#49「サムシングブルー」
(♂2:♀0:不問0)上演時間30~40分
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アオ
【籠原碧人(かごはらあおと)】男性
三十手前のやや小柄な男。デザイナー。
チイ
【千勢伊織(ちせいおり)】男性
全体的に大柄な大学三年生。ドレスを着ることに秘かに憧れていた。
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―夜の公園
(人気のない公園の隅でチイが踊っている)
アオ:……おい。
チイ:!?
アオ:お前……何してるんだ?
チイ:あ……これは……その……
(アオ、ため息をつく)
アオ:勘弁してくれよなあ。
(チイ、アオに飛びつき、その胸倉をつかむ)
チイ:あの!
アオ:うわ、なんだよ。
チイ:別に俺!怪しいものじゃないので!お願いだから、通報だけはしないでください!
アオ:……っ!怪しいものじゃねえってんなら、その手を離せ!やめろ!
チイ:通報しないって約束してくれますか!?
アオ:元からそんなつもりはねえよ!面倒事は嫌いだ!
チイ:本当ですか?
アオ:このまま離さねえと通報するかもな!……ってうわっ!
チイ:あっ!
(二人、転ぶ)
アオ:いってぇ……。
チイ:ご、ごめんなさい!
(チイ、慌てて離れる)
アオ:……ったく、なんなんだよ一体。
チイ:俺、本当に怪しいものじゃないですから。そりゃ驚かせてしまったとは、思いますけど。
アオ:あー……こんな真夜中の公園でテーブルクロスを身体に巻いた大男がいたら、そりゃあ驚くし、まあぶっちゃけ……すげぇ怪しいわ。
チイ:そうですよね。
アオ:……
チイ:変ですよね……やっぱり。
アオ:とりあえず差し当たっての問題なんだが。
チイ:はい。
アオ:手、貸してくんね?
チイ:え?
アオ:腰が死んだ。痛くて立てねえ。
チイ:す、すみません!俺のせいですよね!どうぞ、掴まってください!
アオ:いててててて!これ、本当に無理だ。いててててて!
チイ:あの、もし嫌でなければお詫びに家まで送らせて下さい。多分、近所の方ですよね?
アオ:なんで近所って分かった。
チイ:その格好は多分部屋着なんじゃないかな、って。まあ、ほとんどなんとなく、です。
アオ:ああそうか、コンビニ行くだけだし、ってそのまんま来たんだったわ。
チイ:俺もこの辺なので、遠慮せず使ってください。
アオ:そっか。それなら頼むわ。家、そこのコンビニと逆方向に、三つ目の角を右に曲がったすぐのところなんだ。
チイ:はい!
アオ:その前に。
チイ:え?
アオ:テーブルクロスは脱げ。その姿はマジで通報モンだから。
チイ:ああ!ですよね!すみません!……よいしょ、っと。これでよし。
(チイ、かがむ)
チイ:俺の首に手、回せます?
アオ:え?
チイ:手さえ回せれば……よいしょ、っと。
アオ:うわっ。
チイ:あ、おんぶ、嫌でしたか?
アオ:いや、すっげえ助かる。というか、重くねえの?
チイ:全然。俺、力だけはあるんで。
アオ:そっか。
チイ:というより、あ、えっと……
アオ:籠原。籠原碧人(かごはらあおと)。皆アオって呼んでるから、アオでいいよ。
チイ:アオさん。
アオ:おう。
チイ:俺は千勢伊織(ちせいおり)っていいます。友達は皆チイって呼びます。
アオ:えらく可愛いな。
チイ:そうなんですよね。見た目に全然合ってないのは分かってます。
アオ:別にそんなことは……あ、そこ右な。
チイ:ところでアオさん。
アオ:ん?
チイ:ご飯、ちゃんと食べてます?アオさん、めちゃくちゃ軽いんで不安になります。
アオ:食っても太らねえんだよ。
チイ:ええ、羨ましいなあ。俺、食ったら食った分、綺麗に血肉になるタイプなんで。
アオ:いいじゃねえか。健康的で。
チイ:そうですか?なら、別にいいかな。
アオ:おう。それに……
チイ:ん?
アオ:いや、なんでもねえ。……あぁ、ここだここ。
チイ:ひとりで入れます?
アオ:ちょっと下ろして。
チイ:はい。
アオ:あだだ、無理だ。やっぱしんどい。
チイ:それ、生活に支障をきたすレベルなんじゃ……
アオ:……かもな。
チイ:とにかく、ベッドまで連れて行きますから。もう一回、手を回してください。
アオ:……おう。
【間】
―アオの家
チイ:……よいしょっと。これで大丈夫ですか?
アオ:サンキュ。
チイ:いえ、そもそもが俺のせいなので。本当に、すみませんでした。
アオ:腰の件ですっかり忘れてたけど。
チイ:はい。
アオ:なんだってこんな真夜中にあんな……テーブルクロスなんか巻いて踊ってたんだ?
チイ:……
アオ:言いたくなけりゃ言わなくてもいいよ。
チイ:ドレスが。
アオ:ドレス?
チイ:ドレスが、着たくて。
アオ:それで、テーブルクロス。
チイ:俺みたいな身体の大きな男が着られるドレスなんて、ありませんから。
アオ:踊ってたのは?
チイ:回ると裾が広がって綺麗だったから……。
アオ:そうか。
チイ:おかしいですよね。男がドレスを着たがるなんて。分かっているんです。本当は家で、こっそりひとりでやっていればいいことなのも。
アオ:……
チイ:気持ちが女なら、女としてドレスを着たがるのなら、きっとまだ自然だったのかもしれないけど、俺は気持ちもしっかり男で、別に女装の趣味もなくて、だから……
アオ:ただ、綺麗なドレスが着てみたかっただけ、ってことか。
チイ:気持ち悪い、ですよね。自分でも気持ち悪いんだろうな、ってのは分かっているんですけど……。
アオ:……別にいいんじゃねえか?
チイ:え?
アオ:綺麗なものは、綺麗だろ。
チイ:……
アオ:欲しいものを欲しいと言って、手を伸ばすのは悪いことじゃねえ……と、思う。
チイ:アオさん……
アオ:まあ、だからと言ってテーブルクロスを身体に巻くのはどうかと思うがな。
チイ:裁縫が出来たなら自分で作れたんでしょうけど、俺、そっちはからっきしで。あれが精いっぱいだったんです。
アオ:そうか。
チイ:あの、アオさん。
アオ:ん?
チイ:これは、俺の自己満足かもしれないけど……。
アオ:なんだよ。
チイ:その……、アオさんが回復するまで、ここに通ってもいいですか?
アオ:はあ?
チイ:その状態じゃ、色々不便かなって思って。
アオ:まあ、そりゃあ……。
チイ:俺、一人暮らしだから掃除も洗濯もできますし、料理も簡単なものなら作れますから。もし、アオさんが嫌じゃなければ。
アオ:それは……正直助かる。
チイ:良かった!さすがに申し訳なさすぎて。
アオ:それはもういいって。……あぁ、そうなると鍵が必要だな。合鍵ならそこの棚の上に……ああそう、それを自由に使ってくれ。
チイ:いいんですか?
アオ:ああ。これも何かの縁だ。よろしくな。
【間】
―数週間後/アオの家
(チイ、玄関のドアを開ける)
チイ:アオさーん。ご飯、食べよ?
アオ:チイ、お前、いくら合鍵あるからって、当り前のように入ってくんなよ。せめてチャイム鳴らせって。
チイ:この前まではそんなこと言わなかったのに。
アオ:そりゃあお前、俺、こないだまではほとんど動けなかったんだし、仕方ねえだろ。チャイム鳴らされても出られねえんだから。
チイ:まあ、そうかもしれないけど。
アオ:なんだよ。
チイ:急に他人同士になったみたいで嫌だ。
アオ:他人同士だろうが。
チイ:冷たいなあ。
アオ:お前が犬っころみたいに懐き過ぎなんだよ。
チイ:俺が誰にでも懐くみたいな言い方しないでよ。
アオ:違うのか?
チイ:あのねえ、ハタチ超えてそんなだったら、それただの馬鹿だから。
アオ:……おう。
チイ:何、その顔。
アオ:いや、意外に毒舌なんだな、って思って。
チイ:しまった。せっかくここまで猫かぶってたのに。
アオ:猫になったり犬になったり忙しいな。
チイ:そうだね。でも、俺がアオさんに懐いてるのは事実だからね。だから猫もかぶるし、犬にもなるんだよ。
アオ:……なあ、なんでそんなに俺に懐いてんの?
チイ:え?
アオ:んや、今まで誰かが俺の懐に入ってくることなんか、なかったから。
チイ:ふうん。
アオ:なんだよ。
チイ:俺、少しはアオさんの懐に入れてるんだ。
アオ:へ?
チイ:正直俺、不安だったんだよね。
アオ:何が。
チイ:俺はアオさんの懐に入りたかったけど、アオさんからは壁を作られてる気がしたから。
アオ:壁?
チイ:うん。
チイ:だってアオさん、未だに自分のこと、ほとんど話してくれないじゃん。
アオ:自分のことってなんだよ。
チイ:何が好きか、とか、どこの出身か、とか、そういうこと。
アオ:あー……
チイ:あとほら、そこの「開かずの間」とか。
アオ:前に仕事部屋だって言ったろうが。
チイ:でも、なんの仕事してるかは教えてくれないじゃない。
アオ:……殺し屋。
チイ:へったくそな嘘。アオさん本当に嘘つくの下手だよね。
アオ:うるせえ。そもそも、そんなこと知る必要あるか?
チイ:必要かそうでないか、じゃなくて、俺が知りたいってだけ。
アオ:なんのために。
チイ:言ったでしょ、俺がアオさんの懐に入りたいだけだってば。
アオ:なんで。
チイ:さっきから「なんで」ばっかりだね。
アオ:お前が俺にとって未知の領域な発言ばっかりするからだよ。
チイ:だってアオさんだけだもん、俺がドレスに憧れてるって聞いて、変な顔しなかったの。別にいいんじゃない、って言ってくれたのも。それがすごく嬉しかったから。
アオ:それだけの理由で?
チイ:アオさんにとって「それだけ」でも、俺にとっては「それほど」のことだったの。
(少しの間)
アオ:……まあ俺のことはいずれ、な。
チイ:うん。今はそれでいいよ。
アオ:おう。
チイ:あ、ねえねえ。そこの中華料理屋でさ、麻婆豆腐テイクアウトしてきたんだ。
アオ:食ったことねえな、あそこの麻婆豆腐。真夜中にラーメン食いに行ったことはあるけど。
チイ:あそこのラーメン、そんなに美味しくなかったでしょ?
アオ:まあ、うん。
チイ:だけどね、麻婆豆腐は美味しいんだ。あんまり知られてないんだけどね。
アオ:そうだったのか。
チイ:うん。あ、今更だけど、アオさん麻婆豆腐好き?
アオ:……好きだな。
チイ:ん。
アオ:なんだよ。
チイ:ひとつ知れたなって思って。
アオ:なっ……んだそりゃ……
チイ:そんな顔しないでよ。
アオ:お前ねえ、いい大人をからかうんじゃないよ。
チイ:からかってなんかいないよ?全部本気。
アオ:そういうことばっか言ってるとな、知らねえぞ。
チイ:なにが。
アオ:お前、ちょっと俺の前に立ってみろ。
チイ:なに、急に。
アオ:いいから。
チイ:ん。
(チイ、アオの前に立つ)
(アオ、チイを抱き寄せる)
チイ:アオさん!?
アオ:お前胸板厚いねー。腕、回りきるかな。
チイ:ちょ、アオさん、そんなにきつく抱きしめて、一体なんなの。苦しい。
アオ:お前さ、俺がお前のことを好きで、今すぐ抱きたいって言ったらどうする?
チイ:え?
アオ:俺、ゲイなんだわ。男が好きな男。チイのこと、初めて見た時からタイプだなって思ってた。
チイ:ま、待って。
アオ:待たない。言ったろ、「知らねえぞ」って。死ぬほどタイプの男が、簡単に懐に転がり込んでみろ。ここまで我慢したの、褒めて欲しいくらいだわ。
チイ:ちょっと!
(アオ、離れる)
アオ:……なんてな。
チイ:へ?
アオ:冗談だよ、ばか。
チイ:冗談って
アオ:だからね、そうやって懐っこいのは決して悪いことじゃないんだけど、君は無防備過ぎるから気を付けなさい、って言ってんの。
チイ:……全然笑えない。
アオ:笑わそうとしてやってねえもん。
チイ:それは冗談って言わないんだよ。あと。
アオ:なんだよ。
チイ:なんで今「お前」じゃなくて「君」って言ったの。
アオ:なんでって
チイ:なんで今こんなタイミングで、こんなやりかたで、壁作るの。
アオ:だからそれは
チイ:そんなに、俺に懐に入られるのは嫌なの?
アオ:……お前はまだ選択肢がたくさんある「これから」の人間だろうが。こんな「これまで」のおっさんに時間を使ってないで
チイ:それは俺が決めることでしょう。アオさんに、そんなことを指図される筋合いはないよ。
アオ:俺はもう引き返せねえから言ってんだよ。
チイ:意味が分からない。
アオ:だろうな。
チイ:俺、アオさんのこと大好きだよ。
アオ:悪かったな。その純粋な友情を、冗談で弄んで。
チイ:……っ!
アオ:もう来るなよ。あとこれ、これはお前が持って帰って食え。
チイ:……やだ。
アオ:帰れって言ってんだ。
チイ:……
アオ:早く。
チイ:……っ!
(チイ、出ていく)
【間】
―数日後/夜の公園
(チイがベンチに座っている)
アオ:……よお。
チイ:アオさん。
アオ:久しぶり。
チイ:……久しぶり。
アオ:偶然だな。
チイ:まあ、近所に住んでいれば、ね。
アオ:隣、座っていいか。
チイ:ん。
(アオ、座る)
アオ:……今日はアレ、やらねえの?
チイ:アレって?
アオ:テーブルクロスでダンス。
チイ:……そんな気になれない。
アオ:そうか。そうだよな。
チイ:分かっているのになんで聞いたの?
アオ:……きっかけ?
チイ:なんの?
アオ:お前と話す。
チイ:なんのために。
アオ:さすがに、悪いことしたよなあ、って。
チイ:今さら?
アオ:おっさんになると、来た道を引き返すのにも、勇気と体力がいるんだよ。
チイ:ふぅん。
(少しの間)
アオ:……俺の話をしていいか。
チイ:したいなら。
アオ:俺な、今はフリーで仕事してるんだけどさ、何年か前は「ミントテイル」って原宿系の女子向けブランドで働いてたんだ。
チイ:うん。
アオ:それで、前の職場を辞めた理由ってのが、好きな男ができたから、なんだよ。
チイ:そう。
アオ:驚かねえのな。
チイ:この間言ってたじゃん。自分のこと、ゲイだって。
アオ:それも冗談だとは思わなかったわけ?
チイ:アオさん、嘘つくの下手だもん。
アオ:そっか。
チイ:それで?
アオ:……好きになったのが、やっぱりお前みたいな懐っこい後輩でさ。隙だらけで懐に入ってくるような。
チイ:……
アオ:だから、舞い上がってたんだろうな。一緒に飲みに行ったとき、つい勢いで告白しちまったんだ。
チイ:……うん。
アオ:そうしたらそいつさ、すんげぇ傷ついた顔して言うんだ。「そんな言葉、尊敬する先輩から聞きたくなかったです」って。
チイ:……
アオ:情けないことに、それだけでその場から、いや、そいつと関係のある場所全てから、走って逃げたくなったんだよ。まあ実際走って逃げたんだけどさ。
チイ:来た道を引き返すのにも勇気と体力がいる、なんて言ってたくせに?
アオ:逃げるのは別なんだよ。
チイ:ださいね。
アオ:ああ、ださい男なんだよ、俺は。
チイ:それで?その話が今のこの状況となんの関係があるの?
アオ:その前にあとひとつ。
チイ:なに。
アオ:俺、ひとつお前に嘘をついた。
チイ:嘘?
アオ:偶然じゃない。
チイ:……なに、が?
アオ:今日ここでお前と会ったのは、偶然じゃ、ない。
チイ:え?
アオ:毎日、ここに来てた。お前と初めて出会ったのと、同じ時間に。そうすればお前に会えるんじゃねえか、って思って。
チイ:なんで?
アオ:だから、お前に謝りたかったってのと……その……
チイ:うん。
(少しの間)
アオ:あー……ちょっとお前、そのまま目つぶってろ。
チイ:はあ?
アオ:いいから。いや、お願いします。
チイ:……うん。
(少しの間)
アオ:ほれ。
(アオ、チイの頭に何かを乗せる)
チイ:え?
アオ:もう目、開けていいぞ。
チイ:これ……!
アオ:俺の仕事はな、デザイナーなんだ。
チイ:アオさん……!
アオ:本当は、ドレスを作りたかったんだ。お前のためだけのドレス。
アオ:「ユーフォリア」――俺のオリジナルブランドで初めての、オーダーメイドをな。だけど、さすがにこないだのハグだけじゃあサイズが分からなくて、これしか……ヴェールしか作れなかった。
チイ:ヴェールなんて、それじゃあまるで、ウェディングドレスじゃないか。
アオ:気持ち悪いのは分かってる!男同士で何やってるんだ、ってのは、もう十分。それでも俺は、俺の好きなやつに、俺のデザインした最高のドレスを着せたかった。
チイ:……
アオ:それが俺の……夢だったからな。
チイ:アオさん。
アオ:自分が男しか愛せないって気付いた時に、捨てたつもりの夢だった。けど、お前に出会って、もしかしたら、って思っちまったんだ。
チイ:アオさん
アオ:いい年して夢とか、それも気持ち悪いよな。全部分かってる。だから別に、捨てていいぞ。俺の自己満足はここまでだ。
チイ:アオさんってば!
アオ:自分でも、馬鹿なことをしているとは思ったさ。おっさんが男にプレゼントするヴェールを紙袋に突っ込んで、夜な夜な公園をうろついてよ。
チイ:アオさん!
アオ:……なんだよ。
チイ:自己満足はここまで、なんでしょ。だったら俺の話も聞いて。
アオ:……
チイ:アオさん、何か勘違いしてる。
アオ:は?
チイ:俺がアオさんのことを大好きだって言ったのは、アオさんと同じ意味だよ。
アオ:え。
チイ:俺にとってアオさんは、ドレスと一緒。キラキラした憧れの存在で、でもやっぱり憧れのままにはできなくて、みっともなくてもいいから、その端っこでもいいからこの手で掴みたかった存在。
アオ:お前……
チイ:別に俺はゲイではないけど、それでも今は、どの女の子よりもアオさんが欲しいと思ってる。
アオ:うそだろ?
チイ:うそじゃないよ。
アオ:先なんか、なんにも見えない関係なんだぞ。
チイ:それならどうして、アオさんは俺にこれを作ってくれたの?
アオ:それは
チイ:ケンカ別れして、そのまんまにすることもできたのにさ。それなのに、こうして俺に会いに来てくれた。自分できっかけを作っておいて、今さら壁を作るの、やめてよ。
アオ:俺は臆病なんだよ。
チイ:知ってる。
チイ:先が見えない関係かもしれないし、俺はいつだって来た道を戻れる年齢なのかもしれないけれど、今はそんなこと、どうだっていいよ。
アオ:そんなこと、言うなよ。
チイ:俺がアオさんのことを好き過ぎるんだ、多分。アオさんの前だと、俺、すごく楽で幸せだけど、同時にすごく苦しいんだ。だから前後不覚っていうか。
アオ:前後不覚のまま踏み出す道じゃねえよ。
チイ:前後不覚のまま、必死に走ってもいいじゃない。
アオ:馬鹿言うな。
チイ:それなら、俺がアオさんをおんぶして走るよ。っていうか、ほんと、こんなことまでしておいて、逃げないでよ。俺、どんな顔してこれかぶっていればいいの。
アオ:……
(少しの間)
アオ:……悪かった。
チイ:……
アオ:俺が、大好きなたった一人のためにドレスをデザインしたかったのは、そいつを泣かせたかったからじゃない。……笑わせたかったからだ、って思い出したよ。
チイ:アオさん……
アオ:俺も結局前後不覚だったんだな。お前のことが好き過ぎて、おかしくなってた。
チイ:じゃあ、おんなじじゃん。
アオ:ウェディングドレスみたい、ってお前言ったよな。
チイ:うん。
アオ:いいかもしれないな。
チイ:……何が?
アオ:先の見えない、引き返せない道だろ?ヴァージンロードって。
チイ:……!
アオ:前後不覚のまま、これが最後の道と決めて突っ走ってみるわ。
チイ:アオさん。
アオ:重いことを言ってるのは分かってる。この年齢だからな。いっぺんマジになったらほんと、すげえ重たいぞ、俺。
チイ:大丈夫。言ったでしょ、おんぶするって。アオさん、ちっとも重くないよ。
アオ:そうかよ。
チイ:うん。
(少しの間)
アオ:あ、そうだ。
チイ:ん?
アオ:今度そのヴェール、手直しさせてくれ。
チイ:いいけど……今のままでもじゅうぶん素敵だと思うよ?
アオ:いや、その……いっそウェディングヴェールのつもりなら、何か青い造花か石でもつけようかと思って。
チイ:なんで?
アオ:サムシングブルーってのがあってな。ヨーロッパかなんかのおまじないでさ、「結婚するときに身に着けると幸せになれるもの」のひとつなんだよ。だから、その、一応……
チイ:アオさんさ。
アオ:さすがに重たすぎたか。
チイ:そうじゃないってば。
アオ:じゃあなんだよ。
チイ:ここにあるじゃん、サムシングブルー。
アオ:は?
チイ:アオさん。
アオ:え?
チイ:アオ、ってブルーでしょう?
アオ:……
チイ:アオさんが、俺のサムシングブルー。だからね、俺はきっと、ずっと幸せだよ。
アオ:……そうか。
チイ:うん。
(少しの間)
アオ:……なあチイ。
チイ:ん?
アオ:俺、今すぐお前のこと抱きたいわ。今度は冗談じゃなくて、マジで。
チイ:そういうこと言うの、せめて家に帰ってからにしてよ。
アオ:しょうがねえだろ。今すぐ、って思っちまったんだから。
チイ:でも俺、その前に寄り道したい。
アオ:どこに。
チイ:麻婆豆腐、一緒に食べたいなって。
アオ:今?
チイ:今。
アオ:……
チイ:……だめ、かな?
アオ:しょうがねえな。付き合うよ。俺、結局まだあそこの麻婆豆腐食ってないし。
チイ:うん、だから行こう。
アオ:分かったって。
チイ:このヴェールは……しまわないとまずいよね。
アオ:まあ……そうだろうな。
チイ:こんなに綺麗なのにな。それに、アオさんが作ってくれたものだから、着けていたいんだけど。
アオ:さすがにそれはあきらめろ。その代わり、ほれ。
チイ:え?
アオ:手、繋いでいこうぜ。これは堂々としていても許されるだろ。
チイ:うん。
アオ:よし、行くか。
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【幕】