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​​#9「meat & garbage」

(♂1:♀1:不問0)上演時間30~40分

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・瞳子

【筒井瞳子(つついとうこ)】女性

二十九歳教員。翔太の又従姉弟。自称「ブス」。

週末になると派手な服を着て、ゴミでいっぱいの浜辺へ行く。

・翔太

【植野翔太(うえのしょうた)】男性

十七歳高校生。瞳子の又従姉弟。ほんの少し発育がいいだけの少年。

いじめに遭って登校拒否になったことを機に、瞳子の家へやって来た。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―瞳子の家

 

瞳子:いらっしゃい。

 

翔太:はじめまして。

 

瞳子:筒井瞳子(つついとうこ)です。

 

翔太:えっと、植野翔太(うえのしょうた)……です。

 

瞳子:荷物、その辺に置いておいて。

 

翔太:あ、はい。

 

瞳子:植野……植野……。植野って誰だっけ?

 

翔太:は?

 

瞳子:ごめんね、母親から言われて引き受けたけど、私、君が私の何にあたるか、全然知らないの。

 

翔太:嘘ですよね?

 

瞳子:なんか言ってた気もするんだけど、聞いてなかったのかなぁ。興味ないから。

 

翔太:俺は、あなたの又従姉弟(またいとこ)にあたります。

 

瞳子:またいとこ。

翔太:俺の父親とあなたの母親が従兄妹同士で……

瞳子:要は、ほとんど他人同士だ。

翔太:あの……本当にいいんですか?

 

瞳子:なにが?

 

翔太:その、ほとんど他人の俺を家に置くなんて。

 

瞳子:別にいいけど。

 

翔太:でも俺、一応男だし、あなたは女性で……やっぱりよくないんじゃないかな、って。

 

瞳子:なあに君、私に夜這いでもするつもりでいるの?

 

翔太:いや、決してそんなつもりじゃ……。

 

瞳子:だよね、私ブスだもんね。そんな気にならないよね。

 

翔太:え。

 

瞳子:だから安心。私たちの両親もそう思ったんでしょ。

 

瞳子:親戚連中のほとんどが、子供がいたり面倒を見なきゃいけない親がいたりで、年頃の男の子なんか置く余裕なんてない。そうだあいつがいるじゃないか、あの顔ならまあ間違いも起こらないし、ちょうどいいんじゃないか?って具合に決まったんだと思うよ。

 

翔太:そんなことは……

 

瞳子:ああいいのいいの、気なんか使わないで。三十路(みそじ)も目前になるとね、自分の分(ぶ)ってのは分かってくるから、全然平気。

 

翔太:……

 

瞳子:部屋ならそこが空いてるから、自由に使って。キッチンもお風呂も好きな時に好きなように使っていいから。その代わり、使ったら一応綺麗に片付けてね。

 

翔太:あの

瞳子:ご飯とか、どうしようか。一緒に食べ……たいわけないよね。私、食事はほとんどデリバリーだから、一緒に何か頼んでもいいよ。ああ、一応LINE交換しておく?最低限の報連相は必要だし。

 

翔太:あの!

 

瞳子:お金のことなら心配しないで。君のお母さんからいくらか貰っているから。

 

翔太:そうじゃなくて。

 

瞳子:なに?まだなにかある?

 

翔太:なんで俺があなたのところに来ることになった、とか、それは知ってるんですか?

 

瞳子:聞いたと思うけど、それも忘れた。

 

翔太:聞かないんですか?

 

瞳子:聞いて欲しいの?

 

翔太:今は、あんまり……。

 

瞳子:じゃあ別によくない?

 

翔太:そう、ですね。

 

瞳子:わざわざ深入りする必要なんてないでしょ?誰にだって触れられたくないものってのはあるんだし、それでいいじゃない。

翔太:……分かりました。

 

瞳子:じゃ、あとは好きにして。

 

翔太:あの。

 

瞳子:なによ。

 

翔太:これからしばらく、よろしくお願いします……。

 

瞳子:あ……うん。

 

翔太:一応、けじめだけはちゃんとつけておこうと思って……。

 

瞳子:……よろしくね。

 

翔太:俺、荷物片づけてきます。

 

瞳子:あ、待って。

 

翔太:はい。

 

瞳子:あのさ、肉、好き?

 

翔太:え?

 

瞳子:今日肉……ステーキをデリバリーしようと思うんだけど、君が食べるなら、一緒に注文する。

翔太:あ、じゃあ……お願いします。

 

瞳子:届いたら部屋の前に置こうか?

 

翔太:い……一緒に食べ、ます。

 

瞳子:え?

 

翔太:深入りする必要はないですけど、無理に閉じるのもよくないと……思い、ます。

 

瞳子:……分かった。それじゃあ届いたら声、かけるね。

 

【間】

 

―その日の晩

 

翔太:すっご……

 

瞳子:なにが?

 

翔太:これ、何グラムあるんですか?

 

瞳子:300。

 

翔太:二人分……じゃあないですよね?

 

瞳子:見れば分かるでしょ。私300、君に300。

 

翔太:ですよね。

 

瞳子:若いんだし、食べられるでしょ?

 

翔太:あ、俺は、はい。え、あの、あなたも食べるんですか?これ。

 

瞳子:食べるわよ。

 

翔太:肉、好きなんですか?

 

瞳子:好きよ。

 

翔太:そっか……。

 

瞳子:ほら、さっさと席について。

 

翔太:はい。

 

瞳子:いただきます。

 

翔太:いただき、ます。

(少しの間)

 

翔太:あの。

 

瞳子:なに?

 

翔太:瞳子さんって仕事は何をしてるんですか?

瞳子:お母さんから聞いてなかったの?

 

翔太:聞いた、かもしれませんが、忘れました。

 

瞳子:教師。高校の。

 

翔太:え……

 

瞳子:なに、そんなに意外?

 

翔太:いや、そういうことじゃなくて……。

 

翔太:あの、教科は何を教えてるんですか?

 

瞳子:化学。

 

翔太:化学……。

 

瞳子:化学、好き?

 

翔太:そんなでも……ないです。いろんな色の水が作れるのとかは、好きですけど……。

 

瞳子:あっそ。

 

(少しの間)


翔太:肉、好きなんですか?

 

瞳子:それ、さっきも聞いた。

 

翔太:あ、そっか……。

 

(少しの間)

 

翔太:なんで、好きなんですか?

 

瞳子:ねえ。

 

翔太:はい。

 

瞳子:そうやって顔色伺うみたいに話を振るの、やめてくれる?

 

翔太:え?

 

瞳子:別に話すことがないなら、無理に話さなくたっていいでしょう?

 

翔太:でも、せっかく一緒にご飯を食べてるなら、って思って……。

 

瞳子:私は、そういうのが要らないって言ってるの。

 

翔太:すみません……。

 

瞳子:そういう気の遣われかた、好きじゃないから。

 

翔太:ほんと、すみません。あの、これやっぱり部屋で食べます。すみません。

 

瞳子:……生きてる、って気がするから。

 

翔太:え?

 

瞳子:肉が好きな理由。

 

翔太:……はい。

 

瞳子:食べることは生きることだから。まあだから食べること自体が好きなんだけど。肉を食べてる時は特に、自分が獰猛で強い生き物になった気がして、好きなの。

 

翔太:……

 

瞳子:なにその顔。聞かれたことには答えるわよ、ちゃんと。でも、さして興味もないのに、気を使ってあれこれ詮索されるのは好きじゃない。

 

翔太:すみません。

 

瞳子:気、悪くした?続き、部屋で食べるなら好きにしなさい。

 

翔太:……ここで食べます。一緒に。

 

瞳子:それなら、もう余計な質問はなしでお願いしたいわね。

 

翔太:分かりました。

 

翔太:……美味しいですね。肉。

 

瞳子:そうね。

 

【間】

 

―数日後の夜

 

瞳子:ただいま。

 

翔太:あ、おかえりなさい。

 

瞳子:別にわざわざ顔出さなくていいわよ。毎日言ってるでしょう?

 

翔太:すみません、癖で。

 

瞳子:今日肉食べようと思うけど、君はどうする?

 

翔太:え、この間食べたばっかりじゃ……

 

瞳子:好きなんだからいいでしょ。

 

翔太:じゃあ、俺も食べます。

 

瞳子:オッケー。こないだと同じでいい?

 

翔太:はい。

 

(少しの間)

 

瞳子:いただきます。

 

翔太:いただきます。

 

瞳子:ああ、そうだ。明日の土曜日、私出かけるから。

 

翔太:何かあるんですか?

 

瞳子:君には関係のないことでしょ。

 

翔太:まあ、そうですけど。

 

瞳子:(ため息)多少の詮索は若気の至りとして大目にみるけど、これは絶対に詮索しないで。

翔太:……分かりました。

 

(少しの間)

 

翔太:あの、俺の話をするのは、アリですか?

 

瞳子:え?

 

翔太:瞳子さんのことは詮索しないから、俺の話、してもいいですか?

 

瞳子:したいなら、どうぞ。

 

翔太:俺、いわゆる登校拒否ってやつで、今学校には行ってません。

 

瞳子:でしょうね。この家から出てる感じしないもの。

 

翔太:ある時から急に、クラスの皆に避けられるようになったんです。

 

瞳子:……いちいちこっち見なくていいから、話したいように話しなさいよ。聞いてるから。

 

翔太:なんでなのか、未だに分からないんです。そりゃあクラスの中心人物みたいな感じではなかったし、皆とすごく仲が良かったってわけではないですけど、それでも普通に周りとは会話していたし、変に目立つこともなくやれていたから。

 

瞳子:……

 

翔太:昨日まで普通に話してた奴も俺の事を無視して、俺、いきなり透明人間になったみたいで。一所懸命皆に話かけても、何にも返ってこなくて。なんでなんだろう、って思って、それまで一番よく話してた八ツ井(やつい)を呼び出して問い詰めたんです。そうしたら……「すね毛が濃いのがキモイから、あいつとは話したくない、って女子が言いだしたから」って。


瞳子:は?

 

翔太:笑っちゃいますよね。俺、皆より少し成長が早くて、背も結構高い方だったし、確かに毛も……濃かったかもしれないけど、そんな理由で?って。だから俺、その日の晩に剃ったんです、すね毛。そうしたら今度は「それがキモイ」って無視されて。

 

瞳子:……水、飲む?

(翔太、水を一気に飲む)

翔太:それでも俺は、学校に行って皆に話しかけ続けました。学校は、好きだったから。

瞳子:周りがそんななのに?

 

翔太:美術が好きだったんです。絵を描くのが好きで。だから、教室にいづらい時は、美術室に忍び込んで絵を描いてやり過ごしていました。

 

瞳子:じゃあ、なんでそれもやめちゃったの?

 

翔太:……質問、してくれるんですか?俺に。

 

瞳子:ただの興味本位よ。そこまで話したんだから、多少踏み込まれるのは仕方ないと思いなさい。

 

翔太:いいえ、嬉しいです。

ある日、美術室に忍び込んでるのがクラスメートにバレて。描いていた絵は、やっぱり「キモイ」って笑われて……それで、クラスの目立つ奴らが、真っ赤な絵の具で俺の絵の上に、大きなバツ印を付けたんです。

瞳子:それで?

 

翔太:俺自身にもバツ印が付いた気がしました。バツ印の付いた透明人間。透明人間にも人間にもなれない、宙ぶらりんの存在になった気がして、そうしたら、人前に出るのが、一気に怖くなって、俺は学校に行くのをやめたんです。どこにも出たくなくて、ずっと家に閉じこもっていました。

 

瞳子:それでよくここに来たわね。

 

翔太:親が俺のことを心配して、出してくれた案だったので。あと俺も、誰も俺のことを知らないところに行きたかったのかも。

 

瞳子:……悪かったわね。

 

翔太:え?

 

瞳子:深入りするな、なんてきついこと言って。

 

翔太:最初は結構へこみました。俺、やっぱり駄目なんだなあ、って。でも瞳子さんは、なんだか理不尽じゃなかったから。

 

瞳子:……そんなこと、ないと思うけど。

 

翔太:俺がどう、とかじゃなくて、この人はこの人が好きなことと嫌いなことで分けてるだけなんだな、って。

 

瞳子:そんなかっこいいものじゃないわよ。

 

翔太:そんなこと

 

瞳子:違うって言ってるでしょ?

 

翔太:……すみません。

 

瞳子:自分の話をするのはいい。話したいなら話せばいい。だけど、勝手に私を美化しないで。

 

翔太:瞳子さん?

 

瞳子:私は、そんなにいい人間じゃない。

 

翔太:瞳子さん。

 

瞳子:ブスで存在感がなくて、何にも取り柄がない人間なの、私は。家でも、学校でも、職場でも、見下されるか、興味すら持たれないかのどっちか。

 

翔太:あ……

 

瞳子:だから私も他人に興味は持たない。それでいいと思ってる。君の話を聞いたのも、ただ君が話したいと言ったから、それだけ。だから……!私に変な価値をつけないで。

 

翔太:俺、そんなつもりじゃ……

 

瞳子:悪いけど、残りは部屋で食べて。

 

翔太:瞳子さん。

 

瞳子:話は終わりよ。さっさと行って。

 

翔太:……すみませんでした。

 

(少しの間)

 

瞳子:(ため息)ばっかみたい。

 

【間】

 

―翌日


翔太:瞳子さん。

 

瞳子:今日は出かけるって言ったでしょ?ご飯は勝手に食べて。何時に帰るか分からないから、お風呂も好きな時に入っていいわよ。

 

翔太:あの、昨日はすみませんでした。

 

瞳子:その話はもういいから。

 

翔太:でも

 

瞳子:いつまでも同じ話を引っ張りたくないでしょう?昨日の話は、もう昨日の時点で終わり。別にもう怒ってないから。……それじゃ私、行くわね。

 

翔太:……

 

(少しの間)

 

―とある浜辺

 

(瞳子、ぼんやりと座って海を見ている)

 

瞳子:なんでついてきたの?

 

翔太:……分かりません。

 

瞳子:詮索しないで、って言ったじゃない。

 

翔太:ゆうべ瞳子さんが言ったじゃないですか。

 

瞳子:は?

 

翔太:あんな言葉聞いちゃったら、興味を持たない方が無理です。多少踏み込まれるのは覚悟してください。

 

瞳子:……むかつく。

 

翔太:……

 

瞳子:……

 

翔太:ここ、海ですよね?なんでこんなに浜辺にゴミが……。

 

瞳子:誰かが勝手に捨て始めたんでしょうね。そのうち、皆が「ここにゴミを捨ててもいい」って思い始めて、今じゃ立派なゴミ集積所よ。

 

翔太:なんでここに来たんですか?

 

瞳子:好きだからよ。それだけ。

 

翔太:そんな風に着飾ってくるところでは、ないと思うんですけど。

 

瞳子:ブスには到底似合わないのは分かってる。笑っていいわよ。

 

翔太:笑いませんよ。

 

瞳子:……昨日はごめんなさい。

 

翔太:え?

 

瞳子:さすがに大人げないと思ったから。

 

翔太:……別に、いいですけど。    

 

瞳子:本当につまらない人間なのよ、私は。

 

翔太:……

 

瞳子:このゴミだらけの砂浜と同じ。「ブス」って言葉にいつまでも慣れなくて、心に溜め込み続けた。そして次第に、それを言い訳にするようになったわ。「ブスだから無視されてもしかたがない」「ブスだから見下されてもしかたがない」。ブスだから、ブスだから。大っ嫌いな言葉なのに、そう言えば全ての嫌なことのカタがつく。しまいには、そこから抜けられなくなってしまった。ばかみたいよね。

 

翔太:休みの日にそうやって着飾るのは、もしかして武装ですか? 

 

瞳子:武装?

 

翔太:ほら、南米の毒のある蛙とか、すごく派手な色してるじゃないですか。あれって迂闊に食べられないようにしているんでしょう?だから、嫌な目に遭わなくていいように、この浜辺みたいにはならないぞ、って気持ちで、強い格好をしているのかな、って。

 

瞳子:……もう少しマシな例えはなかったの?

 

翔太:南米の……毒蛇とか……

 

瞳子:南米は変わらないのね。

 

翔太:……すみません。

 

瞳子:謝らなくていいわよ。そうやって謝ってばっかりいると、どんどん惨めになるでしょ。

 

翔太:少し。

 

瞳子:整形したら何かが変わるかも、とか、いっそ死んで生まれ変わったら、もっといい人生が送れるかも、とか、君くらいの頃は色々考えたわ。でも、私には無理だった。

 

翔太:どうして?

 

瞳子:顔を変えて、綺麗になって人生が変わったとしても、それは私の心を、本当の意味で救ったことにならないって思ったの。

 

翔太:そうですか?

 

瞳子:私には、そう思えた。だって、綺麗な顔ならハッピーエンドに決まってるじゃない。でも本当の私はブス。嘘のハッピーエンドなんか欲しくなかった。

変に拗らせちゃったのね。勝手に卑屈になっておきながら、このままの自分で生き抜きたいだなんて思ってる。矛盾だらけよ。ありのままの自分を認めてもらえるだなんて、そんな都合の良い事あるわけないって、分かってるのに。

 

翔太:俺も、すね毛の濃いままの、絵が好きなままの自分でいたいです。だから、なんとなく分かる気がします。

 

瞳子:そう言うと思った。

 

翔太:……

 

瞳子:君、やっぱり自分の家に戻りなさい。ううん、自分の家でなくてもいいけど、私のところにいるのは、やめた方がいい。

 

翔太:何故ですか?

 

瞳子:会って数日の私に、自分の傷を、あんなに素直に話せる君だから、きっと簡単に私に引きずられる。私は君と傷の舐め合いなんてしたくない。そんなことしたら、私、本当にブスから抜けられなくなる。

 

翔太:俺は……瞳子さんのところにいたいです。

 

瞳子:それは雛鳥の刷り込みみたいなものよ。初めて自分のことを打ち明けられたもんだから、なんとなく懐いてるだけ。こんなブスのことなんかさっさと忘れて、もっときちんと君を見て、受け止めてくれる場所を探しなさい。学校へは行かなくたって、きっとそういう場所があるはずだから。
……なんて、私が言っても説得力ないけど。

 

翔太:どうしても、出て行かなきゃだめですか?

 

瞳子:君のお母さんには連絡しておくから。

 

翔太:瞳子さん。

 

瞳子:帰るわよ。荷物をまとめて、明日には出られるように準備しなきゃ。

 

【間】

 

―翌日の夜

 

翔太:あの……

 

瞳子:気を付けて帰りなさい。……健闘を祈るわ。

 

翔太:俺、どうしても分からないことがあるんです。質問してもいいですか?

 

瞳子:なあに?

 

翔太:瞳子さん、一昨日「勝手に美化しないで」って怒ったけど、どうして俺は怒られたんですか?

 

瞳子:ブスのままでいるのは嫌なのに、ブスに慣れ過ぎて、そこから外れるのが怖くなったのよ。

 

翔太:よく、分かりません。

 

瞳子:変に美化されて、価値がついて、それから「やっぱり違いました」なんてなったら、そんなの痛すぎるじゃない。

 

翔太:そのままの自分で生き抜くって、諦めるってことなんですか?

 

瞳子:もう、諦めさせてよ。

 

翔太:……

 

瞳子:それなりに新鮮な一週間だったわ。それは、ありがとう。

 

翔太:瞳子さん。

 

瞳子:遅くなるわよ。早く行きなさい。

 

翔太:今まで、お世話になりました。

 

【間】

 

瞳子:さ、頼んでおいた肉も来たし、食べようかな。……いただきます。

 

(瞳子、食べ始める)

 

瞳子:ん、美味しい。

 

(瞳子、食べ続ける)

 

瞳子:美味しい……なぁ……

 

(瞳子、涙を零し、やがてそれは嗚咽に変わる)


瞳子:ブス……私の……ブス……!

 

(少しの間)

 

翔太:何してるんですか。

 

瞳子:え……?

 

翔太:不用心ですよ。鍵も閉めないで。

 

瞳子:なん、で……?

 

翔太:戻りたかった、から?

 

瞳子:馬鹿じゃないの?

 

翔太:ひとりで肉を頬張りながら泣いている瞳子さんほどじゃないです。

 

瞳子:なんですって?

 

翔太:なんで泣くんですか。

 

瞳子:そんなの、分かるわけないでしょ……。

 

翔太:俺は、学校に行けなくなった日の朝、泣きました。自分が何者なのか分からなくなって、泣きました。

 

瞳子:それがなんの

 

翔太:泣くのには、理由があるはずなんです。勿論怒るのにも、喜ぶのにも。だから、泣いている理由が分からないって重症だと思います。

 

瞳子:だったら何よ……。

 

翔太:これは、俺の、すごく自分に都合のいい考えですけど、俺が今、瞳子さんと一緒にこの肉を食べたら、少しはその涙も引っ込むかな、って。

 

瞳子:意味わかんない。

 

翔太:瞳子さん。

 

瞳子:……なに。

 

翔太:えっと……その、なんて言ったらいいんだろう、えっと……

 

瞳子:なによ。

 

翔太:えっとえっと……俺と、結婚しましょう!

 

瞳子:はぁ!?

 

翔太:ああ違う。いや違わないけど。えっと……

 

瞳子:馬鹿なこと言わないで。こんなブスをからかって何が楽しいの。本当に怒るわよ。

 

翔太:そう、そういうところ。

 

瞳子:え?

 

翔太:瞳子さんのそういうところ。すぐに噛みついて、そっぽ向いて、獰猛に肉を食いちぎるようなところ。俺、すごく強い生き物だなぁ、って思って。

 

瞳子:……それ、褒めてるの?

 

翔太:俺的には、褒めてます。そんな瞳子さんの姿を見ていると、俺、力が湧いてくるんです。そういう強い生き物……例えばホオジロザメとか、かっこいいなぁ、って思いません?

 

瞳子:ねえ、だからそれ、褒めてるの?

 

翔太:褒めてる……つもりです。

 

瞳子:自信、なくしてるじゃないの。

 

翔太:ああとにかく!瞳子さんはきっと否定するだろうけど、自分自身とか、なんかいろんなものと必死で戦っている瞳子さんが、俺は凄いと思うし、だから、諦めて欲しくないんです。

 

瞳子:……

 

翔太:俺なりにどうしたらいいか考えて、出た結論が、「美化じゃない」って信じてもらえるまで、瞳子さんにこうやって言葉を投げ続けること、だったんです。

 

瞳子:勝手すぎる。そんなの簡単に信じられるわけがないでしょう。

 

翔太:だから、結婚すればいいかなぁ、って……

 

瞳子:馬鹿!

 

翔太:瞳子さん……。

 

瞳子:こんなブスに恋愛感情を持つって言うの?ありえない。

翔太:恋愛のなんたるかは、確かに俺にはまだよく分からないけど、これは恋愛、だと思います。

 

瞳子:こんなの一時の感傷よ。そんなもので簡単に一生を捧げるなんて言わないで。途中で嫌になったなんて言われたら、それこそ私、もう立ち直れない。

 

翔太:……そりゃあ、未来のことなんて保証はできませんけど。

 

瞳子:だからもう、二度とそんな軽率なことは言わないで。

 

翔太:じゃあせめて、もう少し一緒にいさせてください。俺、頑張るから。……なにより俺が、一緒に戦って欲しいんだ。刷り込みかもしれないけど、今は瞳子さんの力を借りて、自分の問題と戦いたい。今こうして瞳子さんと向き合ってる俺は、ちゃんと生きてるって思えるから、だから。

 

瞳子:……後悔しても、知らないんだから。

 

翔太:お互い様だよ。

 

瞳子:……言っておくけど。

 

翔太:ん?

 

瞳子:私も、すね毛の濃い人苦手だから。

 

翔太:そっかぁ……。

 

瞳子:でも、慣れるようにする。

 

翔太:うん。

 

瞳子:あと。

 

翔太:うん。

 

瞳子:大学には行きなさい。勉強なら、付き合うから。

 

翔太:うん、分かった。

 

翔太:それじゃあ、俺からもリクエスト。

 

瞳子:何よ。

 

翔太:今度、昨日の浜辺で瞳子さんの絵を描かせて。

 

瞳子:美化して描いたら許さないから。

 

翔太:ありのままを描くように、努力する。

 

瞳子:言い忘れてた。

 

翔太:まだあるの?

 

瞳子:この肉は、あげない。

 

翔太:え。

 

瞳子:これは私が全部食べる。君の分は追加で頼むから。

翔太:分かった。でも、俺の分が来るまで残りを食べるの待っててくれる?

瞳子:仕方ないから、待ってあげる。

 

(翔太と瞳子、笑う)

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【幕】
 

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