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​​#7「ようこそ、シルバリーベル」

(♂2:♀3:不問0)上演時間30~40分

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・鈴

【祭田鈴(まつりだすず)】女性

シルバー専用シェアハウス「シルバリーベル」のオーナーで、81歳と住人の中では最年長。
「曠野(こうや)ベルフェ」のペンネームで小説を書いている。愛煙家。

・勇

【鶴屋勇(つるやいさみ)】男性

「シルバリーベル」に住む老人。70歳。長年にわたって鈴の担当編集をしており、現在事実婚状態。

武術の達人。

・累

【松葉累(まつばるい)】女性

「シルバリーベル」の住人。72歳。頼の妻で書道家。家庭菜園が趣味。

・頼

【松葉頼(まつばより)】男性

「シルバリーベル」の住人。74歳。累の夫で実録系ノンフィクション作家。

累が大好きで、累の家庭菜園を守るのが趣味。

・繭

【朝倉繭(あさくらまゆ)】女性

ある日突然「シルバリーベル」にやってきた16歳。

父子家庭で育ったが、父親が借金を残し蒸発したことにより高校を中退。鈴の大ファン。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―朝

 

勇:やあ、おはようございます、累さん。

 

累:あら鶴屋さん、おはよう。

 

勇:いつもお早い。

 

累:うふふ、鶴屋さんこそ。

 

勇:この「シルバリーベル」の管理は僕に任されていますからね。朝食の下ごしらえに、庭の掃除。やることはたくさんです。

累:そうよね。いつもありがとう。私たちでお手伝いできることがあれば、いつでも仰ってね。何分(なにぶん)ここの居心地が良すぎて、このままでは安穏(あんのん)とボケていってしまいそう。

勇:累さんは大丈夫でしょう。まだまだ現役じゃあないですか。

 

累:それでも、若いころのようにはいかないわ。

 

勇:それは否定できませんね。

 

累:せいぜいカルチャースクールで教えるので精いっぱい。

 

勇:そんなそんな。先日玄関に飾るために書いて頂いた作品は、とても素晴らしかったと思いますよ?力強くて、見事な書でした。

累:あらありがとう。鶴屋さんは褒め上手ね。

 

勇:(笑う)それを生かして仕事をしてきましたから。

 

累:うふふ、そうね。「あの人」の相手をするには、必要ね。

勇:そういうことです。

 

累:いずれにせよ、私もまだまだ頑張らなくちゃ。頼ちゃんを置いてボケるわけにはいかないもの。

勇:頼さんこそ大丈夫でしょう。なにせあの人は……

頼:ああ鶴屋さん。おはよう。いつも庭の掃除をありがとう。

累:頼ちゃん、遅いわよ。

頼:ごめんよ。軍手を探すのに手間取ってしまって。

累:軍手なら、私がチェストの上に出しておいたでしょう?

頼:ああそうだった……かもしれない。

累:そうよ。全く、ちゃんと周りを見なきゃ駄目よ。

頼:ごめん。

累:さ、行くわよ。

勇:僕も付いて行ってもいいですかね?良かったら見学させてください。よくよく考えれば、お二人が収穫している姿を見たことがないなあ、と思いまして。

累:ええ、ええ、どうぞ来て頂戴。

頼:あー鶴屋さん、今朝の仕事は終わりなのかい?

勇:今朝はいつもより早く起き過ぎて、全て終わってしまったのですよ、これが。

頼:そうかい。

累:頼ちゃん。鶴屋さんをけん制してどうするの。馬鹿ね。

頼:う。

累:さあさ、こっちよ。


(少しの間)


―「シルバリーベル」庭

勇:いやあ、これは見事だ。

累:ねえ鶴屋さん。

勇:ん?

累:細々と生きていけるだけの仕事ができて、毎朝こうして頼ちゃんと一緒に小さな畑でお野菜を育てることもできて、なんだか私は、今本当に幸せだわ。

頼:累ちゃん。

累:頼ちゃんも、そう思うでしょ。

頼:まあ……そうだね。幸せってのは、年齢と共に少しずつ色あせて、やがて自分たちと同じように枯れていくものだと思っていたけれど、確かに今も、俺たちは生き生きと幸せだね。

勇:そうですか。

累:だから、いつも本当にありがとうね。

勇:「あの人」に伝えておきます。

頼:喜ぶかは分からないけれどね。悪態が帰ってきそうだ。

累:あら頼ちゃん。そこ、そうそのトマト、虫が食っちゃってるわね。

勇:ああ、本当だ。

頼:累ちゃんが丹精込めて育てたトマトに……なんてことだ。俺がついていながら。

累:仕方ないわよ。二十四時間見守っているわけにもいかないんだから。

頼:あとで農薬をまいておくよ。累ちゃんの野菜を食う虫なんて、根絶やしにしなきゃ。

勇:ああ頼さん。以前のように野菜が薬浸しになってしまうのは、その……どうなんですかね。

頼:累ちゃんの野菜を守るためだ。

累:頼ちゃん、それじゃあ食べられなくなってしまうでしょう?姿がいくら美しくても、人はおろか、虫も鳥も食わないままなんて、不自然だわ。その上薬のせいでちゃんとした種を残せなかったら、この子たちが可哀想よ。人と違って、この子たちはそれが全てなのだから。生きがいを奪っては駄目。

頼:でも……

累:頼ちゃん。

頼:……分かったよ。

勇:(笑う)累さんには勝てませんね。

頼:君だって似たようなものだろう?

勇:それは、否定できませんね。ところで累さん、そこのトマト、少し頂いても?

累:どうぞどうぞ。遠慮なく持って行って頂戴。ナスときゅうりもあるわよ。

勇:それではそちらも頂こうかな。

頼:どれも「あの人」の大好物だものな。

勇:そういうことです。……さてそろそろ「彼女」の起きる頃だ。


【間】


―「シルバリーベル」ダイニングルーム

鈴:(大あくび)

勇:おはよう。いつもの如く、君が最後だ。

鈴:だろうね。ああ眠い。

勇:どうせまた夜更かししてたんだろう?

鈴:仕方ないだろ。しみついた生活習慣は、そう簡単には直せないよ。

勇:おっとストップ。

鈴:なにさ。

勇:ここは共有スペース。煙草を吸うなら、せめて庭に出なさい。

鈴:テーブルの上にタバコ入れが置いてあるってのに?

勇:置いたのは君だろう?夜中にここで吸ったね。換気に苦労したよ。

鈴:そういうのも込みで、勇、あんたはここにいるんだろう?

勇:まあそうなんだけどね。だから夜の喫煙については目を瞑(つむ)るけど、今は駄目。

鈴:めんどくさい男。そんなんだから独身のままジジイになったんだ。

勇:君が手放してくれなかったから、だよ。

鈴:自分の選択だろうが。人のせいにするんじゃないよ。

勇:それなら君も、僕が独身な理由を、勝手に決めないでくれないか。

鈴:ふん。

累:おはよう、鈴さん。

鈴:ああおはよう累さん。キッチンにあったトマト、あれは累さんたちが育てたのかい?

頼:そう。累ちゃんが丹精込めて育てたんだよ。

勇:(キッチンから)あっ、鈴さん。トマト、勝手にひとつ齧ったでしょう。

鈴:だってそこにあったんだもの。

累:(くすくすと笑い)お味はいかがだったかしら?

鈴:ん、美味かった。太陽をしっかり浴びた、快活な味だ。

頼:それは何より。つまみ食われたトマトも本望だろう。

累:本当ね。

勇:お二人とも、あんまり甘やかさないでくださいよ。ただでさえわがままなのに、増長してしまいますから。

鈴:今まで散々甘やかしてきた男がよく言うよ。

勇:ああほら、またつまみ食いしようとして。駄目だよ。これはみんなの朝ごはんなんだから。

鈴:私が起きた時に朝食が出来上がっていないのが悪い。

勇:それはそうかもしれないけどね。

(玄関チャイムの音)

勇:ん?今チャイム鳴った?

鈴:鳴ったね。

累:こんな朝早くからお客さんかしら?

頼:不審者かもしれない、俺が出よう。

鈴:ばかたれ。不審者が堂々とチャイムを鳴らしてくるものかい。モニターは?

勇:今見てるけど……。これは一体、どういうことだろうね。

鈴:はあ?

累:(のぞきこんで)あら、随分と若いお嬢さん。

頼:だれかの孫ってことは?

鈴:ここは他に身寄りのない老人オンリーのシェアハウスだろうが。

累:じゃあ誰かの隠し子……って年齢でもないわね。隠し孫、とか?

鈴:そんなのに心当たりがありそうなのは……

勇:ええ、僕?

頼:まあ俺ではないね。俺はずっと累ちゃん一筋だ。

勇:だからって。

鈴:でもあんた、モテるじゃないか。老いから若きまで、より取り見取りでさ。

勇:君は本当にいつも棘のある言い方をするねえ。

勇:とにかく、管理人として出てきますよ。


(少しの間)


―「シルバリーベル」玄関

繭:初めまして。私、朝倉繭(まゆ)と申します。

勇:ええと、お嬢さんはどうしてここに?

繭:私をこちらで雇っては頂けませんでしょうか?

勇:は?

繭:私を、こちらで雇っては、頂けませんでしょうか?

勇:いやいや、まだ耳はそれほど遠くなっていないよ。でもねえ、ここはその名の通り、年寄り専門のシェアハウスでね。

繭:使用人であれば、若くても構わないのでは?

 

勇:いや、それを決めるのは

 

繭:(さえぎって)ここのオーナーである、祭田鈴(まつりだすず)先生でしょう?

 

勇:……詳しいねえ。

 

繭:私、先生に会いたくて来たんです。

 

勇:なるほど。君は鈴さんの……「曠野(こうや)ベルフェ」のファン、というわけか。だけど困ったねえ。ここの管理は僕ひとりで間に合っているんだ。

繭:決めるのはあなたではないのでしょう?是非一度先生に会わせて下さい。先生のお眼鏡にかなわなければ、大人しく引き下がりますので。それに……(つっと玄関のキャビネットをなぞる)この埃。お掃除でしたら少なくとも、私の方が得意かと。

 

勇:……言うじゃないか。


(少しの間)


鈴:で?

 

繭:先生、初めまして。私、朝倉繭と申します。

 

累:こんにちは、私はこの「シルバリーベル」の入居者の松葉累。こちらは私の夫の

 

頼:松葉頼です。

 

繭:松葉先生、初めまして。「無血の闘い」は大変興味深く読ませて頂きました。

 

頼:ほう、若いのにそんなのまで読むのか。すごいねえ。

 

繭:読書が好きなもので。

 

勇:で、僕が鶴屋勇(いさみ)。……その様子じゃあもう知っていると思うけども。

 

繭:そうですね。先生の長年の担当編集で、「パートナー」である、と。

 

勇:(ため息)

 

累:ねえ、私たちも同席させてもらってもいいかしら?

 

繭:もちろんです。皆様に認められて、初めて意味があるのですから。

 

勇:僕は君が大層気に入らないけどね。

 

鈴:お黙り。あんたはお茶でも入れてきておくれ。

 

勇:はいはい。

 

繭:こちら、履歴書です。

 

鈴:ご丁寧だこと。

 

累:あら字も綺麗ね。

 

頼:「箕郷(みさと)高校中退」「十六歳」……君、まだ十代か。

 

累:高校中退って、一体どうしたの?親御さんは?

 

繭:母はいません。私がまだ物心つく前に出て行ったと聞いています。父の朝倉正人(まさと)は、借金を作るだけ作って、先日蒸発しました。

 

累:なんてこと……。

 

鈴:借金取りはどうしたんだい。

 

繭:勿論家に押しかけてきました。

 

頼:それは……。大丈夫だったのかい?

 

繭:債務者にも保証人にもなっていませんし、名義貸しもしていませんでしたから、私自身に返済義務はない、と帰ってもらいました。

 

頼:なんとまあ……。

 

累:しっかりしたお嬢さんだこと。

 

鈴:で?働き口を求めてここに来た、ってわけかい。

 

繭:ええ、どうせ働くのなら私の敬愛する方のそばで、自身の能力を最大限活かして働きたいと思ったんです。

 

鈴:敬愛する、ねえ……。よくここが分かったもんだ。

 

繭:今はこういうものがありますから。(スマホを出す)

 

累:まあスマートフォン。これで調べたのね。

 

頼:最新型じゃないか。いいなあ。これは何ギガのものだい?解像度はやはり違うかね?

 

繭:私はデータをすぐにクラウドに移してしまうので、64ギガで間に合っています。ですが、そういう癖がついていないのなら、128ギガをお勧めします。

 

頼:なるほど、やっぱりそうだよねえ。

 

繭:奥さまのお写真、たくさん撮られてそうですものね。

 

頼:おや、何故?

 

繭:先ほどから、常に奥さまの前に立ちはだかるように立たれているでしょう?こんなひ弱そうな子供相手でも、見知らぬ者から奥さまを守る姿勢は崩さない。余程愛しておられるのだろうなあ、と。

 

累:あらまあ。

 

頼:これは……参った。

 

鈴:(大笑い)大したもんだ。だけど、不採用だよ。

 

繭:どうしてですか?

 

鈴:それだけの洞察力と胆力があれば、どこでだってやっていける。正直ここの給料はさして高くない。他を当たった方がいいと思うけどね。憧れだけで来たのなら、幻滅するだけさね。

 

繭:私、これでもすごく悩んで、勇気を出してここに来たんです。ここしかないと思ったから。

 

鈴:んなこたないよ。大丈夫、あたしが保証する。

 

繭:……

 

勇:おや、折角お茶が入ったのに、もう話はおしまいかい?

 

繭:いいえ、まだです。

 

勇:先生のお眼鏡に敵わなかったらすぐに引き下がる、なんて言ってたのに。

 

繭:意地悪な人ですね。

 

累:ねえ鈴さん、お茶を飲むくらいの時間なら、もう少し話を聞いてあげても良くないかしら?

 

頼:そうだよ。言ってもまだ十六歳だ。にべもなく放り出すのは、気が引けるよ。

 

勇:……どうするの?

 

鈴:(ため息)んじゃ、少しだけだよ。ほれ、折角鶴屋が茶を入れたんだ。お飲み。

 

繭:ダージリンのセカンドフラッシュですね。

 

累:飲む前から分かるの?

 

繭:朝はいつもダージリンのセカンドフラッシュ、昼はディンブラ、夜はアールグレイ、そうでしょう?

 

鈴:もはやそこまで来るとストーカーだね。余所(よそ)で紅茶の話なんて、一度くらいしかしたことがなかったと思うけど。

 

勇:二度、だね。新月社と立夏社の取材で。

 

鈴:は、よく覚えていること。あんたも大概だねえ。

 

勇:何年一緒にいると思ってるんだい。

 

頼:俺さ、やっぱり君は俺と同類だと思うんだよね。

 

勇:御冗談を。僕は頼さんほど献身的ではありませんよ。

 

鈴:そうさね。何度尻をひっぱたかれたことか。

 

繭:……本当に、憎らしい。

 

勇:え?

 

繭:ただ長く時を過ごしただけで、「自分がなんでも一番よく知っている」なんて顔をして。

 

勇:それは仕方のないことだと思うけど?

繭:残念ですが、それは勘違いです。

勇:どういうことかな?

繭:鶴屋さん、ポットにお湯を入れる時、カップに一度湯を注いでからポットに移しませんでしたか?

勇:そりゃあ、人数分きっかり入れるにはそれが一番だろう?

繭:いいえ、不正解です。

勇:じゃあ、君の正解は?

 

繭:一度カップに入れたことで、お湯は若干ですが冷めてしまいます。その微妙な温度変化が、紅茶の香りを大きく左右するのですよ。

勇:……

累:あらまあ……。

鈴:……

繭:先生。私、鶴屋さんより余程お役に立つと思います。父子家庭で育ってきましたから、家事全般は得意ですし、先生の好みも熟知しています。今からでも考え直しては頂けませんか?

 

鈴:あんたやけに鶴屋に突っかかるじゃないか。なんだってそんなにこの男の鼻っ柱を折ろうとするんだい?

 

繭:……過ごした時の長さだけでマウントを取ってくるような人間が、嫌いなだけです。父も、よく出て行った母の事を分かったように話していましたから。

 

鈴:なるほど。

よし決めた。とりあえず、今日はここに泊まっていくといい。

勇:なんだって!?

 

鈴:試用期間だよ。このお嬢さんはどうしても自分の実力を示したいらしいからね。このままじゃあ、玄関に座り込みでもしかねないだろう?

 

頼:それはまあ……そうだねえ。

 

鈴:だから、一日だけ見させてもらうよ。それから決める。それでいいね?

繭:ありがとうございます!精いっぱい頑張らせて頂きますね!

 

鈴:家のことは鶴屋に聞くと良い。

さて、朝食にしよう。お嬢さん、あんたも食べなさい。(あくび)食べたら、私はもうひと眠りするからね。

勇:それじゃあ

 

繭:(かぶせて)それでは私は先に、寝室の掃除とベッドメイキングを済ませてきますね。

 

勇:ぐっ……

 

繭:寝室はどちらですか?鶴屋さん。

 

勇:こっち

 

繭:(かぶせて)ああ、先生方に食事をお出しした後で構いませんから。その後案内してください。

 

勇:分かった。


(少しの間)


累:ねえ鈴さん?あれで本当に良かったのかしら?

 

鈴:なにがだい?

 

頼:確かにそのまま放り出すのは可哀想だって言ったのは俺たちだけれども、あれじゃあ鶴屋さんの立場ってものが、ねえ。

 

累:そうね、少し可哀想だったわ。……それにしてもあの子、余程鈴さんが好きなのね。インタビュー記事まで全部読み込んでいるなんて。

頼:紅茶の話だって、相当昔だものねえ。

 

鈴:過ごした時の長さ「だけ」ねえ。

 

累:あら、引っかかる?

 

鈴:……あたし達は年寄りだからね。

 

頼:(笑う)そうだね。流れた時は、見方によってはただの時間の蓄積、死骸が積みあがっただけでしかないけれど、「歴史」ととらえるならば、話は別だ。

 

累:重みと渋み、ね。

 

頼:そういうことになるかな。

(ふっと笑う)なんとなく、鈴さんの言いたいことが分かってきた気がするよ。

 

鈴:おや、流石じゃないか。

 

頼:鶴屋さんほどでなくとも、俺も鈴さんとは付き合いが長いからね。

 

累:私たちのキューピッドだものね、鈴さんは。

 

頼:出版社のパーティに、鈴さんが単行本の表紙の題字を書いた累ちゃんを連れてきてくれたのが、きっかけだったね。

 

鈴:やめとくれ、キューピッドだなんて。あんた達が勝手に惹かれ合っただけだろう?あたしの知ったことじゃないよ。

 

累:うふふ、鈴さんらしいお返事。

 

頼:懐かしいねえ。久しぶりに昔を振り返った気がするよ。

 

累:歳を取るとどうしても、残った短い時間をどう生きるか、ってことで手一杯になってしまうものね。

 

鈴:(紅茶を一口飲む)まあ、たまにはいいだろうさ。こういうのも。


(少しの間)


―「シルバリーベル」鈴の寝室

 

繭:……これで良し、っと。

 

勇:このまま君が居座ることになったら、僕は早々にボケてしまうだろうね。

 

繭:あら、そうなったら私がしっかりお世話して差し上げます。安心してボケて下さい。

 

勇:いちいち腹立つなあ。

 

繭:お世話して差し上げるだけ良いと思ってください。もっとも、先生のお手を煩わせたくないだけですけど。

 

勇:毎日の食事に少しずつ毒を盛るんだろ、どうせ。

 

繭:処女作「晩秋、反撃す」ですね。そんなことはしません。それでは先生の名前に泥を塗ることになるじゃありませんか。

 

勇:もしくは床ずれに塩でも塗り込むか。

 

繭:「カチカチ女の賛歌」。あれは実に先生らしい、痛快な作品でした。

勇:はたまた、浴槽に閉じ込めてしまうか。

 

繭:「それでも日はまた昇り、沈みゆく」。

 

勇:あとはカナブンでも食わせるか。

 

繭:カナブン?

 

勇:(笑う)おや、知らないのかい?

 

繭:むっ……!

 

勇:今朝の鈴さんの寝言だよ。

 

繭:いやらしい。女性の寝言を盗み聞くなんて。あまつさえ、それを他人に漏らすなんて。

 

勇:ふん。

 

繭:私だって、ずっとおそばにいるようになれば、それくらい。

 

勇:なんだって君は、そんなに鈴さんに執着するんだい?

 

繭:大ファンだから。それではいけませんか?

 

勇:君のは常軌を逸しているんだよ。僕も長いこと鈴さんの編集をやってきて、色んなファンを見てきたけどね。君は抜群に頭がおかしい。

 

繭:あなたに何と言われても、私痛くも痒くもありません。嫉妬は見苦しいですよ?

 

勇:つまり、君は自分が見苦しいのも理解しているってわけだ。

 

繭:必死になることは、大抵見苦しいものでしょう?

 

勇:それを分かっていて、なんでそんなに必死なんだい?

 

繭:あなたに言う義理はありません。

 

勇:はいはい。僕も別に聞きたかありませんよ。でもね。

 

繭:なんですか。

 

勇:自分が満たされなかったのを憐れんで、別の場所で同じように満たしてもらおうと執着するのは、まさに子供だなあと思ってね。

 

繭:っ……!

 

勇:苦労してきたのは分かるけれどね、それが簡単に成立するほど、人生は簡単じゃないんだよ。他人と同じものは与えられない。欲しがられても迷惑なだけさ。

 

繭:別に私は、そんなつもりじゃ

 

勇:(さえぎって)鈴さんなら、そう言うだろうなって思っただけだよ。

 

繭:分かったようなこと言わないでください!どうせ……

 

(大きな物音)

 

繭:何の音ですか、今の。

 

勇:(駆け出す)

 

繭:待ってください!


【間】


―「シルバリーベル」ダイニングルーム

 

累:ああ、鶴屋さん。

 

鈴:(煙を吐きながら)お嬢ちゃん。あんたのお父さん、相当あくどいところから金を借りていたようだねぇ。

繭:え?

頼:お嬢さんのところに来た借金取りと同じかどうかは分からないけれど、今外で、ほら。

 

勇:君をつけてきたのかな。いやはやこう騒がれては近所迷惑だ。

 

繭:あ……

 

鈴:ま、特に問題はない。そうだろう?

 

勇:まあね。

 

繭:でも

 

鈴:ほれ、行くよ。

 

勇:はいはい。

 

鈴:あとあんたも。

 

頼:そう来ると思った。俺はあんまり荒事(あらごと)には向かないんだけど?

 

頼:とはいえ、これ以上累ちゃんに怖い思いをさせるわけにもいかないからなあ。

 

鈴:……農薬は置いていきな。

 

頼:ばれたかい?

 

鈴:あんたはワンパターンなんだよ。農薬散布じじいが。

 

繭:待ってください!相手はその……多分ヤクザなんでしょう?それを

 

累:(さえぎって)まあ見ていなさい。

 

頼:累ちゃん、付いてきちゃダメだってば。

 

累:あら、こっそり後ろから覗くだけよ。

 

頼:(ため息)もう。なるべく離れているんだよ?

 

累:はいはい。ほら、行きましょ。

 

繭:え、は、はい……。


(少しの間)


―「シルバリーベル」玄関前

 

勇:困るんですよ、そう騒がれては。ご近所迷惑です。え?ああ、私たちは彼女の保護者代わりみたいなものでして。

 

繭:……

 

勇:彼女、債務者でも保証人でもないんでしょう?名義貸しもしていないようだし、つまり、彼女自身に支払い義務はないはずだ。ここには僕を始め、年寄りしかいないんですよ。そう力づくでこられては困ります。ああ、ちょっと掴まないで。おっと……!

……そうですか、それなら仕方ありませんね。はぁぁぁっ!

繭:ええっ!?

頼:相変わらず強いねえ、鶴屋さんは。

累:そうねえ。惚れ惚れするわ。ああ頼ちゃん、農薬取りに行こうとしないで。張り合わなくていいのよ、ここは。

 

繭:鶴屋さんって、先生の担当編集ですよね?ただの編集者が、なんで……。

 

鈴:鶴屋はね、白鶴(はっかく)拳の名手なんだ。だから、あんたみたいな変なファンがついたり、危ないことに首を突っ込んだりしがちなあたしのボディガードも兼ねて、ずっとあたしの担当なのさ。なまじ仕事ができる男だもんだから、今もなんとなくずるずる一緒にいるけど、たまにはこうして役に立つこともあるんだ。

 

勇:……ふぅ。まだやるかい?無駄だと思うけど。

 

繭:……。

 

鈴:ん?ああそうか、あんたたちは紫龍(しりゅう)組の若いのか。なに、昔会長さんが食うにも困る下っ端の頃に、飯と交換で取材させてもらったことがあるだけさ。律儀な男でね、年末にゃ決まって、あの時のコロッケの礼を未だに欠かさずに送ってくるんだ。……ああそうさ。あたしは耄碌(もうろく)ババアだからね、あんまり鬱陶しいことをされたら、つい口を滑らして、告げ口しちまうかもしれないねえ。

……なんだって?

(すうと息を吸って)あたし達大人が本来守ってやらなきゃならないような年齢の子供を陥れるようとしている、そんな馬鹿なあんた達にも分かるように、同じ土俵に立って言ってやってるんだ!それも分からないようなら、本当にあたしはやるよ!こちとらそんなに気が長くないんだ!

 

勇:大きなお世話かとは思うんだけどね、ここで引き下がっておくのが身のためだと思うな。僕たちはただの年寄りだけどね、歳を取っている分、武器も多くて面倒臭いよ?

 

頼:ふむ、闇金の話を赤裸々に書くのも楽しそうだねえ。

 

鈴:なんだい、あんたまだそんな生臭いものを書く気でいるのかい。

 

頼:いいじゃないか。累ちゃんとの平穏な日々もいいんだけどね、たまにはこういう刺激もなくっちゃ、俺ボケちゃうよ。

 

鈴:ノンフィクション作家ってのも業が深いねえ。

 

勇:……さあ、どうする?


【間】


―「シルバリーベル」ダイニングルーム

 

繭:……ご迷惑をおかけしました。

 

鈴:大したことじゃないよ。

 

頼:たまにはこういうのも楽しいよね。ねえ累ちゃん。

 

累:そうね、頼ちゃん。昔を思い出したわ。まだ駆け出しだった私の書道教室が地上げ屋から嫌がらせを受けていた時も、鈴さんと頼ちゃんが助けてくれたものねえ。

 

鈴:助けたつもりはないね。あたしの気に入らない奴があんた達の向こうに回ってた、ってだけさ。今回だってそうだよ。

繭:私、やっぱりここにいてはいけませんね。いつまたこういうことがあるか分かりませんし。……帰ります。

 

勇:帰るところなんてあるのかい?

 

繭:数日間ネットカフェで過ごすくらいのお金はあります。その間に仕事と住むところを探します。お世話になりました。

 

勇:……鈴さん。

 

鈴:なんだい。

 

勇:最後まで言わせないでよ。

 

鈴:言いたいことがあるなら自分の口で言いな。あんたはいつもそうだ。

 

勇:まだ根に持ってるのかい、あの時の事。

 

累:あら、あの時って何かしら?頼ちゃん知ってる?

 

頼:知ってるけど、話したら俺はここを追い出されるだろうから、秘密だよ。

 

累:まあ。墓場まで持っていくってやつね。

 

頼:一緒のお墓に入ったら、そこで教えてあげるから。

 

累:楽しみにしてるわ。

 

勇:勝手に盛り上がらないでもらえますかね。

 

勇:ええと……(咳払い)あぁ、その、鈴さん?少しくらいなら、この子を置いてあげてもいいんじゃない?

 

繭:え?

 

鈴:(にやりと笑う)そういう時だけ歯切れの悪いあんたが、あたしは好きだね。

 

繭:でも、先生たちにこれ以上ご迷惑をかけるわけには。

 

鈴:これ以上の迷惑?そもそもいつ迷惑をかけた?

 

繭:でも……

 

鈴:あたしにとっての迷惑は、煙草を止められることだけさ。全ての年寄りがそうだとは言わないけれど、少なくとも、あたしにはこんなの日常茶飯事だよ。あんた、あたしのことを色々調べたのなら、それくらい知ってるだろう?

 

繭:最新作であり自叙伝「八十一(やそいち)おんな烈伝」……。

 

鈴:やっぱり読んでるじゃないか。

 

累:鈴さんの前の旦那さんが鈴さん名義で多額の借金抱えた挙句蒸発した時は、そりゃあ大変だったわよねえ。鈴さん意地っ張りだから、誰の助けも要らない、自分の選んだ男のやったことだから、自分でケツは拭く、って、ひたすらに書き続けてねえ。

 

頼:とはいえ、それがあったからこその今の鈴さんなわけだから、人生分からないものだよねえ。

 

繭:私とかつての先生を重ねたとでも?

 

鈴:そんなんじゃないよ。そうやってすぐ自分を悲劇のヒロインにするのは、頂けないね。

 

繭:……それに鶴屋さんは、私にここにいて欲しくないんじゃなかったんですか?

 

勇:なんだい、本当に急にしおらしくなっちゃって。そりゃあ、僕の立場がなくなるのは嫌だけどね。……まあ、基本的に僕はお人よしなんだ。

 

頼:担当として、困っていた鈴さんにずうっと寄り添っていたのも鶴屋さんだったもんね。

鈴:余計なことを言うんじゃないよ。夫婦揃って口が軽いんだから。

 

累:うふふ。

 

累:ねえお嬢さん。ここにいるのはね、みんな大なり小なり、転んだり空回ったりしてきた人たちなの。

 

鈴:借金を全て返し終わった時には、あたしはすっかりババアになっていた。ババアになっていざ余裕ができたら、今度は書くこと以外何していいか分からなくなった。そんな時、この鶴屋が言ったのさ。「もう好きに生きたらどうですか」ってね。それなら、あたしはあたしの好きなものと好きな人間だけを集めて、面白おかしく生きてやろうと思ったのさ。

 

繭:それで、このシェアハウス……。

 

鈴:借金を返済するためとはいえ、思ったより書き過ぎたみたいで、金はあったからね。

どんなにつらいことがあったって、こっちがそれを望まなくたって、時間は容赦なく流れる。ずっと腐って、逃げ続けることもできるけどね、あたしはそんなの嫌いさ。もがいてもがいて、それらを全部食らうような人間があたしは好きだ。くそみたいな出来事があるから、より楽しく生きられる、ってね。

 

繭:つまり?

 

勇:スマホを駆使してここを突き止めただけでなく、意地でもここで第二の人生を始めようとした君の姿が、単純に気に入った、ってことだよ。

 

繭:先生……!

 

鈴:鶴屋!ああ、あとあんた。

 

繭:はい。

 

鈴:そこに置いてあるパソコン。あたしのおさがりで良けりゃ、あんたにやる。

 

繭:でも

 

鈴:(さえぎる)そのペンだこ。あんた書く人間だろ?今は手書きよりパソコンの時代だ。使いな。

 

繭:……何から何まで、ありがとうございます!

 

鈴:出版社への口利きはしないからね。

 

繭:もちろんです。尊敬する先生に、そんなみっともないことはさせられません。

 

勇:本当に一言多いんだから。

 

鈴:うるさいね。なんなんだいあんたはさっきから。

 

勇:(笑う)お茶でも入れてこようか?

 

繭:私も手伝います。

 

鈴:ああ、頼むよ。

 

繭:ディンブラ、でしたよね。

 

鈴:そうだ。だけどね。

 

繭:はい。

 

鈴:香りが多少飛んでも構わないから、温(ぬる)めで頼むよ。

 

繭:でも……

 

鈴:あたしは猫舌なんだ。

 

勇:その上せっかちだから、冷めるのを待てない。

 

鈴:鶴屋!

 

累:ね?こういうことなのよ。お嬢さん。

 

頼:長く年月を重ねる、って悪くないだろう?

 

繭:そうですね。……あの、鶴屋さん。

 

勇:ん?

 

繭:さっきの白鶴拳、私に教えてもらえませんか?

 

勇:そりゃまた急になんで。

 

繭:私も、尊敬する人たちを守れるようになりたいので。

 

勇:特にあの人は、「手折(たお)らば手折れ」とか言っちゃうタイプの人だからね。

 

繭:ご本人に守られるつもりがない分、ほっとけませんよね。

 

鈴:うるさいね!聞こえてるよ!……ったく。(タバコをくわえる)

 

勇:ああ、鈴さん?

 

繭:タバコは、外でお願いしますね?
 

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【幕】
 

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