるというものでもありませんから。
 

アデライデ:それは正しい。正しいが、私には君の愛の言葉がどうにも不可解でね。
 

マルコ:私の愛をお疑いになるのですか?
 

アデライデ:だって君は、私を憎んでいるはずだから。
 

マルコ:……っ!
 

アデライデ:いいや、憎んでいなくてはならないんだ。
 

マルコ:……なぜそうお思いに?
 

アデライデ:君は……私の血縁だろう?大甥(おおおい)と呼べばいいのかな。
 

(マルコ、小さく息を吐く)

 

マルコ:やはり、「黒き森の魔女」の目は欺けませんでしたか。
 

アデライデ:だって君は、隣国に嫁いだ私の姉にそっくりだから。
 

マルコ:私は祖母の……フラヴィアーナ妃の顔は知りません。フラヴィアーナ妃は、貴女と同じ魔女の一族である己の肖像画を残しませんでしたし、なにより私の母を産んで早々に病で亡くなりましたから。
 

アデライデ:知っている。
 

マルコ:祖父であるランベルト王もその直後、同じ病に倒れました。フラヴィアーナ妃の時と異なり、その病は数十年に渡って王の肉体を蝕み、そしてついに――私が十五の誕生日を迎える頃、その命を奪ったのです。
 

アデライデ:ああ、全て知っている。身体の末端から黒く固まり、最後にはこの「黒き森」の樹木のように、炭の塊のようになって死ぬ病――この国とその民、そしてフラヴィアーナとランベルトの命を奪った病こそ、私の「呪い」だ。
 

マルコ:呪われた国の、よりにもよって呪った張本人の姉を妃に迎え入れることに、元より王国民は反対しておりました。その上、王まで呪いで死んだとあれば、その怒りの矛先が貴女と血を同じくする私たちに向くのは、時間の問題でした。


アデライデ:……「魔女狩り」か。実に度し難い。
 

マルコ:全て貴女のせいです。アデライデ様。
 

アデライデ:そうだな。
 

マルコ:祖父はフラヴィアーナ妃をとても愛していたそうです。ええそれこそ、国民の反対を押し切るほどに。……フラヴィアーナ妃が貴女の姉でさえなければ、きっとずっと幸せな日々が続いたはずです。
 

アデライデ:フラヴィアーナは、それはそれは魅力的だったからね。そう、まるで春の女神のような温かい笑顔に軽やかな身のこなし、快活な笑い声……。うん、今でもよく覚えている。誰もが熱心に彼女を愛したものだよ。私の許嫁であったランベルトも、例外ではなかった。
 

マルコ:でも貴女はフラヴィアーナ妃を呪った。それだけでは飽き足らず、自らの国とその民と、そして祖父も呪った。
 

アデライデ:そうさ。全てを呪ったんだよ、私は。
 

マルコ:……
 

アデライデ:……私たちは同じ顔、同じ背丈、同じ声を持つ双子の魔女であったはずなのに、両親も、国民も、皆がフラヴィアーナだけを愛した。
 

マルコ:嫉妬、ですか。
 

アデライデ:その当時の私にはその感情を何と呼べば良いのか、まだよく分からなかったよ。ただ……なんとなく悲しかった。
 

マルコ:悲しかった……。
 

アデライデ:ある日、幼い頃から憧れ続けたランベルトが、私との婚約の破棄とフラヴィアーナとの婚約を両親に申し出て、快諾を得たと聞かされた。
 

マルコ:……

 

アデライデ:その時だ。その時にやっと、名を持たなかった全ての感情が「絶望」という器に収まり……
 

マルコ:呪いとなって溢れ出した、というわけですか。
 

アデライデ:おかしいだろう?フラヴィアーナが春の花園なら、私は陰気で寒々しい冬の監獄だ。だからこんな結末だって、簡単に予想できたはずなのに。……諦めるのは、簡単だったはずなのに。
 

マルコ:それでも、呪わずにはいられなかったのですか。
 

アデライデ:信じられないかもしれないが、そもそも私に呪うつもりはなかったんだ。ただ当時の私は本当に、あまりにも幼くて、自らの感情と力の御(ぎょ)し方がね、分からなかったのさ。
 

マルコ:つまり、事の原因は……事故であったと?
 

アデライデ:そんな無責任なことは言わないよ。ああいう結末になったということは、少なからず私の中に「呪わしい」という感情があったのだろうからね。
 

マルコ:ではやはり、全ては貴女のまき散らした呪いのせいだと、認めるのですね。
 

アデライデ:……ああ。そして私は「黒き森の魔女」として、「死」をばら撒く者として恐れられるようになった。両親を始め、国民はひとり、またひとりと死んでいった。途方もない数の死を見続けた。一刻も早く死にたかったよ。
 

マルコ:だけど、死ねなかった。
 

アデライデ:呪いはね、この身をも蝕んでいたのさ。
 

マルコ:……不死の呪い、ですか。
 

アデライデ:正確にはこの身体を流れる時の流れが遅くなる呪いだね。そして、とんでもなく先に設定されてしまった寿命を全うするまでは死ねない呪い。何度も、何年も自死を試みた末に、やっと分かったよ。
 

マルコ:……
 

アデライデ:段々と、自分が何者なのか分からなくなっていった。私は誰からも愛されず、誰とも同じ時を過ごすことが出来ない。もはや自分が呪いそのものなのではないかとすら思えてきたよ。
 

マルコ:その答えは、出たのですか?
 

アデライデ:どうだろうね。ただ、恐らくこれが、私にとって一番の呪いだったんだ。自らの行いとその顛末を、それらが歴史に埋もれてしまうまで見届けなければいけないことが、ね。
 

マルコ:苦しみましたか?貴女の両親、貴女の国の民、フラヴィアーナ妃とランベルト王、そして、生きたまま火にかけられた私の両親と、幼い弟妹たちと同じくらい。
 

アデライデ:いいや、まだまださ。まだ苦しみ足りない。
 

マルコ:では、貴女が寝食を惜しんで「研究」を続けていたのは――自らを殺す方法を探し続けていたのは、一体何のためだったのですか?

 

(しばし見つめ合う二人)
 

アデライデ:……話を戻そう。
 

マルコ:……
 

アデライデ:十年前、魔女狩りの手を逃れた君は、私を殺すためにこの森へやってきた。そうだね?
 

マルコ:……貴女を殺してその首を国に持ち帰れば、家族の名誉が挽回できると思いました。
 

アデライデ:では何故、殺さなかった? 
 

マルコ:今となってはもう分かりません。
 

アデライデ:分からない?
 

マルコ:アデライデ様。貴女は恐らく全てを理解していたはずだ。
 

アデライデ:……
 

マルコ:それなのに貴女は何も言わず、何も聞かずに行き倒れた私に治療を施し、薬湯(やくとう)を飲ませ、この家に置いてくれました。
 

アデライデ:もう人の死など見たくなかったからね。
 

マルコ:私の看病をしながら、空いた時間で魔法の研究をし、時に弾みで生まれた新しい魔法を私に披露しては満足そうにうなずいて、何度言っても床で子供のような顔で眠る貴女の姿は、あまりにも「呪い」とは程遠かった。……あまりにも、穏やかな日々でした。
 

アデライデ:罪滅ぼしをしたつもりになっていたんだよ。単なるごっこ遊びさ。
 

マルコ:そうだったのでしょうね。ですから私は、それに徹底的に付き合ってやろうと思いました。そのまま居ついて召使いとなったのも、そのためです。貴女が気を許し切った時、その背にナイフを突き立てるつもりでおりました。


アデライデ:では何故そうしなかった?私はいつだって隙だらけだったはずだ。
 

マルコ:簡単な話です。いつしか私も、そのごっこ遊びを楽しいと思うようになってしまった……それだけです。
 

アデライデ:……
 

マルコ:陰気で哀れな猫背の魔女が、頑是(がんぜ)ない少女のような顔をしてごっこ遊びに興じている姿を、「愛おしい」と思うようになってしまったのです。
 

アデライデ:いつからか君が言うようになった「愛している」は、真実であったと?
 

マルコ:この期に及んで、まだそれを疑いますか?
 

アデライデ:呪いそのものを愛する者がいるものか。
 

マルコ:ここに。
 

アデライデ:……ばかやろう。
 

マルコ:貴女は「ただの研究の副産物」と言うかもしれませんが、私は貴女の「花壇いっぱいに花を咲かせる魔法」が好きです。
 

アデライデ:は……?
 

マルコ:あと、「洗濯物がすぐに乾く魔法」と「なくした靴下の片方が見つかる魔法」も好きです。
 

アデライデ:何を
 

マルコ:貴女が生み出す魔法は、どれも取りこぼした幸せを拾い集めるようなものばかりでした。だから、とても愛おしくて、好きです。
 

(アデライデ、力なく微笑む)

アデライデ:……だから私は、前よりもっと死にたいと思うようになったよ。たとえ無責任と世界に謗(そし)られようとも、それでも、とにかく死にたくて仕方がなかった。
 

マルコ:何故ですか?
 

アデライデ:君を解放したかった。
 

マルコ:解放?
 

アデライデ:君と日々を過ごし、君に「愛している」と告げられるたび、自分が許されてゆくような気がしたんだ。
……私が許されることなど、あってはならないんだよ。

 

マルコ:……
 

アデライデ:君は、私がいなければ幸せな王子様のまま生涯を終えるはずだったんだ。だから私は君に憎まれていなければいけない。そうだろう?


マルコ:それで、死のうと?
 

アデライデ:君が、本当にしつこく私につきまとうから。
 

マルコ:……愛していますから。
 

アデライデ:それをはねのけることができないんだよ。私は本当に、恥知らずだから。
 

マルコ:お気付きですか?その言葉は、私には何よりの喜びである、ということを。
 

アデライデ:喜ばないでくれ。
 

マルコ:だって貴女は私を
 

アデライデ:それ以上はいけない。頼むから、このまま何も言わずに死なせてくれないか。
 

マルコ:そうして貴女は、私にも呪いをかけるのですか?
 

アデライデ:え?
 

マルコ:愛する者の死がどれほど心を裂くか分からないほど、貴女は馬鹿なのですか?
 

アデライデ:……フラヴィアーナと、ランベルトのことか。
 

マルコ:貴女は本当に馬鹿です。魔法を使う事以外は、本当に何にもできない、何も分からない、馬鹿な王女様です。
 

アデライデ:王女などと呼ぶな。私はただの魔女だ。
 

マルコ:いいえ、王女様です。世間知らずの、視野の狭い王女様だ。……私と、何ら変わりません。
 

アデライデ:……君を世間知らずと言うのなら、私は赤子と同じだな。
 

マルコ:そうですね。ですから、きちんとお世話して差し上げなければ。
 

アデライデ:お世話ってなんだい。
 

マルコ:私がいかに貴女を愛しているか、赤子に伝えるように教えて差し上げますよ。
 

アデライデ:それはもう十分だ。
 

マルコ:いいえ、まだです。貴女が死のうとするのをやめるまで伝えます。死のうとする隙を与えないように、これまで以上にしっかりとお側に仕えさせて頂きますよ。
 

アデライデ:マルコ……
 

マルコ:そしていつしか私が、幼い貴女が夢に見た王子様になりましょう。
 

アデライデ:え?
 

マルコ:魔女は王子のキスでお姫様に戻るんです。そんな話、ありませんでしたっけ。
 

アデライデ:知らない……。
 

マルコ:では、私たちがその童話になればいい。
 

アデライデ:無茶苦茶だ。子供が泣くよ、そんな話。
 

マルコ:最後に「めでたしめでたし」で終わればいいだけの話です。
 

アデライデ:本当に、無茶を言う。
 

マルコ:アデライデ様。
 

アデライデ:……なんだい。
 

マルコ:私の愛もまた、「呪い」なのですよ。
 

アデライデ:呪い?
 

マルコ:貴女を甘く現世に縛り付ける「呪い」です。そして、決して死なせない「呪い」。

アデライデ:……

マルコ:貴女は自らの罪の象徴ともいえる私に愛されるのです。罪悪感にさいなまれながら、毎日私の求愛を受けてもらいましょう。そうしてその罪悪感が甘く溶ける頃、貴女はまだ若いまま、先に老いて死ぬ私を見送るのです。
 

(アデライデ、深く息を吐く)

アデライデ:ああそれは……少しきついなあ。
 

マルコ:私が死んだら解放して差し上げますよ。
 

アデライデ:後を追って死ぬかもしれないぞ。
 

(少しの間)

マルコ:……許します。
 

アデライデ:え?
 

マルコ:許しますよ。
 

(アデライデ、小さく震える)

 

アデライデ:……っ!
 

マルコ:アデライデ様、勘違いなさらないで下さい。私はまだ、貴女を許したわけではないのです。
 

アデライデ:ああ、そうだ。それでいいんだ。なのに、君は何故……
 

マルコ:けれど同じだけ、貴女を愛しているんです。だから私も呪いをかけます。私が死ぬまで、呪われていて下さい。
 

アデライデ:あ……
 

マルコ:冥界の門の前で貴女を待っていますね。そして再び貴女に会えたその時こそ、私は貴女の死ごと許します。
 

(アデライデの瞳から涙が溢れる)
 

マルコ:愛しています、アデライデ様。
 

アデライデ:あ……あぁぁ……っ!
 

(子供のように泣きじゃくるアデライデ)

【間】
 
―数十分後

 

マルコ:……お茶がすっかり冷めてしまいましたね。入れ直しましょう。
 

(アデライデ、小さく鼻をすする)

 

アデライデ:……頼むよ。
 

マルコ:そうそう、裏庭の花壇に咲かせて頂きたい花の話ですが。
 

アデライデ:ああ、その話か。
 

マルコ:ネモフィラの花でお願いします。
 

アデライデ:ネモフィラ?
 

マルコ:ええ。アデライデ様が「花壇いっぱいに花を咲かせる魔法」で最初に咲かせてくれた花です。
 

アデライデ:よく覚えているな。
 

マルコ:アデライデ様は、ネモフィラの花言葉をご存知ですか?
 

アデライデ:いいや。
 

マルコ:「あなたを許します」だそうです。
 

(アデライデ、小さく微笑む)

 

アデライデ:……君は本当に意地悪で皮肉屋だな。
 

マルコ:お許しください。私はどうも、意地悪をされている貴女を見るのが大好きなようで。
 

アデライデ:悪趣味だ。
 

マルコ:ああそうだ、もう魔法の研究をする必要はないでしょうから、今晩はきちんとベッドで寝てください。分かりましたか?
 

アデライデ:ああ、分かったよ。
 

マルコ:あと、今朝残したスープは夜にまたお出しします。きちんと飲んで頂きますからね。
 

アデライデ:……うまくごまかしたと思ったが、逃げ切れなかったか。
 

マルコ:当り前です。私を誰だと思っているのですか。
 

アデライデ:「黒き森の魔女」の唯一の召使いだ。
 

マルコ:その通り。
 

(マルコ、アデライデを見つめ微笑む)

 

マルコ:……そして。アデライデ様、貴女を誰よりも愛する者です。
 

アデライデ:……そうだな。


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【幕】

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