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​​#53「魔女の住む村」 

(♂2:♀3:不問0)上演時間30~40


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鷺島

【鷺島達也(さぎしまたつや)】男性

探偵。依頼により東京から母雁(ははかり)村を訪れる。

 

リク

【奏陸斗(かなでりくと)】男性

鷺島の助手。鷺島と共に母雁村を訪れる。

烏丸

【烏丸(からすま)】女性

母雁村の村長(むらおさ)。通称「カラス」。

 

加古

【加古(かこ)】女性

母雁村で鷺島とリクが最初に出会う女性。通称「カッコウ」。

 

鈴鳴

【鈴鳴(すずなり)】女性

母雁村の住人。烏丸・加古より年若い。通称「スズメ」。

​​​​

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―母雁村へ向かうバスの中

リク:……先生、本当に行くんですか?

 

鷺島:ああ、もちろん。

 

リク:確かに今月は大した依頼もなくて、収入的にはピンチでしたけど……。

 

鷺島:リク、「今月は」じゃなくて、「今月も」だ。

 

リク:……そうでしたね。

鷺島:それにしても……身内の変死の真相調査、ねぇ。

 

リク:何か引っかかりますか?

 

鷺島:いいや、単純に「なんのために」ってやつさ。

リク:……

鷺島:明確な死因こそ分からなかったものの、事件性は無し。な?「一体何のために」、だろう?

リク:原因が分からなかったから、じゃないですか?

鷺島:世の中、原因が分からないことの方が圧倒的に多いし、なんなら知らない方がいいってことも同じくらい多い。事件性がないと判断されたなら、そのままにしておく方がいいと思うんだけどね。藪をつついて蛇を出す、なんてことになったら、そっちの方がよほどストレスだ。

 

リク:それはそうかもしれませんけど……。

鷺島:ま、好奇心旺盛なれど、余計なことには首を突っ込まないのが「いい探偵」の条件、ってね。

 

リク:そんなものですか?

 

鷺島:どのみち、警察が事件性は無しと判断したんだ。大したものは見つからんだろう。俺たちはさっさと仕事を済ませて、依頼料で美味しいものでも食べて帰ることにしようじゃないか。


リク:その依頼料の半分以上は、溜まった家賃とツケの支払いで消えていくんですけどね……。

鷺島:世知辛いねえ……。

(少しの間)

リク:そんなことより先生。

鷺島:ん?

リク:……本当に行くんですか?

鷺島:だから今、俺たちはこうしてバスに揺られているんじゃないか。

 

リク:そうなんですけど。

 

鷺島:なんだい。

 

リク:これから行く場所――「母雁(ははかり)村」って、ちょっと変な噂のあるところじゃないですか。

 

鷺島:「森の奥にある、霧に包まれた謎の集落」、「村に入った人間が出てくることはなく、『魔女の住む村』と呼ばれている」……だっけ?

リク:都市伝説のまとめサイトなんかでは必ず載っている話ですよ。

鷺島:依頼を受けて最初に調べた時にはそんなサイトばかりが引っかかって難儀したよ。で?それがどうかしたかい?

 

リク:えっと、だからちょっとこう……怖いな、って。

 

鷺島:……あのねぇ。

 

リク:は、はい。

鷺島:その変死した男は、母雁村から帰った後、眠るように息を引き取った。これは明らかな「事実」だ。そら、入った人間がちゃんと出てきてる。それなのに、一体誰が、どうして「魔女の住む村」なんて名前をつけるんだ?

リク:えっと、村の外の人が、イメージで……とか?

(鷺島、あくびをする)

鷺島:大方(おおかた)、霧の日に住人がホウキを持ってうろついてるのでも見たんだろう。人のイメージなんてのは、そんなものだ。


リク:はぁ……。

 

鷺島:とにかく。

 

リク:はい?

 

鷺島:俺は寝る。着いたら起こしてくれ。

リク:……分かりました。

 

【間】

 

――母雁村入り口

 

鷺島:……ここが母雁村か。

リク:歩きましたねぇ。それにしても……すごい霧だ……。

鷺島:これで村に入れてもらえなかったら悲劇だな。

 

(二人の背後から加古が現れる)


加古:ようこそ、「母雁村」へ。

リク:うわっ!


加古:驚かせてしまい、申し訳ございません。私はこの村に住む、加古(かこ)と申します。

鷺島:鷺島だ。私立探偵をやっている。こっちは助手のリク。

リク:こ、こんにちは。

加古:こちらには、どのようなご用件で?

 

鷺島:ちょっと調べたいことがあってね。

 

加古:調べたいこと、と申しますと?


鷺島:この写真の男を知らないか?名前は駒形誠一(こまがたせいいち)。少し前にここを訪れているはずなんだが。

加古:存じております。


リク:えっ!

加古:ひと月ほど前に、この村にいらっしゃいました。

鷺島:話が早くて助かる。村の他の方にも、詳しい話を聞くことはできるかい?

加古:ええ、構いません。


リク:良かった!先生、さっそく行きましょう!

加古:ですが。そろそろ日が落ちますので、明日にして頂けますか?

(鈴鳴、木陰から現れる)

 

鈴鳴:私は今からでもいいわよ?カッコウったらずるいわ。私だってこの方たちのお話相手になりたいのに。

加古:スズメ!貴女いつから!


リク:カッコウに……スズメ……?

 

加古:この村での呼び名のようなものでございます。どうかお気になさらず。

 

鈴鳴:そうやってすぐに仕切りたがるの、あなたの悪い癖よ?

 

加古:黙りなさい。

鈴鳴:けち。

 

鷺島:……

加古:私の家に部屋がございます。お二方はそちらにご滞在ください。

 

鷺島:ああ、そいつは助かる。

 

鈴鳴:ふふ。それじゃあまた明日、お会いしましょ。

 

【間】

 

――カラス邸

 

烏丸:それで?その二人は何者なのかしら?

加古:鷺島達也(さぎしまたつや)、奏陸斗(かなでりくと)。東京からやってきた探偵と、その助手だそうです。ひと月前にこの村にやってきた男について、調査に来たのだとか。

鈴鳴:ふふ、素敵な男性が二人も、だなんて。


烏丸:落ち着きなさい、スズメ。貴女の悪い癖よ。

鈴鳴:あら、これは生き物としての本能よ。仕方ないわ。

加古:貴女って子はさっきから……。いい加減にして。

烏丸:いずれにせよ、カッコウ。明日は二人を私のところへ案内して頂戴。私が話をしましょう。いいわね?

加古:承知しました。

鈴鳴:ねえ、私は?私も同席していいでしょう?


烏丸:好きになさい。ただし、はしゃぎ過ぎないようにね。

鈴鳴:はあい。

烏丸:ではまた。明日。

【間】

―翌朝

リク:先生、おはようございます!遅いですよ!

鷺島:リク……君はなんでそんなに早起きなんだ……。

リク:先生が遅すぎるんですよ。今日はこれからこの村の村長(むらおさ)に会うんでしょう?ちゃんとしてくださいよ。

鷺島:ああ。……ところで、加古さん。

加古:なんでしょう?

鷺島:その村長とやらのことを、詳しく教えてくれないか?

加古:そうですね……彼女は……

鈴鳴:「烏丸美樹(からすまみのり)」。通称カラス様。この村で一番偉い「祖」(そ)であるお方よ。

加古:スズメ……!

鈴鳴:ふふ、いいじゃない。

加古:貴女って子は、本当に……


リク:あの!

加古:……

リク:あの、「祖」……って?

加古:詳しいことはカラス様から。だから……スズメは黙りなさい。

鈴鳴:ふん。カッコウのケチ。

加古:五月蠅い。

鷺島:あー、それで?ここが「祖」の家ってことかな。

加古:その通りです。では、参りましょう。

【間】

――カラス邸

烏丸:ようこそ、カラス邸へ。

リク:あなたが、村長の?

烏丸:ええ、村長の烏丸美樹(からすまみのり)と申します。道中、スズメが失礼なことを申し上げたりはしませんでしたか?


リク:いいえ。それは、全然。

烏丸:それなら良かった。ごめんなさいね、スズメはまだまだ「若い」ものですから。

鈴鳴:嫌だわ、カラス様ったら。子ども扱いして。

リク:あの……烏丸さんもじゅうぶんお若く見えるのですが……。

烏丸:うふふ、ありがとう。でも、そこのカッコウと比べても、私の方がずぅっと年上なのよ。

鷺島:……それで、「魔女の住む村」か。

リク:先生?


加古:何をおっしゃりたいのですか?

鷺島:リク。ここに来るまでに、君は一体何を見ていた?

リク:え?

鷺島:昨日からこの村で男を見たか?

リク:……あ!

加古:……

鈴鳴:ふふ。

鷺島:そう、恐らくこの村には女しかいない――しかも見た限り皆が妙に若かった。一番年かさに見える女性でも、せいぜい40代くらいだ。

リク:確かに……

鷺島:さらに、だ。

烏丸:まだ、何か?

鷺島:似たような顔の女しかいなかった。

加古:……

鷺島:そこの加古さんに、ええと……

鈴鳴:鈴鳴(すずなり)よ。

鷺島:鈴鳴(すずなり)さん、そして烏丸さんも、それとなく分かる見た目の年齢差こそあれど、よく似ている。村のほかの女たちも、同様に。


リク:だから、「魔女」……

鷺島:そういうことだ。リアリストを自称する俺でも、うっかりオカルトを信じそうになったよ。

加古:カラス様……

烏丸:さすが探偵さんですのね。鋭くていらっしゃる。

鈴鳴:ふふ、素敵。

烏丸:ですが残念。私たちは魔女ではありません。この村が少し特殊なのは事実ですけれど。

リク:特殊?

鷺島:詳しく聞かせてもらいたいね。

烏丸:どうぞ。

鷺島:それではお言葉に甘えて。まず、「祖」というのは一体何かな?

烏丸:あら、スズメったら。もうそんなことまで話してしまったのね?

鈴鳴:ごめんなさぁい。

烏丸:まあいいわ。……「祖」というのは、そのまま「祖先」「真祖(しんそ)」という意味です。この村の女たちは、根をたどれば皆同じ血筋ですの。顔がどことなく似ているのはそのせいですわ。そして、その家系の根にあたるのが、このカラスの家というわけです。


リク:女性しかいないのは、何故なんですか?

烏丸:私たち一族は少し特殊な体質でして、女性しか生まれないのです。

リク:えっ、でもそれだと……

烏丸:その通り。ですから、外から男の方がいらっしゃった時には、村の女性を紹介させて頂く……なんてこともありますわね。

鷺島:……なるほど、それで「種」を頂戴する、ってわけか。

リク:た、種って……そういう……ことですよね……?


烏丸:ご想像にお任せしますわ。

鈴鳴:隠し立てしても仕方ないことですもんねぇ、カラス様?

加古:お黙り、スズメ。

鈴鳴:はぁい。

鷺島:……その辺のことは今は置いておこう。で、本題だが。

加古:駒形さま、のことですね。

鷺島:ああ。彼もここに来たんだろう?

鈴鳴:うふふ、ハンサムで素敵な身体をした方だったわぁ。

烏丸:スズメ。いい加減になさい。


鈴鳴:ひっ……

鷺島:……


烏丸:……失礼致しました。それで?その駒形さまが何か?

鷺島:この村を訪れた数週間後に死んでいるんだ。

加古:……

烏丸:それはお可哀想なこと。ですが私どもには、何もお話しできることはありませんよ?

鷺島:それはどうかな?

リク:ちょ、ちょっと先生!駒形さんの死因は不明でこそあれ、事件性はない、って調書で確認したじゃないですか!

加古:でしょうね。

鈴鳴:だって私たち、なぁんにもしてないもの。

烏丸:そう、私たちは一晩の宿を提供しただけ。

鷺島:そして、村の女をあてがった?

烏丸:……まるでマザーグースですわね。

加古:「だれが殺したコマドリを」


鈴鳴:「それはわたし、とスズメが答えた」

リク:えっ……?

(鈴鳴、くすくすと笑う)

鈴鳴:カラス様もカッコウも、冗談がきついわ。

鷺島:……

鈴鳴:彼のお相手をしたのは私よ。でもそれだけ。一晩の恋人だっただけ。

烏丸:ほかにご質問は?

リク:あの……ひとつ、いいですか?

烏丸:ええ、どうぞ。

リク:全然関係ないかもしれないんですけど、窓の外に見えるあの大きな樹、あれって何の樹ですか?

鷺島:ほう?

リク:あっ、いえ!本当に気になっただけで。村のどこからでも見える立派な樹だったから、何かのシンボルなのかな、って。

加古:……「カナリアは危険を知らせる」ですか。

リク:えっ?

加古:いいえ、なんでも。

烏丸:ふふ、探偵さんの助手をされていらっしゃるだけあって、なかなかに目ざとくていらっしゃる。あれは、この村の守り神のようなものですわ。宗教というほどのものではありませんが、私たちの拠り所のようなもの……とでも言えばいいかしら。


リク:あの、後でその樹を見に行ってもいいですか?

烏丸:ええ、ご自由にどうぞ。

鷺島:では、そろそろ俺たちはおいとまするとしよう。烏丸さん、長々とすみませんでしたね。

烏丸:いいえ、お気になさらず。……時に、鷺島さん。

鷺島:はい?

烏丸:貴方にはなにか、「悔い改める」ことはおありかしら?

鷺島:質問の意味が分からないな――と言いたいところだけど……ええ、毎日悔い改めていますよ。なにぶん、因果な商売なものでね。


烏丸:その霧が、いつか晴れるといいですわね。

鷺島:……失礼します。


【間】

―大樹の下

リク:近くで見ると本当に立派な樹ですね。守り神と言われれば、確かに信じてしまうような、どこかスピリチュアルな雰囲気もあって。


鷺島:そうだな。……それにしても、君が自分からああやって質問するなんて、珍しいな。少しびっくりしたよ。君も成長したもんだ。


リク:依頼内容に全く関係ないとは思ったんですけど、妙に気になって。

鷺島:どうして?

リク:それが分かれば苦労しませんよ。

鷺島:それもそうか。まあその手の嗅覚は、この商売には大きな助けになるから大切に……ん?

リク:どうかしましたか?

鷺島:なんだか甘い香りがしないか?

リク:……本当だ。これ、この樹から?

鷺島:いや、実だな。ほらあそこ、赤い実が生っているだろう?多分あれが香りの元だ。

リク:ああ、なるほど。それなら納得がいきます。

鷺島:待てよ、この香り……村でもほのかに香っていたな。


リク:そういえば……さっきの烏丸さん達からもこの香りがしたような……。……っ、ちょっと、クラクラします……ね。


鷺島:本当だな……。一種の麻薬のようなものなのかもしれない。村の人間は生まれた時からこの香りの中にいるせいで、耐性があるんだろう。とにかく、一旦加古さんの家に戻ろう。

【間】

―カッコウ邸


鷺島:リク、大丈夫か?

リク:はい……。まだちょっと胸やけがしますけど。

鷺島:そうか。

リク:あの、先生。

鷺島:ん?

リク:すみませんでした。

 

鷺島:なにが?

リク:俺が樹のことなんて聞かなければ、こんなことには……。

鷺島:君が聞かなくても、いずれ俺が聞いていたさ。

リク:そうですか……。

鷺島:ああ。

リク:そういえば先生、あの樹の下でやけに熱心に考え込んでいましたけど、何か分かったんですか?

鷺島:いいや、全く。

リク:……やっぱり駒形さんの死は、ただの偶然だったんでしょうか。

鷺島:……

リク:俺は、この村が無関係とは思えないです。怪しすぎますって、ここ。

鷺島:だが今のところ、何の証拠もない。

リク:ですよね……。

鷺島:……と思っていたんだけどね。

リク:え?

鷺島:これを見てくれ。

リク:……葉っぱ?これ、もしかして……

鷺島:ああ。あの樹を見た時にちょっと既視感を覚えてね、一枚失敬してきたんだ。……で、こっちが駒形誠一の墓地の写真。

リク:キリスト教式なんですね……って、あれ?

鷺島:気付いたかい?

リク:これ!このお墓のすぐそばに生えてるの、さっきの樹と似ていませんか?

鷺島:そうなんだ。葉の形や色を比べてみてごらん。

リク:そっくりだ……。先生、これって!

鷺島:村から帰る道中で死んだのなら、髪に種でも付着していたのかと思うことができるけどね。戻って数日後だ。少しおかしくはないか?

リク:確かに少し不思議ですね……。でもそれなら……うっ……!

鷺島:リク!?どうした!

リク:すみません……ちょっと、眩暈(めまい)がして……

鷺島:やはりあの香りのせいかもしれないな。とにかく、君はもう休め。

リク:本当に、すみません……。

鷺島:ああ、ゆっくりしなさい。

(リク、自室に戻る)


鷺島:それにしても……「カナリアは危険を知らせる」、そして俺には「悔い改めることはないか?」ってのは、一体なんなんだ……。


【間】

―カッコウ邸・夜

(リクがうなされている)

加古:奏さん、お水をお持ちしました。……大丈夫ですか?

リク:あぁ加古……さん。すみません……。

加古:いいえ、構いませんよ。

リク:ちょっと胸が、おかしな感じで……

加古:香りの影響を強く受けられたのですね。まれにそういう方がいらっしゃるんです。……さ、こちらを。

リク:これは……?

加古:栄養剤のようなものです。楽になると思いますよ。

リク:ありがとうございます……。

(リク、「それ」を受け取って飲む)

加古:あとはゆっくりお休みください。私がそばについておりますから。

リク:先生は……?

加古:お疲れのようで、よく眠っておいでです。ですから、私が。

リク:そう……ですか。心配かけちゃったな……。

加古:お優しいのですね。ですが今は、何も考えずに……ね?

リク:加古さんの手……冷たくて気持ちいい……です……ね……

(リク、眠りにつく)

加古:……

(少しの間)

鈴鳴:「カッコウは寄生」

烏丸:身内のような顔で寄生する。

(鈴鳴・烏丸、くすくすと笑う)


【間】

 

―カッコウ邸・朝

鷺島:やあリク、おはよう。具合はどうだい?

リク:はい。嘘みたいにすっきりしてます。……昨日はすみませんでした。

鷺島:気にするな。とにかく、元気になって良かったよ。

リク:ああ加古さん!加古さんも、ありがとうございました。

鷺島:加古さん?

リク:昨夜、水と薬をくれたんです。それが効いたみたいで。

鷺島:薬だって?

加古:この村で精製しているものです。昨夜奏さんにもご説明しましたが、栄養剤の類と思って頂ければ。


鷺島:……それを見せてくれないか?

リク:先生!加古さんを疑うんですか?

鷺島:念のためだ。

加古:こちらです。

鷺島:赤い……錠剤か、これは?

リク:どう見ても、ごく普通の錠剤ですよ。

加古:ですから、そう申し上げたではないですか。

(鷺島、錠剤の匂いを嗅ぐ)

鷺島:この香り……!加古さん、この錠剤は一体何から作られているんだ?

加古:お察しの通り、あの樹から作られています。申し上げましたでしょう?あの樹は我々の拠り所だと。

鷺島:……。

加古:大丈夫、害のあるものではございません。


リク:そうですよ!俺を見れば分かるでしょう?その薬のおかげで、こうして元気になれたんですから。

鷺島:……。

加古:よろしければ、貴方もいかがですか?見たところ、随分とお疲れのご様子ですし。

鷺島:今は結構。でもそうだな……万が一の時のために、一粒だけもらっておこう。リクの看病をありがとう。助かったよ。

加古:いいえ、とんでもない。それでは私は、お茶でも淹れて参りますね。

(少しの間)

リク:先生!加古さんは俺のことを心配して薬をくれたんですよ?それなのにそんな言い方、ひどくないですか?駒形さんの死とこの村との関連性は、特に見つけられなかったじゃないですか。

鷺島:リク、お前……

リク:なんですか?

鷺島:ああいや、なんでもない。一晩でずいぶんと懐いたもんだと思って。

リク:そりゃあ手厚く看病してもらいましたから、信用もしますよ。

鷺島:なるほど、それは一理ある。しかし、駒形さんの墓に生えていた樹と、この村のシンボルとなっている樹との類似性は見逃せない。


リク:でもそれだけですよね?駒形さんの死因には、なんの科学的な根拠も関連性もないでしょう。

鷺島:……それはそうだな。

リク:でしょう?もうこれ以上ここにいても無駄ですよ。だから、帰りましょう。帰って報告書をまとめないと。そう、帰って、帰って、かえって、カエッテ、かエッて………

鷺島:リク……?

リク:帰る帰るかえるかえるカエルカエル……

鷺島:分かった!……分かった、もう帰ろう。

リク:そうですか?それじゃあ俺、荷物まとめてきますね。先生もさっさと荷物まとめてくださいね。

鷺島:ああ……。

【間】

鷺島:あの勘のいい――不穏な空気があればすぐに気付いたであろうリクがこんな……はっ!

リク:先生?

鷺島:「カナリアは危険を知らせる」……そしてその理屈で言うなら恐らく、「カッコウは寄生」……まさか!

リク:先生?どうかしましたか?先生の荷物、俺がまとめちゃいますよ?

鷺島:リク、カラス邸に行くぞ。

リク:え、だってさっきは「帰る」って

鷺島:ほんの少しだ!いいから来い!


【間】

―カラス邸

鈴鳴:探偵さん、またお会いできて嬉しいわぁ。

鷺島:勢ぞろいでお待ちかね、か。

加古:……

烏丸:……それで?私たちになんの御用でしょう?

鷺島:これだ。

(鷺島、薬を見せる)

鈴鳴:あら、これって。

烏丸:カッコウから伺っていますわ。あの樹の香りにあてられた奏さんに、こちらを飲ませた、と。

鈴鳴:これね、気分をリラックスさせる効果だけじゃなくて、精力増強の効果もあるのよ。だから彼……元気になったでしょう?

鷺島:……これは、あの樹の「種」なんじゃないか?

リク:……え?

加古:鷺島さ

烏丸:カッコウ。

加古:……はい。

鷺島:……

烏丸:……何故、そのように?

鷺島:この写真だ。あんた達なら見ればすぐにピンとくるだろう。

烏丸:……

鷺島:駒形さんの墓のそばに生えていた樹と、この村のシンボルともいえるあの樹はとてもよく似ている。駒形さんがその死の直前に行った「普段と違うこと」といえば、この村に訪れたことくらいだ。恐らくその時に、駒形さんは「これ」を飲んだ。

鈴鳴:……ふふ。

鷺島:村を出て数日後、駒形さんは死んだ。その時点で既に発芽していたのか、死後に発芽したのかは分からないが、いずれにせよ体内に残った種が発芽し、急激に成長してこの写真のようになった。……多少の非現実性を無視すれば、これほど辻褄が合うこともない。

烏丸:そうですわね。

鷺島:あの薬を飲んでからのリクは、明らかにおかしかった。昨日まで怪しんでいたこの村とそこに住む人間を盲目的に信用したり、突然村を離れたがったり……その様は、俺にはまるで……ウイルスに寄生された生き物が脳を操作され、自ら巣にウイルスを運び込もうとしているように見えた。

リク:……先生。うそ、です……よね?

鷺島:……。

リク:先生!

鷺島:恐らくこれまでに村に来た男たちにも、同じものを飲ませていたんだろう。栄養剤、強壮剤などと、様々な理由をつけて。

烏丸:……

鷺島:あんた達は、「女しか生まれないから他所から来た男に『種』をもらう」と言った。けれど実のところ、種をばらまいていたのは、あんた達なんじゃないか?

加古:カラス様。

烏丸:……それで?

鷺島:「だれが殺したコマドリを」「それはわたし、とスズメが答えた」。鈴鳴さん、あんたはそんなこと言っていた。あれはある意味真実だったんだ。駒形さんの相手をしたのは自分だと言っていたね。あんたはその時に駒形さんを誘惑して、種を飲ませた。それこそ、精力増強剤とでも言ってね。

鈴鳴:あらぁ、どうしてそう思うの?


鷺島:「スズメは好色」。

鈴鳴:……っ!

鷺島:あんた達はやってきた男に一番適した属性を持った女をあてがっては種を植えつけ、そして植え付けられた男たちは、種に操作されるがまま各地に散らばり、そのままそこで死ぬ。やがてその死体からはじきに「あの樹」が生えてくる……そうだろう?

リク:嘘だ……そんな……嘘だ……

鈴鳴:うふ、うふふふふ。カラス様、この人本当に素敵ねぇ。

烏丸:ええ、本当に。種を植えていたら、きっといい苗床になったでしょうね。

鷺島:ただひとつ分からないのは、あんた達の目的だ。一体なんのために、種をあちこちにばらまく?

鈴鳴:そのまんまの理由よ。

リク:え?

鈴鳴:生き物としての本能。

烏丸:私たちは、私たちを増やそうとしているだけ。

鷺島:どういうことだ。

リク:まさか……あんた達があの樹そのもの……?いやでも、そんなはず……

加古:「カナリアは危険を知らせる」。やはり貴方は勘が鋭い。昨日倒れたのが貴方の方で、本当に良かった。

鈴鳴:危険を察知して騒がれる前に、種を植えられたものねぇ。

烏丸:柔軟になって、探偵さん。ここまで推察できた貴方ですもの。この世の常識を超えた存在が目の前にいたとしても、不思議ではないでしょう?

鷺島:ああ……全くその通りだ……。

鈴鳴:私たちは「あの樹」から生まれた存在。

加古:そして種を運ぶ役割を課せられた鳥。

烏丸:その本能に従い、生きているだけですわ。

鈴鳴:今日も明日も、私たちは生まれ続ける。

加古:この世界のあちこちでね。

烏丸:ただの自然の摂理です。

リク:それじゃあ……それじゃあ俺は、やっぱり……

烏丸:残念だけど。

リク:そん、な……

鷺島:……リク、帰ろう。

リク:待ってください先生!この人たちを放っておくんですか!?この人たちが駒形さんを……俺を……俺を……っ!


鷺島:……悔しいが、この世界には「これ」を裁く法はない。今はリク、君を連れて帰ることが優先だ。

リク:だから……って……!ああ……あああああ!

(リク、泣き崩れる)


鷺島:だがいつか、俺は必ずこの村に戻る……この「魔女の住む村」に、全ての謎を解き明かしてね。その時が、あんた達の滅亡の時だ。

鈴鳴:あら、またお会いできるのね、楽しみだわぁ。

加古:我々はいつまでもお待ちしております。

烏丸:ええ、私たちは「長生き」ですから。……でもきっと、貴方はそう遠くないうちに「悔い改める」。完成された生態系の一部を破壊しようとするなんて、愚かしいことだ、と。そうでしょう?灰色スーツの探偵さん?

鷺島:さあね。

加古:それでは、帰りはお気をつけて。

烏丸:さようなら。

(鈴鳴・加古・烏丸笑う)

【間】

―バス内
リク:先生……。俺、疲れました……。

鷺島:……ああ、そうだな。

(少しの間)

(鷺島、あくびをする)

リク:……先生、眠る前にひとつだけ、いいですか?

鷺島:なんだい?

リク:「カナリアは危険を知らせる」、「カッコウは寄生」、「スズメは好色」、そして先生は……恐らく「灰色の鷺は悔い改める」。これって、結局なんだったんですか?

鷺島:それぞれの鳥が象徴するものさ。偶然の一致なのか否かは、定かではないけどね。

リク:そう……ですか。それじゃ、カラスは?

鷺島:そのままだ。「カラスは奸計(かんけい)をめぐらす」。魔女の使いとしてもよく描かれているだろう?恐らく村の女たちを動かしているのは、彼女だ。

リク:「魔女の住む村」……あながち嘘じゃなかったんですね……。

鷺島:そうだな。

(鷺島、あくびをする)

鷺島:……さあ、帰ろう。帰りたい。

リク:そうですね、帰りましょう。

(少しの間)

リク:ねえ先生……加古さんにもらったあの「種」は、どうしたんですか?

鷺島:そういえば……どうしたかな……。まあいい。今は眠いんだ。あとにしてくれ。

リク:……そう、ですか。

鷺島:とにかく、帰るんだ。そう、帰ろう。カエロウ。

(リクの瞳から涙が溢れる)

リク:はい。……帰り……っ、かえり……ましょう……。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【幕】

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