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​​#13「柘榴の実るあの丘で」

(♂1:♀1:不問0)上演時間20~30

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・恵一
【恵一(けいいち)】男性
31歳会社員。志音とは幼馴染。

八年前に突然故郷を離れ、単身東京へ行ってしまったが、見合いのために帰郷。

・志音
【志音(しおん)】女性

24歳会社員。恵一とは幼馴染。八年前に起きた暴行事件の被害者。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―とある田舎。

 

志音:恵一(けいいち)くん?

 

恵一:え?

 

志音:恵一くん、だよね。

 

恵一:……志音(しおん)?

 

志音:せいかーい。久しぶり! 

 

恵一:なんか……随分雰囲気変わったな。一瞬分からなかった。

 

志音:恵一くんが東京に行ってから八年だよ?そりゃ変わりもするって。

恵一:そっか。ってことはもう……えーっと……

志音:こないだの八月で二十四になったよ。

恵一:もう大人だな、すっかり。 

志音:恵一くんは、少しおじさんになったね。

恵一:うるさいな。東京じゃ三十一はまだまだ若造なんだぞ。

 

志音:まあ確かに、こっちの三十代より若くは見えるかな。恵一くんとよく一緒にいた矢萩(やはぎ)くん、いるじゃない?彼なんて、もうとっくに結婚して、今や二児のパパさんだよ。見た目も立派におじさん。

 

恵一:二児の父かあ。まあこっちじゃそれが普通だろうな。

 

志音:そうだよ。だから恵一くんは、そりゃあ少しはおじさんになったけど、でもなんか、ひとりだけ時間の流れが違う世界の人みたい。

 

恵一:なんだよ、その例え。

 

志音:ねえ恵一くん。

 

恵一:……なに。

 

志音:私は?私はどう見える?

 

恵一:さっきも言ったろ。もうすっかり大人だ、って。

 

志音:そっか。

 

恵一:でもこうして話してみると、変わらないな。俺の周りでやかましく騒いでた頃と同じ。

 

志音:やかましく、だなんて失礼ね。幼馴染のお兄さんに懐いてただけじゃない。可愛いもんだと思うな。ドラマなら間違いなくヒロイン候補だよ?

恵一:そうやって一人でどんどん話を広げていくところだよ。本当に変わらないな。

 

志音:変わりたくてもなかなか変えられないもの、ってあるじゃない。やっぱりさ。

 

恵一:……それは、そうだな。

 

志音:まあそんなことはいいや。ねえ、これまで全然帰ってこなかったのに、なんで急に帰ってきたの?リストラでもされた?

 

恵一:いや、親が。

 

志音:おじさんとおばさん?

 

恵一:ああ。見合いでもいいから結婚しろ、ってうるさくて……

 

志音:お見合いするの?恵一くん。

恵一:とりあえず写真だけでも、って感じ。正直結婚なんて一ミリも考えちゃいないんだけど、ここ何年か誤魔化し続けていただけに、なんかもう断りにくくて。

 

志音:考えてないんだ、結婚。

 

恵一:まあ……な。

 

志音:なんで?

 

恵一:……なんでだっていいだろ。

 

志音:いいじゃない、それくらい教えてくれたって。

 

恵一:嫌だ。

 

志音:そっか。ねえ、恵一くん。今暇?

 

恵一:予定は何もないけど……。

 

志音:それならさ、今から家来ない?

 

恵一:今から?

 

志音:いいじゃない。幼馴染同士で積もる話、しようよ。

 

恵一:そんなに話せるようなこと、ないぞ。

 

志音:私にはあるの。

 

恵一:え?

 

志音:良いもの、用意してあるからさ。

 

恵一:良いもの?

志音:来てからのお楽しみ。暇ならいいじゃない。ね?決まり!

 

(志音、恵一の返事を待たずに歩きだす)

恵一:あ、ちょっと待てったら。志音!


【間】


―志音の家

 

(志音が鼻歌を歌いながら柘榴にナイフを入れている)

 

恵一:柘榴……。

 

志音:そ、柘榴。恵一くんも覚えてるでしょ?そこの柿藤(かきふじ)さんちの裏の丘。柘榴の木が生えてたじゃない。

 

恵一:あ、ああ。

 

志音:小さい時からよく一緒に取って食べてたよねえ。

 

恵一:そう、だな。

(志音、くすりと笑う)

志音:実はね、偶然じゃないんだ。

 

恵一:……何が?

 

志音:恵一くんにさっき会ったの。

 

恵一:待ち伏せしてたってことか。

 

志音:そんな物騒な言い方しないでよ。

 

恵一:ああ、ごめん。

 

志音:実はさ、ゆうべ仕事の帰りに、家に入る恵一くんを見かけたの。今日は日曜日だし、今までの恵一くんなら大体このくらいの時間に散歩に出るだろうから、もしかしたら、なんて思って歩いてたらビンゴだった、ってだけだよ。

 

恵一:そういうのを、待ち伏せって言うんだよ。

 

志音:あれ、怒った?

 

恵一:いや、怒っちゃいない。

 

志音:ならいいじゃない。

 

恵一:じゃあ、その柘榴も。

 

志音:うん。恵一くんと会ったら食べようと思って、取ってきておいたの。

 

(志音、切り込みを入れた柘榴を両手でつかんで割る)

 

志音:んっ……!よいしょ、っと……。よし、割れた。はい、恵一くんの分。

 

恵一:ああ。

 

志音:それじゃ、いただきまーす。

 

恵一:……美味いな。

 

志音:ね。久しぶりに食べた。 

 

恵一:誰が植えたのかも分からないまま、ずっとほったらかしになってる割には、ちゃんと美味いんだな。

 

志音:そうなんだよね。あの木の周りだけ時間が止まってるんじゃないかって思えてきちゃう。

 

恵一:好きだな、その表現。

 

志音:まあね。

 

(少しの間)

 

志音:でもさ、柘榴って結構グロテスクな見た目してるよね。不思議。昔は綺麗だなって思ってたはずなのに。

 

恵一:昔?

 

志音:八年前かな。

 

恵一:……

 

志音:「紅く透き通った粒がいっぱいで、宝石箱みたい」って言ってたの、覚えてない?

 

恵一:そんなことも、言ってたっけな。……なあ志音

志音:今日久しぶりにあの丘に柘榴を取りに行って、その後ぼんやり恵一くんが通るのを待ってた時にね、調べてみたんだ、柘榴のこと。そうしたらさ、面白い事が分かったよ。

 

恵一:面白い事?

志音:あのね、柘榴って花と実で花言葉が違うんだって。

恵一:そうなのか。

志音:うん。面白いでしょ?

恵一:そう、だな。

志音:でね?花の方は「成熟した美」とかなのにさ、実の方になると全然真逆の意味になるの。

恵一:真逆?

志音:……「愚かしさ」っていうんだって。

 

恵一:「愚かしさ」……。

 

志音:あと、ギリシャ神話では冥界――つまりあの世と深いつながりがある果実、とも言われているみたい。

恵一:いちいち不吉だな。

 

志音:あとはね

 

恵一:もういいって。

志音:「人肉の味がする」。

恵一:な、に言ってるんだよ。

(志音、笑う)

志音:勿論実際は違うみたいだけど。見た目が赤いこととか、仏教の……なんだっけ、鬼子母神(きしぼじん)のお話の影響らしいよ。

 

恵一:実際は違う、って、そんなの当り前だろ。いや、人肉なんて食べたことはないけどさ。そんなこと、あるはずがない。

 

志音:そうかな?でもほら、言われてみれば心臓みたいにも見えるじゃない。こうして胸に当ててみたら、ほら。だから、もしかしたら、ね。

 

恵一:なあ志音。

 

志音:「あるはずがない」ことが実際に「なかった」ことって、意外と少ないんじゃないかな。

 

恵一:志音。お前変わったな。

 

志音:さっきまで「昔から変わらない」って言ってたのに?

 

恵一:前言撤回だ。昔はこんな、薄気味の悪い話をすすんでするようなタイプじゃなかった。 

 

志音:「宝石箱」だもんね。

 

恵一:ああ。随分変わったな。

 

志音:悲しい?

 

恵一:いいや。変わるのは、決して悪いことだけではないと思う……多分。

 

志音:ねえ恵一くん。

 

恵一:なん、だよ。

 

志音:やっぱり見てたんでしょ?あの時。

 

恵一:……っ!

 

志音:ほらね。「あるはずがない」って信じていたことは、やっぱり現実だった。

 

恵一:なんの、こと……

 

志音:八年前。柿藤さんの家の裏の丘。柘榴の木の下。

 

恵一:あ……

 

志音:私が襲われた場所。

 

(恵一の呼吸が荒くなる)

 

志音:柘榴の実がね、落ちてきたの。顔の横に。落ちて割れたの。

 

恵一:……やめろ。

 

志音:「ああ、血まみれだなあ」って思った。

 

恵一:やめてくれ……。

 

志音:血飛沫(ちしぶき)みたいに地面に散らばった粒を眺めながら、ただ時間が過ぎるのを待ってた。

恵一:なあ……頼むよ……

 

志音:どれくらい経ったか分からないけど、ある瞬間にね、視界に入ったの。遠くに、見たことのあるスニーカーが。

 

恵一:頼むから……っ!

 

志音:私が一緒に買いに行って選んだ、くつひも。

 

恵一:あ、ああ……

 

志音:しばらくはそのくつひもを見てた。気付いたらくつひもは消えていたけれど、どれだけ待っても、誰も助けに来てはくれなかった。

 

恵一:助けようと……思ったんだ……!助けを呼びに行こうとも……!でも、でも……

 

志音:「そんなこと、あるはずがない」って思いたかった。ううん、思ってた。

 

恵一:志音……!

 

志音:その後すぐに、急に、恵一くんは東京に引っ越していったよね。私に会うことなく。

 

恵一:こわかったんだ。何もできなかったから……だから俺は、街の皆に、志音に嫌われるのが怖くて。

志音:今日まで思ってたのよ。「そんなこと、あるはずがない」って。

 

恵一:俺だって……信じたかった。あの時見た光景を、「そんなことあるはずがない」って。いや、事実だったとしても、「あれが志音であるはずがない」って。今日まで、信じてたんだ……。

 

志音:おんなじね。

 

恵一:へ?

 

志音:「そんなことあるはずがない」って思ったまま、時を止めたのね。私たち。

 

恵一:あ……

 

志音:私ね、恵一くんのことが好きだったのよ。

 

恵一:ごめん……ごめん……!

 

志音:ねえ恵一くん。

 

恵一:……な、に

 

志音:柘榴、美味しかった?

 

恵一:え……?

 

志音:私の血と肉、私の心臓。

 

恵一:うっ……!

 

(恵一、こみあげる吐き気に口元を手で押さえる)

志音:きっと同じ味だと思うな。

 

恵一:う……ぇっ……!

(恵一、たまらず吐く)

志音:ねえ恵一くん。

 

恵一:はぁ……はぁ……っ

 

志音:食べて。

 

恵一:あ

 

志音:まだ残ってるから。恵一くんのぶん。全部食べて。

 

恵一:あ……あ……

 

志音:食べて!

 

(志音、恵一を押し倒す)

 

恵一:が、はっ……!

 

(志音、柘榴の実をわしづかみ、恵一の口に突っ込む)

 

志音:食べて……!

 

恵一:む、ぐっ……!げほっ……!

 

志音:ほんとはね、分かってるんだ。……しかたないよね。怖いもんね。

 

(恵一、咳き込み続ける)

 

志音:八年前の私には、恵一くんはすごく大人に見えた。けど、その時の恵一くんの年を追い越してみて分かったよ。実際あの時の恵一くんは、まだまだ子供だったんだなあ、って。だから、許したい……のに……なんで……

(志音、はらはらと涙を零す)

 

恵一:許す……?なん、で……

 

志音:私は、変わったかもしれない。でも、この胸の中は、あばらを開いた先にある、赤い小さな実は、歪(いびつ)に時を止めたままなんだよ、恵一くん。

 

恵一:……

志音:ねえ恵一くん。八年前の私は、恵一くんが好きだったって言ったよね?……ねえ、この意味分かる?

 

恵一:あ……

 

志音:お見合い、してね。絶対。

 

恵一:なにを

 

志音:素敵な人だといいなあ。

 

恵一:意味が、分からない。

 

志音:私はもう進めないし、もちろん戻れもしない。だから恵一くんのそばには、もういられない。でも恵一くんは、私が許せば進めるじゃない?

 

恵一:そんな

 

(志音、小さく笑う)

 

志音:大好きな人を、地獄に引きずり落としたく、ない。そんなことが、したいんじゃない。

 

恵一:志音……!

 

志音:だから、この柘榴を二人で食べて、清算して、終わり。恵一くんは、幸せに、なって。

 

(少しの間)

(恵一、身体を起こすと柘榴の実を掴み、粒を次々に口に放り込む)

 

志音:……恵一くん?

 

恵一:……許さなくて、いい。いいや、許さないでくれ。

 

志音:え……?

 

恵一:俺のしたことが許されることじゃないのは、ずっと分かってた。助けなかったこと、何も言わずに消えたこと、今日「もしかしたら気付かれていなかったんじゃないか」なんて、ずるい気持ちで素知らぬ顔の仮面をかぶったこと、全部。……俺は、最低のクソ野郎だ。

 

志音:……

 

恵一:食べるよ。全部。お前の血と肉と心臓。

 

志音:けい、いち、くん……

 

恵一:これを食べたら、確かに俺の時間は、少しは進むのかもしれない。 でも、俺はお前ひとりを地獄に置いていけない。いいや、できるはずがないんだ。お前を見捨てた事実は、消えないんだから。

 

 

志音:でも

恵一:女に触れるたび、志音の顔が浮かんだ。うつろに柘榴を見つめる顔が。そのたび俺は逃げ出してきた。逃げられるはずなんかないのに。

志音:じゃあ、私はどうしたらいいの。

恵一:好きにしていい。

志音:え?

恵一:でも、嘘はつかないでくれ。そんな能面みたいな笑顔で、「許す」なんて言わないでくれ。頼むよ。

 

志音:……

 

恵一:憎みたいだけ憎んだらいい。殴りたいなら、殴ればいい。俺に死んで欲しいなら、「死ね」と言えばいい。

 

志音:そんなこと

 

恵一:ああ、今のもクズ野郎の発言だ。俺の死で強制終了させようとするのは、ただの俺のエゴだよな。……駄目だな、俺は本当に。八年前から何も成長してない。どうやったら志音が楽になるのかが、ちっとも分からない。

志音:恵一くん。

 

恵一:違うか。そもそも俺が志音を楽にすることなんか、できるはずがないんだ。そうだよな。

 

(少しの間)

 

志音:恵一くん。

 

恵一:ん?

(志音、小さく恵一の胸を殴る)

志音:最低。

恵一:その通り。

志音:クズ野郎。

 

恵一:そうだな。

 

志音:死ね。

 

恵一:ああ。

 

志音:うそ。死なないで。

 

恵一:分かった。

 

志音:一生忘れないで。

 

恵一:忘れられるわけがないだろ。

 

志音:それなりに幸せに生き切った先で、私の顔を思い出しながら、死ね。

 

恵一:言われなくても、きっとそうなる。

 

志音:でもその時に思い出す顔は、あの柘榴の実る丘の私じゃ嫌だよ。

 

恵一:ああ。

 

志音:せめて、今の私の顔にして。

 

恵一:それも、きっと大丈夫だ。

 

志音:そして、死んだら地獄に落ちろ。

 

恵一:今の時点で確約されてるよ、それは。

 

志音:私が待っていると思うなよ。

 

恵一:志音が待っているなんて、そんなことあるはずがないだろう?今度こそ、本当にあるはずがない。あってたまるか。

(志音の瞳から涙が溢れる)

志音:ふっ……う……

 

恵一:長い間、志音を苦しめた。本当に、すまなかった。

 

志音:う……あ……あああああああ!

(号泣する志音)


【長めの間】

 

 

―エピローグ/恵一のモノローグ

 

恵一:志音は泣きながら俺を殴り続けた。泣いて罵倒して、泣いて泣いて、泣いて、そうしていつの間にか、俺の腕の中で眠ってしまった。俺は志音を抱きながら、皿の上と床に血飛沫のように散らばった柘榴の粒を拾って、口に運ぶ。……これが、志音の血と肉と心臓の味。なんて甘酸っぱいんだろう。

 

(少しの間)

 

恵一:なあ志音。俺が死んだら、きっと向かう先は、柘榴の実るあの丘だ。俺は死ぬまで……死んでも、お前の血肉を食べ続けるよ。

 

(少しの間)

 

恵一:志音。俺には、最後までお前に明かさなかったことがある。……俺も八年前、お前が好きだった。

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【幕】

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