#3「宙(そら)のマリアージュ」
(♂2:♀2:不問0)上演時間30~40分
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ミント
【ミント】
新月の神ヌーメニアへの捧げものとして、新月宮殿にさらわれてきた少女。
クリィテ
【クリィテ】
新月の神ヌーメニアの使い。
ヌーメニア
【ヌーメニア】
新月の神。「死」と「再生」を司る。
サクヤ
【サクヤ】
東の夜空の女神。月にはよく遊びにやってくる。
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―プロローグ
サクヤ:あら、眠れない子がこんなところに。……ああ、驚かないで。私は東の夜空を支配する女神。
時折こうして下界を散歩するのだけど、たまに出会ってしまうのよね。あなたみたいに、「見えて」しまう人に。
いいえ、何も変なことではないわ。昔はね、宙(そら)と大地の境界は、もっとずっと曖昧で、優しかった。だから、下界の人々は当り前のように私たちが見えていたし、会話だってしていたのよ。
もしかしたらあなたの身体のなかには、原初の民の血がほんの少しだけ、残っていたのかもしれないわね。
どうして今は違うのか、って?
……そうね。眠れないのなら、少し「おはなし」をしましょうか。
どのようにして、神と人間は分かたれてしまったのか。
【間】
―新月宮殿/玉座の間
サクヤ :ヌーメニア!ヌーメニア!
ヌーメニア:なんだ、朝から騒がしいな。私は疲れているんだ。勘弁してくれ。
サクヤ :そりゃあ、夜空に一日しか現れないとはいえ、新月の神であるあなたの責務は重大でしょうけれど。
ヌーメニア:分かっているなら、何故やってきた?
サクヤ :最近よくない噂を聞いたわ。
ヌーメニア:何?
サクヤ :あなた、下界から少女を連れ去ったそうね。
ヌーメニア:……ああ、そのことか。
サクヤ :そのことか、じゃないわよ。私たちには「善」も「悪」も存在しない。だから平等に、遍(あまね)く人々の導(しるべ)となることができる。
ヌーメニア:それで?
サクヤ :もちろん、礼を受け取ることもあるわ。でも、それを望んではいけないし、まして、人々の祈りを逆手にとって己の欲望を満たそうとするなんて!神として恥ずべき行為よ。
クリィテ :サクヤ様、そこまでになさってください。
ヌーメニア:クリィテ。
クリィテ :失礼致しました。サクヤ様のお声が聞こえましたので、おもてなしを、と参ったのですが、全て聞こえてしまいまして。
サクヤ :ねえクリィテ。あなたもそう思うでしょ?
クリィテ :私には、それに答える権利はありません。
サクヤ :夜空の女神たる私の要求でも?
ヌーメニア:クリィテ、もてなしはいらない。下がれ。
クリィテ :……失礼いたします。
サクヤ :ねえ、ヌーメニア。あなたどうしちゃったの?
ヌーメニア:放っといてくれ。次の新月まで時間がない。忙しいんだ。帰れ。
サクヤ :……また来るわ。
ヌーメニア:クリィテ。まだ近くにいるか?
クリィテ :はっ。
ヌーメニア:あの娘の様子はどうだ。
クリィテ :……涙を流すことは少なくなりました。
ヌーメニア:少しはここの暮らしにも慣れた、ということか。
クリィテ :いえ、単に涙が枯れ果てただけかと。
ヌーメニア:そこの果物でも持っていってやれ。あの娘の村の者が、追加で寄越したものだ。
故郷(くに)のものを食べれば、少しは気も晴れよう。
クリィテ :かしこまりました。
【間】
―新月宮殿/庭
クリィテ :ミント。やはりここにおいででしたか。
ミント :クリィテさん。
クリィテ :クリィテ、で結構。
ミント :……ここのお庭、いつ見ても、とても綺麗だから。
クリィテ :貴女は本当にここがお好きなんですね。もっとも、だからこそ私は、最近はまずここを見回ることにしているのですが。
そうすれば、この広い宮殿を歩き回らずに……すぐに貴女に会える。
ミント :ねえ、クリィテさん。
クリィテ :クリィテ、で。
ミント :クリィテ。
クリィテ :結構。私はただの遣(つか)いですから。敬意など不要です。
ミント :じゃあ、クリィテ。
クリィテ :はい。
ミント :いつも気になっていたのだけど。
クリィテ :なんでしょう。
ミント :この庭を飛び回っている、あの光っているものはなあに?
クリィテ :ああ、あれは星ケモノです。
ミント :星ケモノ?
クリィテ :大きな惑星や星は、「守護」の力を持ち、神として存在することができるのですが、小さく生まれてしまった星のなかには、ああやって夜空を飛び回って生きる、星ケモノとして成長するものもいるのですよ。
ミント :彼らは何をしているの?
クリィテ :何も。ただ夜空を自由に飛び回り、居心地の良い場所で瞬(またた)く。それだけです。
ミント :自由、なのね。目的も義務もない。ただ、自由。
クリィテ :そうかもしれませんね。
ミント :……帰りたいわ。
クリィテ :……
ミント :自由に、なりたいの。
クリィテ :ここでは、比較的自由に過ごして頂いていると思いますが?
ミント :でも、私の本意じゃないわ。ここにいることは、私の義務。
だって私は、言うなれば「生け贄」だもの。
クリィテ :「花嫁」ですよ。私の主(あるじ)の、大切な「花嫁」です。
ミント :下界では、結婚って好きな人とするものよ。私があの人に会ったのは、ここに連れてこられた時だけ。それなのに、どうやってあの人を愛せると言うの?
クリィテ :お忙しい方ですから、なかなか貴女に会いには来られませんが、会えばきっと愛せます。優しい、お方ですから。
ミント :下界から人をさらうのが優しい人?そんな風には思えない。
クリィテ :……貴女の住む村は、ヌーメニア様を信仰されている。月に一度の新月の日に願い事をするのが、習わしだったのでしょう?
ミント :ええ。だけど、今までその願いと引き換えに人を捧げたことなんてなかったのに。
どうして今になって。
クリィテ :主が、貴女を見初(みそ)めてしまったからです。
私も、主の行いが正解とは思えない。願いを叶える代償を、神の側から要求するなど、確かに神のすることではないのかもしれない。でも、それほどまでに貴女は……いえ、なんでもありません。
そうだ。果物を持ってきました。貴女のお父様とお母様が、天界の貴女を想って、捧げてくれたものです。どうぞ召し上がってください。
ミント :ありがとう。クリィテ、あなたもどう?
クリィテ :いいえ、私にはヌーメニア様のように食事をする習慣はありませんし、主の花嫁と食を共にするなど、許されないことですから。
ミント :そう。
クリィテ :食べ終わった皿はそのままにしておいてください。
どうぞお好きなだけ、おひとりで過ごされるといい。
ミント :クリィテ。
クリィテ :はい。
ミント :(微笑んで)ありがとう。
【間】
―新月宮殿/玉座の間
ヌーメニア:クリィテ、クリィテはいるか。
クリィテ :お呼びですか?
ヌーメニア:ミントはどうしている?
クリィテ :庭で時を過ごされていることが多いですね。
ヌーメニア:あんな何もないところの、どこが良いのだか。
クリィテ :「綺麗」とおっしゃっていました。最近は星ケモノ達と言葉を交わすこともあるようです。少しずつ笑顔も見えてきましたよ。
ヌーメニア:笑顔?
クリィテ :ええ。女性らしい艶はありませんが、さわやかな笑顔です。
ヌーメニア:この宮殿にはおよそ似つかわしくないな。
クリィテ :そんなことは。
ヌーメニア:ここは新月らしく、太陽の光も届かぬ、暗く陰気な場所だ。星の花のひとつでも咲けば良いが、とても叶わない。
クリィテ :夜空の「死」と「再生」を司るに相応しい、荘厳な場所ですよ。
そうだ、一度彼女に会いにいってあげてください。
ヌーメニア:なんのために?
クリィテ :互いに心通わせてから婚礼に臨むのが、彼女の望みのようですから。
ヌーメニア:ミントは、そんなことまでお前に話すのか。
クリィテ :その辺のクズ星に向かって独り言を言うようなものです。
ヌーメニア:そうか。
クリィテ :……こちらを。
ヌーメニア:これは?
クリィテ :近くを通りかかった星ケモノに摘ませてきました。ミントが喜ぶかと思って。
ヌーメニア:ほう?
クリィテ :持って行ってあげてください。貴方の息抜きもかねて。
ヌーメニア:分かった。
クリィテ :今日も庭にいると思います。では、私はこれで。
ヌーメニア:……これでは、どちらが花婿か分からんな。
【間】
―新月宮殿/庭
サクヤ :こんにちは、お嬢さん。
ミント :あなたは?
サクヤ :サクヤというの。通りすがりの、夜空の住人よ。
ミント :サクヤ……?はっ!東の空の女神の!あの!失礼いたしました!(頭を下げる)
サクヤ :ああもう!いいのよ、そういうのは!
ミント :でも……
サクヤ :(笑って)じゃあ、ヌーメニアとクリィテの友人といえば、少しは肩の力が抜けるかしら?
ミント :クリィテの?
サクヤ :そうよ。隣、座っていいかしら?
ミント :はい。サクヤ様は、何故ここへ?
サクヤ :女同士の話をしに来たの。
ミント :女同士の?
サクヤ :人間でも女神でも、こういう話が好きなのは同じよ。だから、そんな肩書の垣根(かきね)は取っ払って、あなたと話をしてみたかったの。
ミント :サクヤ様も、私に、ヌーメニア様との婚礼を説得しに来たのですか?クリィテみたいに。
サクヤ :(笑う)違うわよ。女神たるもの、干渉せずに事の成り行きを見守るだけよ。
ミント :では、男神(おとこがみ)様というのは、皆このように強引なのですか?
サクヤ :ヌーメニアは不器用なだけなのよ。本当はあなたをとても愛しているはずなのだけど。
ミント :そうは、思えません。
サクヤ :確かに、村の人々の願いと引き換えにあなたをさらってきたのは、卑怯だし、ルール違反ね。でもその気になれば、さらったその日に強引に契りを結ぶことだってできるのよ?それもせず、こうして好きにさせているのだもの。あなたに相当参っている証拠ね。
ミント :そうなのでしょうか?
サクヤ :神々の理屈は、あなたには理解しづらいかもしれないけれど。でも、女神が言うのよ?信じなさい。
ミント :はい。
サクヤ :……だから、クリィテの方が気が楽なのかしらね、あなたは。
ミント :クリィテは、毎日私の様子を見に来てくれるから、その、神様という感じがしなくて。
サクヤ :あら、クリィテは神ではないわよ?
ミント :え?
サクヤ :もとは星のなりそこない。クズ星の類(たぐい)ね。
ミント :クズ星……。
サクヤ :星ケモノになるほどの大きさすら持たなかった故に、自我もなく夜空を漂うだけだったところを、ヌーメニアが拾って、力を与えたの。珍しいこともあるもんだなぁ、って思ってたのよね。でも今思うと、彼は寂しかったのかもしれないわ。
ミント :寂しい?
サクヤ :新月の神は、他の月の神に比べると特殊だから。
ミント :どのように?
サクヤ :光を消して、そしてまた灯(とも)す。この夜空で「死」を司っているのは、彼だけよ。
ミント :光というのは、そんなにも大きな意味を持つのでしょうか?
サクヤ :あなたたち人間は、太陽や月の光を導(しるべ)としているでしょう?時を知るために、道を照らすために。そして、心を照らすために。
ミント :そう、ですね。
サクヤ :夜空では、光は特に強い意味を持つの。瞬いてこその星よ。満足に瞬けないものは、生まれた瞬間から、クズ星としての生涯が定められているの。
ミント :一度も認められることがないまま?
サクヤ :あなたは夜空を見上げた時、明るく輝く星の隣の、取るに足らない光に目をやることがあるかしら?
ミント :……ありません。だけど、神々の世界でもそうだなんて!神々の世界は、もっと平等で、優しいと思っていました。
サクヤ :幻滅させてしまったかしら?ごめんなさいね。
ミント :だから、ヌーメニア様は孤独なのですね。
サクヤ :そういうこと。この夜空で光を放つことのない神は、彼だけよ。
ミント :クリィテに光を与えた理由も、分かった気がします。
サクヤ :ええ。
ミント :少しだけ、見方が変わりました。
サクヤ :その心の在り方はとても優しいし、人間らしいわ。だから私は、人間が好き。
ミント :だからサクヤ様は、私たちに多くの導きと恵みを下さるのですね。
サクヤ :「東の夜空の女神はおせっかい」って言われるくらいには、ね。(笑う)
ミント :(笑って)お嫌でしたか?
サクヤ :いいえ?だって事実だもの。
(クリィテがやってくる)
クリィテ :ミント。
ミント :クリィテ!
クリィテ :(サクヤに気付いて)また空から直接庭に降りてきたの……ですか。
サクヤ :……構わないでしょ?
クリィテ :(ため息)ミント、これを。
ミント :綺麗……!これは?
クリィテ :星の花だ。ここでは見ることができないから、星ケモノに摘ませてきた。
ミント :クリィテ……!嬉しい!ありがとう。
クリィテ :気に入ったか。
ミント :ええ、とても!
クリィテ :まるで緑豊かな森のように、さわやかに笑うんだな、お前は。(抱きしめる)
ミント :クリィテ!?どうしたの!?
クリィテ :ミント……!
ミント :ねえやめて!
サクヤ :黙って見ていようかとも思っていたけれど、うじうじと素顔を隠すなんて、スマートじゃないわね!そ
の呪文(スペル)、剥がさせてもらうわよ!
ヌーメニア:(強制的に呪文を解除される)くっ!
ミント :あなたは!?なぜこんなことを!
ヌーメニア:(笑う)私の姿のままでは、お前は口もきかないし、ましてや笑顔など見せてもくれないだろう?だからクリィテの姿で近付いてみたが……。はっ!なんということだ、今にも契りを交わせそうな顔をするではないか!
ミント :そんな!ひどい……!(涙を浮かべる)
サクヤ :ヌーメニア、いい加減になさい。人間を花嫁にしたいのなら、あなたも神の顔を捨てなさい。今のあなたの姿、なんて中途半端なの。神としての尊厳もなく、人の目線に立つでもなく、
ヌーメニア:(さえぎって)滑稽か。
サクヤ :……っ!
ヌーメニア:では私にどうしろと言うのだ。見初めてさらってきた小娘に自由を与えれば、クズ星などと想いを交わす。神として婚礼に進もうとすればルール違反と言われる。私にどうしろと?私には、壊すことしかできん!
ミント :そんなこと!ないではありませんか!
ヌーメニア:なんだと?
ミント :サクヤ様から聞きました。光を持たぬことの重さ、そしてクリィテとのこと、全部。
(涙が止まらなくなる)あなたは寂しくて、でも優しくて、不器用な人で、だから私が……何かできることはないか、って思ったのに!婚礼は嫌だけど、それでも何かできることはないか、って!思い始めて……いたのに……(泣き続ける)
ヌーメニア:だが結局私は、こうしてお前の瞳の光を奪うことしかできぬ。
サクヤ :ヌーメニア……
ヌーメニア:触るな!……もういい。
ミント :(泣き続ける)
サクヤ :……私、余計なことをしたわね。おせっかいでごめんなさい。
ミント :いいえ……いいえ……
(クリィテが走ってくる)
クリィテ :ミント!
ミント :クリィテ……!
サクヤ :夜空は広くて自由よ。だからあなた達も、自由になさい。
ミント、私はどうあってもあなたの味方よ。それじゃ。
【間】
クリィテ :すみません……。私はずっと、見ていたんです。見ていたのに私は……何もできず……。
ミント :あなたも私も、神であるヌーメニア様には逆らえないもの。
クリィテ :その様子だと、私の元の姿についても、サクヤ様から聞いているのですね。
ミント :ええ。あなたがいつもヌーメニア様の「影」でいる理由(わけ)が分かったわ。
光を持っているのに、与えられたのに、それを自ら封じて。
クリィテ :私には、元々過ぎたものですから。
ミント :だからなのね。
クリィテ :え?
ミント :だから、この広い宇宙に放り出された非力な私に、寄り添ってくれたのね。
クリィテ :……
ミント :あなたは、私と同じなのね。
クリィテ :ミント、いけない。
ミント :(クリィテの頬に口づける)
クリィテ :ミント……!
ミント :どうあっても私たちは非力だから、きっといつまでもそばには、いられないわ。
それに私は、あの孤独な神を無視できない。
クリィテ :それなら何故!
ミント :けれど私は彼を愛していないし、今後も愛することはない。私はやっぱり、彼の前では、生け贄であることを忘れられないだろうから。
夜空は自由だ、ってサクヤ様は言ってくださった。だから、せめてこれくらいは自由でいたい。
クリィテ :ミント!(抱きしめる)
貴女の望む自由が、この、こんなクズ星の頬へのくちづけだけで、いいはずがない。突然夜空に上げられて、それでも笑顔を見せてくれるような貴女は、もっと救われてもいいはずだ。
ミント :私は今、この瞬間がいちばん幸せよ。だってあなたは決して私に触れず、私の目すら見つめてはくれなかったのだもの。
クリィテ :ヌーメニア様が……神が花嫁に選ぶような貴女に、どうして惹かれないことがあるでしょう。こらえて、こらえてきたのに。貴女は私だけに微笑み、私だけに触れてくれた。私が勘違いするには、じゅうぶんでした。
ミント :(笑う)勘違いじゃ、ないわ。
クリィテ :ああミント、あなたの髪はこんなにも柔らかく、こんなにも爽やかな香りがしたのですね。夜を忘れる、夜明けの森の香りだ。
ミント :夜空の住人って、みんなそんなに詩的なの?
クリィテ:どうでしょう。でも
(クリィテ、ミントに口づける)
クリィテ:夜空はいつだって、恋人の味方です。
【間】
ヌーメニア:光を持たない孤独な闇の神と、闇から光を与えられたクズ星、光と闇に翻弄されるしかない人間。なんて愚かな三文芝居だろう。みんな笑っているだろうさ。
「主役級がひとりもいないじゃないか」とな。
……いいや。夜空は、いつだって恋人の味方だ。
(笑う)クズ星と人間ごときが神を道化にするなど!最高の喜劇じゃあないか!ならばさらに喜劇にしてやろう!嫉妬に狂った神が、それはそれは間抜けに踊ってやろう!
「死」よ、二人を分かつがいい!(笑う)
【間】
クリィテ :どうやら、終わりのようですね。
ミント :ええ。私たちは神を裏切った。どう言い訳しても、この事実は変わらない。
サクヤ :あなたたち!
ミント :サクヤ様!
サクヤ :その姿を永遠に捨てても、想いを遂げる気はある?
ミント :それはいったいどういう……?
サクヤ :言ったでしょう?私はあなたの味方よ。あなたたちを、逃がすわよ。
ミント :私は構いません。もう私に帰るところはありませんから。
クリィテ :私も。もとより私のこの姿は、かりそめのものでしかありません。
サクヤ :分かったわ。それじゃ私の手を握って。……行くわよ!
クリィテ :ヌーメニア様、不義理をお許しください。それでも私は、永遠に貴方の僕(しもべ)です。
ミント :ヌーメニア様、私はもっと違う形で、あなたの寂しさに触れたかった。
【間】
ヌーメニア:サクヤ、またお前か。
サクヤ :友人としての最後の忠告よ。これ以上あの子たちに手を出さないであげて。これは、あなたのためでもあるのよ。この一線を越えたら、あなたはもう孤独の闇から抜け出せない。
ヌーメニア:ふたりをどこに隠した!
サクヤ :教えるわけがないでしょう。
ヌーメニア:ならばその記憶に聞くまでだ!(喉元をつかむ)
サクヤ :くっ……やめなさい!
ヌーメニア:ここは私の宮殿だ!私に敵うわけがなかろう!
サクヤ :かはっ……!(苦しむ)
ヌーメニア:そうか、ミントを地上の植物に、クリィテを石に変えたか。
サクヤ :……!
ヌーメニア:地上なら、私の手が及ばないと思ったか。
サクヤ :なんですって?
ヌーメニア:……もしも夜空すべての「死」を地上にぶつけたらどうなると思う?
サクヤ :やめなさい!あなたは神なのよ!地上には、あなたを信仰するものもたくさんいる!その全てに災いをぶつけるなど!神にあるまじき行為よ!やめなさい!
ヌーメニア:……それでも、手に入れたいものだったとしたら?
サクヤ :!?
ヌーメニア:自らの光を持たぬなら、クズ星を光らせてそばに置くくらいいいだろう?光るような笑顔の娘をそばに置くくらいいいだろう?再生を、光を、見守るしかできない私には、それすらも望めないのか?
サクヤ :ヌーメニア……それでも、いけない。やめなさい。
ヌーメニア:(絶叫)
サクヤ :やめなさい!!!!
【間】
―エピローグ
サクヤ :空は三日三晩荒れ続け、まるでヌーメニアの涙のように、洪水が大地を洗い流した。ミントも、クリィテも、流された。
洗い流された下界を見た最高神である天帝(てんてい)は、こんな悲劇がもう起きぬように、と空と大地の間に境界線を引いた。人はもう、神の姿を見ることも、声をきくことも出来なくなった。
ヌーメニアは、二度と光を与えることも求めることなく、今も新月の宮殿でひとり、夜空の「死」を背負っているわ。
そんなことをしたのに、どうしてヌーメニアはまだ神のままなのか、って?
(笑う)神々の理屈は、人には理解できないものよ。
でもね、新月の晩の願い事は、必ず叶う、って言われているのよ。この意味、分かるかしら?
……あら、眠くなった?それは何よりよ。え?話のお礼?そんなのいらないわ。
……これは、あなたが見つけてきたの?……ええ、ええ本当に、ミントとクリィテのよう!
ありがとう。お礼に今夜あなたの見る夢が、最高のものであることを約束するわ。
ええ。おやすみなさい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【幕】