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​​#40「she, her, hers」

(♂0:♀3:不問0)上演時間30~40


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【宮井花(みやいはな)】

35歳会社員。ゆるふわ。茜と35歳になっても互いに独身だったら一緒に住む約束をしていた。

茜が好き。

 

【山口茜(やまぐちあかね)】

35歳会社員。クール系美人。花と35歳になっても互いに独身だったら一緒に住む約束をしていた。

バツイチで、現在は「隣の部署の鳳さん」と不倫中。

 

真琴

【吉田真琴(よしだまこと)】

中学三年生。茜の別れた夫と二人目の妻との間に生まれた娘。

両親が事故で亡くなり、あれこれあって茜に引き取られることになる。

 

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―花と茜のマンション(玄関先)

 

花:おかえり茜……って……

 

(花、茜の傍らの真琴に気付く)

 

真琴:……こんにちは。

 

花:おい。

 

茜:……はい。

 

花:なにそれ。

 

茜:えーっとぉ……

 

真琴:吉田真琴(よしだまこと)、中学三年生……です。

 

花:で?

 

真琴:え!?

 

花:あなたは黙ってて。私は今、茜と話してるの。

 

茜:えーっと……花、あのね

 

花:なによ。

 

茜:この子は、その……

 

花:なに。

 

茜:……信一の、お嬢さん。

 

花:は?

 

茜:今日から一緒に住もうと……思うんだけど。

 

花:はあぁ!?

 

真琴:すみません、やっぱり私

 

茜:真琴ちゃん。

 

真琴:はい。

 

茜:大丈夫だから。

 

花:いやいやいやいや!

 

茜:花。

 

花:全然大丈夫じゃないんだけど、こっちは!いや、知ってるよ!?吉田が事故で奥さん共々亡くなった、ってのは。だからってどうしてそういうことになるの?葬式帰りに娘連れてくるとか、正気の沙汰じゃないんだけど。

 

茜:仕方ないじゃん。信一も奥さんもご両親がもう亡くなっていて、兄弟もいないんだから。

 

花:そういう問題!?

 

茜:他の親戚がクズばっかりでさ。この子の前で「お前が引き取れ」「うちは無理」「お前の方こそ」の繰り返し。なんかそれ見てたらいても立ってもいられなくて。それでつい「じゃあ私が引き取ります。それで文句ないでしょう?」って。

 

花:勢いで決めることじゃないでしょ、そういうのは……。元夫の子供なんて、ただの他人じゃん。

 

茜:でも、私と花だって、今のところ上手く暮らしていけてるじゃない?

 

花:それは私たちが高校からの付き合いだからでしょ。それとこれとは全くの!別物!

 

茜:でも、さすがにほっとけないって。

 

真琴:あの。

 

茜:ん?

 

真琴:やっぱりいいです。私、帰ります。

 

茜:そうはいかないでしょ、中学生がひとりで、なんて。

 

真琴:なんとかします。アパートの家賃くらいはバイトでなんとかできると思うので。

 

茜:中学生がアルバイトなんてできるわけないでしょ。

 

真琴:年齢を誤魔化せば、多分なんとかなると思うので。

 

茜:それは……無理じゃないかなぁ……。

 

花:ちんちくりんだもんね、その子。

 

(真琴、むっとする)

 

真琴:……いずれにせよ、お二人の意見が合わないんじゃ仕方ないじゃないですか。でも、茜さんの気持ちは嬉しかったです。どうもありがとうございました。それじゃ。

 

茜:真琴ちゃん!待って!

 

花:あぁもう!分かったわよ!

 

茜:花?

 

花:……別に部屋は余ってるんだし?好きにしたら?

 

真琴:え。

 

茜:花……!

 

花:勘違いしないでね。えーっと真琴ちゃん?私が怒ってるのは、あんたがうちに来ることにじゃなくて、それを勝手に決めた茜に、だから。

 

茜:……だよね。ごめん。

 

花:でもそういうのを、真琴ちゃん。あんたのいる前で見せるのは違ったわ。ごめん。だから茜、その話はあとでね。

 

茜:分かった。

 

真琴:あの……

 

花:入りなさいよ。

 

真琴:いいんですか?

 

花:寒いのよ。さっさと入って。急だからちょっと散らかってるけど。

 

茜:ね、言ったでしょ。花はね、いい奴なの。

 

真琴:はぁ。

 

花:うるさい。

 

【間】

 

―花と茜のマンション(室内)

 

真琴:思ったより、広いんですね。

 

茜:あ、そこの部屋。そう、そこ。そこを好きに使ってくれていいから。

 

花:食事は20時。キッチンが散らかるのが嫌だから、基本一緒に食べるのがルール。一緒に食べられない時は事前に報告して。あとは自由。

 

真琴:分かりました。あの、家賃って……。

 

茜:ああ、要らない要らない。

 

真琴:え。

 

花:さすがに子供からそんなもん取らないわよ。

 

真琴:でも……ここ家賃高いですよね、多分。

 

花:ところがそうでもないの。都心に出るには少し距離があるし、駅からも遠いし。

 

茜:それに、私も花ももういい歳だからね。それなりに稼いでるから、問題ないよ。

 

真琴:そう、ですか……。

 

花:とにかく、そんなこと気にしないでいいから。手続きとか色々あるんだろうから、しばらく学校は休むんでしょ?その間に引っ越しを完了させちゃいなさい。

 

真琴:分かりました。

 

茜:改めて、これからもよろしくね。ほら、花も。

 

花:宮井花(みやいはな)よ。

 

真琴:……よろしくお願いします。

 

茜:まだショックは抜けないと思うし、父親の元妻と暮らすなんて複雑だとは思うけどさ、まあ適当にうまくやっていこう?

 

真琴:……はい。

 

茜:とりあえず、今夜はご飯食べたらしっかり休んで。

 

花:今夜は焼肉食べる予定だったから、ついでに歓迎パーティもできるわね。

 

茜:だね。お肉は花の担当だったけど、買ってある?

 

花:当り前でしょ。いいの買ってきたわよ。

 

茜:ありがと。ホットプレート、あとで出しとくよ。

 

花:お願い。じゃあ真琴ちゃんは、夕飯までに荷物を片づけておいてね。

 

真琴:はい。

茜:なにか手伝おうか?

 

花:茜。

 

茜:なに?

 

花:あんたはこっち。

 

茜:え。

 

真琴:あの、じゃあまた夕飯の時に。

 

花:はいはーい。どうぞごゆっくり。

 

(少しの間)

 

花:……茜。

 

茜:はい。

 

花:あんたって本っ当に鈍感なんだから。

 

茜:なにが。

 

花:ひとりで色々気持ちを整理する時間も必要でしょ。

 

茜:ああ真琴ちゃん?

 

花:そう。突然父親の元妻に、知らない女と暮らしている家で一緒に住もうなんて連れて来られてごらんなさいよ。状況整理だけで三日はかかるわ。

 

茜:……迷惑だったかな。

 

花:今更それを考えてもしかたないでしょ。ここまで来たら、迷惑だと思われないようにするしかないって。

 

茜:だよね。それが責任ってもんだよね。

 

花:というか、いくら親戚連中がアレだったからって、即決し過ぎだわ。そんなところで思い切りの良さを発揮しないでよね。

 

茜:あ、やっぱりまだ怒ってる?

 

花:怒ってるわけじゃないけどさ。

 

茜:そう?

 

花:うそ、ちょっと怒ってる。

 

茜:だよね。

 

花:なんの相談も無しってのはないんじゃない?

 

茜:それは、うん。反省してる。

 

花:そういえば、吉田との結婚を決めた時もそうだったよね。いきなり「子供が出来たから、高校卒業したらすぐに結婚する」なんて。

 

茜:そう……だったかもしれない。あの時も花に怒られたっけ。

 

花:怒った。

 

茜:だよね。

 

花:絶対うまくいくはずないって思ってたし。

 

茜:まあ、実際あいつすぐに浮気して、そのまま別れちゃったけどさ。

 

花:ほんと、こうと決めたら一気に視野が狭くなるんだから。茜は。

 

茜:反省してるってば。今回の事も、本当に。

 

花:水臭いのよ。

 

茜:え?そっち?

 

花:そう。少し寂しかったわ。

 

茜:えっと、どっちにしろごめん。

 

花:よろしい。

 

茜:……真琴ちゃんとうまくやれそう?

 

花:他人同士だからこそ上手くいくこともあるでしょ、きっと。

 

茜:ん。

 

花:深入りしないですむからね。

 

茜:相変わらずドライなこと言うなあ。

 

花:ドライなんじゃなくて、単に臆病なだけ。

 

茜:ちっともそんな風に見えないのにね。

 

花:そんなの見せるわけないでしょ。臆病なんだから。

 

茜:なんかごめんね。いつまで経っても鈍感で。

 

花:あんまりしおらしくされると調子が狂うから、もういいって。茜はいつも通りマイペースでいてよ。そんな茜にお説教してるくらいの方が、私も気が楽。

 

茜:ん、ありがと。

 

花:さ、とっとと夕飯のしたくしよ。

 

茜:ホットプレート、どこだったっけ?

 

花:そこの下の棚。

 

茜:おっけ。

 

【間】

 

―二日後/ダイニングルーム

 

真琴:おはようございます。

 

茜:ああ真琴ちゃん、おはよう。よく眠れた?

 

真琴:さすがに三日目ともなれば。

 

花:ならよかった。朝ごはんできてるから、食べよ。

 

真琴:あの。

 

花:なに?

 

真琴:これからは私も作ります。

 

茜:いや、さすがにそれは

 

花:ああそう?それなら今晩にでもローテーション表作り直そうかな。

 

茜:花!?

 

花:だってやるって言ってるんだから。

 

茜:でも、真琴ちゃんには学校もあるんだよ?

 

花:私たちにだって仕事があるでしょ?

 

茜:そうだけど。

 

花:じゃあ同じじゃない。

 

真琴:そうですよ。だからやらせてください。

 

花:オッケーオッケー。とりあえず座って。紅茶でいい?

 

真琴:はい。

 

花:玉子は?

 

真琴:スクランブルで。

 

花:オッケー。ちょっと待ってて。

 

真琴:ありがとうございます。

 

(花、キッチンに消える)

(少しの間)

 

茜:ねえ真琴ちゃん。

 

真琴:はい。

 

茜:そんなに気を遣わなくていいんだよ?

 

真琴:いえ、別にそういうわけでは。

 

茜:いや、でもさ……

 

真琴:むしろ気を遣っているのは茜さんの方じゃないですか?

 

茜:え。

 

真琴:だから私に何もやらせようとしないんですよね。

 

茜:だって、そりゃあ真琴ちゃんは

 

真琴:子供だから、ですか?

 

茜:……うん、まあ。

 

真琴:ここでは子供でいられませんよ、私。

 

茜:なんで?

 

真琴:子供って、誰かの庇護のもとにいるから子供でいられるんだと思うんです。

 

茜:いきなり難しいことを言うね。

 

真琴:で、それって大体「家」のなかでの話で。

 

茜:ここだって「家」だよ?

 

真琴:この場合の「家」っていうのは、家族のいる場所って意味です。

 

茜:まあ……そうだよね。分かってるよ、それくらい。

 

真琴:家族がいなくて、しかも周りには大人しかいない場所なら、私はそこに合わせて大人になるしかないんです。

 

茜:だからって、なにもそんなに急がなくても。

 

真琴:嫌なんです。いつまでも「かわいそうな子供」って目で見られるの。

 

茜:別にそういう目で見ているつもりはないけど……なんかごめん。

 

真琴:茜さんは特にそんな感じだから、少し困ります。

 

茜:……ごめん。

 

真琴:私の父が茜さんの前の旦那さんだったから、特別に見えます?

 

茜:それは

 

花:はい、ストップ。真琴ちゃん、それは言い過ぎ。

 

真琴:花さん。

 

花:言いたいことは分かるけど、それは踏み込み過ぎだし、茜は別にあんたが自分の前の旦那の子供じゃなくても、きっと同じことをしたわよ。

 

真琴:まさか。

 

花:お人よしなのよ。見た目の割に。

 

茜:「見た目の割に」は余計なんだけど。

 

真琴:そんなこと

 

花:あるのよ。

 

茜:花……。

 

花:ねえ真琴ちゃん?私たち他人同士なんだから、互いに踏み込まずにいましょ。それでいいのよ。

 

真琴:……

 

花:あとね。

 

真琴:はい。

 

花:大人だの子供だのにこだわるのって、まさしく「子供」な証拠だと思うな。

 

真琴:……っ!

 

茜:花。それこそ言い過ぎ。

 

花:……ごめん。

 

真琴:……

 

茜:さ、ご飯食べよ。この話はもうおしまい。

 

花:ん。

 

茜:真琴ちゃん。学校が休みなの、今日まででしょ?手続き関係とかもう終わってる?

 

真琴:……はい、もう大体。

 

花:じゃ、私たちはさっさと食事を済ませて出勤しますか。ね、茜。

 

茜:あ、そうだ。私今日遅くなるから、夕飯いらない。

 

花:……仕事?

 

茜:ん、ちょっと会議の後食事会があって……。

 

花:……りょーかい。はい、それじゃあ……

 

(花、手を合わせる)

 

花:いただきます。

 

(茜・真琴もつられて手を合わせる)

 

茜:いただきます。

 

真琴:……いただきます。

 

―その日の深夜/リビングルーム

 

(ソファで酒を飲む花)

(真琴がリビングに入ってくる)

 

花:何よ、まだ起きてたの?もう一時よ。

 

真琴:茜さんは?

 

花:まだ。

 

真琴:待ってるんですか?

 

花:そうとも言えるし、そうでないとも言える。

 

真琴:……お酒、飲んでるんですね。

 

花:大人だから。

 

真琴:朝「大人だの子供だのにこだわるのこそ、子供な証拠」って言ったくせに。

 

花:あんた結構ひねくれてるわね。

 

真琴:思春期ですから。

 

花:都合の良い言葉ね。でも今の「大人だから」は、単純に年齢の話よ、残念でした。

 

真琴:花さんってきついですよね。そんなゆるふわな見た目してるのに。

 

花:悪い?

 

真琴:別に。

 

花:ゆるふわが好きだからって、別に中身までゆるふわでいる必要はないでしょ?

 

真琴:それは確かに。

 

(花、グラスの中身をぐいっとあおる)

 

花:……茜が。

 

真琴:はい?

 

花:高校の時に茜が、「花にはこういうのが似合う」って言ったのよ。

 

真琴:まあ、似合ってはいると思いますけど……見た目的には。

 

花:ほんっと可愛くないわね、あんた。

 

真琴:すみません。

 

花:茜は昔から背が高くて、ああいう……クールな見た目しててさ。服装も割とシンプルで。「こういう可愛いデザインは私には合わないから、隣で花がこういうの着ててくれたらなんか嬉しい」なんて言うもんだから、なんとなくこう、ずるずるとね。

 

真琴:「ずるずると」って。じゃあ実は好きじゃないんですか?そういうの。

 

花:嫌いならさすがにこの年まで着ていないわよ。

 

真琴:そうですか。

 

花:「ミントテイル」ってあるでしょ?

 

真琴:ああ、ちょっとロリータぽい服のお店。

 

花:そうそう。休みの日にあそこのショーウインドウの前でばったり会ったのが、茜と仲良くなるきっかけだったの。

 

真琴:あのブランド、そんなに昔からあったんですね。

 

花:嫌な言い方。

 

真琴:しかたないじゃないですか。花さんたちは十分に「大人」で私は「子供」なんですから。ジェネレーションギャップみたいなものです。

 

花:ギャップではないけどね。

 

真琴:ていうか、この話って「踏み込んで」いることにならないんですか?

 

花:あんた朝の事根に持ってるでしょ。

 

真琴:少し。面白くはなかったです。

 

花:少し、ね。まあ今はいいわよ。これは私が勝手に話してるだけ。踏み込まないで聞き流してくれていいやつ。

 

真琴:他人だから?

 

花:そう、他人だから。

 

真琴:分かりました。ではどうぞ。

 

(花、小さくため息をつく)

 

花:私にも茜にも憧れのブランドだったのよ、ミントテイルって。でも、お互い違うベクトルで自分に自信がなかったから、手を出すことが出来なかった。だから、通りがかるたびにショーウインドウを眺めるばっかりの日々でさ。

 

【間】

 

―以下回想

 

茜:……宮井さん?

 

花:えっ……

 

茜:ああ、私。同じクラスの山口。

 

花:いや、知ってるけど……。

 

茜:宮井さんも好きなの?ミントテイル。

 

花:別に……

 

茜:私は好きなんだ。だって可愛いじゃん?

 

花:着ないの?

 

茜:え、私が?

 

花:うん。山口さん、背も高くてモデルみたいだから、なんでも似合うと思うんだけど。

 

茜:あはは……。それがね、そうでもないんだ。一回だけ試着させてもらったことがあったんだけど、店員さんもドン引きするくらい似合わなくて。

 

花:そう、なんだ。

 

茜:なんだか泣きたくなっちゃったんだよね。可愛く着てあげられなくてごめん、って。

 

花:……

 

茜:だから、私は着ない。宮井さんだけでなく色んな人が私の見た目を褒めてくれるけどさ、ミントテイルは私を受け入れてはくれなかった。だから着ない。

 

花:でも、今着てるようなクール系?の服、めっちゃ似合うからいいじゃん。

 

茜:それはね、自分でもそう思う。どうやっても自分の見た目から逃れられないのなら、せめて自分が素敵に見えるものが着たいじゃない。

 

花:そんなの、考えたこともなかった。

 

茜:宮井さんは、ミントテイル似合うと思うよ。きっと可愛い。

 

花:私は山口さんみたいに綺麗じゃないから、何も似合わないよ。下手なことして人に笑われたくないし、無難でいい。

 

茜:着てみなきゃ分からないじゃん?似合うってのが分かれば、誰が何を言っても気にならないもんだと思うな。武装っていうかさ。そんな感じ。

 

花:きっと山口さんも笑うよ。

 

茜:笑わないよ。

 

花:ていうか。

 

茜:ん?

 

花:山口さんってよく喋るね。ちょっと意外。

 

茜:え?そうかな?

 

花:服装と一緒で、クールな感じかと思ってた。それに、ほとんど喋ったことない私にそこまで色々話す?

 

茜:え、話さないものなのかな?でも宮井さんもミントテイル好きなんだって思ったら、なんか嬉しくなっちゃって。

 

花:別に好きだなんて一言も言ってないんだけど。

 

茜:あれ、そうだったっけ?ごめん、なんか勝手にそんな気でいた。結構熱心に見てたから。

 

花:……ああいう風になってみたいとは思うけど。

 

茜:着てみなよ。

 

花:しつこいって。

 

茜:いいじゃん。似合わなかったら似合わなかったで、お互い傷の舐め合いしようよ。

 

花:はぁ?

 

茜:ほら、入ろ。

 

―回想終了

 

【間】

 

真琴:それで、着てみたら意外と似合ってて、以下略って感じですか。

 

花:そう。なんとなーくずっと一緒にいるうちに、ミントテイルを卒業して、段々いい年になってきて、なんとなーく「35になってもお互い独り身だったら一緒に住もう」って約束して。茜が一回結婚した時くらいじゃない?少し疎遠になったのは。

 

真琴:私の父と。

 

花:絶対に続かないからやめろって言ったのに。

 

真琴:どうしてですか?

 

花:茜は自分が欲しい言葉をもらえただけで簡単に参っちゃうタイプで、あんたの父親は色んな人間の欲しい言葉を簡単に言えるタイプだったからよ。

 

真琴:よく分かりません。

 

花:あれだけ見た目も整ってて頭だって悪くないのにさ、「可愛い」って言われるだけで、すぐのぼせ上っちゃうんだから。

 

真琴:「可愛い」ってそんなに大事な言葉ですか?

 

花:……私たちにとってはね。

 

真琴:……花さんは。

 

花:なに?

 

真琴:茜さんが好きなんですね。

 

花:嫌いだったら、今も一緒にはいないわよ。服と同じ。まさか本当に一緒に住むことになるとは思わなかったけどね。

 

(窓の外から車のエンジン音とドアの開閉音が聞こえる)

 

真琴:今の車の音……茜さん帰ってきたんじゃないですか?

 

花:……どいて。

 

(花、窓に歩み寄り、その外を覗く)

 

花:……

 

真琴:あの、何か見え……

 

(真琴も外を覗く)

 

真琴:あ。

 

花:……

 

真琴:あの……

 

花:真琴ちゃんは部屋に戻ってて。

 

真琴:今のって茜さん、と……

 

花:ここからは私と茜の話だから。戻ってて。

 

真琴:……はい。

 

(少しの間)

(茜が部屋に入ってくる)

 

茜:あれ、花起きてたんだ?

 

花:今の「隣の部署の鳳さん」?

 

茜:……見てたの?

 

花:まだ別れてなかったんだ。

 

茜:その話なんだけど

 

花:ていうかあの人、まだ離婚してないの?

 

茜:……もう少し待ってくれ、って。

 

花:前もそれ言ってたんじゃなかったっけ?

 

茜:色々あるんでしょ。きっと。知らないけど。

 

花:ていうかさ。

 

茜:なに?

 

花:分かってるんだよね、茜も。

 

茜:だから何が?

 

花:そいつに奥さんと別れる気なんかないって。

 

茜:そんなこと

 

花:だってもう半年だよね?あんたがそいつと不倫関係になってから。半年もあればさすがに離婚できるっつーの。

 

茜:お子さんがまだ小さいからって……

 

花:それならあんたを泣かせることになってもいいってわけ?

 

茜:泣かせるだなんてそんな言い方。

 

花:だってそうじゃない。一緒に暮らし始めてからしか知らないけどさ、あんた何回泣いた?覚えてないくらい泣いてたじゃない。

 

茜:……まあ、そうかもしれないけど。

 

花:結局、そいつの言う「愛してる」ってそんなもんなのよ。

 

茜:花。花が鳳さんとの付き合いに反対だったのは知ってるけど、それこそ踏み込み過ぎなんじゃない?私と花は友達かもしれないけど、所詮は他人だよ。私のことを決められるのは私だけ。そうでしょ?

 

花:何がいいのよ。もう50を超えた、ただのおっさんじゃん。

 

茜:落ち着いていて、優しかったんだもの。清潔感だって。

 

花:他の女のところで脱ぎ捨てたてめえのパンツを洗ってくれる家族がいるからで、そういう「一般的に持っていると安心できるもの」を持っているから余裕も生まれるってだけよ、そんなの。

 

茜:……うん、だから

 

花:質問を変えるけど、あんたがそこまでしてわざわざリスクのある男を追っかけてるのはなんで?

 

茜:好きになった男がたまたまリスクのある人だったの。

 

花:じゃあなんで好きになったの?

 

茜:「好き」って言ってくれたの。私のことを、「可愛い」って。

 

花:……あんた全っ然変わってないのね。吉田と付き合い出して結婚した時だってそう。あいつは誰にだって簡単に「好き」も「可愛い」も言える男だって、何度も言ったのに。それで結局すぐに浮気されて別れてさ。本当にばかみたい。

 

茜:ばかみたいなのは分かってるよ。35にもなればもっと分かる。周りはみんな結婚して、それがさも最高なことのように、私に「茜はどうなの?」「まだギリギリ間に合うわよ」なんて言うけどさ。「間に合う」ってなに?私もうすぐ「終わっちゃう」ってこと?

 

花:……

 

茜:私は全然終わったつもりなんかないのに、みんな勝手にそういう目で見てくる。そりゃあ、そんな「終わった」女になんか誰も「好き」も「可愛い」も言ってくれないよね。だからそれをくれる人を手放したくない。それが嘘かもしれなくても。ねえ、それってそんなにおかしいかな。

 

花:分かってんじゃん。嘘かもしれないって。

 

茜:それでも、私は終わりたくなかったの。

 

花:あんたさ、結局そうやって自分を「終わった」ことにしてんじゃない。

 

茜:だから

 

花:あんた本当に変わってない。ううん、むしろ昔よりださくなってる。自分に合わない「可愛い」を潔く諦めて、そのままの自分を素敵に見せてくれるものを選んでたあんたの方が、よっぽどかっこよかった。

 

茜:そんな昔の話を引っ張り出さないでよ。まだまだ夢も希望も、時間もあったあの頃とは違うのよ。

 

花:なによ、「可愛い」とか「好き」とか、そんなんでいいなら私がいくらでもくれてやるわよ。そうすれば、あんたはその自分に似合わない男を捨てるんでしょ?

 

茜:言ってる意味が分からないんだけど。それと

 

花:私はただ、あんたを心配してるだけなのに。なんであんたはいっつもそうなの。

 

茜:何度も言ってるでしょ。友人だからって私を正せると思わないで。正論が正解なの?だとしたら、そんなのくそくらえよ。

 

(真琴がリビングに戻ってくる)

 

真琴:うっさ。

 

茜:真琴ちゃん!

 

花:あんた……部屋に引っ込んでろって言ったでしょ。

 

真琴:あの、普通にうるさいです。眠れません。

 

花:ああそう、それは悪かったわね。ちょっとお互い酔ってたから。じゃあ私はもう部屋に戻るから。

 

茜:ちょっと、話はまだ終わってないでしょ。

 

花:「踏み込み」過ぎちゃったみたいだから、反省して頭を冷やすわ。

 

茜:花……っ!

 

真琴:茜さん。

 

茜:なに?

 

真琴:もしそのなんとかさんが離婚して、茜さんと結婚するってなったら、私はどうすればいいんです?

 

茜:その話なんだけど

 

真琴:無責任過ぎません?

 

茜:……

 

真琴:言い返せないんですね。

 

茜:……あのさ、少しは私の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな?

 

真琴:は?

 

茜:あなたも花も、自分の言いたいことだけ言って、私の言葉はさえぎってばっかり。えらそうなこと言うなら、人の話も最後まで聞いて。

 

花:私とこの子を並列にするのは気に入らないけど、そこまで言うなら聞くわよ。なに?

 

茜:別れたの。

 

花:……は?

 

茜:だから、別れてきたのよ。ついさっき。

 

花:誰と?

 

茜:だから、鳳さんと。

 

花:は?だってあんた

 

茜:さっきから別れたって言おうとしてたのに、あんた全然話聞いてくれなかったじゃない。

 

花:あんたこそ、明らかに「まだ好きです~」ってオーラ出しまくりだったじゃないよ!

 

茜:しかたないでしょ!まだ好きなのは変わらないんだから!

 

花:じゃあなんで別れたのよ!

 

茜:さっきまで別れろ別れろってうるさかった人間が言う台詞?

 

花:うっさいわね。

 

茜:……真琴ちゃんが来たからよ。

 

真琴:は?

 

茜:真琴ちゃんの言う通り、もし鳳さんが離婚して、じゃあ結婚してくださいって言われたら、私はどうしたらいいのか、って考えたの。真琴ちゃんを引き取ろう、って思った時に。

 

真琴:……

 

茜:もしかしたら真琴ちゃんと一緒でもいいよ、って言ってくれるかもしれない。でも真琴ちゃんは?って思ったら、なんか違うよな、って。

 

花:それで、別れようって?そんなあっさり?

 

茜:だって嫌じゃない?「私は不倫していて、もしかしたらその男とそのうち結婚するかもしれないけど、そうしたら三人で暮らそうね」なんて。

 

花:まあ……嫌か。

 

茜:それ以前に、私の人生の先行きが不透明なまま、真琴ちゃんをそこに付き合わせるのはそれこそ無責任でしょ。

 

花:うん。

 

茜:それなりに長い時間が経って、真琴ちゃんが私と一緒にいることに慣れるまで、「そういうの」はもういいや、って思ったんだ。

 

真琴:その頃には、それこそ茜さんは「終わってる」年齢になってるでしょうけど。いいんですか?

 

茜:まあ……それは仕方ないよね。

 

花:あんた、さっきまで散々「終わりたくない」なんて言っといて何言ってんの?

 

茜:いやだから、真琴ちゃんを引き取るのを決めた時になんか色々吹っ切れたんだって。花とルームシェアを始めたのもきっかけではあったんだよ。鳳さんより、花や真琴ちゃんの方が一緒に生きていけそうな気がしたんだもん。

 

花:……

 

茜:終わりの恐怖に怯えながら恋人といるより、そもそも終わるも何もない他人と一緒にいる方が楽なんじゃないかって思ったんだ。

 

花:……なにそれ。

 

茜:え?

 

花:なにそれ。勝手に自分都合で解決したみたいに。

 

茜:ごめん、私また何か不愉快にさせること言った?

 

真琴:花さん、私と一緒に「他人」でくくられたのが嫌だったんじゃないですか。

 

花:は?

 

真琴:ウケる。さっきまであんなに偉そうなこと言ってたのに、「子供」みたいな理由で腹立ててるんだ。

 

茜:待って。花、それってどういう

 

真琴:だからぁ、花さんは茜さんのこと

 

(花、真琴に平手打ちをする)

 

茜:花……!?

 

花:はぁ……はぁ……はぁ……

 

真琴:いったぁ……。なんなんですか。恥ずかしくないんですか?私みたいな

 

茜:「子供」に手を上げてって?

 

真琴:……っ!

 

花:あ、かね?

 

真琴:茜さんは関係ないじゃないですか。

 

(茜、真琴を無視して花に向き直り、頭を下げる)

 

茜:ごめん、花。

 

花:……は?

 

茜:花は友達だよ。大好きな友達。でもさ、私は友達ってやっぱり他人だと思うんだ。花の言うように、「踏み込まない自由」も「踏み込ませない自由」もあるじゃん?花は実際そういう自由を与えてくれる。でも、恋人は違う。恋人はどう頑張っても踏み込まなきゃいけない時が存在するからさ。

 

花:じゃあ「友達」って言ってくれても良かったじゃないの……。あんたさっきから何度も他人他人って……!

 

(花、小さく鼻をすする)

 

茜:ん、そうだよね。ごめん。

 

花:本当にばか。

 

茜:うん。ごめんね。

 

(茜、今度は真琴に向き直る)

 

茜:真琴ちゃん。

 

真琴:……なんですか?

 

茜:あんたって本当に可愛くない。

 

真琴:……っ!そんなこと、分かってます。だったら叩いてもいいって言うんですか?

 

茜:そうは言わない。ただ、あんたは多分、花の「一番踏み込んで欲しくないところ」に踏み込もうとしたんだろうから、まあ花からの一発は甘んじて受けておいて欲しい。

 

真琴:茜さんは?叩かないんですか?

 

茜:私は叩かない。

 

真琴:なんで。

 

茜:……なんでかな。

 

真琴:やっぱり子ども扱いしてるんですね、私の事。

 

茜:でも、親戚の誰もあなたを助けようとはしない状況で、畳の目を見つめて唇を噛みしめていたあんたは、やっぱり私には「子供」に見えたよ。

 

真琴:……別に助けてくれなんて頼んだ覚えはないんですけど。

 

茜:まあね。でもさ、やっぱり寂しいじゃん?

 

真琴:は?

 

茜:家族が急にいなくなることも、それなのに誰も助けてくれないのも、単純に寂しいじゃん。

 

真琴:……

 

茜:だから、本当は大人とか子供とか、そういう問題じゃないんだ。

 

真琴:じゃあ、何だって言うんですか。

 

茜:私も、自分の憧れが手に入らないと分かった時、自分が「終わっている」扱いを受けた時、寂しかったんだよね。

 

真琴:寂しかったから私を引き取ったって言うんですか?だっさ。本当にむかつくんですけど。

 

茜:さすがにそんな理由であんたを引き取ったわけじゃないよ。……まあでも、ださいのは事実か。ねえ、花?

 

花:勝手に私まで巻き込まないで。

 

真琴:花さんもじゅうぶんにださいです。それだけ茜さんに強く当たるのって、友達だからっていうか

 

花:またぶたれたい?

 

真琴:叩きたいなら叩けばいいじゃないですか。

 

茜:やめてよ、二人とも。……あのさ、真琴ちゃん。

 

真琴:なんですか?

 

茜:私も花も、真琴ちゃんが言うような「大人」じゃなくて、実のところ「だっさい子供」なんだよ、まだまだ。ひとりで生きていくにはあまりにも心もとないから、こうして一緒に暮らしてる。

 

真琴:それで?

 

茜:えーっと……だから……その……ひとりじゃ心もとないなら、えーっと……ね?

 

真琴:……ほんとだっさい。

 

茜:……ごめん。

 

花:いい感じに大人に幻滅したでしょ?

 

真琴:それは、本当に、すっごく。まともに話し合うのも馬鹿らしくなるくらいには。

 

花:あっそ。じゃあこの話はおしまいでいいわね。

 

真琴:はあ?

 

花:久しぶりに言い合いなんかしたから疲れたし、眠くなってきちゃった。

 

茜:そうね、私もさっさとお風呂入りたい。

 

真琴:……勝手すぎる。

 

花:で?一応ローテーションでは明日の朝の食事当番はあんただけど?どうする?

 

茜:結構なよふかしになっちゃったもんねえ。起きるのがつらければ代わるよ?

 

真琴:やりますよ、それはちゃんと。馬鹿にされたくないんで。

 

茜:別に誰も馬鹿にしないと思うけど……

 

真琴:花さんは絶対に馬鹿にしてきますよね。

 

花:あんたほんっとうに失礼ね。

 

茜:はいはい、終わり終わり。それじゃ、私はお風呂入るわ。二人とも早く寝なね。おやすみ。

 

(茜、バスルームに消える)

 

真琴:……いいんですか?これで終わりにして。ほとんど何も解決してませんよね。

 

花:いいのよ、これで。

 

真琴:「好き」って言ってないのに?

 

花:不倫クソ野郎と別れたのならいいのよ。つーか、昔っから茜は最高に可愛かったっつーの。本当は心からそう思ってたけど言えなかったって男だっていっぱいいたのに。ほんっと鈍感なんだから。

 

真琴:「男」ねえ……

 

花:うるさいわね。

 

真琴:いい年して本当にださい。少女漫画かよって話なんですけど。

 

花:はいはい、なんとでも言って頂戴。どうせすぐにあんたも仲間入りよ。

 

真琴:最低。

 

花:言ってろ。じゃ、私は寝るから。

 

真琴:お好きにどうぞ。

 

花:明日からまた学校頑張りなさいよ。

 

真琴:言われなくたって。

 

花:おやすみ。

 

真琴:おやすみなさい。

 


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【幕】

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