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​​#19「女王様のスカートの下」

(♂3:♀2:不問0)上演時間30~40


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

円華

【久我円華(くがまどか)】女性

美人で仕事のできる、通称「営業二課の女王様」。ただ恋愛弱者気味。

 

亜実

【須田亜実(すだあみ)】女性

円華の同僚であり、学生時代からの親友。ストリートミュージシャンもしている。

間宮

【間宮岳(まみやがく)】男性

円華の同期。いつも円華をからかっては怒らせている。

八尋

【八尋浩一(やひろこういち)】男性

円華と間宮の後輩。円華に憧れている。

【巽徹平(たつみてっぺい)】男性

円華たちの上司。面倒見は良いがやや堅物。

 

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―とあるバーにて

 

亜実:かんぱーい!

 

円華:乾杯。

 

亜実:で、今日はまたどうしたの?

円華:んー、ちょっとね。

亜実:その歯切れの悪さから察するに、男絡みだな。

円華:なんでよ。

亜実:あんたが私を呼び出す時ったら、まずは仕事で鬱憤が溜まった時でしょ?あとは男絡みで困ってる時、最後に単純に何か美味しいものを食べたい時。

円華:それはまあ、間違ってないけど。

亜実:で、何か美味しいものを食べたいなら、アルコールメインのバーはチョイスしないな、と。

円華:まあ、そうね。

亜実:仕事で鬱憤が溜まった時なら、今日みたいにお茶じゃなくてアルコールを頼むでしょ?んで、それを一気に飲んだら、考えるより先に言葉が出てくるって勢いで話し始めて、さっさと潰れる。

円華:やだ、私いつもそんな感じだった?

亜実:そうよぉ。だから、いつもどおりのノンアルコール、最初の一杯も口をつけただけ、歯切れも悪い、とくれば、まあ男かな、と。

円華:……あんた探偵やれるんじゃない?

亜実:伊達にストリートミュージシャンしてないわよ。

円華:それ何か関係ある?

亜実:同じ時間同じ場所で演奏してるとさ、割と決まった顔を見るのよね。そうすると、なんとなくその人の状態が分かるようになるの。歩き方や表情や、ちょっとした癖なんかでさ。

円華:亜実がよく見てるだけじゃないの?

 

亜実:それもあるかも。オーディエンスは自分自身の鏡だからね。

 

円華:足を止めない人もオーディエンスになるの?

 

亜実:未来のオーディエンスかもしれないでしょ。

 

円華:なるほど。

亜実:私の話はいいのよ。あんたの話をしよう。なあに、ついに「女王様」のハートを射止める男でも現れた?

 

円華:もう、その呼び方やめてよ。

亜実:でも、実際呼ばれてるじゃん。

 

円華:勝手に皆が呼んでるだけだもん。

亜実:仕事はきっちりこなす、容姿端麗、そしてそのくそ真面目さと気の強さときたら、仕方ない気もするけどね。

円華:そんな風に呼ばれるほど完璧じゃないのにな。

亜実:でもそれを知っている人間は、会社では私くらいでしょ? 

円華:そう……かもしれない。

亜実:で?現れたんでしょ?いい男が。

円華:現れているような……いないような……。

 

亜実:何よ、歯切れ悪いわね。

 

円華:あのね。

 

亜実:うん。

円華:……覚えてないの。

亜実:何を?

 

円華:その……相手を。

 

亜実:なんの?

 

円華:あんた分かってて聞いてない?

亜実:えぇ?分からないけどぉ?

円華:……昨日部署内で飲み会があったでしょ?亜実はライブがあるから、って来なかったけど。

亜実:うん。

円華:で、その時にね、私お酒飲んじゃったみたいなの。

 

亜実:グラス一杯で潰れる下戸がなにやってんの。

円華:なんで飲んだのかも覚えてないのよ!

亜実:どこから突っ込んでいいか分からないんだけど、あんたにしては痛恨のミスね。

円華:そう。で、起きたらひとりだったの。

亜実:どこで?

 

円華:私の家。

 

亜実:それ、覚えていないだけで、一人でちゃんと帰ってこられたってことじゃないの?

円華:でも、起きたら知らない男物のTシャツ着てたし、枕元にはやっぱり知らない男物のハンカチがあったのよ?

 

亜実:あー、それは……

 

円華:……それにね、見つからないのよ。

 

亜実:何が?

 

円華:その……パンツが。

 

亜実:はあ!?

 

円華:履いてたパンツだけが見つからないの。スカートは履いてたのに、パンツがないの!

 

亜実:いやいやいや、意味が分からないんだけど。

 

円華:だってないのよ!お気に入りのやつだったのに!

 

亜実:大事なのはそこじゃないでしょうが。なんでパンツだけなくなるのよ。

 

円華:それが分かれば苦労してないわよ!

 

亜実:まぁそうだけど……。とりあえず、誰かとやっちゃったっぽいのは事実なわけね?

 

円華:だって、パンツなくなってるし……。

 

亜実:パンツはとりあえず置いておこう?

 

円華:パンツは大事よ?

 

亜実:相手の方がもっと大事でしょうが。その……声とか覚えてないの?

 

円華:覚えてない。

 

亜実:体格とか。

 

円華:手は大きかったかも。

 

亜実:他には?

 

円華:……覚えてない。

 

亜実:ほぼ手掛かりゼロ、かあ。一晩の過ちってとこかな。忘れた方が早そう。

 

円華:忘れられないの。

 

亜実:……そんなに良かったの?

 

円華:そういうことじゃなくて!そもそも覚えてないんだってば!ただ、私の肩を抱いててくれてた手が、なんか優しくて、ああ安心するなぁ、って思ったのは覚えてて。だから、相手を思い出してはっきりさせたいのよ。

 

亜実:なるほど。ま、恋愛弱者の円華に好きな人らしきものができただけでも上等だし、ちょっと一緒に考えてみるか、そのお相手をさ。

円華:うん。


亜実:で、その時の様子を詳しく聞かせてよ。

 

円華:え?その時、って……ベッドでの話?

 

亜実:そんなもん聞きたかないわよ。そもそも覚えてないんでしょうが。飲み会の時の話よ。

 

円華:あ、それもそうか。

亜実:あんた、変なとこ抜けてんのよね。

 

円華:余計なお世話よ。

 

亜実:飲み会に来てたメンバーで、手が大きくて、あんたの介抱をしても違和感のない男、って言ったら、巽(たつみ)課長に、同期の間宮(まみや)、後輩の八尋(やひろ)君ってとこかな。

円華:うん。それでね……

 

【間】

 

―回想/居酒屋にて

 

間宮:いやぁ、今回のプロジェクト、きつかったなぁ。

 

円華:そうね。コンペティションの段階から皆ピリピリしてたものね。

 

間宮:言ってもお前が一番ピリピリしてたろ。

円華:だって初めてのチームリーダーだったのよ?きっちり仕事したいじゃない。そう言う間宮くんこそ、ずっと眉間に皺寄ってたけど?

間宮:だって、お前がすぐ駄目出ししてくるから。


円華:それは間宮君の実力不足のせい。人のせいにしないで。

 

間宮:あ、ひっでえ。

 

八尋:間宮さんも、久我さんにはかないませんね。間宮さんだって、十分に営業部のエースなのに。

間宮:そりゃ仕方ねえよ。だってほら、八尋も知ってるだろ?なんたってこいつは、

 

巽:「営業二課の女王様」か?

 

円華:課長!

 

巽:久我(くが)、間宮、八尋、今回はよく頑張ったな。

 

八尋:ありがとうございます!

 

間宮:いやいや、課長のご指導あってのものですって。

 

巽:そんなお世辞は要らん。俺は俺のすべきことをしただけだ。

 

円華:それでも、とても助かりました。ありがとうございます。

 

八尋:俺の方こそ、巽課長に間宮さん、それになんたって「女王」の久我さんと一緒に仕事ができて、めちゃくちゃ勉強になりました。

 

円華:だから、その呼び方はやめてってば。

間宮:あきらめろよ。もう社内に知れ渡ってんだから。

円華:最初に呼び始めた元凶が何を言ってるの。

巽:そうだったのか?

円華:間宮くんがふざけてあちこちでそう呼ぶうちに、なんだか定着しちゃったんです。

八尋:でも本当に似合ってると思いますけどね。

間宮:そのハイヒールで男踏んでそうだもんな。

(間宮、けらけらと笑う)

 

円華:(咳払い)


八尋:いや、決してそういう意味では……。

巽:なんだ間宮、お前そう言う趣味があるのか?

間宮:いやいやいや!ないですって!全然。


円華:あったとしても聞きたくないから黙って。

間宮:な?こういうとこだって。

円華:なんですって?

巽:久我、今日はやけに間宮に絡むな。

円華:別に絡んでなんかいません。

八尋:まあ、お二人は同期ですもんね。気軽に言い合える関係性って、いいじゃないですか。

間宮:あのな八尋、こういうのは言い合ってるんじゃないんだ、俺が一方的に苛められてるって言うんだよ。

巽:まあ、久我にとっては言いたいことを言える相手も、ひとりくらいは必要なんじゃないか?

円華:どういうことですか?

巽:お前はいつも一人で抱え込んで解決しようとするからな。チームに協力できているようで、スタンドプレーに走りがちだ。


円華:そんなことは……

巽:恐らく「人に迷惑かけまい」「弱みは見せまい」とする姿勢の表れなんだろうが、そういう虚勢を張るより先に口から文句が出るくらいの相手がいると、少しは楽なんじゃないか?

間宮:まあ俺はお前に当たられても、言うほど気にしてないしな。

八尋:間宮さんのことは置いておいて、確かにもう少し頼ってほしいな、とは思いますね。そりゃあ俺じゃ力不足かもしれませんけど、少しでも力にはなりたいですよ。

円華:……お手洗い行ってきます。


【間】


―回想終了/再びバーにて

 

亜実:……で、その後から覚えてない、と。

 

円華:そう。

 

亜実:うーん、正直どのパターンもありそうだなあ。

 

円華:そう?

 

亜実:皆あんたに対して好意的だし、あんたも三人のこと信頼してるじゃない?

円華:課長は入社してからお世話になってるし、間宮君と八尋君は一緒のチームで活動してたし、そりゃあね。

 

亜実:あー駄目だ、全然分かんない。

 

円華:ストリートミュージシャン探偵の亜実でも分からないかぁ。

 

亜実:情報が少なすぎんのよ。あんた思ったより早く潰れてるんだもん。

 

円華:だよね……。

 

亜実:明日出社したら、向こうからアクションあるかもしれないし、それでまた考えてみたらいいんじゃない?

円華:そうね……。分かった、そうする。

亜実:あと今日は円華のおごりね。

円華:もちろん、そのつもり。

亜実:まあ、そんなにガチガチに考えないで。恋愛なんて構えてするもんじゃないし。少しでも気になる人ができたってのはいいことよ。大人になると、恋愛の入り口なんてあいまいなもんだったりするしさ。

 

円華:うん。

 

亜実:とにかく、誰だか分かるといいね。

 

円華:そうだね。ありがとう。

 

亜実:んじゃ、私はお先に。

 

円華:うん、お疲れ。

(亜実、店を出ていく)

(残された円華、小さくため息をつく)


【間】

 

―ほぼ同時刻/とある居酒屋

 

間宮:まさか二日連続飲みに来ることになるとは思わなかったよなあ。

 

八尋:でも、それなりに由々しき事態でしたからねえ……。

 

巽:そうなんだよな。とにかく、昨日のことは、俺ら三人の秘密ってことでいいな?

 

八尋:さすがに久我さんのあんな姿を言いふらすほど、俺ゲス野郎じゃないです。

 

間宮:ばっか、俺だって言わねえよ。

 

巽:それにしても、久我が全く酒が飲めないとは……知らなかったな。

 

八尋:間宮さんは知ってたんじゃないんですか?同期でしょう?

 

間宮:まあ……知ってはいたけど。

 

巽:じゃあなんで飲ませた?

 

間宮:ウーロン茶を飲んでるんだと思ったんすよ。まさかウーロンハイだったなんて。

 

八尋:店員のミスだったんでしょうね。

 

巽:そうでなきゃ、あの時注文した間宮が、久我をわざと酔わせるためにウーロンハイを注文したことになるだろうが。

 

間宮:ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺、そんなことしませんって!

 

八尋:でも、ぶっちゃけ久我さんのこと、なんやかやで狙ってるでしょう?間宮さん。

 

巽:そうだったのか?

 

八尋:見ててバレバレですよ。ちょくちょくからかいに行くのだって、好きな子に意地悪したい小学生のそれですもんね。

巽:全く気付かなかった……。

八尋:課長が鈍すぎるんですよ。

 

間宮:おいおい、そう言う八尋だってそうだろうが。知ってるぞ?この間のオフに久我のこと誘ってたの。

八尋:俺は正々堂々勝負する方ですもん。……相手にされるかどうかは別として。

巽:それも気付かなかった……。

 

間宮:あの美貌であの優秀さだもんな。大半の男は狙ってると思っていいっすよ。

巽:なるほど。「女王様」は伊達じゃない、か。

八尋:そういうことです。


間宮:それにしても、その「女王様」がまさか「あんなこと」になるとはな。

八尋:トイレから戻ってこないと思って見に行ったら、店の廊下で涙ぽろぽろ、ですもんね。

 

巽:俺、なんか傷つけるようなこと言ったか?

 

間宮:んや、上司として超いいこと言ったと思いますよ。

 

八尋:はい。俺らも感じてたことでしたし、むしろそれを課長が言ってくださって、ありがたかったというか。

 

巽:しかし当の本人を泣かせちまったんじゃなぁ……。

 

八尋:でもぶっちゃけ、すげえ可愛かったですよね。

 

間宮:んだよ、お前もか。

 

巽:お前らなぁ……。


八尋:あの後すぐに久我さんがぶっ倒れてげぇげぇならなければ、俺ちょっと危なかったかも。

 

巽:危なかったって?

 

間宮:おいおい、送り狼するつもりだったのかよ。

 

八尋:人聞きの悪い。相手の合意なしにそういうことはしません、って。

 

巽:当り前だ!合意があったとしても、酒の入った状態でそういうことをするのは駄目だろうが。 

 

八尋:課長って堅物ですよね、ほんと。

 

巽:うるせえ。

 

間宮:でもまあ、めっちゃ抱きしめたくなるよな。あんな姿見たら。

八尋:ギャップ萌えってやつですよねえ。

 

巽:それを見たのが俺ら三人だけで良かったな。

 

間宮:へ?

 

巽:あ、いや。ほら、もっとたくさんの人間が見てたら、それこそよこしまなことを考える人間が出てくるかもしれないだろう?

八尋:まあライバルが増えるのは好ましくないですね。

 

巽:久我も大変だろうしな。

 

八尋:ですね……。

 

巽:いずれにせよ、あんなことがあったなんて久我本人が知ったら、相当なダメージだろうし、あいつが泣いて吐いた、ってことは、俺ら三人の秘密にしておこう。明日社内であいつに会っても、いつも通りでな。

 

間宮:言われなくたってそうしますよ。

 

八尋:間宮さんが一番危なっかしいと思うんですけど、俺。

 

間宮:なんでだよ。

 

八尋:いつもの売り言葉に買い言葉のノリで言いそうで。

 

間宮:言わねえよ!入社した時から惚れてる女だぞ!さすがに本気で傷つけることはしねえよ。

 

八尋:あ、それなら俺だって同じですからね。

 

巽:おい、話が逸れてるぞ。まあでも、その気持ちがあるなら平気だな。今日は急に誘ってすまなかった。ここは俺が出すから、ほら遠慮なく飲んで食ってけ。

 

間宮:お、さすが。それじゃ遠慮なく!

 

八尋:間宮さん、獺祭(だっさい)頼みましょう、獺祭。

 

巽:お前ら……


【間】

 

―翌日/社内


円華:おはようございます。

 

巽:ああ、おはよう。

 

円華:あの、課長。

 

巽:ん?

 

円華:一昨日のことなんですが……

 

間宮:ああ、お前が酔いつぶれたんで、俺ら三人でお前の家の前まで送ったんだよ。

 

八尋:そうそう!もう久我さん、お酒弱いならちゃんと言ってくれなきゃ。危なっかしいじゃないですか。

 

巽:取引先と同席することも今後あるだろうしな。言っておいてくれれば俺らでフォローできることだし、そういうのはちゃんと言わないといかんぞ。

 

円華:本当にすみませんでした。

 

間宮:いいっていいって。たまには頼られんのも悪くないから。

 

八尋:そういうことです。

円華:あ、それじゃあ……

 

(円華、鞄からTシャツとハンカチを取り出す)

 

円華:このTシャツとハンカチ、って。

 

八尋:あ、俺のハンカチです。

 

間宮:Tシャツは俺のだな。

 

円華:ハンカチは分かるけど、なんで間宮君のTシャツが?

 

間宮:あー、えっと、それは、だなぁ……

巽:お前を店から連れ出す時に、間宮がグラスを倒して、お前のシャツを濡らしたんでな。

 

間宮:ほら、俺会社帰りにジム行くこともあるし、いつも持ち歩いてるんだよ、Tシャツ!綺麗なやつだから大丈夫だぞ。

 

円華:そう、ありがとう。え、でも誰が……

 

八尋:久我さん、自分で着替えたんですよ。ふらふらになりながらも、トイレでちゃんと。

 

円華:そうだったの?それなら良かった。本当に迷惑かけてごめんなさい。ありがとう。ん?……あれ、でも確か、三人で送ってくれた、って言ってたわよね?

 

間宮:そうだけど?

 

円華:それじゃあ一体誰が私のパ……

八尋:ぱ?

 

円華:あ!ううん、なんでもない。

 

亜実:おはよーございまーす。

 

巽:須田か。おはよう。

 

間宮:おい須田、一昨日は大変だったんだぞ。

 

亜実:へえ、何が?

八尋:実は久我さんが酔っぱらっちゃって。。

 

亜実:そうなんだ?それは大変だったねぇ。で、誰が円華を介抱したの?

 

円華:ちょっと、亜実。

 

亜実:だって私、円華が下戸なの知ってるもん。

 

八尋:そうだったんですか!?

 

亜実:まあ円華とは大学の時から一緒だったし、そりゃね。

 

八尋:言われてみれば、確かに。そっかあ、一昨日須田さんがいたら、久我さんもあんなことには……

 

(巽、咳払いして八尋を制す)


円華:あんなこと?

 

八尋:いえ、酔いつぶれずに済んだのかなぁ、って。

 

亜実:そうね。悪かったわね、円華。

 

円華:ううん。過ぎたことだし、気にしないで。

 

巽:さ、それじゃおしゃべりは終わりだ。仕事するぞ。

 

間宮:うーい、俺外回りなんで行ってきます。

 

巽:俺もだ。クライアントから何かあったら携帯に連絡してくれ。

円華:分かりました。二人ともいってらっしゃい。

 

(少しの間)

 

(亜実、隣のデスクの円華に身体を寄せて囁く)

 

亜実:で?肝心の「パンツの君(きみ)」は誰だか分かったの?

 

円華:なによパンツの君って!

 

亜実:間違ってないでしょうが。

 

円華:そうかもしれないけど!……結局三人で私の家まで送ってくれた、ってことらしいの。

亜実:え、まさか三人と……

 

円華:怒るよ。

 

亜実:ごめん。

円華:とりあえずハンカチとTシャツは、八尋君と間宮君がそれぞれ貸してくれたものだって分かったんだけど……

 

亜実:でも誰かは確実にあんたの家に上がってる、ってことでしょう?

 

円華:そうなの。でも、それが誰だか分からないのよ。

 

亜実:あとは誰かが、もしくは三人全員が嘘をついている、って可能性ね。

円華:えぇ!?

 

亜実:だってそうじゃないと説明がつかないじゃない。

 

円華:まぁ……そうだけど。

亜実:とにかく今日一日様子見てみないことには、か。

 

円華:そうなるのかな。

 

亜実:こりゃ気になって仕事どころじゃないわ。

 

円華:亜実。

 

亜実:あぁごめんって。ちゃんと働きます!

 

【間】


―社内/就業時間後

 

八尋:巽課長も間宮さんも、帰り遅いですね。

 

円華:何件か回ってるんだろうけど、そろそろ帰ってくると思うわよ。

 

八尋:俺、課長に確認してほしい書類があるから、課長が戻るまで帰れませんよ。

 

亜実:まあまあ。私たちももう少し仕事あるし、一緒に待っててあげるって。

八尋:ありがとうございます。

 

(巽、戻ってくる)

 

巽:お、三人ともまだ残ってたのか。

 

亜実:お疲れ様でーす。

 

八尋:「残ってたのか」じゃないですよ。見てほしい書類があるってメールしたでしょう?

 

巽:ああ、そう言えばそうだった。すまん。あと久我。

 

(巽、カバンの中からクリアファイルを取り出し、円華に差し出す)

 

巽:これ。

 

円華:ん?

 

巽:そこのコンビニで買い物したら、なんかキャンペーン中だったらしくてな。もらったんだ。

円華:「やさぐれにゃんこ」のクリアファイル……

 

八尋:あぁ、それ可愛いですよね。俺も好きです。

 

巽:久我も好きだろ?だから、やるよ。

 

円華:え……?

亜実:うっそ……マジ?

 

巽:ん?

 

円華:私のパンツ!

八尋:はあぁ!?

 

巽:え。

円華:私、「やさぐれにゃんこ」が好きなんて、亜実にしか言ってないのに……!

 

巽:あ……

 

円華:あの日履いてた「やさぐれにゃんこ」のパンツ、課長だったんですね?

八尋:ちょ、ちょっと待ってください!事態が全く見えません!ぱ、パンツってなんですか!?

 

巽:いや、久我!違う!これは違うんだ!

亜実:もう言い逃れできないですよ、課長。

巽:待ってくれ!これにはわけが!

亜実:で?やっちゃったんですか?

八尋:やっちゃった!?

巽:待てったら!俺はやってない!

円華:もう!みんなしてやるのやらないの、って連発するのやめて!

円華:課長、私怒っているわけじゃないんです。でもその……覚えていないので、状況を聞かせて頂けたら、と思って……。


亜実:そうですね。私も円華の親友として聞かせて欲しいなー。

巽:……

八尋:課長、あれだけ俺らの話に関心ない振りして、それはないですよ。間宮さんが聞いたら怒りますよ?

巽:分かった!ちゃんと説明する!

(巽、大きく息を吐いて話し始める)

巽:……あの日、酔いつぶれたお前をタクシーで家まで送ったのは、俺たち三人だ。お前が家のドアを開けたのを見届けて、俺たちはまたタクシーに戻ったんだが、その時に、聞こえたんだよ。

円華:聞こえた?

巽:消え入りそうな、泣きそうな声で、「ごめんなさい……」って。

八尋:え?

巽:それを聞いたらなんだかこう、やっぱり心配になってな。俺が泣かせちまったのもあるし、ほっとけなくて。

八尋:あ!そういえば課長あの時、「ちょっと呼び出された」とか言って途中で降りましたけど、あれって!

巽:どうしてもそのままにしておけなくて、戻ったんだよ。そうしたら久我が明けっ放しのドアの前でうずくまって泣いてるじゃないか。風邪をひくし、なにより危ないと思って、そのまま肩を貸して家に上がったんだ。

円華:……

巽:それで、布団に寝かせて帰ろうとしたら……その、久我が俺の腕を掴んで、「ひとりにしないで」って、また泣くんだよ。

八尋:それは……反則ですね。

巽:ずっと見てきたけど、本当にこいつは一人で必死になって、「女王様」の呼び名に負けないように立ち続けてたんだな、って思ったら……その、たまらなくて。

亜実:で、やっちゃったと。


巽:いや、危なかったは危なかったんだが、下着に手を掛けたら、なんか妙に可愛いの履いててさ、我に返ったんだよ。「女王様」の鉄壁の守りの下はこんなに無防備で可愛いのかよ、そんな可愛い女に、俺は何をしようとしてるんだ、ちゃんと手順を踏んで口説こう、って思ったんだ。だからすぐに離れて、久我が眠るまで手を握ってることにした。で、眠ったのを見計らって帰った。本当に!本当にそれだけだ。

円華:じゃあ、なんで私のパンツがなくなってたんですか?

八尋:パンツが!なくなってた!?

巽:脱がせた後に慌てて冷静になったから、無意識でポケットに突っ込んじまってた。

八尋:はあ!?

巽:帰ってからびっくりしたよ。ちゃんと事情を話して返そうと思ったが、あの夜のことは久我は覚えていないだろうし、一体どう説明したらいいのか、と、ずっと悩んでて……。


八尋:昨日飲んだ時に正直に言ってくれれば良かったのに。水臭い。

巽:話したところで、こんな話信じちゃもらえないだろう?

円華:信じますよ。

巽:え?

円華:課長だから、信じます。

亜実:そりゃあ巽課長はどっちかというと堅物だし、こんな嘘をつくとは思えないけど。

円華:うん。だから、信じます。だって私、多分本当に泣いてたんだと思うから。……「女王様」が虚勢だって、あの時飲み会で課長が言ってくれた言葉、それは覚えてるんです。そして、それがすごく嬉しかったのも。家に入るときに肩を抱いてくれた手が温かくて安心したのも覚えてます。この手なら、色んなもの受け止めて掬(すく)い上げてくれそうだな、って。理屈じゃなくて、感覚でそう思ったんです。

巽:……

円華:あと課長、ずっと私に声かけてくれてましたよね?

巽:そりゃ、泣かせちまったのは俺だし……。謝ったり励ましたりは、した。

円華:内容はほとんど覚えていませんけど、それも嬉しかったんです。だから、信じます。というより、私が信じたいんです。


巽:久我……

円華:なんだか変な順番になっちゃいましたけど、良かったら今度二人で出かけませんか?

巽:俺で良ければ、その、面白いところとか何も知らんし……それでも良ければ。

円華:私がきちんとプランニングするので大丈夫です。

巽:そこは俺にも頑張らせてくれよ……。

亜実:……あたしたち、帰る?

 

八尋:そうですね。課長、書類明日でいいなら、明日確認してください。あと、今度また獺祭おごってもらいますからね。

巽:あ、ああ分かった。あとその……すまなかった。

(間宮、戻ってくる)

間宮:間宮戻りましたー……って、え、何!?何この雰囲気!?

 

亜実:あんたすごいタイミングで帰ってきたわね。

 

間宮:え、課長……と久我!?須田、何があったんだよ。

 

亜実:私はてっきり、あんたが「パンツの君」だと思ってたんだけどね。

 

間宮:パンツの君!?

 

八尋:話すと長くなるんですよね。

 

間宮:いや教えろよ!

 

八尋:「女王様」のスカートの下は想像以上にピュアでチャーミングだった、ってことです。

 

間宮:全然分かんねえし。

 

亜実:はっきり言えんのは、あんたが失恋したってことね。

 

間宮:あー……やっぱり?そんな雰囲気だよな、これ。

八尋:ま、俺はひとりで傷を癒したいタイプなんで、もう帰ります。

間宮:マジかー。うーわ、マジかー。

亜実:……飲み行く?

間宮:頼むわ。俺はこう見えて、結構繊細なんだよ。

亜実:知ってる。お姉さんが泣き言を聞いてやろう。

八尋:送り狼しても、須田さんなら許してくれそうですよ?

間宮:うっせぇ、てめえは早く帰れ!ばーか!

八尋:お疲れさまでーす!

(八尋、退場)


亜実:なに、あんた送り狼するタイプだったの?

間宮:しねえよ。


亜実:だよね、知ってる。口調の割に真面目だもん、あんた。それと、今本気でへこんでるのも。

間宮:うるせえ。

亜実:私だって同期だから。残念だったわね、ぜーんぶお見通しで。

(亜実、間宮の腕を取る)

亜実:ほら、行くよ!これ以上いたら馬に蹴られて死んじゃうって。

間宮:あいよ、ちくしょう。

亜実:……可哀想だから、今日だけは送り狼してもいいよ?

間宮:するかよ馬鹿。

(亜実、くすくすと笑う)


亜実:あ、二人とも、明日有給扱いで休みにしときますー?

 

円華:亜実!

 

亜実:はいはい、お邪魔しました。それじゃ、お疲れさま!また明日ね。


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【幕】

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