#35「ピロートーク昔話」
(♂1:♀1:不問0)上演時間20~30分
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カズ
【カズ】男性
チカのセフレ。「ドキドキする昔話」をせがまれる人。
チカ
【チカ】女性
カズのセフレ。「ドキドキする昔話」をせがむ人。
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―ある日の夜
(カズ、大きな伸びをする)
カズ:よし、そろそろ寝るか。
チカ:そうだね。
(二人、布団に入る)
(カズ、大きなあくびをする)
チカ:ねえ、さっきの映画面白かったね。
カズ:うん、面白かった。ラブストーリーって一人じゃまず見ないから、新鮮だった。
チカ:いいよねえ、ラブストーリー。ドキドキのおすそ分け、って感じで。
カズ:ドキドキ、ねえ。
チカ:いいなぁ、私もドキドキしてみたい。
カズ:俺とじゃドキドキしない?
チカ:セフレ相手じゃあねえ。
カズ:今日は普通に映画観たじゃん。
チカ:うん、びっくりした。どうしたの?急に「映画でも観よう」なんて。
カズ:え?……んー、なんとなく?
チカ:ふぅん。じゃあ今日はしないの?
カズ:うん、しない。
チカ:じゃあ私もひとつ、リクエストしてもいい?
カズ:エッチ以外なら。
チカ:んーとね……おはなし、して欲しい。
カズ:おはなし?
チカ:寝物語(ねものがたり)的な?
カズ:寝かしつけ的なやつ?
チカ:そう、それ的なやつ。
カズ:えー。
チカ:だめ?
カズ:なんで?
チカ:なんとなく?ほら、せっかくラブストーリー見たしさ。さっきも言ったでしょ?私もドキドキしたい。
カズ:俺とじゃドキドキしないって言ったばっかじゃん。
チカ:うん。だから、おはなし。
カズ:それでドキドキするかなぁ。
チカ:しないかなぁ。
カズ:分かんない。
チカ:寝かしつけって、絶対ドキドキすると思うんだけどなぁ。
カズ:そんなドキドキするような話、思い浮かばないって。昔話くらいしか知らないんだから。
チカ:それでいいから。
カズ:いやいや、そういうのは、「そういう関係」の男女だからドキドキするんだよ。こう甘い囁き~、みたいな雰囲気になるからいいんだろ。俺、そんなのできないって。
チカ:そうかなぁ。
カズ:そうだと思うよ。
チカ:えー。
カズ:……
チカ:……
カズ:……
チカ:あ、閃いた。
カズ:なに?
チカ:「ピロートーク昔話」して。
カズ:は?
チカ:昔話ならできるんでしょ?
カズ:いやいや、その枕詞(まくらことば)は何?
チカ:ピローだけに枕詞とは、お主なかなかやるな。
カズ:狙ったわけじゃねえよ。つまらないダジャレ言ったみたいにするの、やめろよ。つらいわ。
チカ:違うのかあ。
カズ:違うよ。あと、ピロートークってなに。
チカ:エッチの後のイチャイチャトークのこと。ちなみに私たちの間にはない。エッチはめっちゃしてるのに。
カズ:いやいやいや、そうじゃなくて。ピロートーク昔話って何?って話。
チカ:昔話でいかに私をドキドキさせるか、みたいなサムシング。
カズ:なんだそれ。
チカ:いいじゃん。さっきラブストーリー見たばっかりだしさ、今ならきっといけるって。
カズ:えー。
チカ:……やっぱりだめ?
カズ:普通に昔話するんじゃだめなの?
チカ:ドキドキしたいんだもん。
カズ:こだわるなぁ。
チカ:カズにだってあるでしょ、そういう時。今日はどうしてもカレーが食べたい!絶対絶対カレーの日ってこと。
カズ:まぁ……あるな。
チカ:でしょ!それと同じ!今日はカレーの口!今日はドキドキの口!おんなじ!
カズ:おんなじかぁ。
チカ:おんなじ。
カズ:……
チカ:……
カズ:よし分かった。やろう、ピロートーク昔話。
チカ:おおー!やった!大好き!
カズ:チカ、お前ねぇ……
チカ:ん?
カズ:……まあいいや、ほれ、始めるぞ。
チカ:はーい!わくわく!
カズ:あー……
(カズ、話し始める)
カズ:昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。「ああもうこんな時間だ。それじゃあ俺は山へ行くよ。君はゆっくり休んでて」
チカ:ん?なにそれ。
カズ:え?だからピロートーク昔話。
チカ:あ、そういう感じなんだ。
カズ:逆にどういう感じをイメージしてたの?
チカ:言ってみたはいいものの、特に何も考えてなかった。完全にノリで出た言葉でしたすみません。
カズ:……エッチの後のイチャイチャ感を演出してみたんだけど。
チカ:おじいさんが一気に海外ドラマのスパダリキャラみたいになったね。
カズ:ドキドキしない?
チカ:ちょっと待ってね、急な展開に戸惑ったけど、ちょっと自分の中に落とし込んでみる。
(チカ、しばしイメージする)
チカ:あ、いける。いけるわ。セクシーおじいさんで想像したら、ちょっとくすぐったい気がしてきた。
カズ:オッケー、それじゃあもう一回行くぞ。……「ああもうこんな時間だ。俺は山へ行くよ。君はゆっくり休んでて」
チカ:……
カズ:……
チカ:……
カズ:おい。
チカ:なによ。
カズ:次、おばあさんの台詞。
チカ:私もやるの!?
カズ:その方がドキドキ体感度は上がるだろ?
チカ:えー、マジか。
カズ:マジ。
チカ:えー、マジかぁ。
カズ:じゃあもうやめる?
チカ:それはやだ。
カズ:よし、じゃあ続けよう。
チカ:……分かった。
カズ:じゃあもう一回初めから。……昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。「ああもうこんな時間だ。それじゃあ俺は山へ行くよ。君はゆっくり休んでて」
チカ:「だめ、私もちゃんと川へ行かなきゃ」
カズ:「俺としては、君の可愛い寝顔を見ながら仕事に行きたい気分なんだけどな」
チカ:「だめ」
カズ:「どうして?」
チカ:「……だって、さみしいじゃない」
カズ:「え?」
チカ:「隣にあなたがいないなんてさみしいわ。あなたの背中は広くて逞しくて好きだけど、それを見送るだけ、なんて嫌よ」
カズ:「じゃあ……その背中に爪を立てるのは?」
チカ:「好きよ」
カズ:「今日はえらく素直だね」
チカ:「そういう時があってもいいでしょう?」
カズ:「ああ、可愛い」
(カズ、チカを抱きしめる)
チカ:ちょ、ちょっと……!
カズ:「予定変更。今日はこのままこうしていようか。ベッドで」
チカ:……布団じゃないんだ。
カズ:うるさいな、いいところなんだから口挟むなよ。
チカ:う。
カズ:「たまには一日休んだって、罰は当たらないさ」
チカ:「でも……」
カズ:「なにより、俺がそうしたいんだ」
チカ:どっ……「どうして?」
カズ:「何度も言ってるじゃないか。君が可愛いからさ」
チカ:……っっっ!
カズ:ほら、次。おばあさんの番。
チカ:……
(チカ、咳ばらいをする)
チカ:「随分とその言葉を安売りするのね。どうせ他の子にも同じように言ってるんでしょう?」
カズ:「そう見える?」
チカ:「だってあなた、軽いんだもの」
カズ:「そう感じるのは、君が俺を『そういう人間』だと思っているからさ」
チカ:「バーで女に声をかけて、そのまま『お持ち帰り』する男が、軽くないとでも?」
カズ:「本当は小心者の男が精いっぱいの勇気を振り絞って、彼の思う『スマートな男』を演じて声をかけた、って可能性は考えてくれないのかい?」
チカ:「だとしたら、あなたは今すぐハリウッドに打って出るべきだと思うわ。大した演技力だもの」
カズ:「ねえ」
チカ:「なあに?」
カズ:「こっちを向いて」
チカ:「だめ」
カズ:「どうして?」
チカ:「なんだか今の私は、とっても情けない顔をしている気がするもの」
カズ:「いいから、見せて」
(カズ、チカの顔を自分の方に向けさせる)
チカ:あ……
カズ:「ああ、やっぱり可愛い」
チカ:ま、待って……
カズ:「小心者でごめんよ。君に釣り合う男になりたくて仮面をかぶり続けた俺を、許して欲しい」
チカ:待ってったら……
カズ:「だからなおのこと、今日は一日俺にくれないか?本当の意味で、『裸』を見せるから」
チカ:わ、わ、わ……
(カズ、チカにキスをしようとする)
チカ:ストォォォォォォォップ!!!!!ストップ!ストップ!待って待って待って!
カズ:なんだよ、ここからが「ピロートーク昔話」の本領発揮だろ。
チカ:いやいやいや、ピロートークからもう一戦おっぱじまっちゃうでしょ、これ!おじいさんとおばあさん、元気いっぱいだな!
カズ:まあそれはそれで。
チカ:良くない!
カズ:……ドキドキした?
チカ:……知りません。
カズ:えー。
チカ:知らないったら知らない!
カズ:そっか。ごめん。
チカ:なんで謝るのよ。
カズ:いや、お気に召さなかったんだな、って。あはは、やっぱ俺向いてないみたい。チカのことドキドキさせんの。
チカ:あ、いや、その!
カズ:ごめんちゃい。
チカ:いや!あの!ね!あの!あの!あの!……めっちゃドキドキしました、はい。
カズ:マジ?
チカ:マジ。ドキドキし過ぎて死ぬかと思った。
カズ:じゃあ素直にそう言えばいいのに。
チカ:言えるわけないでしょ。
カズ:なんで?
チカ:恥ずかしいじゃん、なんか。
カズ:俺ら普段もっと恥ずかしい事してるんだけど。
チカ:私たちのエッチは、ほら、スポーツ感覚っていうか。
カズ:身もふたもない言い方だな。
チカ:だってそうでしょうが。
カズ:……
チカ:……
カズ:……続けようか、「ピロートーク昔話」。
チカ:へ!?なんで!?
カズ:んや、ドキドキすんのもさせんも楽しいなと思って。
チカ:なに、カズもドキドキしたの?
カズ:したした。すっげぇした。
チカ:かっる。絶対嘘だ。
カズ:嘘じゃないってば。なんなら確認する?
チカ:確認?
カズ:ほら、「下」見てみ?
チカ:ばっ……!それはいい!っていうか!そういうチャラいこと言うから信用できないんだってば!
カズ:だから、それは頑張ってお前に合わせてるんだろうが。
チカ:おじいさんの台詞をパクって誤魔化さないの。
カズ:いや、「おじいさんこと俺」だから。
チカ:は?
カズ:おじいさん、こと、俺。
チカ:意味が分かりません。
カズ:……本気で言ってる?
チカ:存じ上げません。
カズ:あっそ。じゃあいいや。
チカ:あ、あれ?何よ急に。
カズ:楽しくて陽気な男の役をやって、しまいにゃスパダリじいさんの役までやって、俺も大概馬鹿だよな、と思っただけ。
チカ:え?
カズ:ま、身体から入った関係なんてそんなもんだよな。
チカ:待って待って。
カズ:ハリウッド……目指すかなぁ。
チカ:ちょ、ちょっと待ってってば!
カズ:なに?
チカ:え、あの、ちょっと理解が追いついてないんだけど。えっと、これってその……もしかして告白的なサムシングだったりします、か?
カズ:正確には「好き」とは言っていないので、違います。
チカ:じゃあなんですか?
カズ:一目惚れから本気惚れになった、間抜けな男の空回りです。
チカ:わ、私はどうしたらいいですか?
カズ:幻滅した!ってビンタの一発でもくれたらいいんじゃないですかね。
チカ:分かりました。
(チカ、カズにキスをする)
カズ:……っ!?
チカ:さ、続けようか。「ピロートーク昔話」。
カズ:はぁ!?
チカ:「馬鹿ね。私たちって本当に馬鹿。こんなに何度も身体を重ねていながら、お互いちっとも裸なんかじゃなかったのね」
カズ:……
チカ:「あと不服だわ」
カズ:なに、が……?
チカ:「私ってそんなに軽い女に見られていたのね、って」
カズ:え。
チカ:「いくらなんでも、どうでもいい男とはベッドに入らないわよ、私。しかもワンナイトだけでなく、何度もなんて、するわけないでしょ」
カズ:え、それ
チカ:「いいじゃない。今日は一日ベッドで過ごしましょ。お互いしっかり裸になって確かめ合おうじゃないの。『愛』とやらを、ね」
カズ:あ、え……
チカ:めでたしめでたし!
カズ:ええ!?
チカ:うるさい!「めでたしめでたし」なの!
カズ:そんな乱暴なことある?
チカ:何よ!ここまで来て「めでたしめでたし」じゃないって言うの?
カズ:言わないけど!
チカ:じゃあそういうことで!よろしくお願いします!
カズ:……はい。
チカ:よし!
カズ:……
チカ:……
カズ:……
チカ:ドキドキした?
カズ:さっきもしたって言ったろ。
チカ:いいから。……ドキドキした?
カズ:した。
(カズ、チカの手を取り、自分の胸に当てる)
カズ:ほら。
チカ:めっちゃ鼓動早くない?
カズ:だから言ってるじゃん、ドキドキしたって。
チカ:ん。
(チカ、微笑む)
チカ:ん!
カズ:……可愛い。
チカ:ドキドキするからやめてよ。
カズ:そういうコンセプトだったろ、もともと。
チカ:そうだったね、そういえば。
カズ:……本当に明日休むの?
チカ:溜まりに溜まった有給に火を噴かせる。
カズ:そっか。
チカ:カズは?
カズ:右に同じく。
(二人、笑う)
チカ:……そう言えばさ。
カズ:ん?
チカ:昔話、何も始まらなかったね。
カズ:一日後じゃ、桃も完全に海に出てるな。
チカ:桃太郎には申し訳ないことをしちゃったね。
カズ:そうだな。
チカ:まぁとにかく、じいさんや。
カズ:なんだい、ばあさんや。
チカ:エッチしよう。
カズ:……もう少しドキドキさせてくれよ、そこは。
チカ:それは、この後のピロートークでね。
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【幕】