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​​#57「レシピ」 

(♂2:♀0:不問0)上演時間15~20


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キシ

【岸誠一(きしせいいち)】男性

それなりにいい年。結婚して十年になる妻がいる。

ミネとは高校からの付き合い。

ミネ

【峰陽介(みねようすけ)】男性

それなりにいい年。独身。

キシとは高校からの付き合い。

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―週末/キシとミネの電話
 

ミネ:はぁ!?
 

キシ:あれ、聞こえなかった?
 

ミネ:いやいやいや、聞こえてたけどよ。……はぁ?
 

キシ:まぁ驚くのも無理はないよな。それは認める。
 

ミネ:そりゃそうだろ。だってキシ、お前が、よりにもよってお前が突然「料理を教えてくれ」なんて。
 

キシ:ちょっと訳ありなんだ。
 

ミネ:訳ありぃ?
 

キシ:うん。電話で言うのもなんだし、詳しくは会って話す。ミネの家、行ってもいいかな?
 

ミネ:……いつ?

キシ:というより、既にお前の家の前なんだ。

 

ミネ:ばっ……!わ、分かった、ちょっと待ってろ!今行くから!
  
【間】

 

―ミネの家

 

ミネ:……ったくお前は。ちょっとしたホラーだぞ。おっさんの「来ちゃった」は。

キシ:ごめん。

ミネ:俺が家にいなかったらどうするつもりだったんだよ。

キシ:そこは抜かりないよ。三十分前にお前がSNSにアップルパイの写真アップしてたのを確認してから来たから。

ミネ:こわ。

キシ:一応気を遣ったつもりだったんだけど。

ミネ:そうかよ。てかお前、一応まだSNS続けてたんだな。

キシ:まあ、未だにお前以外誰もフォローしてないけど。

ミネ:始めた時のままか。

キシ:お前に「登録しろ」って言われて始めただけだからね。でも最近はちょっとした情報収集のためにも使ってるんだ。


ミネ:情報収集?

キシ:とりあえず、はい。これ手土産。

ミネ:手土産?今更いらねえって、そんなの。

キシ:猫の写真集。

 

ミネ:いいのか?

キシ:依頼料代わりだよ。

ミネ:料理を教える、ってさっきのあれか。

 

キシ:そう。

 

ミネ:……座れよ。茶でも入れるから。

キシ:ありがとう。


ミネ:アップルパイ、食うか?

 

キシ:食う。

 

ミネ:了解。いやぁ食ってくれる奴がいると助かるわ。

 

(ミネ、キッチンに移動する)

 

キシ:あ、でもいつも職場に持って行ってるんだっけ?職場の人に悪いかな。

 

ミネ:お前ワンホール食う気かよ。

 

キシ:食わない。

 

ミネ:じゃあ問題ねえよ、一切れくらい減っても。

 

キシ:そっか。

 

ミネ:あ、ちくしょう。紅茶切らしてた。悪ぃ、ティーバッグでいいか?

 

キシ:俺にそんなこと聞くなよ。味の違いなんか、そんなに分からないんだから。

 

ミネ:だな。

 

(少しの間)

(ミネがキッチンから戻ってくる)

ミネ:ほい、お待たせ。

 

キシ:相変わらず美味そうだな。

 

ミネ:まあなんだ、とりあえず食おうぜ。話は食いながらでもできるだろ。

 

キシ:ああ。いただきます。

 

ミネ:いただきます。

 

(二人、アップルパイを食べ始める)

 

キシ:美味い。

 

ミネ:お前は相変わらずコメントに芸がねえなあ。

 

キシ:美味い物は美味いんだからいいじゃないか、それだけで。

ミネ:まあそれは真理なんだがよ。今回はな、カスタードクリームが入ってるんだ。

キシ:あ、ほんとだ。

ミネ:気付かなかったのかよ。

キシ:「美味い」で完結するから、あんまり細かいところに気が行かなくなるんだよね。

ミネ:カスタードクリームは細かくねえよ。

キシ:そう?

 

ミネ:つくづく葵さんってすげえと思うわ。こんな朴念仁(ぼくねんじん)と十年も連れ添ってんだから。

キシ:その話なんだけどさ。

 

ミネ:葵さん?

 

キシ:最近、具合が悪いみたいなんだ。

ミネ:なんだ、風邪か?

キシ:風邪にしてはちょっと重めかな、って感じ。

ミネ:おいおい、大丈夫かよ。

キシ:本人は大丈夫、って言ってるんだけどね。

ミネ:葵さん、すげえ健康だもんな。風邪ひいてるの見たことねえもん。

キシ:そうなんだ。

ミネ:……なるほど、ようやく話が見えた。それでお前が飯を作ってやろうというわけか。

キシ:そういうこと。

ミネ:結婚して十年、やっと包丁を握る気になったか。

キシ:失礼だな、包丁を握ったことくらいあるよ。

ミネ:バーベキューん時に野菜切ったくらいだろ。

キシ:そうだけど?

ミネ:とりあえず切るってだけじゃな。切るって行為ひとつ取っても、その料理に合った切り方ってもんがあるんだからな。それを知らないうちは、包丁を握ったとは言えねえよ。

キシ:そっか。まあだから、そういうのからまとめて教えて欲しいんだ。初心者の俺でも作れる料理。

ミネ:って言ってもなあ、具合悪いんだろ?食欲はどうなんだ。

キシ:あんまりなさそう。

ミネ:じゃあまずはうどんかおじやだな。

キシ:ああ、それくらいならなんとかなりそうだ。

ミネ:よし、早速やってみるか。

キシ:今から?

ミネ:そのつもりで来たんじゃねえのかよ。

キシ:いや、レシピを教えてもらえればそれでいいかと思ったんだけど。

ミネ:ああ、葵さん家で待ってるのか。

 

キシ:今は寝てると思うけど。

 

ミネ:じゃあ少しなら平気だろ。簡単なものならそんなに時間かからねえし。その場で見て触れて覚えるのが一番だぞ。

 

キシ:そうか。それじゃあ頼む。

 

(少しの間)

 

―キッチン

 

ミネ:うどんが一番簡単だから、うどんにするか。

キシ:簡単なのか、うどんって。

 

ミネ:麺つゆがあればなんとかなる。

 

キシ:麺つゆ……あるかなあ。

 

ミネ:大抵の家にはある。不安なら帰りに買って帰れ。二本あっても困らないから。

キシ:そうする。

ミネ:まず、ねぎは根元を落として小口切り……えっと、こう。こういう風に切っておく。かまぼこなんかもあれば一緒に切っとけ。

 

キシ:うん。

 

ミネ:で、ここで麺つゆ。ボトルに「何倍濃縮」って書いてあるから、その通りに水で薄めて火にかける。

 

キシ:二人前ってどれくらいの量?

 

ミネ:大体これくらい。不安ならどんぶり使って計れ。

 

キシ:頭いいな。

 

ミネ:基本だよ。……で、ひと煮立ちしたら火を止める。ほい、一口飲んでみろ。

 

キシ:ん、む。

 

ミネ:こんくらいの味だ、覚えとけ。

 

キシ:了解。

 

ミネ:はい、ここからうどん。こっちも袋にほれ、何分茹でる、って書いてあるだろ?

 

キシ:うん。

 

ミネ:その通りに茹でときゃ問題ない。具合悪くて体力がない時は、もう少し茹でてくたくたにした方が食いやすいかもな。

 

キシ:ああ、なんか昔ばあちゃんがそんな風にしてたかも。卵入れて。

 

ミネ:そうそう、そういうやつ。卵は精が付いて良いから入れるといいぞ。……よし、うどんがそろそろだな。うどんが茹で上がったら、湯切りをする。

キシ:これなら俺でもできる。

ミネ:おう、じゃあやれ。……お、やればできるじゃねえか。

 

キシ:お前、俺の事馬鹿にしてない?

 

ミネ:俺は褒めて伸ばすタイプなんだよ。

 

キシ:そうか。

 

ミネ:よし、湯切りできたな。じゃあそれをほれ、このどんぶりに入れろ。

 

キシ:ん。

 

ミネ:で、つゆを入れる。

 

キシ:ん。

 

ミネ:入れたら、最初に切ったねぎとかまぼこを乗せて、卵を落としゃ完成だ。

 

キシ:具を増やすことはできるのか?

 

ミネ:できる。ほうれん草なんかは鉄板だよな。今はほれ、こんな風に冷凍のものが売ってるから活用しろ。

 

キシ:なんでもあるんだな、今。

 

ミネ:ありがてぇ話だよな。

 

キシ:俺、何にも知らなかったな。

 

ミネ:台所に立つことがなきゃそんなもんだろ。

 

キシ:そうだな。

ミネ:よーし、食うか。

キシ:え、さっきアップルパイ食ったよ?

ミネ:別腹だろ。

 

キシ:普通逆じゃない?

 

ミネ:甘いもん食ったらしょっぱいもんが食いたくなるだろ。

キシ:なる。


ミネ:だろ?せっかく一緒に作ったんだ。食おうぜ。

 

(二人、キッチンからダイニングに移動する)

―ダイニング

 

ミネ:うし、いただきます。

キシ:いただきます。

 

(二人、うどんを食べ始める)

 

ミネ:やっぱりシンプルだけど美味いな。

 

キシ:うん、美味い。

 

ミネ:これが作れれば多少のアレンジはきくから、あとはインターネットのレシピサイトを頼れ。初心者向けのサイト、後でまとめて送っといてやるから。

 

キシ:ありがとう。

ミネ:葵さん、早く元気になるといいな。

キシ:ああ。

 

ミネ:近いうちにまた来いよ。他の料理もまた教えてやる。

キシ:ん。ありがとう。
 
【間】

 

―一週間後

 

ミネ:おう、来たな。

 

キシ:これ、手土産。

 

ミネ:あぁ?また?だからいらねえって

 

キシ:犬の写真集。

ミネ:おう、サンキュ。でもな、今回までだぞ。毎回毎回要らねえから。

 

キシ:でも、ただ遊びに来るのとはわけが違うから。

 

ミネ:水くせぇこと言うなって。料理は俺の趣味でもあるんだし、その延長だ。

 

キシ:……

ミネ:とにかく、気にすんなってこった。

 

キシ:そうか?

 

ミネ:そうだよ。

キシ:わかった。

 

ミネ:で、どうだ?葵さんの具合は。

 

キシ:……実は、入院になった。

 

ミネ:なんだって?

 

キシ:昨日入院して、そのまま手術だったんだ。

 

ミネ:……そっか。

 

キシ:だから、しばらくは俺が料理する必要はなさそうだよ。

 

ミネ:まあ、茶でも飲もうぜ。ほれ、ちょうどいいものがあるから。

キシ:クッキー?

ミネ:フロランタンっていうんだ。食えよ。


(キシ、フロランタンをひとつ手に取り口に入れる)

 

キシ:美味い。

 

ミネ:だろ。バターの具合がポイントでな。溶かさずに生地を練ると、サクサクになって美味いんだ。

 

キシ:……なあ。

 

ミネ:ん?

 

キシ:前から気になってたんだけど、お前なんで結婚しないの?

 

ミネ:は?

 

キシ:お前はいいやつだし、こんだけ美味い物が作れる。需要はあると思うんだけど。

ミネ:ありがとよ。

キシ:だから何か理由があるのかな、って。

ミネ:なんでだろうねえ、お前が言うような「需要」は実際なかったし、俺自身もパートナーが必要だと思ったことがねえからな。

キシ:余計なお世話だったか、ごめん。まあ確かに、ミネはなんでも一人で出来るもんな。俺と違って。

ミネ:お前が不器用すぎるんだよ。

 

キシ:それは今回よく分かった。

 

ミネ:ああでもほら、うどんは作れるようになったじゃねえか。

 

キシ:……

 

ミネ:どした。

 

キシ:実はあの後何度か作ったんだけど、一度も成功しなかったんだ。

ミネ:なんで!?


キシ:一回目は、野菜が煮えてなくて、固くてまずかった。

ミネ:何入れたんだよ。

 

キシ:具だくさんの方が栄養が摂れるかと思って、つゆを作る時に人参とか大根とかを入れたんだ。

 

ミネ:ああ、そりゃあだめだ。根菜は火が通りにくいから、一度レンジであっためなきゃ。

 

キシ:二回目は、身体があったまるかと思って、あんかけうどんにしたんだよ。

 

ミネ:ああ……なんとなく予想がついたわ。

キシ:なかなか想像したようなあんが作れなくて、あれこれやってるうちに、サラサラしてるのにやたら片栗粉の味しかしないうどんが出来た。

 

ミネ:なんで教えた通りのもんを作らねえんだよ、お前。

 

キシ:ちゃんと葵のこと考えて作ろうと思ったら、あれもこれも必要な気がして。一応、レシピサイト見ながら作ったんだけど。

 

ミネ:……

 

キシ:やっぱりセンスがないというか、この歳になってから新しいこと初めても、無理なんだな、って思ったよ。

ミネ:いや、それは俺の教え方が足りなかったんだ。気にすんな。

キシ:でもさ、葵はゲラゲラ笑って食べるんだ。

 

ミネ:……

 

キシ:「大丈夫大丈夫、食べられないものは使ってないんだし、お腹に入れば一緒」「いけるいける」って。

 

ミネ:葵さんのそういうところ、最高だよな。

 

キシ:うん。

 

ミネ:俺だったら、絶対今みたいにごちゃごちゃ言うからな。

 

キシ:そうだな。

 

(少しの間)

 

ミネ:まあだから、そういうとこだろうな。

 

キシ:何が?

 

ミネ:俺が独り身な理由。

 

キシ:よく分からないんだけど。

 

ミネ:俺はさ、自分で言うのもなんだが、なんでもそれなりに出来る。だから誰かの力を借りる必要もねえし、出来ない人間にとって本当に必要なことも分からねぇんだよ。

 

キシ:そうかな?俺、結構昔から助けてもらってるけど。

 

ミネ:お、そうか?じゃあやっぱり縁がなかったんだろうな。あとな。

 

キシ:ん?

 

ミネ:大学時代に同棲してた彼女に言われた言葉が、実はトラウマなんだ。

 

キシ:アサカさん? 

 

ミネ:「帰ってくるたびにエプロン姿のあんたを見るのにげんなりした」「ちっともドキドキしない」ってな。

 

キシ:何それ。初耳なんだけど。

 

ミネ:恥ずかしくて今まで秘密にしてたんだ。

 

キシ:エプロン姿、似合うと思うけどな。

 

ミネ:それとこれとは別なんだろ。

キシ:そうかなあ。

 

ミネ:まあつまり俺は、自分のしたいことはしたいようにできても、人がして欲しいことはイマイチ分からねえんだと思う。

 

キシ:……

 

ミネ:だからよ、お前と葵さんのこう、なんつーの?割れ鍋に綴(と)じ蓋みたいな関係は、きっとそもそも肌に合わない気がするんだ。

キシ:多分、葵が特殊なんだと思う。俺も大概だから。

 

ミネ:それも多分あるな。お前ほんっと何しても不器用だもんな。

キシ:そうなんだよ。だから今回葵が倒れて、改めて「葵はなんで俺と一緒にいてくれるんだろう」って考えた。

 

ミネ:そんなもん考えたところで、答えは葵さんにしか分からねえだろ。

キシ:葵にも同じこと言われた。

 

ミネ:直接言ったのかよ。

 

キシ:うん。

 

ミネ:葵さんも具合の悪い時に急にそんなこと言われて、びっくりしたろうな。

 

キシ:でも、やっぱり笑ってた。

 

ミネ:葵さんらしいな。

 

キシ:その後にさ、葵、こう言ったんだよ。

 

ミネ:うん。

 

キシ:「あなたはすごく不器用だけど、ちゃんと『いただきます』も『ごちそうさま』も言ってくれる。毎日私のご飯を『美味い』って言ってくれる。『ありがとう』も『ごめんなさい』も、『愛してる』も言ってくれる。それで十分」って。

 

ミネ:確かに、じゅうぶんだな。

 

キシ:でも、俺にはそれがどうも分からないんだ。

 

ミネ:分からなきゃそれでいいんだよ、そういうことは。お前にとっては大したことでなくても、葵さんにとっては最高のスパイスなんだろ。

キシ:そういうものかな。

 

ミネ:お前が葵さんの笑い声に毎回安心してんのと同じだよ。

 

キシ:……俺、すごくいい人と結婚したよな。

 

ミネ:それは間違いねえな。

 

(少しの間)

 

キシ:この際だからもうひとつ聞くけどさ。

 

ミネ:なんだよ。

 

キシ:お前も実は葵のこと好きだった時期、ない?

(ミネ、茶をぐいっとあおる)

ミネ:ねえよ。言ったろ?俺はひとりが向いてるんだ。パートナーを必要としたことはない。

キシ:そっか。

ミネ:なんだ、やきもちか。

 

キシ:ミネと葵、言う事がよく似てるからさ。もしかしたら、二人が付き合った方が上手くいくんじゃないのかな、って思ったことはあった。

 

ミネ:ないないない!葵さんは良い人だけど、俺と同じくらい我(が)も強いから、きっと毎日喧嘩して、そのうち殴り合って別れてるよ。

 

キシ:ああ、それはちょっと想像できる。

 

ミネ:だから、俺も葵さんも、お前くらいぼんやりしてる方が楽なんだよ。なんつーの?ほら、観葉植物みたいなもんだ。

キシ:お前、今相当失礼だぞ。

 

ミネ:うるせえ。惚気話を聞いてやってるんだ。それくらい我慢しろ。

 

キシ:これ、惚気になる?

 

ミネ:なるなる。甘ったるすぎて敵わねえよ。

 

キシ:ごめん。

(少しの間)

 

ミネ:あー、ところでさ。

キシ:ん?

ミネ:いや、言いたくなきゃ言わなくていいんだけどよ。

 

キシ:なんだよ。

 

ミネ:……葵さん、そんなに悪いのか?

 

キシ:え?

 

ミネ:だってほら、あの葵さんが入院なんてさ。聞かない方がいいかとも思ったけど、やっぱり気になって。

 

キシ:ああ……

 

ミネ:ただ、別に言いたくなきゃいいんだぞ、ほんとに。

 

キシ:一応、今度の金曜に退院予定。

ミネ:は?

キシ:だから、今度の金曜には退院。

 

ミネ:……病名は?

 

キシ:盲腸。

 

ミネ:盲腸。

 

キシ:盲腸。

 

ミネ:……

 

キシ:……

 

(ミネ、大きく息を吐く)

 

ミネ:お前、驚かせんなよ……俺はてっきり……

 

キシ:ごめん。聞かれなかったから言わなかっただけなんだ。

 

ミネ:それにお前、めちゃくちゃへこんでたし。

 

キシ:そりゃあへこむよ。これまで寝込んだことなんかない葵が倒れたんだから。

 

ミネ:……まあ、そうか。そうだな。

 

キシ:なんかごめん。

 

ミネ:いいっていいって、大したことないのが一番だ。 

 

キシ:ありがとう。

 

ミネ:じゃあ今は、葵さん元気なんだな。

 

キシ:うん。もうピンピンしてる。病院のご飯がまずいって文句ばっかり言ってるよ。

 

ミネ:ああ、そりゃあ健康だ。……よし!

 

キシ:なんだよ。

 

ミネ:野菜たっぷりの中華丼でも作るか。

 

キシ:今から!?

 

ミネ:甘ったるい惚気を聞いた挙句に肩の力が抜けるような話されたら、しょっぱいもんが食いたくなったんだよ。

 

キシ:えええ。

 

ミネ:食うだろ?

 

キシ:食うけど。

 

ミネ:んじゃ手伝え。まずは野菜の下ごしらえからだ。

 

キシ:ん。

 

ミネ:ほい、ピーラー。

 

キシ:ん。……なあミネ。

 

ミネ:ん?

 

キシ:葵が帰ってきたら、まずは中華丼を作るよ。

ミネ:余計な手は加えんなよ。

 

キシ:分かってるって。
 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【幕】

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