#56「きんぎょひめ」
(♂1:♀1:不問0)上演時間20~30分
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凛太朗
【道端凛太朗(みちばたりんたろう)】男性
高校生。翠のクラスメイト。どちらかというとあまり存在感のない少年。
翠
【朝野翠(あさのすい)】女性
高校生。凛太朗のクラスメイトで演劇部。高身長を生かして男性役として活躍しており、
女生徒のファンが多い。
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―放課後の教室
凛太朗:朝野さん。
翠:え?
凛太朗:それ、なに?
翠:それって?
凛太朗:その、スカートの……
翠:スカートの?
凛太朗:スカートの……えっと……
翠:うん。
凛太朗:裏地。
翠:ああ、これ?
凛太朗:ごめん、別に覗いたわけじゃないんだけど、見えちゃって。
翠:私なんにも言ってないよ。
凛太朗:うん。まあ、そうなんだけど……
翠:うん。
凛太朗:えっと……
翠:うん。
凛太朗:その、だから、その、さ。
翠:うん。
凛太朗:裏地、だよ。
翠:校則違反だって言いたいの?
凛太朗:まあ、そう。
翠:そうだね、校則違反だね。
凛太朗:あ、別に咎めるつもりじゃなくて。
翠:さっきから予防線張ってばっかりだね。
凛太朗:……ごめん。
翠:別に怒ってないよ。
凛太朗:うん。
翠;そりゃあ気になるよね、制服のスカートの裏地がこんな柄の布だったら。
凛太朗:まあ、ね。
翠:放課後だし周りに誰もいないと思ってたから、油断したなあ。普段は絶対見えないように気をつけてたんだけど。
凛太朗:ごめん、俺、あんまり存在感ないから。
翠:別にそんなことないと思うけど。
凛太朗:そうかな。
翠:少なくとも、私のなかでは。だから今のは、ただの私の油断。
凛太朗:そっか。
(少しの間)
翠:金魚。
凛太朗:え?
翠:ほら、そこの水槽の金魚。あれ、毎朝早く来て世話してるでしょ?
凛太朗:誰も世話しなかったら死んじゃうでしょ。
翠:そうだね。でも、皆そう思いながらも、なんだかんだで放っておくもんだと思うよ。生きてるってことは大丈夫って。もしかしたら実際は、その存在すら忘れてる人がほとんどなのかもしれないけど。
凛太朗:そうなのかな。
翠:だって、実際道端くん以外は誰も世話してないでしょ?
凛太朗:まあね。
翠:いっつも勝てないんだ。
凛太朗:勝てない?
翠:今日こそは私が世話しようと思って早く起きても、いっつも、絶対に道端くんの方が早いの。
凛太朗:そうだったんだ。
翠:うん、毎朝悔しくて。だからね、少なくとも私のなかでは、道端くんは決して存在感のない人じゃないよ。
凛太朗:……
翠:なに?
凛太朗:いや、その、単純にびっくりして。
翠:どうして?
凛太朗:だって朝野さんはどっちかというと、すごく……目立つ人だから。
翠:身体、おっきいもんね。
凛太朗:いや、確かに背は……すごく高いと思うけど、そういう意味じゃなくて。
翠:へえ?
凛太朗:演劇部でいつも主役級のイケメンの役やっててさ、女子にいつも囲まれてるじゃん。実際男の俺から見ても、かっこいいなって思うし。
翠:ああ、そういうこと。
凛太朗:うん。だから、そんな人が俺の事を認識してたなんて、って思って。なんか、恐れ多いっていうか。
翠:どうでもいいことなんだけどね、そんなことは。
凛太朗:え?
翠:たとえ私が本当に目立っていたとしても、私はただのクラスメートだよ?別に道端くんより目上の人間ってわけじゃないんだし。
凛太朗:そっか。ごめん。
翠:……
凛太朗:……
(翠、大きく息を吐く)
翠:私こそ、ごめん。なんか嫌な突っかかり方しちゃった。
凛太朗:いや、それは別に。その通りだと思ったし、そういう言われ方されるのが嫌なんだろうなってのも、なんとなく分かったし。
翠:……
(少しの間)
凛太朗:金魚。
翠:え?
凛太朗:金魚、好きなの?
翠:……
凛太朗:ほら、スカートの、裏地。
翠:ああ、そっか。そもそもはその話だったっけ。
凛太朗:うん。それにさ、その水槽の金魚も結構気にしてたみたいだからさ。好きなのかなって。
翠:……うん、好き。
凛太朗:やっぱり。
翠:泳いでる時のひらひら揺れるヒレが、すごく綺麗で可愛いじゃない?あと金魚ってたくさんの種類がいるけど、どの金魚も色や模様が可愛くて、だから好き。
凛太朗:そっか。
翠:道端くんは?
凛太朗:え?
翠:金魚。好き?
凛太朗:どうかな。確かに毎朝世話はしてるけど、あんまり「好き」とかそういう目では見ていなかったかも。
翠:そっか。
(少しの間)
凛太朗:あのさ。
翠:うん。
凛太朗:聞いてもいい?
翠:何を?
凛太朗:その、どうしてそんな裏地をつけてるのか、って。
翠:可愛いでしょ、金魚柄。
凛太朗:どっちかっていうと、結構派手だと思った。
翠:そっか。
凛太朗:うん。だから、先生とかに見つかったら大変そうだなって。
翠:心配してくれたんだ。
凛太朗:そうなるのかな。
翠:分からないんだ。
凛太朗:心配っていうほど、重い感情でもないような気がして。
翠:「なんとなくほっとけなかった」?
凛太朗:うん。
翠:水槽の金魚と同じだ。
凛太朗:そんな感じ。
翠:そっか。
(少しの間)
翠:可愛いからつけてるの。
凛太朗:可愛いの、好きなの?
翠:うん。
凛太朗:だったら何も、そんなスカートの裏地なんて怒られそうなところじゃなくて、キーホルダーとか髪飾りとか、もっとそういうのでも良かったんじゃない?
翠:キーホルダーはまだしも、私の髪に髪飾りをつける余地はないと思うけど。
凛太朗:ショートカットだとつけられないの?
翠:多分。
凛太朗:そっか。
翠:そもそも、似合わないでしょ、絶対。
凛太朗:そうかな。
翠:だと思うよ。
凛太朗:俺、そういうのよく分からないから。
翠:道端くんって、何に対してもあんまり興味がない感じ?
凛太朗:どうだろう。でもそうかもしれない。自分が何に興味があるかとか、あんまり考えたことはないけど、朝野さんみたいな演技とか可愛いものに対する熱い興味とか情熱みたいのは、あんまりない気がする。
翠:裏地、見られたのが道端くんでよかった。
凛太朗:なんで?
翠:だって興味がないんでしょ?だったらきっと誰かに話したりはしないだろうし、不用意に踏み込んだ質問とかもしないだろうなって思って。
凛太朗:そっか。
翠:道端くん、この後予定ある?
凛太朗:いや、別に。今だって、宿題のワークを忘れてて、それを取りに来ただけだし。
翠:それじゃあさ、少しだけ私の話を聞いていってくれない?
凛太朗:踏み込まれたくないんじゃないの?
翠:土足で踏み込まれるのは嫌だよ?でも、話したくないわけじゃないんだ。だから、私にも周りにも興味がない道端くんが適任な気がしたの。
凛太朗:……よく分からないけど、聞くだけでいいなら。
翠:ん、それでじゅうぶん。
凛太朗:分かった。
(少しの間)
翠:私ね、本当はお姫様になりたかったの。
凛太朗:お姫様?
翠:そう。
凛太朗:アニメ映画とかで見るああいうの?
翠:道端くんの言うアニメ映画がどんなものかは分からないけど、多分合ってる。
凛太朗:そっか。
翠:昔から憧れだったの。綺麗な髪に、小柄で華奢な身体、そんな見た目にぴったりの、可愛いレースやフリルのついたドレス。高くて澄んだ声。
凛太朗:うん。
翠:でも、私は全部、極端に正反対に生まれちゃって。
凛太朗:髪は……綺麗だと思うけど。
翠:他は否定しないんだ。
凛太朗:どっちかというと、朝野さんはやっぱり王子様とかそっちが似合うイメージかなとは思うよ。女子が憧れる理想の男子、って感じ。
翠:そう。だからね、親も私に可愛いものは買ってくれなかった。どっちかっていうとシンプルなものやかっこいいものばっかりで。
凛太朗:ねだったりはしなかったの?
翠:したこともあったけど、大抵は「そんなのよりこっちのが似合う」でおしまい。
凛太朗:それで納得してたんだ。聞き分けいいね。
翠:一回だけ、泣いて大騒ぎして買ってもらったことがあったかな。アニメ映画のプリンセスが着てたのにそっくりなドレス。
凛太朗:うん。
翠:それがね、絶望的に似合ってなかったの。両親も「あーあ」「だから言ったのに」って感じで。私は私で、泣いていいのか笑っていいのか分からなくなっちゃって。
凛太朗:そっか。
翠:そりゃあ「そんなの」よりって言いたくもなるよねって感じでさ、幼心に色々諦めた瞬間だったなあ。
凛太朗:それからずっと、今みたいな感じ?
翠:そ。周りもそれを期待したしね。演劇部に入ったのも、「君なら男役ですぐにトップになれる」って、先輩に誘われたから。だから本当は演劇にそこまでの情熱はないの。これ言うと周りから怒られちゃうから、言わないけど。
凛太朗:それは……うん、その方がいいと思う。
翠:だよね。ま、要は身の丈に合った生き方をしてるだけって感じ。
凛太朗:女子って、やっぱりみんなそういうのが好きなんだね。
翠:そういうの?
凛太朗:お姫様とか、可愛いものとか。
翠:あ、それ、人によっては怒られる発言。
凛太朗:そうなの?
翠:「女の子だからピンクや可愛いものが好きだって決めつけないで」とか「女の子がヒーローに憧れてもいいじゃない」とか言われるやつだよ。
凛太朗:ああ、確かにそっか。
翠:でも私は、それがちょっと息苦しくもあるんだけどね。
凛太朗:どうして?
翠:私がなんだか贅沢なやつみたいになっちゃうから。
凛太朗:贅沢?
翠:私がないものねだりをするように、私から見た「可愛い」女の子だって、私を見て、ないものねだりをしているかもしれないでしょ?
凛太朗:要は、朝野さんみたいになりたくてもなれない人もいるんだから、贅沢言うなってこと?
翠:そういうこと。
凛太朗:なるほど。
翠:だからね、やっぱり私は身の丈に合ったところで満足しなきゃいけないの。むしろ「かっこいい」ってきゃあきゃあ言われていることに感謝しなきゃいけないくらい。
凛太朗:じゃあ……
翠:じゃあ?
凛太朗:いや、なんでもない。
翠:気持ち悪いよ、そういうの。
凛太朗:ただ話を聞くだけ、って約束だったから。
翠:律義なんだ。
凛太朗:いや、多分俺が今聞いてるのって、朝野さんにとってすごくデリケートな話なんだろうから、そこは守った方がいいかと思って。
翠:ありがと。でもね、大丈夫。多分今道端くんが言おうとしたことの答えも、これから話すと思うから。
凛太朗:そっか。
翠:じゃあなんでパンツも選べるのにスカートを選んでいて、しかも裏地に似合いもしない金魚柄の可愛い布なんかこっそり縫い付けてるんだって話。でしょ?
凛太朗:……
翠:それはね、私にもよく分からない。
凛太朗:分からない?
翠:うん。「自分でそう生きることを決めたくせに、やっぱり納得しきれないささやかな反抗心の表れ」とか、「お姫様になりたかった自分を金魚に重ねて、見えないところに閉じ込めてる」とか、もっともらしいことも言えそうなもんだけど、それこそ、道端くんの言葉を借りれば、そこまでの情熱は、私には多分もうなくて。
凛太朗:うん。
翠:ただなんとなく、ぼんやりとそうすることを選んだ、みたいな感じ。
凛太朗:そっか。
翠:わけわからないよね。ごめん。
凛太朗:聞くだけって約束だから、別に気にしてないよ。
翠:ありがと。
凛太朗:全然方向性は違うんだろうけど、ただなんとなく、ってのは、俺も……「なんとなく」分かるし。
翠:そうだね。
凛太朗:うん。
(翠、大きく息をつく)
翠:ありがと。別にすごく悩んでたってわけじゃないけど、自分が可愛いものが好きでお姫様になりたかったってのは、それこそいつかどこかで「なんとなく」話したかったんだ。だからすっきりした。
凛太朗:なら良かった。
翠:ほんとありがとね。結構遅くなっちゃったし、もう解散にしよ。
凛太朗:……
翠:道端くん?
凛太朗:あ、ごめん。えっと、その……
翠:なに?
凛太朗:あのさ、一回だけ約束を破ってもいいかな。
翠:え?
凛太朗:嫌なら、いいんだけど。
翠:……
凛太朗:……
翠:……全く踏み込ませずに一方的にこっちの話だけを聞かせるなんて、不公平だもんね。ごめん、無茶言ってたかも。いいよ、気にしないで。
凛太朗:ありがとう。
(少しの間)
凛太朗:……金魚ってさ、基本突然変異なんだって。
翠:え?
凛太朗:なんか、金魚って変異を起こしやすいらしくて。
翠:うん。
凛太朗:元々野生のフナだったのが赤くなって、その赤くなったやつを選んで、改良して増やしていくうちに、また突然変異で目が出たやつや特徴的な模様のやつとかが生まれて、今度はそれを選んで改良して増やして、みたいなのを繰り返していくうちに、すごく種類が増えたんだとか。
翠:それで?
凛太朗:だから、別に朝野さんはおかしくはない……と思う。
翠:どういうこと?
凛太朗:えっと、だから要は、朝野さんがお姫様に憧れていたとしても、それを口にせずに、なんとなくスカートの裏地で金魚を泳がせてみたとしてもおかしくはなくて……その……
翠:なに?
凛太朗:突然変異で新しい種類の金魚が生まれるみたいに、お姫様のなかにそんな朝野さんみたいなお姫様が生まれてもいいんじゃないかって……思い……ます。
翠:なんでいきなり敬語なの。
凛太朗:いや、自分でも段々自信がなくなってきちゃって。
翠:……
凛太朗:……
(少しの間)
翠:……別にさ。
凛太朗:うん。
翠:私、王子様は必要としてないんだ。
凛太朗:うん。
翠:お姫様にはなりたくても、王子様に助けてもらいたいわけじゃないの。
凛太朗:うん。
翠:だから別に、無理にフォローしなくていいよ?
凛太朗:え?
翠:え?
凛太朗:あ、いや、今のはフォロー……ではないと思うんだけど。
翠:そうなの?
凛太朗:多分。フォローというほど、俺、朝野さんのこと可哀想には思っていないから。
翠:結構すごいこと言うね。
凛太朗:だって、今のままで特に悩んでないって言ってたし。
翠:いや、うん。それはそうだし、だから別に、確かに傷ついてはいないけどさ。それにしたって言い方ってものがあるでしょ。
凛太朗:ごめん。俺、本当に周りに興味がないんだろうね。そういう相手を思いやった台詞とか、昔から下手で。
翠:……
凛太朗:ごめん。
翠:……別にいいけど。本当に気にしてないし。
凛太朗:たださ、単純に綺麗だったなって思って。
翠:何が?
凛太朗:朝野さんの、スカートの裏地。
翠:さっきは派手だって言ってたじゃない。
凛太朗:いや、思い返してみたら綺麗だったなって。今更だけど。
翠:……フォローじゃないんだよね?
凛太朗:うん、誓って。
翠:その返しもなんか違う気がするけど……まあいいや。ありがと。
凛太朗:朝野さんは本当になんとなく、あの金魚をスカートの裏に泳がせてみたんだろうけど、理由がないからこそ、突然変異で新種の金魚が生まれる瞬間みたいに見えて綺麗だったんじゃないか、みたいな。
翠:……
凛太朗:朝野さんのスカートの裏で泳いでいるからこそ、あの金魚は綺麗に見えたんだろうな、って朝野さんの話を聞いているうちに、なんとなく納得したんだ。だからつい、あんなことを言っちゃったんだと思う。
翠:……
凛太朗:あ、俺またなんか変なこと言った?
翠:ううん。全然。
凛太朗:そっか、よかった。
翠:うん。
凛太朗:それに、金魚ってそれこそ皆がイメージする可愛いお姫様みたいな見た目してるけどさ、口に入るものは基本なんでも食べるような大食いなんだよね。
翠:え?
凛太朗:だから見た目と中身のギャップ、みたいのも、金魚の話をしたくなった理由っていうか。
翠:それは……余計な一言だと思う。
凛太朗:あ、ごめん。
(少しの間)
翠:可憐な人魚姫どころか大食いの金魚姫、か。
凛太朗:ごめん。
翠:……ちょっと可愛いかも。
凛太朗:え?
翠:なんでもない。それよりほんと、もう帰ろ。先生に怒られちゃう。宿題もしなきゃだし。
凛太朗:あ、そうだ。ワーク、持って帰らなきゃだった。
翠:……あのさ。
凛太朗:なに?
翠:道端くん、相当金魚好きでしょ。
凛太朗:え、そう?本当にそんな風に思ったこと、ないけどな。
翠:……ま、いいか。
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【幕】