#30「アデライデ ―tesoro―」
(♂0:♀2:不問0)上演時間30~40分
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アデライデ
【アデライデ】女性
滅びた王国の外れにある「黒き森」に住む魔女。
「呪い」によってその身を流れる時の流れが非常に遅くなり、非常に長生き。
ベルタ
【ベルタ】女性
かつてアデライデに命を救われて以来、アデライデに仕えている。
あいさつ代わりに「愛している」と告げるくらい、アデライデを愛している。
※tesoro(テソーロ)とは、イタリア語で「宝物」の意味。
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―朝/アデライデの家
ベルタ:あぁ!アデライデ様!
(アデライデ、ベルタの声で目を覚ます)
アデライデ:ん……んん……。ああ、ベルタおはよう。
ベルタ:おはよう、じゃないですよ。また床に寝て!昨日はせっかく布団を干してふかふかにして、枕元にお手製のポプリまで置いておきましたのに!
アデライデ:いや、それはありがたいんだけどね。私は床で眠る方が性に合っているんだよ。
ベルタ:性に合っている、だなんて適当なことを。どうせ魔法の研究をしながら寝てしまったに違いありません。
アデライデ:……よく分かったね。
ベルタ:分からないと思っている方がおかしいんですよ。
アデライデ:この「黒き森の魔女」に向かって随分な言いようだ。
ベルタ:黒だろうが白だろうが、知ったこっちゃありません。私は貴女の身を心配しているんです。
アデライデ:……
ベルタ:あら、なんですか。珍しく神妙な顔をして。
アデライデ:いや、私のことなぞ心配してくれるのは、ベルタくらいのものだなあ、と思って。
ベルタ:そりゃあ、こんなとうの昔に滅びた国で一人で暮らしていればそうもなりましょう。もっと人里に下りてみてはいかがです?アデライデ様の薬の知識や、生活に役立つ様々な魔法があれば、どこでだって好意的に受け入れてもらえると思うのですが。
アデライデ:そのつもりがあれば、とっくにそうしてるよ。だがね、別に私は人助けをしたいわけじゃあないんだ。君の言う薬の知識や魔法は、全て私が長らく行っている「ある魔法」の研究の副産物に過ぎない。
ベルタ:ええ、ええ、そうでしたわね。何度も伺っております。本当に偏屈なお人ですこと。
アデライデ:君こそ、相当なおせっかいだ。
ベルタ:ではお互い様ということで。ああそうだ、アデライデ様?
アデライデ:なんだい。
ベルタ:裏庭の花壇が少し寂しくなって参りましたので、午後にでも貴女の魔法で、新しい花を咲かせて頂きたいのです。
アデライデ:何の花がいい?
ベルタ:そうですわねえ……ちょっと午後まで考えておきます。
アデライデ:分かった。ところで……ベルタ。
ベルタ:なんですか?ああ、朝食の準備ができましたよ。はい、座って。
(ベルタ、アデライデの背を押し、テーブルにつかせる)
アデライデ:あ、うん。……うえ、今日は野ぢしゃのスープか。
ベルタ:お嫌いなのは存じております。ですが、万年睡眠不足の身体には栄養が必要ですわ。しっかり召し上がってくださいまし。ほら、口を開けて。
(ベルタ、スプーンをアデライデの口元に持っていく)
アデライデ:……あーん。
ベルタ:はい、よろしい。
アデライデ:おえ。
(アデライデ、小さく溜息をつく)
アデライデ:……それでね、ベルタ。
ベルタ:はい。ああほら、パンくずを床に払わないで下さい。
アデライデ:あ、ごめん。
(ベルタ、床のパンくずを片付ける)
アデライデ:……あのさ、ちっとも話が進まないんだが。
ベルタ:失礼致しました。私ったらつい。それで?どうしたんですか?
アデライデ:いつもありがとう。
ベルタ:は?
アデライデ:怪我をして森を彷徨っていた君を戯れに助けた日から、毎日つきまとわれ……いや違う、毎日何くれと世話を焼いてもらって、なんやかやで楽しい毎日を過ごさせてもらってるよ、うん。
ベルタ:は?え?あの、どうされました?求婚ですか?
アデライデ:なんでそうなる。
ベルタ:だって、私がアデライデ様を尊敬し、かつ愛しているのはもうご存知でしょう?
アデライデ:君、挨拶代わりに愛の告白をしてくるからなあ。
ベルタ:そういえば、今日の分がまだでした。
(ベルタ、こほんと小さく咳払いをする)
ベルタ:アデライデ様、私は今日も貴女を愛しております。とっても。
アデライデ:あ、うん。それは、うん。
ベルタ:求婚を受け入れる準備は整っております。ほら、下着だって……
アデライデ:やめなさい。
ベルタ:ああそうだ、ベッドを新調しなくてはなりませんね。今のベッドでは二人一緒には眠れませんもの。
アデライデ:そうでなくて。
ベルタ:じゃあなんだと言うのですか。
アデライデ:「研究」が、完成したんだ。
ベルタ:まあ、それはおめでとうございます。
(アデライデ、ぼんやりとベルタの顔を見つめる)
アデライデ:……君は不思議な人だね。
ベルタ:そうでしょうか?私ほど分かりやすい人間もいないと思うのですが。
アデライデ:まあ……ある一面においては、そうかもしれないけど。
ベルタ:でしょう?
アデライデ:でも君は、私に付きまといこそするものの、私の言う事には一切踏み込んでこない。
ベルタ:主(あるじ)の言う事に必要以上に首を突っ込まないのは、召使いの本分ですわ。
アデライデ:でも、気にはならないのかい?その……「研究」の内容が。
ベルタ:気にならない、と言ったら嘘になります。ですが、人間言いたくない事のひとつやふたつありますでしょう?勿論私にだって。つまりは、そういうことです。
アデライデ:……自分の過去とか?
ベルタ:あら、お気付きでした?
アデライデ:うん。森で拾った時だって、どうして森にいたのかとか、怪我の理由とか、君はそういうことは一切話さなかったから、きっとそうなのだろうなあ、と。
ベルタ:未だに触れて来られませんよね、そういえば。そういう律儀なところ、素直に尊敬致します。もう十年は経つというのに。
アデライデ:私にとってはたったの十年さ。……でも、それを聞いてこなかったのは、確かに君と同じ理由だね。言われてみれば納得だ。
ベルタ:でしょう?
アデライデ:うん。
ベルタ:それで?その口調からすると、今回は「聞いて欲しい」ということですか?
アデライデ:流石だね。
ベルタ:貴女を愛しておりますから。
アデライデ:愛して……か。
(ベルタ、アデライデの向かいに座る)
ベルタ:さ、もうこれ以上余計な口は挟みません。アデライデ様のお好きなように、お好きなだけお話し下さいな。
アデライデ:ありがとう。さて、どこから話したものか。いや、やはり結論からだな。
(アデライデ、大きく息を吸って話し出す)
アデライデ:……私が完成させたのはね、「自らを殺す魔法」だよ。
(少しの間)
ベルタ:……口を挟んでも?
アデライデ:ああ。
ベルタ:つまりアデライデ様は、死にたいと仰る。
アデライデ:……うん。
ベルタ:まさかとは思いますが、私の寿命が尽きた時に共に死ぬため……ではありませんよね?
アデライデ:うん、違う。
ベルタ:では、私より先に死ぬおつもりで?
アデライデ:そういうことになるかな。
ベルタ:理由を伺っても?
アデライデ:その前に、君に問いたいことがある。
ベルタ:なんでしょう。
アデライデ:君が私を「愛している」と言い始めたのは、一体いつ頃だったかな。
ベルタ:流石に私もそこまでは覚えておりません。愛とは、明確にいつから生まれるというものでもありませんから。
アデライデ:それは正しい。正しいが、私には君の愛の言葉がどうにも不可解でね。
ベルタ:あら、私の愛をお疑いになるのですか?
アデライデ:だって君は、私を憎んでいるはずだから。
ベルタ:……っ!
アデライデ:いいや、憎んでいなくてはならないんだ。
(少しの間)
ベルタ:……なぜでしょう?
アデライデ:君は……私の血縁だろう?大姪(おおめい)と呼べばいいのかな。
(ベルタ、ふっと息を吐く)
ベルタ:やはり、「黒き森の魔女」の目は欺けませんでしたか。
アデライデ:だって君は、隣国に嫁いだ私の姉にそっくりだから。
ベルタ:私はおばあさまの……フラヴィアーナ妃の顔は知りません。フラヴィアーナ妃は、貴女と同じ魔女の一族である己の肖像画を残しませんでしたし、なにより私の母を産んで早々に病で亡くなりましたから。
アデライデ:知っている。
ベルタ:お爺様であるランベルト王もその直後、同じ病に倒れました。フラヴィアーナ妃の時と異なり、その病は数十年に渡って王の肉体を蝕み、そしてついに……私が十三の誕生日を迎える頃、その命を奪ったのです。
アデライデ:ああ、全て知っている。身体の末端から黒く固まり、最後にはこの「黒き森」の樹木のように、炭の塊のようになって死ぬ病――この国とその民、そしてフラヴィアーナとランベルトの命を奪った病こそ、私の「呪い」だ。
ベルタ:呪われた国の、よりにもよって呪った張本人の姉を妃に迎え入れることに、元より王国民は反対していたのです。その上、王まで呪いで死んだとあれば、その怒りの矛先が貴女と血を同じくする私たちに向くのは、時間の問題でした。
アデライデ:……「魔女狩り」か。実に度し難い。
ベルタ:全て貴女のせいです。アデライデ様。
アデライデ:そうだな。
ベルタ:お爺様はフラヴィアーナ妃をとても愛していたそうです。ええ、それこそ国民の反対を押し切るほどに。
アデライデ:……
ベルタ:……フラヴィアーナ妃が貴女の姉でさえなければ、きっとずっと幸せな日々が続いたはずなのです。
アデライデ:フラヴィアーナは、それはそれは魅力的だったからね。そう、まるで春の女神のような温かい笑顔に軽やかな身のこなし、快活な笑い声……。うん、今でもよく覚えている。誰もが熱心に彼女を愛したものだよ。私の許嫁であったランベルトも、例外ではなかった。
ベルタ:でも、貴女は呪ったのですね、フラヴィアーナ妃を。それだけでは飽き足らず、自らの国とその民と、そしてお爺様も呪ったのでしょう。
アデライデ:そうさ。全てを呪ったんだよ、私は。
ベルタ:……
アデライデ:……私たちは同じ顔、同じ背丈、同じ声を持つ双子の魔女であったはずなのに、両親も、国民も、皆がフラヴィアーナだけを愛した。
ベルタ:嫉妬、ですか。
アデライデ:その当時の私にはその感情を何と呼べば良いのか、まだよく分からなかったよ。ただ……なんとなく悲しかった。
ベルタ:悲しかった……。
アデライデ:ある日、幼い頃から憧れ続けたランベルトが、私との婚約の破棄とフラヴィアーナとの婚約を両親に申し出て、快諾を得たと聞かされた。
ベルタ:……
アデライデ:その時だ。その時にやっと、名を持たなかった全ての感情が「絶望」という器に収まり……
ベルタ:呪いとなって溢れ出した、と?
アデライデ:おかしいだろう?フラヴィアーナが春の花園なら、私は陰気で寒々しい冬の監獄だ。だからこんな結末だって、簡単に予想できたはずなのに。……諦めるのは、簡単だったはずなのに。
ベルタ:それでも、呪わずにはいられなかったのですか。
アデライデ:信じられないかもしれないが、そもそも私に呪うつもりはなかったんだ。ただ当時の私は本当に、あまりにも幼くて、自らの感情と力の御(ぎょ)し方がね、分からなかったのさ。
ベルタ:つまり、事の原因は……「事故」であったと仰るのですか。
アデライデ:そんな無責任なことは言わないよ。ああいう結末になったということは、少なからず私の中に「呪わしい」という感情があったんだろうからね。
ベルタ:ではやはり、全ては貴女のまき散らした呪いのせいだと認めるのですね。
アデライデ:……ああ。そして私は「黒き森の魔女」として、「死」をばら撒く者として恐れられるようになった。両親を始め、国民はひとり、またひとりと死んでいった。途方もない数の死を見続けた。一刻も早く死にたかったよ。
ベルタ:だけど、死ねなかった。
アデライデ:呪いはね、この身をも蝕んでいたのさ。
ベルタ:……不死の呪い、ですか。
アデライデ:正確にはこの身体を流れる時の流れが遅くなる呪いだね。そして、とんでもなく先に設定されてしまった寿命を全うするまでは死ねない呪い。何度も、何年も自死を試みた末に、やっと分かったよ。
ベルタ:……
アデライデ:段々と、自分が何者なのか分からなくなっていった。私は誰からも愛されず、誰とも同じ時を過ごすことが出来ない。もはや自分が呪いそのものなのではないかとすら思えてきたよ。
ベルタ:その答えは、出たのですか?
アデライデ:どうだろうね。ただ、恐らくこれが、私にとって一番の呪いだったんだ。自らの行いとその顛末を、それらが歴史に埋もれてしまうまで見届けなければいけないことが、ね。
ベルタ:苦しみましたか?貴女の両親、貴女の国の民、フラヴィアーナ妃とランベルト王、そして、生きたまま火にかけられた私の両親と、幼い弟妹たちと同じくらい。
アデライデ:いいや、まだまださ。まだ苦しみ足りない。
ベルタ:では、貴女が寝食を惜しんで「研究」を続けていたのは――自らを殺す方法を探し続けていたのは、一体何のためだったのでしょうか?
(しばし見つめ合う二人)
アデライデ:……話を戻そう。
ベルタ:……
アデライデ:十年前、魔女狩りの手を逃れた君は、私を殺すためにこの森へやってきた。そうだね?
ベルタ:……貴女を殺してその首を国に持ち帰れば、家族の名誉が挽回できると思っておりました。
アデライデ:では何故、殺さなかった?
ベルタ:今となってはもう分かりません。
アデライデ:分からない?
ベルタ:アデライデ様。貴女は恐らく、全てを理解しておられたのでしょう?
アデライデ:……
ベルタ:それなのに貴女は何も言わず、何も聞かずに行き倒れた私に治療を施し、薬湯(やくとう)を飲ませ、この家に置いてくれました。
アデライデ:もう人の死など見たくなかったからね。
ベルタ:私の看病をしながら、空いた時間で己を殺す魔法の研究をし、時に弾みで生まれた新しい魔法を私に披露しては満足そうにうなずいて、何度言っても床で子供のような顔で眠る貴女の姿は、あまりにも「呪い」とは程遠かった。……あまりにも、穏やかな日々でした。
アデライデ:罪滅ぼしをしたつもりになっていたんだ。単なるごっこ遊びさ。
ベルタ:そうだったのでしょうね。ですから私は、それに徹底的に付き合ってやろうと思いました。そのまま居ついて召使いとなったのも、そのためです。貴女が私に気を許し切った時、その背にナイフを突き立てるつもりでした。
アデライデ:では何故そうしなかった?私はいつだって隙だらけだったはずだ。
ベルタ:簡単な話です。いつしか私も、そのごっこ遊びを楽しいと思うようになってしまった……それだけです。
アデライデ:……
ベルタ:陰気で哀れな猫背の魔女が、頑是(がんぜ)ない少女のような顔をしてごっこ遊びに興じている姿を、「愛おしい」と思うようになってしまったのです。
アデライデ:いつからか君が言うようになった「愛している」は、真実であったと?
ベルタ:この期に及んで、まだそれを疑いますか?
アデライデ:呪いそのものを愛する者がいるものか。
ベルタ:ここに、おります。
アデライデ:……ばかやろう。
ベルタ:貴女は「ただの研究の副産物」と言うかもしれませんが、私は貴女の「花壇いっぱいに花を咲かせる魔法」が好きです。
アデライデ:は……?
ベルタ:あと、「洗濯物がすぐに乾く魔法」と「なくした靴下の片方が見つかる魔法」も好きです。
アデライデ:何を
ベルタ:貴女が生み出す魔法は、どれもが取りこぼした幸せを拾い集めるようなものばかりでした。だから、とても愛おしくて、好きです。
(アデライデ、力なく微笑む)
アデライデ:……だから私は、前よりもっと死にたいと思うようになったよ。たとえ無責任と世界に謗(そし)られようとも、それでも、とにかく死にたくて仕方がなかった。
ベルタ:何故ですか?
アデライデ:君を解放したかった。
ベルタ:解放?
アデライデ:君と日々を過ごし、君に「愛している」と告げられるたび、自分が許されてゆくような気がしたんだ。……私が許されることなど、あってはならないんだよ。
ベルタ:……
アデライデ:君は、私がいなければ幸せな王女様のまま生涯を終えるはずだったんだ。だから私は君に憎まれていなければいけない。そうだろう?
ベルタ:それで、死のうと?
アデライデ:君が、本当にしつこく私につきまとうから。
ベルタ:……愛しておりますもの。
アデライデ:それをはねのけることができないんだよ。私は本当に、恥知らずだから。
ベルタ:お気付きですか?その言葉は、私には何よりの喜びであると。
アデライデ:喜ばないでくれ。
ベルタ:だって貴女は私を
アデライデ:それ以上はいけない。頼むから、このまま何も言わずに死なせてくれないか。
ベルタ:そうして貴女は、私にも呪いをかけるのですか?
アデライデ:え?
ベルタ:愛する者の死がどれほど心を裂くか分からないほど、貴女は馬鹿なのですか?
アデライデ:……フラヴィアーナと、ランベルトのことか。
ベルタ:貴女は本当に馬鹿です。魔法を使う事以外は、本当に何にもできない、何も分からない、馬鹿な王女様です。
アデライデ:王女などと呼ぶな。私はただの魔女だ。
ベルタ:いいえ、王女様です。世間知らずの、視野の狭い王女様ですよ。……私と、同じです。
アデライデ:……君を世間知らずと言うのなら、私は赤子と同じだな。
ベルタ:そうですね。ですから、きちんとお世話して差し上げなければ。
アデライデ:お世話ってなんだい。
ベルタ:私がいかに貴女を愛しているか、赤子に伝えるように教えて差し上げますわ。
アデライデ:それはもう十分だ。
ベルタ:いいえ、まだです。貴女が死のうとするのをやめるまで伝えます。死のうとする隙を与えないように、前以上にしっかりとお側に仕えさせて頂きますね。
アデライデ:ベルタ……
ベルタ:そしていつしか私が、幼い貴女が夢に見た王子様になりましょう。
アデライデ:え?
ベルタ:魔女は王子のキスでお姫様に戻るんです。そんなお話、ありませんでしたっけ。
アデライデ:知らない……。
ベルタ:では、私たちがその童話になりましょう。
アデライデ:無茶苦茶だ。子供が泣くよ、そんな話。
ベルタ:最後に「めでたしめでたし」で終わればいいだけの話です。
アデライデ:本当に、無茶を言う。
ベルタ:アデライデ様。
アデライデ:……なんだい。
ベルタ:私の愛もまた、「呪い」なのですよ。
アデライデ:呪い?
ベルタ:貴女を甘く現世に縛り付ける「呪い」です。そして、決して死なせない「呪い」。
アデライデ:……
ベルタ:貴女は自らの罪の象徴ともいえる私に愛されるのです。罪悪感にさいなまれながら、毎日私の求愛を受けてください。そうしてその罪悪感が甘く溶ける頃、貴女はまだ若いまま、先に老いて死ぬ私を見送るのです。
(アデライデ、深く息を吐く)
アデライデ:ああそれは……少しきついなあ。
ベルタ:私が死んだら解放して差し上げます。
アデライデ:後を追って死ぬかもしれないぞ。
(少しの間)
ベルタ:……許します。
アデライデ:え?
ベルタ:許しますよ。
(アデライデ、小さく震える)
アデライデ:……っ!
ベルタ:アデライデ様、勘違いなさらないで下さい。私はまだ、貴女を許したわけではないのです。
アデライデ:ああ、そうだ。それでいいんだ。なのに、君は何故……
ベルタ:けれど同じだけ、貴女を愛してしまっているのです。だから私も呪いをかけます。私が死ぬまで、呪われていて下さい。
アデライデ:あ……
ベルタ:冥界の門の前で貴女を待っています。そして再び貴女に会えたその時こそ、私は貴女の死ごと許します。
(アデライデの瞳から涙が溢れる)
ベルタ:愛しています、アデライデ様。
アデライデ:あ……あぁぁ……っ!
(子供のように泣きじゃくるアデライデ)
【間】
―数十分後
ベルタ:……お茶がすっかり冷めてしまいましたね。入れ直しましょう。
(アデライデは小さく鼻をすする)
アデライデ:……頼むよ。
ベルタ:そうそう、裏庭の花壇に咲かせて頂きたい花の話ですが。
アデライデ:ああ、その話か。
ベルタ:ネモフィラの花をお願いしても?
アデライデ:ネモフィラ?
ベルタ:ええ。アデライデ様が「花壇いっぱいに花を咲かせる魔法」で最初に咲かせてくれた花です。
アデライデ:よく覚えているな。
ベルタ:アデライデ様は、ネモフィラの花言葉をご存知ですか?
アデライデ:いいや。
ベルタ:「あなたを許します」というのだそうです。
アデライデ:……君は本当に、意地悪で皮肉屋だな。
ベルタ:お許しくださいませ。私、意地悪をされている貴女を見るのが大好きなようです。
アデライデ:悪趣味だ。
ベルタ:ああそうだ、もう魔法の研究をする必要はないでしょうから、今晩はきちんとベッドで寝てくださいね。分かりましたか?
アデライデ:ああ、分かったよ。
ベルタ:あと、今朝残したスープは夜にまたお出しします。きちんと飲んで頂きますからね。
アデライデ:……うまくごまかしたと思ったが、逃げ切れなかったか。
ベルタ:当り前です。私を誰だと思っているんですか。
アデライデ:「黒き森の魔女」の唯一の召使いだ。
(ベルタ、アデライデを見つめ、にこりと微笑む)
ベルタ:その通り。……そして、アデライデ様。貴女を誰よりも愛する者です。
アデライデ:……そうだな。
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【幕】