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​​#32「ア・インフローリ」

(♂1:♀2:不問0)上演時間30~40


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ニーナ

【ニーナ】女性

小さな田舎町に住む15歳の少女。母と二人暮らしをしており、エリアスとは幼馴染。

年齢の割に幼すぎるところがあり、学校や街の人間から「おかしな子」と馬鹿にされている。

 

エリアス

【エリアス】男性

小さな田舎町に住む20歳の鍛冶職人。天涯孤独の身の上で、ニーナとは幼馴染。

ニーナを秘かに愛している。

サネルマ

【サネルマ】女性

獣の骨を頭にかぶった、年齢不詳の風変わりな女。町はずれの粉ひき小屋にいつの間にか住み着いていた。

「ジプシーの魔女」と名乗る。

 

​※a inflori(ア・インフローリ)とはルーマニアの言葉で「開花」の意味。

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―プロローグ
サネルマ:あたしはね、人助けをしたいのさ。
 
【間】
 
―ある日/エリアスの部屋

(エリアスが作業をしている隣にニーナが腰かけている)

ニーナ:ねえ、エリアス。

 

エリアス:うん?

 

ニーナ:私、すごいことを聞いちゃったの。

 

エリアス:何を?

 

ニーナ:町はずれに、古い小屋があるでしょう?

エリアス:粉ひき小屋のことかい?

 

ニーナ:そう。それでね……

(ニーナ、エリアスの耳元に顔を寄せて小声で話す)

 

ニーナ:あそこには「ジプシーの魔女」が住んでいるんですって。

 

エリアス:なんだ、知らなかったのか?ニーナ。

ニーナ:知らなかったのか、って、じゃあエリアスは知っていたの?

 

エリアス:この辺に昔から伝わる、ただの御伽噺さ。大人なら誰でも知ってる。

 

ニーナ:私よりほんのちょっぴり年上なくらいで、大人ぶらないでちょうだい。

 

エリアス:ほんのちょっぴりだろうがなんだろうが、俺は大人さ。もう成人してる。

 

ニーナ:納得いかないわ。

 

エリアス:ところでニーナ。どうして君はこんな時間に俺の工房にいるんだい。

ニーナ:あ……


エリアス:また学校を抜け出してきたのか?

ニーナ:……


エリアス:別に怒ってないから、そんな顔をしないで。

 

ニーナ:だって、だってね。

 

エリアス:うん。

 

ニーナ:……

 

エリアス:……アンニーナにヘルガ?

 

ニーナ:なんで分かったの?

エリアス:狭い町だからね。

 

(ニーナ、うつむく)

 

ニーナ:……また、「変な子」「馬鹿な子」って言われちゃった。

エリアス:殴られたりは?

 

ニーナ:ほんのちょっぴり。

 

エリアス:腕を見せて。

 

(ニーナ、おずおずと袖をまくる)

 

エリアス:この前よりひどいじゃないか。

 

ニーナ:……

 

エリアス:お母さんには?

ニーナ:母さん、父さんが出て行ってからいつも忙しそうで、あんまり話してないの。だから邪魔にならないように、ちゃんとしなきゃ、って。

エリアス:俺が学校に行って話してこようか?ヒルヴォネン先生とは今も仲がいいし。

ニーナ:ううん、平気。それでエリアスが変な噂を立てられたら、私嫌だわ。

エリアス:そんなことにはならないよ。

 

ニーナ:でもアンニーナとヘルガだけじゃなくて、街中の人が私を「おかしなな子」だって言うもの。だからきっとエリアスまで

エリアス:ニーナはいい子だよ。それに、もしそうなっても俺の両親はとっくに墓の下だから、困らない。

 

ニーナ:……家具作りのお仕事がいつまで経っても来なくても?今だって全然ないのに?

 

エリアス:やられっぱなしのお姫様にしては、手厳しいことを言うな。

ニーナ:もう。「やられっぱなし」は余計よ。

(エリアス、笑う)

 

ニーナ:でも……

 

エリアス:ん?

 

ニーナ:もし本当に魔女がいるのなら、会ってみたいわ。

 

エリアス:会ってどうするのさ。

 

(ニーナ、くすりと笑う)

 

ニーナ:アンニーナとヘルガをカエルにしてもらうの。

 

エリアス:カエル?

(ニーナ、足踏みをしながらくるくると回り、無邪気な口調で続ける)

ニーナ:そうしたら、踏み潰して殺せるもの。ほら、こうやって。ワルツを踊るみたいに、優雅に。

エリアス:……ニーナ。

 

ニーナ:なあに?

 

エリアス:人の不幸を願っては駄目だ。誰かの不幸を願うというのは、自分の幸福をその対価に支払うということなんだよ。

ニーナ:よく分からないわ。

エリアス:……憎い相手のことを考えると、それだけ醜い気持ちになるだろう?幸福は、そんな気持ちの元には訪れない、ということさ。

 

(ニーナ、少し考え込む)

 

ニーナ:つまり、私が幸福になるためには、好きな相手のことを考えていればいいのね。

 

エリアス:え?

 

ニーナ:それなら私は、エリアスのことを考えるわ。

 

エリアス:ニーナ……

 

ニーナ:あと、母さんと、父さん。

 

(エリアス、苦笑しため息をつく)

 

エリアス:そういうことか。

 

ニーナ:何が?

 

エリアス:いいや、なんでもない。とにかく、魔女のところへ行こうなんて考えちゃだめだ。そんなものはいない。

 

ニーナ:はあい。

 

(エリアス、作業の手を止め立ち上がると大きく伸びをする)

 

エリアス:さて、と。ニーナ、夕飯食べていくかい?

ニーナ:ううん、いい。やらなきゃならない宿題が山ほどあるの。私、きっとすごく時間がかかっちゃうから。

エリアス:そうか。それじゃあ、気を付けて帰れよ。

 

ニーナ:うん、またね。

 

エリアス:明日は何もないといいな。

 

(ニーナ、屈託のない笑顔をエリアスに向ける)

ニーナ:うん!
 
【間】
 
―ある日/町はずれの粉ひき小屋

 

(粉ひき小屋の前を流れる川のほとりで、ニーナが泣いている)

 

サネルマ:お嬢ちゃん。

 

ニーナ:ひっ!

 

サネルマ:何を泣いているんだい?

 

ニーナ:な、なんでもないわ。それよりあなたは……

 

サネルマ:あたしかい?あたしはサネルマ。……「ジプシーの魔女」さ。

 

ニーナ:うそ……

 

サネルマ:嘘だと思うかい?

 

ニーナ:だって、エリアスは「そんなのただの御伽噺だ」って。

 

サネルマ:おや。それじゃあ、このあたしは一体なんなんだろうね?

 

ニーナ:……すごく変な格好をしているわ。

 

(サネルマ、くつくつと笑う)

 

サネルマ:魔女だからねえ。

 

ニーナ:その骨のかぶりものとか。

 

サネルマ:魔女らしいだろう?

 

ニーナ:……

 

サネルマ:信じていないようだね。

 

ニーナ:だって、なんだか想像していたのと違うから。

 

サネルマ:そりゃあ困った。

 

ニーナ:何か魔法を見せてくれたら信じるわ。

 

サネルマ:見せてやりたいのは山々なんだけど、歳のせいか、すっかり魔法の力が衰えちまってねえ。

 

ニーナ:あなた、一体何歳なの?

 

サネルマ:それすらも忘れちまうくらいの年齢さ。

 

ニーナ:やっぱり信じられない。

サネルマ:ふぅむ……それじゃあ、こんなのはどうだい?

ニーナ:なあに?

サネルマ:あたしはもう魔法は使えないが、魔法の道具なら、山ほど持っているんだ。そのひとつを、お近づきのしるしにあんたにあげよう。


ニーナ:その道具で何ができるの?

サネルマ:あんたを世界一幸福な娘にしてやることだってできるさ。

 

ニーナ:……

 

サネルマ:いじめっ子をカエルにして殺すかい?

 

ニーナ:なんで分かったの?

 

サネルマ:左目にそんな青あざを作って泣いてるのを見りゃあ、なんとなく分かるさ。

 

ニーナ:そう……。でも、それはやめておくわ。

 

サネルマ:おや何故?

 

ニーナ:エリアスが言っていたの。「人の不幸を願うには、自分の幸福を対価として差し出さなきゃならない」「だからそんなものは願っちゃ駄目だ」って。

サネルマ:さっきから出てくるその「エリアス」ってのは誰なんだね?

ニーナ:私の幼馴染よ。小さい頃から一緒で、ちょっとだけ年上だけど、いつも笑顔で優しくて、エリアスの言う事は、いつも正しいの。

 

サネルマ:その男が好きなのかい?

 

ニーナ:ええ好きよ、とっても。母さんや父さんと同じくらいに。

 

サネルマ:ふぅん……?

 

(サネルマ、懐から小さな種を取り出す)

 

サネルマ:それなら、この花の種をあんたにやろう。

 

ニーナ:花の種?

 

サネルマ:愛する男を虜にすることができる、魔法の花の種さ。

 

ニーナ:これで?どうやって?

 

サネルマ:この花の種はね、あんたの身体の一部を借りて育つんだ。養分は、「恋心」。愛する男との心の距離が近づくごとに育ってゆき、やがてその恋が絶頂を迎える時に、花が咲く。

 

ニーナ:咲いたらどうなるの?

 

サネルマ:普通なら――普通の、ただの恋ならば、絶頂の後は冷めてゆくだけさ。けれどこの花を咲かせれば、それ

を覆せる。その男は死ぬまであんたを情熱的に想い続けるだろう。

 

ニーナ:よく分からないわ。それに、私には必要ないみたい。

 

サネルマ:ほう?

 

ニーナ:だって私にはそういう意味で愛する人はいないし、それに恋って、あまりいいイメージがないから。

 

サネルマ:おや、何故だい?

ニーナ:クラスの女の子たちがよく恋の話をしているけれど、皆いつも胸をおさえて苦しそうだもの。辛い思いをするくらいなら、私は恋なんてしなくていいし、その分笑顔でいたいわ。

 

サネルマ:なぁるほど。なぁるほどなぁるほど。そうかそうか。……だがね、お嬢ちゃん。恋っていうのは、するものでなく「落ちる」ものさ。

 

ニーナ:落ちる?

 

サネルマ:そう。道端の石っころみたいにどこにでも転がっているけれど、それに躓くまではだぁれも気にも留めない。でも転んじまったら、決して無視は出来なくなる……恋ってのは、そういうものなんだよ。

ニーナ:だったら、どうしたらいいのかしら。

 

サネルマ:この種を「保険」と思っておきな。もし転んでしまった時に、皆のように胸を押さえて泣きたくはないだろう?

ニーナ:ええ。泣くのは嫌。

サネルマ:そうだろう?もし今のまま誰にも恋することがなければ、種は勝手に溶けて消えるから、何の問題もない。決して悪い話じゃあないと思うけどねえ?

 

ニーナ:……そうね。でもいいの?そんなことのために大事な魔法の道具を使ってしまって。

 

サネルマ:いいってことさ。

 

(サネルマ、ニーナにずいと近付く)

 

サネルマ:さあどこを苗床(なえどこ)にするか……。ああ、その痣のある左目にしようか。

ニーナ:少し、怖いわ。

 

サネルマ:大丈夫、これは魔法の道具だ。痛みなんか感じないよ。

 

(サネルマ、ニーナの左目に種を植える)

 

ニーナ:あ……

 

エリアス:何をしている!

 

ニーナ:エリアス!?

サネルマ:おやおや、これはこれは王じっ……

(エリアス、サネルマに走り寄り、その頬を打つ)

(よろめき倒れるサネルマ)

ニーナ:エリアス!なんてことを!

 

エリアス:ニーナ!何故こんなところにいるんだ!

ニーナ:一度は、一度はエリアスの家に行ったのよ。でも留守だったから……

 

エリアス:なんてこった……よりにもよって買い物に行っていた時に……

 

ニーナ:ごめんなさい。でもほかに一人になれる場所を私、知らなくて。

 

(サネルマ、呻きながら身体を起こす)

サネルマ:あつつつ……おお痛い。

(エリアス、さっとニーナの前に立ちはだかる)

エリアス:お前……!ニーナに何をした!

ニーナ:待ってエリアス、サネルマは私のお友達よ。

エリアス:お友達?

 

ニーナ:そう、お友達になったの。サネルマは魔女だけど、今はもう魔法は使えないんだって。だから何の危険もないわ。

 

エリアス:こいつはジプシーの魔女なんかじゃない。ただの頭のおかしな女さ。少し前から町で噂になっていたんだ。自分を魔女と名乗っておかしなものばかり売りつけようとする女が、この粉ひき小屋に勝手に住み着いているってな。

ニーナ:でも

 

(サネルマ、高笑いする)


サネルマ:このあたしがお友達、とはね。お嬢ちゃんはなんて優しい子なんだろう!

エリアス:ニーナは優しいかもしれないが、俺は違うぞ。お前がさっきニーナの目に何かしているのを見たんだ。

(サネルマの胸倉をつかむ)

エリアス:一体何をした!言え!

 

サネルマ:ああ、やめておくれよ。服が破れっちまう。それに……あんたにとっても悪い話じゃないんだよ?

 

エリアス:は?

 

サネルマ:その子の左目に植えたのはね、魔法の花の種さ。「恋心」を糧に育ち、その花は愛するものを永遠に虜にする、ってね。

 

エリアス:恋心?

 

ニーナ:でも、私は恋なんかしないもの。だから、これはただの「保険」なのよ。辛い思いをしないための、保険なの。

 

(サネルマ、エリアスに囁きかける)

 

サネルマ:そうだ、あんたが彼女に恋を教えてやるってのはどうだい?その素晴らしさ、その熱さをね。そうすれば、物語の王子様とお姫様のように末永く「めでたしめでたし」さ。

 

エリアス:貴様……

 

(エリアス、思わずサネルマから手を離す)

 

サネルマ:ふぅ、やっと離してくれた。あんたなら分かるだろう?先の見えない恋の苦しさが。

 

エリアス:……!

 

サネルマ:あたしはね、人助けをしたいのさ。本当に、それだけさ。

 

ニーナ:エリアス……

エリアス:……種を、取り出す方法は?

 

サネルマ:おやおや、こんなにも素晴らしいものを取り出すって言うのかい?

 

エリアス:そんな都合のいい代物(しろもの)があるわけがない。人の身体を苗床にするなんて、そんなおぞましいもの、必ずどこかに落とし穴があるはずだ。

 

サネルマ:ほ、ほ。存外に聡(さと)い王子様だこと。

 

エリアス:取り出す方法は!

 

サネルマ:ないよ。

 

エリアス:ない……?

 

サネルマ:その種は植えた瞬間から、宿主の身体と心に深く食い込む。取り出そうとするには、身体を切り刻まなきゃあならない。

 

エリアス:そんな……

 

サネルマ:「永遠」を約束するんだ、相応の対価だと思うがねえ。

 

エリアス:永遠に恋の虜……

 

(エリアス、はっと何かに気付く)

 

エリアス:まさか、その花が開く時っていうのは……!

サネルマ:そう、宿主が死ぬ時さ。

 

ニーナ:……え?

 

エリアス:やっぱり……!


サネルマ:王子様、あんたなら分かるはずだ。相手を永遠に自分のもとにつなぎとめておくためには、目の前で死ぬのが一番だってことが。

 

エリアス:……

 

ニーナ:エリアス?

 

サネルマ:愛するものが目の前で死ねば、必ずそれは忘れられない思い出となる。相手にとっては絶望でも、自分にとっては至高の、幸せな爪痕だ。そうだろう?

 

エリアス:そんな自分勝手なものは、愛とは呼ばない……!

 

サネルマ:いいや、あんたには分かるはずさ。

 

ニーナ:エリアス大丈夫。私、本当に恋なんかしない。しないように気を付ければいいのよ。ね、だから大丈夫。

 

エリアス:ニーナ……そうじゃない。そうじゃあないんだ……!

ニーナ:あ……

 

サネルマ:さて、と。それじゃああたしはこれで失礼するよ。あんたに殴られた頬を冷やさなきゃ。おお痛い痛い。

 

(サネルマ、大袈裟に頬を押さえながら歩き出す)

エリアス:待て……

サネルマ:あんたが知りたいことはぜぇんぶ話したよ。これ以上話しても時間の無駄さ。それじゃあね。

 

(少しの間)

 

ニーナ:……

 

エリアス:……

 

ニーナ:あのね、私はきっと大丈夫よ。

(エリアスの返事はない)

ニーナ:……ねえ、エリアス。

 

エリアス:……

 

ニーナ:ねえ。

 

エリアス:……

 

ニーナ:どうしてそんな顔をするの?私なら大丈夫。だってエリアス以外に友達なんていないし、学校にも町にも嫌いな奴しかいない。だから大丈夫よ。

 

エリアス:それでも、俺は君の残り時間を計算しながら、君と共に生きねばならないんだ。それは俺にとって、地獄に行くよりもつらい事なんだよ。

 

ニーナ:どうして?

 

エリアス:……

 

ニーナ:ねえ、そんな顔をしないで?いつものように優しく笑ってよ。

 

エリアス:……ごめん。

 

ニーナ:……

 

エリアス:ごめんよ。

 

ニーナ:私も、ごめんなさい。エリアスの言いつけどおり、こんなところに来なければ、エリアスにそんな顔をさせないで済んだのに。

 

エリアス:それはもういい。もういいんだ。

(少しの間)

 

ニーナ:……ねえ、エリアス。

 

エリアス:なんだい?

 

ニーナ:私、なんだか変だわ。

 

エリアス:え?

 

ニーナ:エリアスのそんな顔、見たことないし、悲しい思いをさせてごめんなさい、って思うのだけど、すごく憂鬱なのだけど……でも私、今すごく甘いパパナッシュをお腹いっぱい食べた後みたいな、胸いっぱいに幸せな気分なの。

 

エリアス:あ……

 

ニーナ:どうしてかしら?変よね。

 

(その時、ニーナの左目から芽が出る)

 

ニーナ:あ……ああ……っ!

 

エリアス:発芽……!ああそんな……そんな……!

 

(左目からしゅるしゅると弦が伸びる)

 

ニーナ:ねえエリアス……止まらない……止まらないよ……!

 

エリアス:ああいけないニーナ……!ニーナ!……ニーナ!
 
【間】
 
―数日後/町はずれの粉ひき小屋

(川辺に座っているサネルマの背後にエリアスがやってくる)

 

サネルマ:お姫様についていなくていいのかい?

エリアス:知っていたのか。……いいや、お見通しだったんだろうな。こうなることを。

 

サネルマ:さてねえ。

 

エリアス:ニーナは、もう起き上がることもできない。

 

サネルマ:おやおや、たった数日で一気に募ったものだ。やっぱり青い恋は育つのが早い。

 

エリアス:左目から伸びたつると葉が顔を覆って、ひどく邪魔そうだ。そして今朝……蕾を付けた。

サネルマ:開花も間近、というわけかい。


(少しの間)

 

エリアス:本当は、あるんじゃないのか。

 

サネルマ:何が?

 

エリアス:ニーナを救う方法が。

 

サネルマ:ないって言ったろう?

 

エリアス:魔法なんてあるはずがないんだ。あれはきっと何かの病気で、お前はニーナに病原菌を植え付けた。お前はただの頭のおかしなテロリスト。そうだろう?

 

サネルマ:そうなら良かったねえ。

エリアス:……なんで、ニーナだったんだ。

 

サネルマ:可愛かったのさ。確かに恋をしているのに、無知過ぎてそれに気付かない姿がね。

 

エリアス:それで命を奪うのか?

 

サネルマ:あの子の命を奪うのは、あの子自身の恋心さ。

 

エリアス:ふざけるな。

 

サネルマ:そして、あんたの恋心。

 

エリアス:ふざけるな!

 

サネルマ:一体何が不満なんだい?あんたの長い長い片想いの実る日が、近づいているというのに。

エリアス:実った途端に失う恋なんて、望んじゃいない。

 

サネルマ:でも、あんたは一生お姫様を想っていられる。お姫様は一生あんたの心に住み続ける。それの何が不服かね?肉体の繋がりがなくとも、永遠に互いを想い続けていられる――それこそ至高の愛じゃないか。

 

エリアス:そうかもしれない。でもその愛は、何かの力を借りて実らせるものじゃない。

 

サネルマ:恋ほど不実なものはないよ。刹那的で、なんの保証もない。人は恋を幸せなもののように謳いながら、その実(じつ)ままならぬ己と世界を呪うだけだ。

 

(サネルマ、エリアスを見据える)

 

サネルマ:……あたしはね、人助けをしたいのさ。不実を誠に変えて、ね。

 

エリアス:お前のところに来たのは、やっぱり間違いだった。

サネルマ:ついでにちょいと聞いておいきよ。この辺りに伝わる恋の昔話をさ。ジプシーの魔女が特別に語り聞かせてやろう。

エリアス:結構だ。ニーナが待ってる。

 

(サネルマ、水面を見つめながら語り始める)

サネルマ:昔昔あるところに、愛する男を手に入れるために、月と契約したジプシー女がいた。

 

(エリアス、サネルマを無視して立ち去る)

 

サネルマ:条件は、男との最初の子供を月に捧げること。やがて女はめでたく男と結ばれ、子を儲けた。ところがなんと、生まれた子供は男にちいとも似ていなかった。月は女を愛していた。だから二人の眠る間(ま)に、女に己の子を孕ませた。男は己の愛を裏切ったと女を殺し、これまでの愛の日々を思い返しながら嘆き悲しみ、首を括った。月は一部始終を空から見ていた。どうしてこうなったのか、月には分からない。残された己の息子に子守唄を歌いながら考えた。欠けた己の身体を、子の揺りかごにしながら考えた。そうしてある日、月は女の死体にこう告げた。「お前は男と結ばれた瞬間に死ぬべきだった。そうすれば、こんな野ざらしの死体になることもなかったのに。息子の魂はお前に返す。絶望のまま死んだお前なら、きっと最高の幸せが何か分かるだろう。だからお前は私に正しく愛を示せ」。

 

(少しの間)


サネルマ:……愚かな月よ。傲慢な月よ。
 
【間】
 
―エリアスの家

 

(ベッドでニーナが苦し気に呼吸をしている)

 

ニーナ:う、あ……

 

エリアス:ニーナ、ただいま。

 

ニーナ:エリアス……

 

エリアス:具合はどうだい?

(ニーナ、小さく微笑む)

 

ニーナ:幸せよ。

エリアス:……そうか。

 

ニーナ:母さん、心配してる、かなぁ。

 

エリアス:……

 

ニーナ:エリアス?

 

エリアス:……とても心配してる。でも大丈夫だ。俺がそばにいる、って伝えてあるから。

 

ニーナ:やっぱり私、悪い子ね。

 

エリアス:そんなことないよ。

 

ニーナ:私の事を「いい子」って言ってくれるの、エリアスだけよ。

 

エリアス:皆分かっていないだけさ。

 

ニーナ:うふふ、嬉しい。

 

(ニーナ、天井を仰ぐ)

 

ニーナ:不思議ね。私を馬鹿にするアンニーナとヘルガのこと、街のみんなのこと、あんなに嫌いで憎たらしかったのに、今はそんなことどうでもいいの。

 

エリアス:何故?

 

ニーナ:エリアスが、「いい子」って言ってくれるもの。今はそれで、すごく満足。

 

エリアス:そうか。

(蕾が急激に膨らみはじめる)

ニーナ:あ……

エリアス:蕾が……!

 

ニーナ:きっともうすぐ、咲くのね。

 

エリアス:……

 

ニーナ:またその顔。ううん、芽が出てからずぅっとその顔ね。笑っていても、目はずぅっと憂鬱なまま。

 

エリアス:ごめん。

 

ニーナ:……ねえ、恋ってこういう事だったのね。

 

エリアス:え?

 

ニーナ:こんなに甘くて憂鬱な顔を独り占めできるなんて。

(エリアス、ナイフを取り出す)

 

エリアス:……ニーナ。まだその腕が動くうちに、このナイフで俺を殺してくれ。

ニーナ:どうして?

エリアス:俺は、君を失いたくない。

 

ニーナ:私だって、エリアスを失いたくないわ。

 

エリアス:……っ!

ニーナ:私、エリアスといたい。もっとその顔を見ていたい。

(ニーナ、震える手をエリアスに伸ばす)

ニーナ:ねえ、もっと見せて。その甘くて憂鬱な顔を。

 

エリアス:やっぱり殺してくれ。

ニーナ:ふふ、駄目。

 

エリアス:ニーナ……

 

ニーナ:本当に、不思議。私はエリアスの笑顔が好きで、そんな憂鬱な顔、見たくないはずなのに、なんだか幸せなの。

 

エリアス:やめてくれ。

 

(ニーナ、途端にひどく苦しみだす)

 

ニーナ:あぁ……あぁっ……!

 

エリアス:ニーナ!

 

ニーナ:……ねえ。キス、して。

 

エリアス:嫌だ。

 

ニーナ:私、とっても、とっても綺麗な花を咲かせるわね。

 

エリアス:嫌だ。

 

(ニーナ、最後の力で身体を起こし、エリアスに口づける)
(エリアス、涙を流しながらもそれを受け入れる)
(そしてゆっくりと蕾が開き始める)

ニーナ:ああ……っ!花が、花が咲くわ。ねえ見て!とうとう咲くのよ。

 

エリアス:駄目だ……!ニーナ、駄目だ……!

 

ニーナ:ねえ見て。私、綺麗?今までで一番綺麗?

 

エリアス:……綺麗だよ。

 

ニーナ:幸せね。私、本当に幸せ。明日があると、もっと良かったのに。この幸せな気持ちのまま明日を迎えるのは、絶対に幸せなはず、なのに……明日がないことが幸せ。

 

(ニーナ、小さく笑う)

 

ニーナ:やっぱり私、みんなの言うようにおかしな子ね。

 

エリアス:ニーナ。

 

ニーナ:……な、あに?

 

エリアス:……愛してる。

 

ニーナ:わ、たし……

 

(ニーナ、「私も」と告げる前に息絶える)
 
【間】

 

(息絶えたニーナを見つめるエリアス)

 
エリアス:……美しいな。ニーナ、君は本当に美しい。悲しいのに……こんな結末はちっとも望んじゃいなかったのに、どうして俺はこんなことを……。俺は、俺は……

 

(いつの間にか背後にサネルマが立っている)

サネルマ:食べておやり。

 

エリアス:……は?

 

サネルマ:その花を食べておやり。彼女とひとつになるために、やがて同じ花を咲かせるために。

 

エリアス:どこから入った。

 

サネルマ:言っただろう?あたしは魔女だって。

 

エリアス:……この花を、食べろって?

 

サネルマ:それがあんたの幸せ、だろう?

(少しの間)

(エリアス、無心で花びらをむしって口に運び始める)

 

サネルマ:絶望の味がするかい?

 

(エリアス、涙を流しながら食べ続ける)

 

サネルマ:いいや、幸せの味がするだろう?

 

(エリアスは泣くのも食べるのもやめない)

 

サネルマ:その花は、恋した相手の身体の中で次の実を結ぶ。あんたとお姫様の、まさに愛の結晶だよ。

 

エリアス:……あ、ああ……っ!ああっ……!


サネルマ:絶望があるから、幸せを噛み締められる。最高の絶望は、最高の幸せ。そうだろう?

 

(エリアス、涙を流したまま笑い始める)

サネルマ:……あたしはね、人助けをしたいのさ。


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【幕】

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