#4「オムライスを食べながら。」
(♂1:♀1:不問0)上演時間15~20分
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・マコト
【浅見マコト(あさみ まこと)】女性
30代フリーター。
小説投稿サイト「小説.com」(通称ショウコム)に、本名の「浅見マコト」の名で
小説を投稿している。
・ススム
【佐々木晋(ささき すすむ)】男性
30代会社員。
小説投稿サイト「小説.com」(通称ショウコム)に、「海藤ユイ(かいどうゆい)」のペンネームで
小説を投稿している。
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―町の小さな喫茶店にて
ススム:アメリカンを、えっとホットで。……そうなんですよ。急に降ってきちゃって。少しくらいなら走って帰るんですけど、ここまでになると、少し厳しいかな、って。いいところにお店があって良かったです。はい、ゆっくりさせてもらいます。
……ん?
マコト:(ため息)
ススム:あの。
マコト:はい。
ススム:オムライス、冷めちゃいますよ?
マコト:え?
ススム:せっかく美味しそうなのに、全然手を付ける気配がなかったから。それと……(口ごもる)
マコト:ああ、これですか?
ススム:え。
マコト:これのことでしょ?二人分のオムライス。
ススム:余計なお世話かとは思いましたけど。
マコト:そうよね、もったいないわよね。……もったいなかったのね、きっと。(涙を流す)
ススム:えっと。
マコト:気にしないでください。ちゃんと食べますから。私、こう見えて大食らいなので。(笑う)
ススム:あなたが本当に大食らいで、その二人分のオムライスを食べたくて仕方ないなら、俺はそれでいいんですけど。
マコト:はい。
ススム:もし……もしもそうでないなら、それ、俺が食べてもいいですか。
マコト:は?
ススム:別に理由は聞きませんから。単純に俺はそのオムライスがすごく美味しそうで、見ていたらなんだか腹が減って、そしてさらに言うと、俺は結構食道楽(くいどうらく)で。だから美味しそうなものが美味しく食べてもらえないのは嫌だなあ、なんて思っただけです。
マコト:……
ススム:嘘は言っていませんよ?あなたの事情なんて、俺は興味ないですから。
マコト:そうですよね。他人ですもんね。
ススム:ええ。
マコト:分かりました。では、どうぞ。私も結構な食道楽ですし、せっかくなので分かち合いましょう。ここのオムライス、すごく美味しいんですよ。
ススム:それは良いことを聞いた。それじゃ、いただいていきますね。あ、店員さん。これの分、俺の伝票につけといてください。
マコト:そうしてもらえると気が楽です。あと。
ススム:はい?
マコト:一緒に食べませんか?
ススム:あなたが良ければ、俺は全然。
マコト:じゃあ、そうしましょ。美味しいものって、分かち合いたいじゃないですか。
ススム:それは確かに。
マコト:だから、ぜひ。
ススム:なら、お言葉に甘えて。荷物、持ってきちゃいますね。
マコト:ええ、冷めないうちにお願いします。
ススム:小さな子供なら五歩。俺なら一歩の距離。この距離で冷めるわけがないでしょう。
マコト:それは分かりませんよ?
ススム:(移動してくる)それじゃ、食べましょうか。
マコト:ええ、いただきます。
ススム:いただきます。……あ、これは確かに美味いな。
マコト:でしょう?ここのマスターって、結構有名なレストランで、ずっとシェフをされていた方なんですって。
ススム:なるほど。美味いわけだ。
マコト:うんうん。
ススム:デミグラスソースのオムライスって結構好きなんですよね。うん、ワインの香りが濃厚だ。オムレツの卵が何層かになってるのも、食べ応(ごた)えあるし。王道だけど、また食べたくなる味ですね。
マコト:ぷっ……
ススム:なんですか?
マコト:(笑う)いつもそんなこと考えながら、ご飯食べてるんですか?
ススム:まあ、そうですね。
マコト:楽しいですね。
ススム:言ったでしょう?食べるのが好きなんです、俺。
マコト:私も好きですけど、そんな風に食べたことはなかったなあ。
ススム:楽しみ方は人それぞれですから、いいんじゃないですか?……それに。
マコト:ん?
ススム:そうやって笑顔で、大きな一口で食事するの、悪くないと思いますよ。
マコト:ありがとうございます。
ススム:美味いものは裏切らない。
マコト:なんですか急に。
ススム:いや、涙も引っ込んだなぁと思って。
マコト:私の事情なんて、興味ないんじゃなかったんですか?
ススム:はい。だから深くは聞きませんよ、別に。
マコト:そうですか。それじゃ、ここからは私の独り言。
ススム:……
マコト:有体(ありてい)に言えば、振られたんです。別れ話になるだろうなあ、と思ってはいたんですけどね。別に引き止める気もありませんでした。ただ、せめて美味しいものを食べながら……ふたりの好きだったここのオムライスを食べながら話ができたら、って思ったんですけど、来てもらえませんでした。
ススム:もったいないな。
マコト:ですよね。こんなに美味しいのに。大好きだったはずなのに。でも、それよりも自分の時間が、私と別れ話をする時間がもったいなかったんでしょうね。
ススム:それで、二人分のオムライスを前に泣いていた、と。
マコト:そういうことです。ひとりで食べるには少し重いなあ、って思ったら、なんだか泣けてきて。
ススム:やっぱり悲しいもんですか。引き止める気はなくても。
マコト:時間がもったいないと思われたんだなぁ、とか、オムライスがもったいないなぁ、とか、いろんな感情が重くて、処理しづらかったんです。
ススム:なるほど。
マコト:だから、あなたが「美味しい」って言って食べてくれて良かった。
ススム:まあ美味いのは事実ですから。
マコト:そうですよね。ああ美味しかった。
ススム:うん、美味かった。
マコト:美味しかったなぁ……。
ススム:また、食べに来ましょうか。
マコト:え?
ススム:あ、別に変な意図はないです。これ、また食べたいな、って思って。
マコト:それは同意です。
ススム:他のメニューも食べてみたいし。
マコト:おすすめ、たくさんありますよ。
ススム:あと、誰かと食べるのも悪くないなあ、って。
マコト:それも同意です。
ススム:あなたが純粋に、このオムライスを「美味しい」って言うのも見てみたい。
マコト:というと?
ススム:思い出も一緒に噛みしめてそうだったので。
(マコトはくすりと笑う)
マコト:それは否定できませんね。
ススム:ので、また食べませんか。オムライス。
マコト:利害の一致っていうんですかね、こういうの。
ススム:多分違います。ウィン・ウィンの関係……じゃないですか?
マコト:あ、そっか。
ススム:ところで、お名前を伺っても?
マコト:申し遅れました。私、こういう者です。
(マコト、名刺を差し出す)
ススム:「浅見マコト」。……え、もしかして、「三文芝居のモラトリアム」の?
マコト:え?
ススム:申し遅れました。俺、こういう者です。
(ススム、名刺を差し出す)
マコト:「佐々木晋(すすむ)」。
ススム:ちなみに、ペンネームは「海藤(かいどう)ユイ」です。
マコト:……「絶望の果実」?
ススム:お恥ずかしながら。
マコト:うそ。
ススム:いや、俺も驚きました。
マコト:こんなことってあります? 「ショウコム」に投稿しているもの同士がこんな風に出会うなんて。
ススム:事実は小説より奇なり、ですね。
マコト:でも、小説にするにはあまりにも陳腐で、私は好きじゃないですね。
ススム:俺もです。
(二人笑う)
【間】
―時が経って/いつもの喫茶店にて
マコト:ねえ、ススム。
ススム:ん?
マコト:今どんなの書いてるの?
ススム:幼い時に初恋の女の子が無残な死に方するのを目の当たりにした、男の話。
マコト:なにそれ、気になる。
ススム:マコト、そういうの好きだよな。
マコト:趣味、似てるからね。
ススム:そうだな。
マコト:だからお互いの名前も作品名も知っていたわけで。
ススム:だな。
(食事が運ばれてくる)
マコト:あ、来た来た!シーフードナポリタン!
ススム:鉄板で来るのか!
マコト:ふっふーん、どうよ?
ススム:美味そうだな。
マコト:美味しいよ~、超おすすめ!
ススム:よし、んじゃ早速。いただきます。
マコト:いただきまーす。
ススム:あ、これは美味い。ケチャップの中にシーフードの出汁がきいてて、しょっぱいけどくどくない。これ、絶対なんか隠し味使ってるな。なんだろな、これ。うーん。
マコト:はい、おなじみの食レポいただきました。
ススム:いい加減慣れろよ。
マコト:いつも楽しみなんだもん。
ススム:そうかあ?
マコト:ススムが楽しそうなのを眺めてるのが嬉しいの。
ススム:そっか。
マコト:うん。だってさ、初めて会った時、ススムだって結構暗い顔してたよ。私に対してだって、八つ当たりみたいな物言いするしさ。
ススム:俺はもともと口下手なんだよ。
マコト:あ、それはススムの小説にも出てるよね。
ススム:やっぱりか。
マコト:うん。どこか皆ぶっきらぼうというか。質実剛健で、作風には合ってるし、好きだけど。
ススム:ほんとに?
マコト:ほんとほんと。ススムに会うまで「海藤ユイ」って女性だと思ってたから、ずいぶん武骨(ぶこつ)な作品を書く人だな、って印象に残ってたんだけど。今こうしてススムを知ると、納得しかない。
ススム:……あの日さ。
マコト:ん?
ススム:仕事でヘマしてすっげえ怒られたのよ。
マコト:うん。
ススム:で、「ショウコム」開いたら、結構ぼろくそな新着レビューが来てて。
マコト:あ~、それは地味にへこむね。
ススム:その上雨にも降られて。
マコト:ダメ押しじゃん。
ススム:そうなんだよ。だから、実際マコトと同じくらいにはへこんでたと思うわ。
マコト:嫌なこと思い出させないでよ。
ススム:お前が振った話だろうが。
マコト:そうだけどさ。
ススム:まあでも今となっては、良かったと思うよ。
マコト:なんで?
ススム:マコトと知り合えたから。
マコト:……
ススム:なに変な顔してんだよ。
マコト:いや、ススムってたまにそういう、なんかちょっとこう、照れるこというよね。
ススム:照れるところか?今の。
マコト:うん、不覚にもちょっとドキッとした。
ススム:でも、「ない」だろ?
マコト:そうだね。ススムは親友だもの。
ススム:「戦友」の方がしっくりこないか?
マコト:それもそうかも。
マコト:でもさ、ススムに彼女ができたり、私に彼氏ができたりしたら、こうやってご飯食べながら小説の話したりとか、なかなかできなくなっちゃうのかな。
ススム:……考えたこともなかった。
マコト:うん、私も考えたことなかった。ただ、今になって急に「あれ?」って。
ススム:まああれだ。俺はそんなにモテないし、恋人ができるなら、マコトの方だな。ま、そうなった時には、切り捨ててくれて構わないよ。
マコト:嫌な言い方しないでよ。せっかく小説のことやご飯のことを語り合える友人ができた、ってのにさ。切り捨てるなんてしないよ。そりゃあ会う頻度は低くなるかもだけど。
ススム:感じ悪かったか。ごめん。
マコト:別にいいよ。もう慣れた。
ススム:なおさらごめん。
(マコト、小さく微笑む)
マコト:だからいいって。
ススム:うん。
マコト:……ススムってさ、小説とか普段の口調だとかなりひねくれてる印象だけど、根っこはすんごい素直だし、いい人だよね。
ススム:は?なんだよ急に。
マコト:初めて会った時だってさ、あれ半分は本当にオムライスの心配してたのかもしれないけど、半分は私のことを心配して、声かけてくれたんでしょ?
ススム:まあ、否定はしないけど。普通女がひとりで二人分のオムライスを前に泣いてたら心配するだろ。
マコト:そこで声をかけちゃうところが、ススムの変なところでいいところなんだよ。普通は気にしてもスルーだよ?
ススム:そんなもんか?
マコト:そんなもん。
ススム:同じ匂いを感じたのかな。
マコト:同じ匂い?
ススム:どっちも、ひとりぼっちで膝をついてた。俺は小説で、マコトは恋で。
マコト:そうだね。
ススム:だから、ほっとけなかったのかも。
マコト:……そういうところ、すごく好き。
ススム:は?
マコト:私、ススムのこと好きだよ。
ススム:さっき「ない」って言ったばっかじゃないか。
マコト:あはは、ばれたか。
ススム:ばれたか、じゃないよ。
マコト:……そうだよね、戦友の方がいいよね。
ススム:……どした。
マコト:戦友の方が信頼度は高いし、何よりずっと一緒にいられる気がするもんね。それこそ、どちらかの命尽きるまで、みたいなさ。妙な安心感があるじゃん?
ススム:マコト?
マコト:恋を始めると、終わりの恐怖が常につきまとう。そんなの怖くて嫌だよね。うん、私も嫌。
ススム:そう、だな。
マコト:なのにどうして、好きになっちゃたんだろう。
ススム:……そういうセリフがいつか来るんじゃないかとは、薄々勘付いていたけど、さ。
マコト:嫌だなあ。そんなこと読まれちゃうの。
ススム:しょうがないだろ。小説のスタイルだって似てるんだから。
マコト:だね。
ススム:俺は、どうしたらいい?
マコト:どうもしなくていいよ。変な優しさ見せられたら、それこそもう後に引けなくなっちゃう。引けるうちに、引かせて。
ススム:……分かった。
マコト:ごちそうさま。今日はこれで帰るね。
ススム:あ、うん。
(マコト出ていく)
ススム:……なんだよ。急に、そんなこと言われても。
(ススム、皿に残ったナポリタンを口に運ぶ)
ススム:ナポリタン……冷めたな。別に、冷めても美味いけど。……ごちそうさまでした。
【間】
―電話
マコト:もしもし?
ススム:あー、俺。
マコト:(笑って)分かるよ。
ススム:あ、そうか。
マコト:今日はごめんね。
ススム:いや、それは全然。
マコト:忘れてね?私も忘れるから。
ススム:忘れられる?そういうのって。
マコト:まだいける。
ススム:まだ、ってなんだよ。
マコト:まだ引き返せる。
ススム:そんなもんか。
マコト:大人だもの。もう30超えてるのよ?
ススム:それ関係ある?
マコト:あるでしょ。30超えたらさ、大人じゃん、嫌でも。
ススム:まあな。
マコト:大人になってからの「本気」ってさ、どんなことでも結構痛いよ。恋愛に限らず、小説を書くことにしても。
ススム:うん。
マコト:私なんかフリーターしてるから、余計なんだよ。どんなことにも「人生」かかってくる。経験を積んだ分、地雷も増える。だから、怖いの。
ススム:そんなの、俺だって同じだし。
マコト:そりゃそうかもしれないけど。
ススム:俺だって、怖いから仕事しながら小説書いてる。本当は、朝から晩まで好きなように書いていたいさ。でも、怖いからしない。恋愛だって、30超えれば迂闊には飛び込めなくなる。飛び込むための自信もない。だから、俺はしない。
マコト:……
ススム:自分ばっかり怖がってるみたいに言うなよ。勝手に踏み込もうとして、勝手に怖がって、勝手に引くなよ。
マコト:……ごめん。
ススム:戦友っていい言葉だよ、ほんとに。前向きで、安心できて。楽しくて。それじゃだめなの?
マコト:だめだなんて言ってない。むしろ、だからこそ、引くって言ってるんじゃない。
ススム:俺は踏み込みたくないよ。こわいもん。
マコト:ススムってば。
ススム:でもさ、踏み込まれたからには、ちゃんと向き合わなきゃ、俺も踏み込まなきゃ、って思うんだよ。ああ俺何言ってんだろ。
マコト:私が聞きたいよ。
ススム:向き合おうとした瞬間に逃げようとしやがって。言い逃げなんてやめてくれよ。俺、どうしたらいいんだよ。
マコト:ススムは、どうしたいの?
ススム:……
マコト:そこまで言って無言にならないでよ。それこそ、そんなこと言われたら、私引けないよ。引けなくなる。
(少しの間)
ススム:……なあ、明日暇?
マコト:は?
ススム:暇なら、オムライス食いにいかね?
マコト:暇だけど、行くかは分からないよ。
ススム:構わない。待ってる。
マコト:知らないからね。
ススム:それでもいいさ。じゃあな。
マコト:……なんなのよ。ばか。
【間】
―いつもの喫茶店
ススム:あ、オムライスふたつ、お願いします。……いえ、大丈夫です。一緒に持ってきてください。ええ、ここのオムライスを食べながらじゃないと、駄目なんです。俺の勇気が出ないから。……大丈夫です。あいつはきっと、「もったいない」って来るから。そういう奴です、絶対。絶対に、冷めないうちに来るから。
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【幕】