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​​#25「バージニア 24/7」

(♂1:♀1:不問0)上演時間20~30


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エリー

【鳥居えりな(とりいえりな)】(女性)

28歳会社員。18歳の時に史人にヴァージンを奪ってもらう約束をする。

フミヒト

【今澤史人(いまさわふみひと)】(男性)

38歳クリーニング店経営。元塾講師で数学を教えていた。

十年前にエリーとヴァージンを奪う約束をする。

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―フミヒトの家
 

(エリー、きょろきょろと辺りを見渡している)

 

エリー:ここが今のフミさんの家かあ。
 

フミヒト:適当に座ってて。
 

エリー:うん。ねえ、クリーニング屋って楽しい?
 

フミヒト:別に。
 

エリー:だよね。らしくないもん。
 

フミヒト:ああでも、シャツが白くなるのを見るのは好きだな。
 

エリー:へえ、意外。
 

フミヒト:仕事以外じゃ絶対にできないから。汚れちまったものを綺麗にする、なんて。
 

エリー:そんなことはないと思うけど。
 

フミヒト:コーヒーでいい?
 

エリー:紅茶がいい。
 

フミヒト:分かった。
 

エリー:ねえフミさん。
 

フミヒト:ん?
 

エリー:タバコ、まだ吸ってるんでしょ?
 

フミヒト:ああ。
 

エリー:一本ちょうだい。
 

フミヒト:エリー、吸うの?
 

エリー:ううん。吸ったことない。
 

フミヒト:じゃあなんで。
 

エリー:フミさんの真似したいから。
 

フミヒト:お前、十年前からちっとも成長してねえのな。
 

エリー:十年前にひと月一緒に過ごしただけでしょ。分かったようなこと言わないで。
 

フミヒト:それもそうか。……だけどこれは駄目。
 

エリー:なんで?
 

フミヒト:エリーには似合わないから。
 

エリー:まさか「女がタバコなんて」とか言わないよね?
 

フミヒト:違う違う、そういうのじゃなくて。
 

エリー:じゃあ何。
 

フミヒト:こっち。
 

(フミヒト、机の上の別の煙草の箱を差し出す)

エリー:なにこれ。
 

フミヒト:バージニア・エス・ノアール・メンソール。1ミリだから、吸ったことなくても吸いやすいだろ。
 

エリー:ねえ。
 

フミヒト:こっちのが、エリーには似合う。
 

エリー:ねえ、それって、「バージニア」ってのも関係してる?
 

フミヒト:あん?
 

エリー:なんだか十年前を思い出さない?
 

(フミヒト、ふっと笑う)

 

フミヒト:偶然だよ、ただの。
 

エリー:なあんだ。でもなんで、こんないかにも女向けなタバコがフミさんのとこにあるの?
 

フミヒト:こないだ泊めた女の忘れモン。
 

エリー:見た目の割に爛(ただ)れた生活してるね。十年前から全然成長してない。
 

フミヒト:上手いことやり返したつもりかよ。残念だったな、妹だよ。
 

エリー:なあんだ。
 

(フミヒト、ライターをつける)

 

フミヒト:ほれ、火。
 

エリー:ねえあれやってみたい。シガレットキス。
 

フミヒト:ヴァージン・スモーカーが何言ってんだ。
 

エリー:ずっと憧れだったのにな。
 

フミヒト:また今度な。
 

エリー:いつもそればっかり。十年前だって
 

フミヒト:いいから早く火つけろって。
 

エリー:ん。

 

(エリー、火に顔を近づける)
 

フミヒト:そう、それでゆっくり息を吸って。肺まで入れて吐くんだ。
 

(エリー、言われた通りに息を吸い、煙を吐きながら)

 

エリー:……もっとゲホゲホなるものかと思った。
 

フミヒト:初めてなんてそんなもんさ。思ったより呆気ないんだよ。
 

エリー:なんだか含みのある言い方。
 

フミヒト:で?味はどう?
 

エリー:花のシャンパンって感じ。
 

フミヒト:お前にぴったりだろ。
 

エリー:それってどういう意味?
 

フミヒト:さあな。
 

エリー:あ、今ちょっと昔を思い出したでしょ。
 

フミヒト:はあ?なんだよ急に。
 

エリー:フミさんがそういう顔する時って、大抵そうだから。
 

フミヒト:よく見てんね。
 

エリー:十年、かあ……
 

【間】
 

―十年前の回想/とある学習塾
 

エリー:今澤先生、大学受かったよ。
 

フミヒト:ああ、塾長から聞いた。合格おめでとう。
 

(エリー、にやりと笑う)

エリー:めちゃくちゃ頑張った。

 

フミヒト:だな。


エリー:……ところで。ねえ、約束覚えてる?
 

フミヒト:なんだっけ。
 

エリー:うわひっどい。言ったじゃない、大学に合格したら私のヴァージン……
 

フミヒト:ストップ!ちょっと待て。

 

(フミヒト、ため息をつくと小声でエリーに話しかける)


フミヒト:授業終わるまで待てるか?
 

エリー:そのつもりだけど。
 

フミヒト:オーケイ。んじゃ駅前の公園で。
 

【間】
 

―十年前の回想/駅近くの公園
 

(エリーがフミヒトを待っている)

フミヒト:……本当に待ってたんだな。
 

エリー:馬鹿にしてるでしょ。
 

フミヒト:いや。思ったより本気だったんだな、って。
 

エリー:疑ってたの?
 

フミヒト:そういうわけじゃないんだけど。
 

エリー:本気だったから、ずっと先生の授業受けに来てたんじゃん。
 

フミヒト:数学、必要ないのにな。
 

エリー:そうだよ。……それで?約束は?
 

フミヒト:とりあえずタバコ吸わせて。
 

(フミヒト、タバコに火をつける)

エリー:先生がそうやって仕事終わりにタバコ吸う姿を知ってるの、絶対私だけだと思うな。
 

(フミヒト、ゆっくりと煙を吐く)

 

フミヒト:どうだろうな。
 

エリー:だって先生、タバコとか吸いそうに見えないもん。
 

フミヒト:そうか?
 

エリー:すごく真面目そうに見えるから。
 

フミヒト:眼鏡のせいか。
 

エリー:それだけじゃないよ。スーツのセンスとか、全体的に地味だもん。
 

フミヒト:大きなお世話だ。目立つの、嫌いなんだよ。
 

エリー:私、先生がタバコ吸ってるの見てるの好き。
 

フミヒト:大人に見えるものに憧れる年齢だよな。
 

エリー:子ども扱いしすぎじゃない?
 

フミヒト:子供だろ実際。十八なんて。
 

エリー:そりゃあ、二十八の先生から見たらそうかもしれないけど。
 

(フミヒト、煙をゆっくりと胸にいれ吐き出しながら)

 

フミヒト:……だからなの?
 

エリー:え?
 

フミヒト:約束。大学受かったらヴァージン貰ってくれ、ってやつ。手っ取り早く大人になりたいんだろ。
 

エリー:それも、ある。
 

フミヒト:どうせ大学入ったら、すぐにヴァージンブレイクできるのに。
 

エリー:そんなもの?
 

フミヒト:そんなもんだろ。一年女子はとりあえず皆狙うからな。
 

エリー:「とりあえず」でブレイクするのは嫌なの。
 

フミヒト:めんどくせぇなあ。それならちゃんと恋愛して彼氏作れよ。
 

エリー:恋愛はしてるもん。
 

フミヒト:誰に?
 

エリー:先生に。
 

フミヒト:そっか。
 

エリー:だから、先生が彼氏になってよ。
 

フミヒト:嫌だよ。十も下の子供なんて、重たくて無理。
 

エリー:男の人って、みんな若い方がいいのかと思ってた。
 

フミヒト:んなもん人それぞれだよ。
 

エリー:じゃあ先生はどんな人がいいの?
 

フミヒト:めんどくさくない女。
 

エリー:それって、都合のいい女ってこと?
 

フミヒト:そうとも言うかもな。
 

エリー:うわ最低。……じゃあ、約束はナシ?
 

フミヒト:まさかそこまで本気にしてるとは思わなかったんだよな、実際。
 

エリー:……
 

(少しの間)

(フミヒト、タバコを消す)

フミヒト:一か月。
 

エリー:え?
 

フミヒト:一か月、時間くれ。さすがにいきなりは抱きたくない。
 

エリー:なんで一か月?
 

フミヒト:大学入学するまでの一か月。鳥居が高校生でも大学生でもない、何の肩書きもない期間。その時間を俺にくれ。
 

エリー:一か月だけ付き合うってこと?
 

フミヒト:ちょうど俺も院を卒業して塾講師のバイトも終わりだから。お互い何の肩書きもない状態で過ごして、それで終わり。最後の日に、きっちり約束は守るから。
 

エリー:分かった。
 

フミヒト:さすがに子供相手に約束を反故(ほご)にすんのは、目覚めが悪い。
 

エリー:だから子供扱いしないでって
 

フミヒト:あと写真。
 

エリー:写真?

 

フミヒト:写真、撮らせて。鳥居の。
 

エリー:……ヌード?
 

フミヒト:別にそっちが良けりゃそれでもいいけど。
 

エリー:いいよ。先生が撮りたい時に撮りたいように撮って。
 

フミヒト:ん。……それじゃ、成立だな。とりあえず鳥居が高校を卒業したらスタートな。
 

エリー:それまでは?
 

フミヒト:ヴァージンブレイクのイメージトレーニングでもしてろよ。
 

エリー:はあ?
 

(フミヒト、ふっと笑う)

フミヒト:はいこれ。俺の連絡先。卒業式終わったら連絡して。
 

エリー:……分かった。
 

フミヒト:それじゃあ俺帰るわ。親御さんが心配するぞ。鳥居も早く帰れ。
 

エリー:あ、うん。バイバイ先生。
 

フミヒト:また今度な。
 

【間】
 

―十年前の数週間後/フミヒトの部屋
 

(エリーとフミヒトが並んでベッドに腰掛けている)

 

エリー:ねえ先生。
 

フミヒト:ん?
 

エリー:いい加減「鳥居」って呼ぶのやめない?
 

フミヒト:なんで?
 

エリー:だってほら、もう「先生」でも「生徒」でもないんだし。
 

フミヒト:変なとこにこだわるのな。
 

エリー:何の肩書もない状態で、って言ったの、先生じゃん。
 

フミヒト:まあそれもそうか。
 

(フミヒト、少し考える)

フミヒト:んじゃ、エリー。
 

エリー:エリー?
 

フミヒト:「えりな」よりそっちの方が好みだから。
 

エリー:じゃあ先生は?
 

フミヒト:適当でいいよ。
 

エリー:友達とかは何て呼んでるの?
 

フミヒト:皆適当だよ。「今澤」とか「フミ」とか、色々。
 

エリー:じゃあ、フミさん。
 

フミヒト:家政婦のバアさんみたいだな。
 

エリー:だめ?
 

フミヒト:別に何でもいいよ。
 

エリー:ん。……ねえフミさんさ、デートとかしないの?
 

フミヒト:エリーと?
 

エリー:そう。
 

フミヒト:してるじゃん。俺んちで。
 

エリー:そういうことじゃなくて。
 

フミヒト:俺、出かけるより家でこうしてる方が好きだから。退屈?
 

エリー:ううん、そんなことないけど。フミさんちで、フミさんのベッドに並んで座ってお喋りして、たまにフミさんが写真を撮って、って、なんかドキドキする。
 

フミヒト:ドキドキ?
 

エリー:秘密っぽくてさ。私しか知らないフミさんを、いっぱい見ている気がするから。
 

フミヒト:うん、だから俺も家で一緒にいるのが好きなんだよね。俺しか見られない顔が見られるから。
 

(フミヒト、カメラを構える)

 

フミヒト:ちょっと布団に顔埋(うず)めてみて。
 

(エリー、言われた通りに枕に顔を埋める)

 

エリー:ん。
 

フミヒト:で、こっち見て。そうそうその角度。撮らせて。

(フミヒト、シャッターを切る)
 

エリー:……フミさんのにおいがする。
 

フミヒト:タバコくさいだろ。
 

エリー:うん。
 

フミヒト:悪いな。
 

エリー:別に。フミさんって本当に写真が好きなんだね。
 

フミヒト:デジタル画像の変換だの圧縮だのが専門だったからな。
 

エリー:そういう理由?
 

フミヒト:研究の時ってさ、一枚の画像を徹底的に解析するんだよ。
 

エリー:皆好きな画像使うの?
 

フミヒト:別にそれでもいいんだけど、特になけりゃなんとなく皆同じのを使ってるな。
 

エリー:へえ、どんなの?
 

(フミヒト、机の上に手を伸ばし、一枚の紙を掴む)

 

フミヒト:これ。
 

エリー:……美人。
 

フミヒト:Lena(レナ)っての。
 

エリー:モデル?
 

フミヒト:プレイメイト。
 

エリー:えっ。
 

フミヒト:何十年も前のアメリカの学生が使ったのが始まりなんだと。
 

エリー:それで今も皆使ってるの?
 

フミヒト:そう。なんとなくずっと使われ続けてる。
 

エリー:すごい。
 

フミヒト:まあ四六時中同じ画像を見ていなきゃならないんなら、使ってて楽しい画像の方がいい、ってのは昔から変わらないってことだろ。俺は俺のLenaを探してんの。それだけ。
 

エリー:私の画像、使うかもってこと?
 

フミヒト:どうかな。
 

エリー:意地悪。
 

(フミヒト、にやりと笑う)

フミヒト:いい練習だろ。
 

エリー:何の?
 

フミヒト:こうやって男と二人で、密室でさ。
 

エリー:だから何が。
 

フミヒト:約束の日のための練習だよ。
 

エリー:……あ。
 

フミヒト:なに?
 

エリー:なんかそういう風に言われると、急に意識しちゃってダメだあ。
 

フミヒト:その顔、もう一枚撮っていい?
 

エリー:やだ。
 

フミヒト:もう撮った。
 

エリー:練習がスパルタ過ぎない?
 

フミヒト:数学教えてる時もそうだったろ。
 

エリー:……そうだった。でも分かりやすくて好きだったな。フミさんの授業。ちょっと数学が好きになった。
 

フミヒト:そりゃよかった。
 

エリー:ねえ、どうして数学が好きなの?
 

フミヒト:世の中の「当り前」のことが、「当り前」だと思えなかったから、かな。
 

エリー:意味分かんない。
 

フミヒト:一足す一は二だ、って教わるけど、じゃあどうして二なんだ、って思うってこと。
 

エリー:ますます分かんない。
 

フミヒト:目の前に当り前に出された事象の理由を探して、徹底的に証明しないと、気が済まない性質(たち)なんだよ。その手段が数学だった、ってだけ。
 

エリー:じゃあなんで画像の研究なんかしてんの?
 

フミヒト:食うため。これからの情報化社会で、確実な需要があるからな。まあそれでも数学の知識は必要だし、問題はないんだよ。
 

エリー:大人の発言だぁ。
 

フミヒト:大人だからな。
 

(エリー、ちいさくため息をつく)

エリー:……明後日で終わりかあ。
 

フミヒト:そうだな。
 

エリー:フミさんの色んな話、もっと聞きたいのにな。時間が全然足りない。
 

フミヒト:……
 

エリー:フミさん?
 

フミヒト:エリーはさ。
 

エリー:ん?
 

フミヒト:俺の事、好きなの?
 

エリー:好きじゃなきゃ、ヴァージン貰って欲しいなんて言わないんだけど。
 

フミヒト:そっか。
 

エリー:当り前じゃん。
 

フミヒト:当り前か。
 

エリー:うん。だから正直、明後日で終わりなんて嫌。
 

フミヒト:ま、その話はまた今度な。
 

エリー:明後日もその台詞言ってよ。
 

フミヒト:それはナシだろ。
 

【間】
 

―現在/フミヒトの部屋
 

フミヒト:ほい、灰皿。

(エリーの前に灰皿を置く)

エリー:ん。

(エリー、そっと煙草を消す)

エリー:「また今度な」なんて言ってさ、二日後にフミさんの家行ったらいなくなってるんだもん。ひどいよね。
 

フミヒト:泣いた?
 

エリー:すんごい泣いたよ。死にそうなくらい泣いた。
 

フミヒト:そんなに?
 

エリー:当り前でしょ。十八の女の子の純情を、見事に弄んでくれちゃってさ。ねえ、どうしてそんなことしたの?
 

フミヒト:その後。
 

エリー:え?
 

フミヒト:その後どうしたの?ヴァージン。
 

エリー:……そこまでフミさんに教えてあげる義理はない。
 

フミヒト:言うようになったな。
 

エリー:もう子供じゃないもの。
 

フミヒト:だよな。
 

エリー:フミさんは全然変わってないけど、私は結構変わったと思うよ。
 

フミヒト:大人になってからの十年と、子供が大人になる十年は全然違うからな。体感速度も、その密度も。俺が変わったことと言えば、住まいと肩書きくらいだ。
 

エリー:それ、実はずっと聞きたかったんだけど。
 

フミヒト:ん?
 

エリー:なんで今クリーニング屋なんてやってんの?てっきりすんごい研究者になってると思ったのに。
 

フミヒト:上には上がいる、って知って嫌になったのと、親父が倒れたタイミングが一致したから。
 

エリー:研究、好きじゃなかったの?
 

フミヒト:今でも好きだよ。
 

エリー:じゃあなんで。別に家を継がなくたって良かったじゃん。
 

フミヒト:好き過ぎると、それだけ苦しくなって、嫌になることも増えるんだ。お前もそろそろぶち当たるさ。
 

エリー:もうとっくにぶち当たってるもん。
 

フミヒト:そっか。
 

エリー:カメラは?
 

フミヒト:え?
 

エリー:カメラもやめちゃったの?
 

フミヒト:……そうだな。それはもっと早くにやめた。
 

エリー:なんで?
 

フミヒト:撮りたいものが、眺めていたいものが無くなったから。
 

エリー:捨ててばっかりだね。
 

フミヒト:大人になるたびに、背負うもんが勝手に増えるからな。好きを好きなままでいるために、嫌いにならないように、捨てていかないとやっていけねえんだよ。
 

エリー:でも、私は捨てない。捨てたくないよ。
 

フミヒト:最初は誰でもそう言って頑張るんだよ。
 

エリー:それで?
 

フミヒト:なんだよ。
 

エリー:それではぐらかしたつもり?私の最初の質問、答えてない。
 

フミヒト:……なんで約束の日に消えたかって?
 

エリー:そう。
 

(少しの間)

エリー:私ね、こうして今日、たまたま街中でフミさんに会えたの、奇跡だと思ってる。でも、もしかしたらこれも、色んなめぐりあわせとか可能性とかを考えて計算したら、奇跡じゃないって証明できたりするのかな。
 

フミヒト:そうかもな。
 

エリー:フミさん最初、私が声かけたの、スルーしようとしたでしょ。
 

フミヒト:そりゃな、負い目もあるし。
 

エリー:負い目を感じるくらいなら、最初から約束なんかしなきゃ良かったのに。
 

フミヒト:ほんとだな。
 

エリー:ねえ、まだ質問に答えてもらってない。
 

フミヒト:ん?
 

エリー:どうしてあの時、いなくなっちゃったの?
 

フミヒト:さっき答えた。
 

エリー:え?
 

フミヒト:研究を捨てたのと、同じ理由さ。……最初はほんの一か月で、約束通りヴァージン奪って終わり、そのつもりだった。でも、最後に会った日、お前が帰った後にカメラのデータ見たらさ。
 

エリー:うん。
 

フミヒト:エリーがあんまりにも真っすぐにカメラ見てて、俺は苦しくなった。
 

エリー:苦しく?
 

フミヒト:エリーが「当り前」のように、好きな男に大事なヴァージン捧げようとしてるんだな、って。
 

エリー:……「当り前」じゃない、そんなの。
 

フミヒト:俺は「当り前」を疑ってかかる男だ、って言ったろ。
 

エリー:……

 

フミヒト:そんな男に大事なもん捧げちまったら、それはもう「当り前」でなくなるし、「当り前」を望んでいるエリーは、いつかそれに振り回されるんじゃないかって、思ったんだ。
 

エリー:相変わらずよく分からないんだけど。フミさんの言うこと。
 

フミヒト:簡単に言っちまえば、撃ちぬかれたんだよ。その写真を見た瞬間、お前に。
 

エリー:つまり?
 

フミヒト:もうとっくに撃ちぬかれてたのかもしれないけどな。それこそ、お前から「大学に合格したらヴァージンを奪ってくれ」って言われた時に。気付かなければそれまでだったけど、撃ちぬかれたと自覚したら止まらなくなった。好きで好きで仕方なくなって、だからこんな俺とじゃ駄目だって思ったんだ。
 

エリー:彼氏になるんじゃだめだったの?
 

フミヒト:エリーの「当り前」の好意を疑う男だぞ、俺は。付き合ってもいないのにそんなんだったんだ。付き合ったら、その「当り前」の限界と終わりを計算し始める。十八の子供に、それが理解できるわけがないだろ。
 

エリー:だから消えたの?
 

フミヒト:そういうこと。
 

エリー:……じゃあ、今は?
 

フミヒト:は?
 

エリー:昔なら、確かに苦しかったかもしれない。私は私で、フミさんの気持ちの証明を欲しがったと思うから。でも、私もう大人だもん。少しは受け止め方も違うと思うよ。……だから今、もう一度約束するのは?
 

フミヒト:お前、本当に変わってないのな。唐突なところ。
 

(エリー、手元のカバンから何かを取り出す)

 

エリー:これ。
 

フミヒト:ん?
 

(フミヒト、エリーの手の中にあるものを見て驚く)

フミヒト:お前、タバコ吸ったことないって言ってなかったか?
 

エリー:うん。
 

フミヒト:嘘ついたのかよ。
 

エリー:嘘じゃないよ。だってこれはただのお守りだもん。
 

フミヒト:お守り?
 

エリー:見覚えあるでしょ。赤のマルボロ、ソフトケース。
 

フミヒト:……あの時俺が吸ってた。
 

エリー:そう。
 

フミヒト:なあ、まさかと思うけど
 

エリー:あの後私、たくさん泣いてたくさん悩んで、そして決めたの。毎年ひとつ、フミさんが吸ってたこのタバコを買って、新しい恋の準備を始めよう、って。フミさん以上に好きだと思える相手ができたら、ヴァージンと一緒にそのタバコは捨てる。そんなルール。
 

フミヒト:……少女漫画かよ。
 

エリー:十八の女の子が考えることだもの。
 

フミヒト:まあ、そうか。お前変なところで少女趣味だったもんな。で?なんでまだ持ってんだよ、それ。
 

エリー:そこから先は言わない。私、もう一度泣きたくないもん。
 

(フミヒト、ため息をついて手元のメモ用紙に何かを書く)

 

フミヒト:ほら。これならどうだ。
 

エリー:24/7(ななぶんのにじゅうよん)と365?急に数学すんのやめてよ。
 

フミヒト:お前文系だった癖に英語弱くないか?
 

エリー:うるさいな。急に先生するのも無し。
 

フミヒト:Twenty-four hours a day, seven days a week. Three six five.「24時間週7日、365日休みなし」って意味の……まあ恋愛で使われるスラングだ。
 

エリー:ねえそれって。
 

フミヒト:……三十八のおっさんに、青臭いド直球のセリフを望むな。
 

エリー:……噓でしょ。
 

フミヒト:確かに俺は一度嘘をついたからな。どう受け取るかはお前次第だよ。
 

エリー:フミさん。
 

フミヒト:ん?
 

(エリー、フミヒトに近付く)

エリー:「証明」してよ。好きでしょ、「証明」。
 

フミヒト:え。
 

エリー:私も「証明」してあげる。私の「当り前」を。
 

フミヒト:十年だぞ、十年。言っておくけど、拗らせまくってるからな。
 

エリー:それはお互い様でしょ?
 

フミヒト:……知らねえぞ。
 

(エリーがくすくす笑い、つられてフミヒトも笑う)

 
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【幕】

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