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​​#39「うたかたげんまん」

(♂1:♀1:不問0)上演時間30~40分

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・ルリ

【函之辺ルリ(はこのべるり)】

大学生。アサキとは恋人同士。

・アサキ

【加尾谷アサキ(かおたにあさき)】

大学生。ルリとは恋人同士。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――ある日

アサキ:ルリ。

ルリ:おはよ。

アサキ:ごめん、寝すぎた。

ルリ:いいって。アサキ、まだ身体が完璧な状態じゃないんだし、疲れてるんだよ。

アサキ:ん。

ルリ:あのね、今日すごくいい天気だよ。

アサキ:本当だな。ここからでも光が眩しい。

ルリ:日光浴、する?

 

アサキ:する。

ルリ:オッケー。ちょっと揺れるけど我慢してね。出窓のところでいいかな。

アサキ:ああ。

ルリ:ん、よいしょっと。

 

アサキ:サンキュ。あー気持ちいい。

ルリ:それなら良かった。しばらくそうしてるといいよ。

アサキ:ん。

ルリ:(鼻歌を歌い、手帳を取り出す)

アサキ:あ、それ。

 

ルリ:ん?

 

アサキ:新しい手帳?

 

ルリ:そう。ほら、前に一緒に買いに行ったでしょ?

 

アサキ:ああ。随分大きいのを買うなあって思ってた。

 

ルリ:書き込める場所が多い方がいいなって。

 

アサキ:そういえばあの時もそんなこと言ってたっけ。

ルリ:理由、聞いてもいいよ。

アサキ:あの時は「内緒」って言ってたのに?

 

ルリ:気が変わったの。むしろ今はちょっと話したい気分。

アサキ:今書きこんでる内容に関係ある感じ?

ルリ:うん、関係ある感じ。

アサキ:なるほど。で?何書いてるの?

 

ルリ:日記。

 

アサキ:日記?

 

ルリ:そう、日記。

 

アサキ:手帳に日記ねえ。

 

ルリ:なあに?

 

アサキ:今時女子高生でもしないだろ。

 

ルリ:そうだね。それは思う。

 

アサキ:だよな。

 

ルリ:今までは日記なんてそんなに興味なかったんだけどね。

 

アサキ:ルリ、面倒くさがりの三日坊主だからなあ。

 

ルリ:うるさい。

 

アサキ:でも、否定はできないだろ?

 

ルリ:む……。

 

アサキ:(笑う)で?その心変わりの理由(わけ)は?

 

ルリ:……アサキと付き合いだしたから。

 

アサキ:え。

 

ルリ:少女趣味って笑われるかもしれないけど、でも、やっぱり好きな人との思い出は忘れないように残しておきた

いなって思って。

 

アサキ:……

 

ルリ:……引いた?

 

アサキ:本当に少女趣味だな。

 

ルリ:わ、分かってるわよ、そんなこと。

 

アサキ:あとちょっと重たい。

 

ルリ:……分かってるってば。

 

アサキ:でも、すっげぇ可愛い。

 

ルリ:え?

 

アサキ:そういうの、ちっとも俺の趣味じゃないんだけどさ。ルリだから可愛いって思える。

 

ルリ:アサキ……

 

アサキ:それだけ俺との時間を大切にしてくれてるんだなあって思うからさ。

 

ルリ:そ、そうだよ。だから

 

アサキ:だから可愛い。

 

ルリ:……

 

アサキ:俺も、大概重たいな。

 

ルリ:別に、嫌じゃないいからいいよ。

 

アサキ:そう?

 

ルリ:ん。

 

アサキ:……日記、毎日書いてくれよ。

 

ルリ:当り前じゃない。

 

アサキ:約束な。

 

ルリ:うん、約束。

 

アサキ:なあ。

 

ルリ:なあに?

 

アサキ:コーヒー、飲みたい。

 

ルリ:そう言うと思って淹れてあるよ。

 

アサキ:さすが。

 

ルリ:飲ませてあげる。

 

アサキ:悪いな。

 

ルリ:腕がまだ完全じゃないんだもん、仕方ないよ。

 

アサキ:……悪い。

 

ルリ:平気。

 

アサキ:腕が完全になったら、ルリのことを抱きしめられるようになるかな。

 

ルリ:どうだろう。

 

アサキ:……動くとは限らないものな。

 

ルリ:別にそれならそれでいいよ。

 

アサキ:でも、さ。

 

ルリ:アサキが生きて、こうして私に語り掛けてくれるだけでいい。

 

アサキ:今はそうかもしれないけどさ。ずうっとこのままじゃ、ルリだっていつかは

 

ルリ:アサキ。

 

アサキ:……なに。

 

ルリ:私は今でもじゅうぶん幸せだから。

 

アサキ:……そうか。

 

ルリ:信じてよ。

 

アサキ:信じるってのも、なかなか苦しいもんだよ。

 

ルリ:そうだね。特に私たちにとっては、そうなのかもしれない。

 

アサキ:少し前までは、日常を当り前みたいに信じていたのにな。

 

ルリ:非日常に片足を突っ込んじゃうと、どうしてもそうはいかなくなるよね。毎日が未知との遭遇みたいなものだから。

 

アサキ:未知のものは、簡単には信じられない。それが普通だ。

 

ルリ:でもさ。

 

アサキ:ん?

 

ルリ:確かに客観的に見たら、私たちの生活って非日常的に見えるのかもしれない。だけど、もう私にとってこれは、信じるに足る日常なの。だって、アサキは確かにここにいるんだもの。

 

アサキ:つまり?

 

ルリ:私は信じてるってこと。アサキとの今の生活が当たり前のように続くことを、さ。

 

アサキ:そっか。

 

ルリ:……重い?

 

アサキ:ちょっとね。でも、こうして不安がっている俺もじゅうぶんに重いんだろうから、お互い様だな。

 

ルリ:そうだね。

 

アサキ:コーヒー、美味いな。

 

ルリ:そうでしょ?アサキが目を覚ます前から毎日淹れて練習してたんだもん。

 

アサキ:訂正。やっぱりルリの方が重いわ。

 

ルリ:そう言うと思った。

 

【間】

 

――数日後

 

ルリ:おはよ、アサキ。

 

アサキ:ん……もう朝か。

 

ルリ:うん。……腕、だいぶしっかりしてきたね。

 

アサキ:まだちっとも動かないけどな。

 

ルリ:焦っちゃ駄目。ゆっくり、ね。

 

アサキ:それにしても……慣れないな。

 

ルリ:何が?

 

アサキ:朝を迎えたと思ったらもう次の朝だからさ。

 

ルリ:アサキ、ほとんど眠っているものね。

 

アサキ:……寂しい思いをさせてごめんな。

 

ルリ:どうして?

 

アサキ:一日のうち数時間しか起きていられないからさ、俺。あんまり話す時間が取れなくて、ごめん。

 

ルリ:なんだ、そんなこと。

 

アサキ:そんなこと、ってことはないだろ。前までは、ちょっと俺が忙しくすると分かりやすくすねてたくせに。

 

ルリ:アサキ。

 

アサキ:なんだよ。

 

ルリ:ちゃんと私の目を見て聞いてね。

 

アサキ:……分かった。

 

ルリ:私は、アサキが大好きなの。

 

アサキ:ん。

 

ルリ:だから、アサキが私のそばにいてくれるだけでいい。会話が出来なくたって、アサキが私のそばで寝息を立てていてくれる。それだけで、私は本当に幸せ。

 

アサキ:そうか。

 

ルリ:アサキが「こうなって」から、よく分かったよ。

 

アサキ:……うん。

 

ルリ:もちろん、たまに不安にはなるよ。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:このまま目を覚まさないまま、呼吸も止まっちゃったらって思うと、さ。

 

アサキ:だよな。俺、こんな身体だし。

 

ルリ:だからなおさら、ほんの少しの時間でもアサキと会話が出来るのが、本当に幸せなの。

 

アサキ:奇跡みたいなものだからな。

 

ルリ:奇跡なんだよ。

 

アサキ:……俺もさ。

 

ルリ:ん?

 

アサキ:同じなんだよ。

 

ルリ:え?

 

アサキ:眠る瞬間、とんでもなく不安になるんだ。このままもう二度と目覚めなかったらどうしよう、明日が来なかったらどうしよう、って。

 

ルリ:うん。

 

アサキ:明日が来ない事の恐ろしさや悲しさは、良く知っているつもりだからさ。

 

ルリ:……うん。

 

アサキ:勿論それは、ルリも同じだろうけど。

 

ルリ:そうだね。なんならアサキ以上に。

 

アサキ:だな。まあだから、目を覚ますとまずほっとするんだよ。ルリにまた会えたことに。ルリを安心させてやれたことに。

ルリ:……ねえ。

 

アサキ:ん?

 

ルリ:「約束」しよっか。

 

アサキ:約束?

 

ルリ:ほら、この間約束したでしょ?毎日日記を書くって。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:そこにもう一つ追加するの。「アサキは毎日ちゃんと目を覚まして、私にあいさつをすること」。「そして私は、それに笑顔で返事をすること」。

 

アサキ:それは……

 

ルリ:分かってる。そんな保証なんかできないって。

 

アサキ:うん……。

 

ルリ:でも約束していると思えば、眠るのが少しつらくなくなるかもしれないな、って。

 

アサキ:確かに。起きればルリの笑顔を見られる、って思えば、プレッシャーよりも楽しみが勝る。

 

ルリ:でしょ?だから、約束。

 

アサキ:ゆびきり、しようか。指、動かないけど。

 

ルリ:ん。しよう、ゆびきり。小指、触るね。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:ゆーびきーりげんまん。うそついたらはりせんぼんのーます。

 

アサキ:ゆびきった。

 

ルリ:……え?

 

アサキ:ルリ……!

 

ルリ:動いた……!

 

アサキ:ああ……!俺の小指、動いた!

 

ルリ:アサキ……!

 

アサキ:ルリ……。ルリのおかげだよ。ルリが俺を生かしてくれたおかげだ。

 

ルリ:きっとすぐに腕も動くようになるし、足だってそのうち……

 

アサキ:ああ。……そうしたら、あの時約束したままになってた海、行こうな。

 

ルリ:うん。

 

アサキ:約束してばっかりだな、俺ら。

 

ルリ:約束が増えれば、そのたび信じられるものも増えるじゃない。

 

アサキ:そんなものかな。

 

ルリ:そんなものだよ。

 

アサキ:そっか。

 

ルリ:それよりアサキ。そろそろこの植木鉢じゃ狭いんじゃない?

 

アサキ:……正直肋骨が締め付けられて、呼吸がしんどい。

 

ルリ:だよね。ごめんね、気付くのが遅くって。

 

アサキ:構わないさ。

 

ルリ:もう二回りくらい大きいの、探さなきゃね。それとも、もうプランターの方がいいのかな。

 

アサキ:外、出るのか?

 

ルリ:アサキの側を離れるのは嫌だけど、アサキのためだからね。

 

アサキ:そっか。車には気を付けてな。

 

ルリ:アサキに言われなくたって。そんなの分かってる。

 

アサキ:だよな。

 

ルリ:ん。

 

アサキ:ごめん、ちょっと眠くなってきた。

 

ルリ:寝ていいよ。その間に私、新しい植木鉢買ってくるから。

 

アサキ:ああ。分かった。

 

ルリ:おやすみ、アサキ。

 

アサキ:おやすみ、ルリ。

 

ルリ:また明日ね。

 

アサキ:ああ、約束だ。

  

【間】

  

――さらに数日後

 

アサキ:なあ、ルリ。

 

ルリ:もしもし、お母さん?……うん、うん。

 

アサキ:ルリ。

 

ルリ:……もう大丈夫だってば。ちゃんと大学も行ってる。

 

アサキ:なあ。

 

ルリ:ご飯も食べてるよ。だから本当に大丈夫。別に来なくていいから。分かってるって。うん、じゃあね。

 

アサキ:……ルリ。

 

ルリ:アサキ?

 

アサキ:良かった。俺の声、聞こえなくなったわけじゃなかったんだな。

 

ルリ:そんなわけないでしょ。

 

アサキ:……だよな。

 

ルリ:ごめんね。お母さん、あの日からすごくお節介で。これでも電話の本数は減ったんだけど。

 

アサキ:それだけ酷かったってことだよな。あの日のお前が。

 

ルリ:アサキが見てなくて良かったよ、本当に。

 

アサキ:ごめんな。俺が不甲斐ないばっかりに。

 

ルリ:ううん、そんなことない。

 

アサキ:でもさ。やっぱり情けないって。

 

ルリ:川で溺れた子供を助けて自分が溺れちゃうなんて、アサキらしいじゃない。

 

アサキ:そうか?

 

ルリ:そりゃあ目を覚まさないアサキを最初に見た時は「馬鹿」って思ったよ。どうして知らない子供は救えて、今私の心は救ってくれないの、って。

 

アサキ:ごめん。

 

ルリ:泣いて泣いて、頭が痛くなって吐くまで泣いた。

 

アサキ:……ごめん。

 

ルリ:今度海に行く約束とかずっと一緒にいるって約束とか、どうしてくれるの、うそつきって、すごく責めた。

 

アサキ:うん。

 

ルリ:でもね、どんなに状況が変わっても、私がアサキのことを好きな気持ちだけは変わらなかった。びっくりするくらい、何一つ。

 

アサキ:そうか。

 

ルリ:全然変わらないの。アサキがあんなことになっても、私はまだ当り前のようにアサキとした約束を――未来を信じて疑わなかった。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:まあだから余計に、お母さんたちは私のことを心配したんだろうけど。

 

アサキ:現実に帰ってこない、って?

 

ルリ:そう。

 

アサキ:すごいよな、ルリは。

 

ルリ:え?

 

アサキ:その想いで、現実を自分の信じる世界に、力ずくで引きずり込んだんだから。

 

ルリ:……「想いの強さが求めた物を現実にする」なんて言葉をさ、よく高校の先生が言ってたんだけどさ。

 

アサキ:今なら分かる?

 

ルリ:うん。あの頃はそれを、ふわっふわの水の泡みたいな言葉だと思ってた。

 

アサキ:水の泡?

 

ルリ:生まれてすぐに壊れてしまう。壊せてしまう。つかむことは永遠にできない、あんまりにも現実感のない頼りない言葉。

 

アサキ:……

 

ルリ:でも、そんなことはなかった。

 

アサキ:つまり俺は、ルリの「消えない水の泡」になるのかな。

 

ルリ:そうかもしれない。

 

アサキ:だとしたら、俺の横たわるこのプランターは、さしずめ水槽だな。

 

ルリ:ん。

 

アサキ:俺はここで生まれた。そしてここにいる限り、壊れることも消えることもない。

 

ルリ:……うん。

 

アサキ:……なあ、ルリ。

 

ルリ:なあに?

 

アサキ:もう少しそばに来てくれるか。

 

ルリ:ん。

 

アサキ:不自然な体勢だけど、ごめんな。

 

(アサキ、ルリを抱きしめる)

 

ルリ:……!アサキ、腕も……!?

 

アサキ:今朝起きたら動かせるようになってた。

 

ルリ:なんで最初に言ってくれなかったの。

 

アサキ:言葉より行動で証明したかった。こうやってルリのことを抱きしめて、さ。

 

ルリ:ばか。

 

アサキ:ルリ。

 

ルリ:なあに?

 

アサキ:俺は、ルリが吐き出した水の泡だ。ルリが吐き出し続けた俺への想いが、俺を形作ってる。だから……

 

ルリ:だから?

 

アサキ:ずっと吐き出し続けてくれ。そうすれば俺はもっともっと大きくて丈夫な泡になって、お前を全部包んで、もう二度と苦しい思いをさせないように空気を与え続けるから。

 

ルリ:約束だね。

 

アサキ:ああ、約束だ。

 

ルリ:ゆびきり。

 

アサキ:げんまん。

  

【間】

 

――さらにさらに数日後

 

アサキ:ルリ、お帰り。

 

ルリ:ん、ただいま。起きてたの?

 

アサキ:遅かったじゃないか。

 

ルリ:ごめんね。笠置(かさおき)くんやミチカと飲みに行ってたら、つい終電を逃しちゃって。

 

アサキ:そっか。……楽しかったか?

 

ルリ:うん。久しぶりだったから、二人とも気を使って誘ってくれたんだと思う。笠置くんなんかいつも以上にふざけちゃって大変だったよ。

 

アサキ:気を使う必要なんかないのにな。俺らはこうして幸せに暮らしているんだし。

 

ルリ:でも二人はそんなこと知らないもの。仕方ないよ。

 

アサキ:まあ、な。

 

ルリ:アサキ、怒ってる?

 

アサキ:そんなことないよ。

 

ルリ:そう?

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:ならいいんだけど……。

 

アサキ:それはそうと、皆どうしてる?

 

ルリ:もうすっかり「いつも通り」って感じかな。

 

アサキ:いつも通り、か。

 

ルリ:アサキ?

 

アサキ:ルリも、そう思うか?

 

ルリ:どういうこと?

 

アサキ:今日を「いつも通り」だと思ったか?

 

ルリ:ねえ、本当に意味が分からないんだけど。

 

アサキ:その「いつも通り」には、俺がいない。

 

ルリ:そりゃあ……そうかもしれないけど。

 

アサキ:なあ、ルリの「いつも通り」に――「日常」に、「現実」に、俺はいるよな?

 

ルリ:当り前じゃない。今こうして会話してる。これが「現実」でなくてなんだって言うの。

 

アサキ:そう……、そうだよな。うん、そうだ。

 

(少しの間)

ルリ:ごめん。アサキはこのプランターから動けないものね。不安にもなるよね。本当にごめん。

 

アサキ:いや、俺の方こそごめん。

 

ルリ:腰から下、なかなか生えてこないね。

 

アサキ:そうだな。

 

ルリ:上半身は結構早かったのに……。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:足りなかったのかな。

 

アサキ:足りなかった?

 

ルリ:でも、間違ってはいないはずなのよ。図書館の本で読んだ通りにやったんだもの。

 

アサキ:なあ、俺ずっと聞けなかったんだけど。

 

ルリ:なに?

 

アサキ:俺は一度死んだはずだよな。溺れて。

ルリ:うん。

 

アサキ:そしてルリが生き返らせてくれた。

 

ルリ:そうよ。

 

アサキ:またルリに会えた嬉しさでなんとなくその疑問に蓋をしてきたけどさ。一体何をしたんだ?どうして今、俺はこんな植物のような状態なんだ?

 

ルリ:だから、本で読んだ通りにやったのよ。

 

アサキ:本……。

 

ルリ:私の実家のある地域は平安時代にひそかに活躍していたまじない師の家系だ、って昔聞いた事があってさ。

 

アサキ:まじない師?

 

ルリ:何だろう、黒魔術?錬金術?みたいな怪しげなことをしていたみたい。

 

アサキ:……

 

ルリ:まあ実際ご先祖様が何らかの能力を持っていたなんて、今は誰も信じちゃいないけど、ご先祖様がその当時書き残した秘術の本なんかはそのまま図書館に保管されてるんだ。

 

アサキ:なんだか不気味、だな。

 

ルリ:うん。図書館でもその一角はなんだか薄暗くてひんやりしていて、子供の頃は怖くて近寄りたくなかった。

 

アサキ:ああ。

 

ルリ:アサキが死んじゃったってのに、私ってばどこか冷静でさ。すぐにその本の事を思い出したの。もしかしたら蘇生する方法があるんじゃないかって。

 

アサキ:それで、その本を見つけたってことか。

 

ルリ:まずはアサキの骨をひとつかみ――これは簡単だったんだ。納骨の日まで私、毎日お線香あげに行ってたからさ。アサキのお母さんの目を盗んでこっそり、ね。

 

アサキ:あとは?

 

ルリ:ヤギの血液と、コウモリの糞、乳香(にゅうこう)、卵黄に、犬の精子。

 

アサキ:聞いているだけで胸が悪くなりそうだ。

 

ルリ:大変だったけど、なんとか全部集めたのよ。で、それを念を込めながら全部混ぜて土に埋めたら、太陽の光の当たるところに置いておく。たったのこれだけ。

 

アサキ:そんな方法で、俺が?

 

ルリ:ある日土の中からアサキの目がこっちを見ていることに気付いて、成功したって確信したの。

 

アサキ:気持ち悪いとは思わなかったのか?

 

ルリ:思うわけないじゃない。泣いて喜んだよ。ああ、あと少しでアサキにまた会える、触れることができるって。

 

アサキ:そうか。……なあ、ルリ。

 

ルリ:なあに?

 

アサキ:俺は、本当に俺だよな。

 

ルリ:何言ってるの。アサキはアサキじゃない。

 

アサキ:……抱きしめてもいいか?

 

ルリ:いいよ。

 

アサキ:ありがとう。

 

ルリ:……土の匂いがする。

 

アサキ:そりゃあ、土から生えてるからな。

 

ルリ:死体に抱かれてるみたい。

 

アサキ:生きてるよ。ルリが俺を生かしてくれてる。

 

ルリ:……

 

アサキ:俺、思うんだけどさ。

 

ルリ:うん。

 

アサキ:その蘇生術の最後の決め手は、きっとルリの念――想いだったんだ。

 

ルリ:そうだね。そうだったのかもしれない。

 

アサキ:やっぱり俺は、ルリの吐き出す水の泡なんだよ。つまりルリから生まれた存在でもあるってこと。

 

ルリ:だから?

 

アサキ:だから……離れないでくれよ。俺が何者でも。

 

【間】

 

――さらにさらに数日後

 

ルリ:あ、もしもし?笠置くん?

 

アサキ:ルリ。

 

ルリ:今?平気だよ。

 

アサキ:ルリ。

 

ルリ:まだ心配してる?

 

アサキ:笠置、元気なのか?

 

ルリ:だよね。だからこうして毎晩電話くれるんだもんね。

 

アサキ:なあ、ルリ。

 

ルリ:毎日講義で顔合わせてるのに、変なの。

 

アサキ:笠置に伝えてくれよ、俺がいるからルリは平気だって。

 

ルリ:……え。

 

アサキ:ルリ。

 

ルリ:そんなこと、急に言われても。

 

アサキ:コーヒーが、飲みたい。

 

ルリ:……ごめん、どう返事していいか、今はまだ分からない。

 

アサキ:淹れてくれよ、コーヒー。

 

ルリ:少し、考える時間をくれる?

 

アサキ:なあ、ルリ。

 

ルリ:ん、ごめんね。でも嬉しかった。ありがとう。……それじゃあね。

 

アサキ:ルリ!

 

ルリ:きゃっ!

 

アサキ:ルリ!?

 

ルリ:ああ……アサキ?ごめんね、急にカップが割れたからびっくりしちゃって。

 

アサキ:怪我はなかったか?

 

ルリ:うん、少し小指の先を切ったくらいだから。

 

アサキ:見せて。

 

ルリ:うん。

 

(アサキ、ルリの指を舐める)

ルリ:ちょっと、急にそんな舐めたりして……

アサキ:でも

ルリ:消毒するから、離して。

アサキ:……そ、そうだよな。ああ、それがいい。

 

ルリ:ええと、あとは絆創膏絆創膏……

 

アサキ:カップ。

 

ルリ:え?

 

アサキ:俺と一緒に買ったやつ。

 

ルリ:……そうだね。

 

アサキ:少し、残念だな。

 

ルリ:でも、形あるものはいつか壊れるものだからさ。仕方ないね。明日違うの買ってこようっと。

 

アサキ:形のないものは?

 

ルリ:え?

 

アサキ:いや、なんでもない。忘れてくれ。

 

ルリ:変なアサキ。

 

アサキ:笠置は、なんだって?

 

ルリ:ああ、なんでもないの。飲みに行った日から、妙に心配して毎日電話くれるってだけ。

 

アサキ:いつも長々と喋ってるもんな。

 

ルリ:ほら、笠置くんってチャラく見えて結構熱い男じゃない?とにかく私を笑わせようとしてくれてるって感じかな。

 

アサキ:俺の事、話せばいいじゃないか。

 

ルリ:飲みに行った時に話したよ?

 

アサキ:そっか。

 

ルリ:とにかく心配なんだって。

 

アサキ:今度家に連れてきたら?俺と会えば安心するだろ。

 

ルリ:うーん、怖がるんじゃないかな。

 

アサキ:怖がる?

 

ルリ:うん。ほら、アサキはまだ腰から下が生えてきてないプランター生活でしょう?やっぱり普通じゃないもの。

アサキ:でも、これが現実でルリの日常だろ。

ルリ:……そうかもしれないけど、やめとこう?

アサキ:……わかった。

ルリ:明日は授業一限からだし、そろそろ寝るね。

アサキ:ルリ。

ルリ:ん?

アサキ:ゆびきり、しないか。

ルリ:何に?

アサキ:分かんないけど。

ルリ:変なの。ほら、もう寝よ。

アサキ:……ゆーびきった。

ルリ:おやすみ。

 

【間】

――さらにさらにさらに後。

 

ルリ:笠置くん、わざわざ迎えに来てくれたの?やだ、私まだ支度にもう少しかかるよ?んー、じゃあ入って待ってる?うん、別に大丈夫。ちょっと散らかってるけど。

 

アサキ:ルリ。

ルリ:ああ、そのプランター?ん、ちょっとね。

アサキ:笠置か……

ルリ:うん。少しだけ現実逃避、してたの。分かってたんでしょ?笠置くんも。

アサキ:ルリ。

ルリ:思ったより育っちゃってさ、葉っぱも弦もすごいでしょ?

アサキ:ルリ。

ルリ:そうだ笠置くん、コーヒー飲む?すぐ淹れるから、待ってる間飲んでて。

アサキ:ルリのコーヒー……

ルリ:ちょ、笠置く……

アサキ:俺も、飲みたいよ。

ルリ:……そういうの、狡いと思うな。

アサキ:ルリ。

ルリ:別に、嫌じゃなかったけど……。

アサキ:ルリ……。

ルリ:明日になったらミチカに怒られるわね、きっと。「私の知らない間にそんなことになってたなんて!」って。

アサキ:……泡が

ルリ:笠置くんがいてくれたおかげだよ。ああそうだ、今日さ、手帳買うの付き合ってくれない?……うん、新しいの、欲しくて。やっぱりなんとなく、ね。ん。ありがとう。さ、お待たせ。それじゃ行こうか。

(少しの間)

ルリ:……あれ?あ、ううん。プランターの中に見たことのない植物が生えてるなあって。ほら見て。「白くて指の骨みたい」って、やめてよ、そういうこと言うの。ほら行こ!

  

【間】

 

アサキ:ゆーびきーりげーんまーん。うーそつーいたーらはりせんぼんのーます。

(少しの間)

アサキ:ゆびきった。

  

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【幕】

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