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​​#52「夢想の花」 

(♂0:♀2:不問0)上演時間30~40


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【倉木桂(くらきかつら)】男性

十七歳。芹の想い人である少年。

※内容の関係上、女性演者さん限定でお願い致します。

 

【此花芹(このはなせり)】女性

十六歳。病気によって余命幾ばくも無い少女。数日前に何者かによって目を潰された。

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―病院

 

(芹がベッドに横たわっている)

(ノックの音)

 

芹:だれ?

 

桂:倉木……桂といいます。

 

芹:く、らきさん……?

 

桂:須磨葵(すまあおい)さんから、話を聞いて来ました。

 

芹:葵から?

 

桂:はい。

 

芹:……どうぞ。

 

(桂、病室に入ってくる)

 

桂:こんにちは。

 

芹:……

 

桂:あの、僕

 

芹:あの、私の知っている倉木さんで、合っていますか?

 

桂:……おそらく。

 

芹:青海(せいがい)高校の。

 

桂:はい。青海高校三年、倉木桂です。

 

芹:……生徒会副会長の。

 

桂:……よくご存知ですね。

 

芹:……美山(みやま)女子高等学校二年、此花芹(このはなせり)です。

 

桂:知っています。

 

芹:ごめんなさい。私今目が見えなくて、物理的にも精神的にも距離感がうまくつかめないせいか、疑り深くなってしまって。

 

桂:無理もないですよ。しかも、その……

 

芹:その様子だと、もう何もかもご存知なんですね。

 

桂:……はい。

 

芹:葵ったら、おしゃべりなんだから。

 

桂:貴女を心配してのことだと思います。

 

芹:ということは、葵がどうしてあなたに――会ったことも話したこともない貴方に私を見舞うように声を掛けたのか、それも?

 

桂:……はい。自分で言うのもどうかとは思いますが、その……

 

芹:私の初恋の人だから、って?

 

桂:……はい。

 

芹:余命幾ばくも無い私の、目を潰されてしまった私の、初恋の人だから。

 

桂:目の事は、本当に災難だったと思います。

 

芹:よくないことって、続くものなんですね。まさか病気で先がないだけでなく、目まで潰されてしまうなんて。

 

桂:犯人の手がかりは?

 

芹:……

 

桂:……そうですか。

 

芹:眠っている間の出来事だったので。

 

桂:眠っている間、ですか。

 

芹:はい。何か鋭利なもので、ひと突きに。丁寧なことに、両目を。なんの躊躇(ためら)いもなく。

 

桂:躊躇い。

 

芹:これは私の想像ですけどね。本当に、綺麗にひと突きだったそうなので。

 

桂:……

 

(少しの間)

 

芹:……それで?

 

桂:え?

 

芹:私の親友に懇願――ああ、これも私の想像でしかありませんけど。きっと懇願されたのでしょう?私の見舞いに行くようにと。

 

桂:そう、ですね。

 

芹:懇願されたとはいえ、見ず知らずの――しかも一方的に、隠れて自分のことを想っていた人間をわざわざ見舞いに来てくれたということは、なにかしらの覚悟が、少しはあると思っていいですか?

 

桂:覚悟、というのは。

 

芹:私と、恋をする覚悟です。

 

桂:……

 

(少しの間)

 

芹:ふふ、ごめんなさい。やっぱりおかしいですよね。最近はどうもなんでも重たく考えがちで。

 

桂:いいえ。

 

芹:別にいいんです。言ってみたかっただけですから。私もまだ若いけれど、倉木さんだって同じだけ若いんですし、貴重な時間をそんな訳の分からないことに使う必要なんて、どこにもありません。だから、気にしないでください。こうして来てくれただけで、貴方はじゅうぶんに役割を果たしたと思います。

 

桂:いいえ。

 

芹:……

 

桂:そりゃあ最初は困惑もしましたけど、それでも、あの、僕が貴女の何かしらの慰めになれるのなら、僕の時間を貴女に使わせて欲しいと思っています。

 

芹:……

 

桂:だから、これからも貴女のところにお見舞いに来るのを許してもらえませんか?

 

芹:……

 

桂:此花さん?

 

芹:あ……ごめんなさい。単純にその……嬉しくて。

 

桂:そう、ですか。

 

芹:そりゃあそうですよ。遠くからずっと見ているだけだった人が、こうして寄り添おうとしてくれるだなんて。嬉しいに決まっています。たとえそれが、恋にならなくても。

 

桂:確かに恋になるかどうかは分からないけれど、此花さんの言う通り、覚悟はしているつもりです。

 

芹:じゅうぶん過ぎます。

 

桂:此花さん。

 

芹:はい。

 

桂:「芹さん」と呼んでも、いいですか?あと、その、敬語をやめてもいいですか?

 

芹:……倉木さんが、嫌でなければ。

 

桂:それこそ、貴重な時間を嫌なことには使いませんよ。

 

芹:じゃあ私も、「桂さん」って呼びますね。

 

桂:はい……うん。

 

芹:葵に、感謝しなくちゃ。

 

桂:そうだね。

 

芹:本当に、優しい子なの。

 

桂:そっか。

 

芹:背が高い上にあんまり喋らないし成績もいいから、周りからは結構怖がられちゃってるんだけど、本当に優しくて、いい子なの。

 

桂:大事な、友達なんだね。

 

芹:親友よ。

 

桂:うん。

 

芹:いつか倉き……桂さんにも会ってもらいたいな。本当に、素敵な子だから。

 

桂:それは……楽しみだな。でも僕としてはまず……

 

芹:なに?

 

桂:もっと君のことを知りたいし、君にも僕のことを知ってもらいたい。

 

芹:……

 

桂:だめ、かな。

 

芹:ううん。私がずっと夢見てた桂さんとの「はじめまして」の通りだったから、驚いちゃって。

 

桂:恋が前提の「はじめまして」なんて、そんなものじゃない?

 

芹:詳しいのね。

 

桂:……いいや、恋愛小説とか、ドラマの知識。

 

芹:恋愛小説なんて読むの?

 

桂:姉がいるから。

 

芹:私も恋愛小説は好き……好きだった。もう読めないけど。

 

桂:……うん。

 

芹:あんまり気にしないで。今は目が見えなくなって少しラッキーって思ってるくらいだから。

 

桂:どうして?

 

芹:桂さんが来てくれたから。

 

桂:……そっか。

 

芹:ねえ、もし良かったら携帯電話の番号を教えてもらってもいい?

 

桂:え。

 

芹:見えないから、そりゃあメールとかは出来ないけど、電話するくらいならできる……かもしれないなあって思って。

 

桂:……

 

芹:だめ、ならいいんだけど。

 

桂:ごめん、うち親が厳しくてさ。その手のもの、持たせてもらってないんだ。

 

芹:進学校だもんね、青海って。勉強の妨げになるとか、そういう感じでしょ?

 

桂:まあ、そんなところ。

 

芹:ん、わかった。

 

桂:もうすぐ夕飯の時間だね。それじゃあ僕はもう帰るよ。

 

芹:またね、桂さん。

 

桂:うん、またね。

 

【間】

 

―別の日

 

(桂、扉をノックする)

 

芹:誰?

 

桂:僕。

 

芹:桂さん。

 

桂:うん、僕。

 

芹:どうぞ。

 

(桂、病室に入ってくる)

 

桂:こんにちは。

 

芹:こんにちは。

桂:今日は差し入れを持ってきたんだ。果物は、食べられる?

 

芹:少しなら、多分。

 

桂:よかった。林檎を買ってきたんだ。林檎は好き?

 

芹:うん、好き。

 

桂:同じだ。

 

芹:……うん。

 

桂:剥いてもいいかな?

 

芹:ああでも、ナイフがないかも。

 

桂:大丈夫、ちゃんと持ってきたよ。

 

芹:準備がいいのね。

 

桂:用心に用心を重ねる方なんだ。

 

芹:それって、生徒会の副会長してるのにも関係あったりする?

 

桂:さあ、どうだろう。

 

(少しの間)

 

芹:本当に来てくれたのね。

 

桂:来るって言ったでしょ?

 

芹:そうだけど……やっぱり自信は持てなくて。

 

桂:あれは夢だったんじゃないかって?

 

芹:そう。

 

桂:僕は、一度約束したことを反故にするような男じゃないよ。

 

芹:ありがとう。

 

桂:なにが?

 

芹:え?

 

桂:どうして、お礼なんか言うの?

 

芹:だって……

 

桂:約束を守るのは、当り前だろ。

 

芹:……

 

桂:僕、変なこと言った?

 

芹:ううん。それでも、やっぱり桂さんのこと、私は優しいって思う。

 

桂:そうかな。

 

芹:……嫌になったら、いつでも言っていいんだからね。

 

桂:……

 

芹:うそ、やっぱり言わないで。

 

桂:うん。

 

芹:その時は黙って離れてくれればいい。来なくなったら「そういうことなんだ」って思うから。

  

桂:……うん。

 

芹:ごめんね。せっかく来てくれたのに、いきなりこんなこと。

 

桂:なにかあった?

 

芹:体調。あんまり経過が、良くないみたい。

 

桂:そっか。

 

芹:だから、ちょっと八つ当たりしちゃった。まだ出会ったばっかりだって言うのに、甘え過ぎよね。

 

桂:いいんじゃないかな。

 

芹:え?

 

桂:嫌なことがあった時、自分に自信が持てなくなった時ってのは、そんなもんだよ。逆に距離が近ければ近いほど寄りかかりにくくなる。僕くらいの他人の方が、きっとぶつけやすい。

 

芹:……

 

桂:お母さんや葵さんには、気丈に振舞っているんだろ、君は。

 

芹:どうして、そう思うの?

 

桂:だって、僕よりもよほど顔を合わせているであろう人にぶつけることが出来ていたら、僕なんかにはぶつけていないと思うから。

 

芹:……

 

桂:何もしてあげられることのない相手には、さ。

 

芹:そんなことない。

 

桂:そう?

 

芹:桂さんは、その、こうして私の前にいてくれるだけで、もうじゅうぶんっていうか……

 

桂:そっか。

 

芹:うん。

 

桂:でも、好きなだけ言いたいことを言えばいいよ。落ち込んでいるなら落ち込んでいるって言えばいい。泣きたければ泣けばいい。幸いここは個室だしね。

 

芹:でも……

 

桂:ずるい言い方だけど、その方が、僕は僕で「君に何かをしてあげられている」って安心するから。

 

芹:……

 

桂:ね?だから、八つ当たり上等。君は好きに振舞うといいよ。

 

芹:……うん。

 

桂:僕はまだ君のことを何も知らない。比べる過去もないから、幻滅なんてしない。

 

芹:でも、こんなネガティブなことばっかり言う女の子は、嫌でしょ。

 

桂:まあ笑顔も見たいは見たいけどさ。

 

芹:うん。

 

桂:でもきっと君は、毎回毎回不機嫌をぶつけるタイプじゃない。

 

芹:どうしてそう言い切れるの?

 

桂:なんとなく。……よし、剥けた。

 

芹:……

 

桂:ほら、口開けて。

 

芹:えっ……

 

桂:はい、あーん。

 

芹:あ……あーん。

 

(芹、おずおずと口を開け、林檎を咀嚼する)

 

桂:本当はこういうことって言っちゃいけないのかもしれないけど……

 

芹:なに?

 

桂:最初に君の話を聞いた時にね、葵さんが言ってたんだ。

 

芹:葵?

 

桂:うん。「芹はこんな状況でも、決して泣かない。日に日にやつれてゆく顔で、弱弱しく笑顔を作る。でもそれが、たとえようもなく強くて美しいんだ」って。

 

芹:……

 

桂:はい、もう一口。あーん。

 

(芹、再び口を開ける)

 

桂:……でもね、こうも言っていたよ。

 

芹:……

 

桂:「けれどその強さは弱弱しい力で後押しされたものだから、私たちは勝手に美しく尊いものとして見ているだけなんだと思う」「だから私は芹に泣いて怒って欲しい」「自分の運命を呪うことが、たまにはあったっていいんだと思う」。

 

芹:葵……

 

桂:「だから倉木さん、貴方は彼女に泣くことを、怒ることを許してあげて」「私たちはあの子のそばに長く居過ぎて駄目なの」「彼女は私たちがどれほど許しても、私たちにとっての彼女を裏切るようなことはしないの」「だから許して、許して、そして心から笑わせて欲しいの」。

 

芹:……

 

桂:「芹の心からの笑顔は、本当に可愛いんだから」ってね。

 

芹:葵ったら、本当に、もう。

 

桂:ああ、ごめん。手が止まっちゃってた。もう少し食べられる?

 

芹:もう一切れくらいなら。残りは良かったら桂さんが食べて。

 

桂:ん、分かった。ほら、あーんして。

 

(芹、口を開ける)

(少しの間)

 

桂:……君のことが大好きなんだろうね、彼女は。

 

芹:それよりも、葵がそんなにもおしゃべりだったことに、私はびっくりしてる。

 

桂:そうなの?

 

芹:前も言ったと思うけど、葵って本当に無口で、どちらかと言うと行動で全部証明してみせるってタイプだから。そんな風に自分の気持ちを饒舌に言葉にする姿なんて、私、見たことない。ちょっと妬けちゃう。

 

桂:照れくさいんだろうね、きっと。

 

芹:でも、だからなのかな。

 

桂:どういうこと?

 

芹:私と葵は演劇部だったんだけどね、葵って舞台上だとすごいの。

 

桂:……へえ。

 

芹:登場人物の心のひだを丁寧にかき分けて、そこに溜まった感情を余すところなく飲み込んで、吐き出す。そんな感じの演技をしてた、いっつも。

 

桂:……

 

芹:だから皆飲まれちゃうの。彼女の演技に。彼女が表現する「その人物」の感情の渦に。

 

桂:うん。

 

芹:それってきっと、葵が自分の心の中に、言葉にされないものすごい熱量を秘めていたからなんだな、って今思ったの。

 

桂:そっか。

 

芹:本当に、すごい子なの。

 

桂:聞いているこっちが、なんだか照れくさくなるよ。

 

芹:ふふ、ごめん。

 

桂:なんだか僕の方が妬けてきた。

 

芹:え?

 

桂:なんだか、僕の方が君に片想いしているような気さえする。

 

芹:え?

 

桂:だって君ってば、この間からずうっと葵さんの話ばかりだから。

 

芹:……ごめん。

 

桂:謝らなくていいよ。君は気付いていないと思うけど、君、葵さんの話をする時は本当に嬉しそうに笑ってる。それが見られるのは、僕にとってはラッキーなことだよ。

 

芹:……

 

桂:だからね、良かったなって。

 

芹:なにが?

 

桂:僕、君とちゃんと恋ができそうだな、って。

 

芹:え。

 

桂:性急過ぎるかな?

 

芹:……少し。

 

桂:嫌だった?

 

芹:ううん、それは、全然。

 

桂:ならよかった。なんたって僕は僕で、君に覚悟をしてもらう側だからさ。「想像していた倉木君と違う」なんてことになったら悲劇じゃない?

 

芹:……確かに。

 

桂:だから、安心した。

 

芹:でも……少し怖い、かも。

 

桂:怖い?

 

芹:こんな夢みたいな展開、本当にあっていいのかなって。

 

桂:いいんじゃない?実際にここにあるんだから。

 

(少しの間)

 

芹:ねえ。

 

桂:うん?

 

芹:林檎、まだ残ってる?

 

桂:うん。

 

芹:やっぱりもうひとつ、食べたい。

 

桂:それは嬉しいな。はい、あーん。

 

芹:あーん。

 

(少しの間)

(廊下から配膳のカートを押す音が聞こえてくる)

 

桂:今更だけど、ごめん。

 

芹:何が?

 

桂:もうすぐ夕飯の時間だってのに、林檎なんか。

 

芹:ううん、いいの。だって美味しかったし、その……お父さん以外の男の人に「あーん」なんてしてもらうこと、なかったから……嬉しかった。

 

桂:僕も嬉しかった。

 

芹:……うん。

 

桂:じゃあ、僕はそろそろ帰るね。ちゃんと夕飯も食べて、しっかり休むんだよ。

 

芹:桂さん。

 

桂:ん?

 

芹:本当にありがとう。私、幸せだわ。

 

桂:……

 

芹:桂さん?

 

桂:ああごめん。今の君の顔、すごく綺麗だなって思って、つい言葉を忘れちゃった。

 

芹:……やめてよ。

 

桂:じゃあまた、今度。

 

【間】

 

―また別の日。

 

芹:ねえ、桂さん。

 

桂:ん?

 

芹:生徒会の仕事とか、勉強とか、忙しい?

 

桂:忙しくないわけじゃないけど……どうしたの?

 

芹:ううん。桂さんと葵と三人でお話ししてみたいなあって思っても、いつもなかなか予定が合わないから、なんとなく。

 

桂:……

 

芹:桂さん?

 

桂:ああ、ごめん。なんだか申し訳なくて。

 

芹:あ、ごめん。責めるつもりはなくて。ただ、わがまま言っちゃったのかなあ、とか、忙しいならお見舞いに来てもらうのも悪いかなあ、なんて。

 

桂:それは、言わない約束だよ。

 

芹:うん……。

 

桂:ごめんね、また不安にさせちゃった?

 

芹:ううん。そんなことない

 

桂:この間の恋愛小説の続き、読もうか?

 

芹:それも悪くないけど、桂さん、読むのすごく上手だから私またすぐ眠っちゃいそうで、なんだかもったいないな。

 

桂:じゃあ、散歩しようか。

 

芹:え?

 

桂:僕が君と歩きたいだけだけど。

 

芹:いいの?

 

桂:車椅子を借りてくれば大丈夫?

 

芹:……うん。

 

桂:よし、じゃあ少しだけ待ってて。すぐに戻るから。

 

【間】

 

(芹、大きく深呼吸をする)

 

芹:……きもちいい。

 

桂:最近の病室って窓を開けられないでしょ?閉め切った個室でひとりはつらいよね。ごめん、今まで気付かなくて。

 

芹:ううん、全然。

 

(芹、もう一度深呼吸をする)

 

芹:……金木犀の匂いがする。もう、すっかり秋なんだね。

 

桂:寒い?

 

芹:少し。

 

桂:ちょっと待ってて。

 

芹:……?

 

桂:はい。

 

芹:これ……

 

桂:僕のカーディガン。これで良ければ羽織ってて。

 

芹:……そんなことされたら、カーディガンの匂いとか、嗅いじゃうよ?

 

桂:それはちょっと恥ずかしいかなあ。

 

芹:だめ?

 

桂:いいよ。

 

芹:ふふ。

 

(少しの間)

 

芹:最近は秋の期間も短いし、きっとすぐに冬ね。

 

桂:そうだね。

 

芹:春が来ると同時に私の病気が分かって、余命が短いって言われながらも、私はもう春と夏の死を見送った。秋の死も見送ることができそうだけど、冬には見送られそうだな。

 

桂:……

 

芹:ごめんね、悲観しているわけじゃないの。でもそうやって並べたら、私も季節の一部になって、綺麗に消えてゆける気がしたの。

 

桂:それでもそんな台詞、僕は悲しいよ。

 

芹:悲しんでくれるのが嬉しいって言ったら、怒る?

 

桂:怒る、かもしれない。

 

芹:ねえ桂さん。

 

桂:ん?

 

芹:怒ってもいいから、聞いてくれる?

 

桂:……うん。

 

芹:私ね、ずうっと夢だった。大好きな人と素敵な恋愛をして、結婚をして、一緒に歳を取っていくのが、夢だった。

 

桂:うん。

 

芹:「将来の夢がおよめさんなんて」って周りにはよく馬鹿にされたけど、それでも夢だったの。

 

桂:素敵な夢だと思うよ。

 

芹:葵もそう言ってくれた。

 

桂:うん。

 

芹:でもね、世間一般で言う「夢」って、しようと思えばちゃあんと現実にできる「夢」だから、「本当の夢」じゃないんだなあって思った。

 

桂:……

 

芹:夢って、幻だもの。実体なんかないんだもの。

 

桂:……うん。

 

芹:血液のガンだかなんだかよく分からない病気になって、どんどん見た目もみっともなくなっていって、もういつ死んでもおかしくない、なんて言われて、夢がどんどん「本当の夢」になっていくのを感じた。

 

桂:……

 

芹:触れられないから、本当に美しくて、眩しくて、だから苦しかった。

 

桂:芹さん

 

芹:でも平気。今は、そんなに苦しくないの。

 

桂:どうして?

 

芹:こんな自分でも、やっぱり夢を見ることはやめられなくて。だけど葵が、桂さんが、私の夢を少しだけ現実にしてくれた。

 

桂:そっか。

 

芹:「恋も知らずに死ぬなんて」。

 

桂:え?

 

芹:私の目が潰される前に、私が葵に言った言葉。

 

桂:……

 

芹:元気な時に、どこかで実現できると信じていた「夢」のような何かが「本当の夢」になってしまって、でもせめて何か――「本当の夢」になってしまう前に、その切れっ端でもいいから掴んで残せないか、って思って。

 

桂:……うん。

 

芹:そうしたら、桂さんに会えた。ずっと見ていただけの人に会えた。しかも、恋の真似事まで付き合ってくれた。

 

桂:……

 

芹:ちゃんとつかめた。夢の切れっ端。

 

桂:真似事なんかじゃ、ないよ。

 

芹:ううん、真似事だよ。

 

桂:どうして

 

芹:ねえ、桂さん。

 

桂:……なに?

 

芹:私のこと、抱きしめられる?

 

桂:……

 

芹:ふふ、できないでしょ?桂さんは私に、私の欲しがりそうな言葉をくれて優しくはしてくれるけど、私を抱きしめてはくれない。

 

桂:抱きしめられるよ。

 

芹:ううん、いいの。もう、いい、の……

 

(芹、咳き込み身体をぐらりと傾ける)

(桂、その身体を抱きとめる)

 

桂:芹!

 

芹:秋も、見送れない、かなあ……

 

桂:芹!しっかり!看護師さん!芹が!

 

芹:ふふ……抱きしめてもらっちゃった。

 

桂:芹!

 

芹:この、感触……。やっぱりそうだったんだ……。

 

桂:……せり?

 

芹:あおい、でしょ?

 

桂:……っ!

 

芹:全部、あおい、でしょ?

 

桂:……

 

芹:バレバレ、だよ……。葵がどんなに演技が上手でも、現実の男の人とは、やっぱり違うもん。

 

桂:……芹

 

芹:桂さんの言葉は、私の欲しい、台詞、ばっかりだった。まるで私のことはなんでも、もう知っている、みたい、に。

 

桂:あ……あ……

 

芹:カーディガンも、いつもの葵のカーディガンと、同じ、匂いがした。

 

桂:ごめん……ごめん芹……!倉木の奴……

 

芹:ううん、いい。それは知らなくて、いい。

 

(葵の瞳から涙が溢れる)

 

芹:……私の目がどうして潰されたのか、も、知らなくて、いい。

 

桂:あ、あ、あ……

 

芹:誰も、知らなくていい……

 

桂:芹……!

 

(看護師が芹をストレッチャーに乗せる)

 

桂:看護師さん!私も

 

芹:ついてきちゃ、だめ。

 

桂:え……?

 

芹:見ちゃ、だめ。

 

(運ばれてゆく芹)

 

桂:……芹、待って、芹……!芹!

 

芹:……夢のきれっぱし、葵のくれたきれっぱし、ちっちゃくてひらひら頼りなくて、お花みたいな、きれっぱし。

 

(少しの間)

 

芹:……うん、大丈夫。まだちゃんと、ここにある。

 

(取り残され、くずおれる葵)

 

桂:ごめんなさい……ごめんなさい……!大好きだったの。芹が、大好きだったの。誰よりも、好きだったの。だから、かなえたかったの。芹の夢。私じゃかなえられない、夢……!わたし、じゃ、かなえられな……あああああ……っ!

 

【間】

 

―取調室

 

(葵が座っている)

 

桂:芹は、もういいの、って言いました。それでも私は、私の罪をそのままに芹の夢の切れ端を見送ることは、できません。芹の目を潰したのは、私です。芹の目が見えなければ、私が彼女の夢をかなえてあげられると思ったんです。……ねえ刑事さん、夢の中にだけ咲く花は、美しいですよね。絶対に触れられないから、美しい。芹の笑顔も、私にとっては夢の中に咲く花でした。それなのに私ったら、彼女の目を潰せば、私と彼女で夢の切れ端を掴むことができるかもしれないなんて、本当に、ばかみたいですよね。今になって思います。……ねえ刑事さん、芹は、幸せだったと思いますか?最後の最後まで、その切れ端を握ってくれていたと思いますか?そして今も、握ってくれていると思いますか?……そうですよね、私がそんなことを願うのは、間違いですね。はい、この気持ちも全て、夢だと思うことにします。


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【幕】

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