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​​#8「ホーム・スウィート・ホーム」

(♂3:♀2:不問0)上演時間30~40分

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・潤

【前島潤(まえじまじゅん)】男性

甲斐田家にやってきた家政婦。身体が大きくて化粧が濃い四十歳。

「家族の間には秘密などあってはならない」が信条。

・秀輝

【甲斐田秀輝(かいだひでき)】男性

甲斐田家家長。路子の夫で某名門高校の教頭。生徒と不倫関係にある。

・路子

【甲斐田路子(かいだみちこ)】女性

秀輝の妻。習い事ばかりして家を空けがち。万引き癖がある。

・譲

【甲斐田譲(かいだゆずる)】男性

甲斐田家長男。秀輝と路子の息子。秀輝が教頭を務める高校の一年生。文武両道眉目秀麗。同級生の彩名と交際中。

 

・彩名

【山崎彩名(やまざきあやな)】女性

譲の同級生。譲と同様優等生で、譲と交際中。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

―プロローグ

 

(鼻歌を歌いながら歩く潤、とある家の玄関前で足を止める)

 

潤:ごめんくださいまし。金沢家政婦紹介所から参りました、前島潤(まえじまじゅん)と申します。


【間】


―朝/甲斐田家ダイニング

 

路子:譲(ゆずる)、おはよう。今日はずいぶん早いのね。

 

譲:うん、部活の朝練があるから。

 

路子:ああ、アーチェリー部の。

 

譲:大会も近いしね。

 

路子:二連覇を目指しているのよね。

 

譲:まあ一度優勝しちゃったら、そうしないわけにいかないでしょ。

 

秀輝:殊勝な心掛けだな。この間の試験でも首席を守ったようだし、そのまま精進するんだぞ。父さんも鼻が高い。

 

譲:……別に、あんたのためにやってるわけじゃないんだけど。

 

秀輝:ん?

 

譲:いや、なんでもない。頑張るよ。

 

路子:その意気よ。あなた、コーヒーのお替りは?

 

秀輝:何言ってるんだ。もう出勤時間だぞ。そんな時間はない。

 

路子:そんな言い方。要らないなら要らないって言えばいいじゃない。

 

秀輝:要らないって言っても勧めてくるだろうが、お前は。

 

路子:……

 

譲:ああそうだ、父さん母さん。

 

秀輝:どうした。

 

譲:あの家政婦さんのことなんだけど。

 

路子:前島さん?

 

譲:うん。あの人さ、どういう経緯で家に来たの?

 

秀輝:何かあったのか?

 

譲:何があった、ってわけじゃないんだけど。

 

路子:ジムのお友達に教えてもらった紹介所から来て頂いたのよ。

 

譲:一か月も経って今更だけど、家に必要?家政婦さんって。

 

路子:だって、お父さんもお母さんも忙しいんだもの。あなたが中学を卒業するまでは、お母さん色々我慢して頑張ってきたけど、もうそろそろ自由にさせてもらってもいいと思うのよ。

 

譲:そっか。そうだよね。

 

秀輝:気に入らないなら変えてもらうぞ?

 

譲:いや、本当にそういうわけじゃないからさ。ただ気になっただけ。

 

路子:そう。でも、気さくでいい人よね。

 

秀輝:そうなのか?

 

路子:ええ。あなたはあまり顔を合わせたことはないかもしれないけど、色々と細かいところに気が付いて、お掃除もすごく行き届いてるの。譲のことも、すごく親身になってくれるのよ。 

 

秀輝:彼女、独身だったろう?だから息子みたいに感じるんだろうな。

 

譲:へえ、独身なんだ。 

 

路子:(苦笑)そりゃあ、あの見た目じゃあねえ……。

 

譲:きっついよね。

 

路子:身体が大きいのはどうしようもないとして、もう少しお化粧を薄くすれば、いくらか良くなると思うんだけどねえ。

 

秀輝:(咳払い)人を見た目を判断したらいけない、と何度言ったら分かるんだ、二人とも。

 

路子:はいはい。失礼しました。

 

秀輝:仕事はきちんとこなしてくれているようだし、それでじゅうぶんだろう。

 

(秀輝、席を立つ)

秀輝:俺はもう行く。譲、一緒に行くか?

 

譲:いや、いい。

 

路子:あら、彩名(あやな)ちゃんと登校の約束かしら?

 

譲:母さん!知ってたの?

 

秀輝:彩名?

 

路子:ほら、いつも譲と並んで成績上位のお嬢さん。

 

秀輝:山崎彩名か。

 

路子:そうそう。前島さんがこないだ見かけた、って教えてくれたのよ。嫌だわ、お母さんに内緒にするなんて。

 

譲:別に内緒にするつもりはなかったけど。

 

秀輝:別に女と付き合うなとは言わん。ただそれで成績を落とすことのないようにな。行ってくる。

 

譲:……

 

路子:さ、譲もそろそろ時間じゃない?

 

譲:あ、うん。

 

路子:いってらっしゃい。

 

譲:いってきます。


(チャイムの音)


潤:ごめんくださいまし。

 

路子:ああ前島さん、いらっしゃい。今日もお願いね。

 

潤:ほほ、おまかせくださいな。奥様は、今日はテニスとジムで、その後ジム友とお食事……でしたかしら?

 

路子:そう。テニスの前にお友達とお買い物にも行きたいから、もう行くわ。

 

潤:あらまあ、お忙しいこと。でも、プライベートが充実されているのは素敵ですわ。

 

路子:理解があって嬉しいわ。人によっては、「遊んでばっかり」なんていう人もいるから。

 

潤:ずうっと家庭にいたら息が詰まってしまいますよ。奥様が常に生き生きと綺麗でいることも、家族円満の秘訣ですわ。ご家庭のことは私に任せて、どうぞ行ってらっしゃいな。

 

路子:ありがとう。前島さんが来てくれて本当に良かったわ。それじゃあ、よろしくね。

 

(少しの間)

 

潤:さてさて、始めますか。家族円満の秘訣は、常に皆が伸び伸びと、垣根なく過ごすこと。そのためには、埃も汚れも、ぜぇんぶ落としていかなきゃね。(鼻歌)


【間】

 

―学校

 

彩名:譲くん、朝練お疲れ様。

 

譲:ああ、お疲れ。

 

彩名:相変わらず絶好調ね。これなら次の大会も優勝間違いなしだと思うな。

 

譲:自信がないわけじゃないけど、まあでも油断はせずに行くよ。

 

彩名:さすがね。

譲:女子の方はどうなの?

 

彩名:ぼちぼちってところね。今年は譲くんと一緒に、男女ダブルで優勝を狙いたいな。

 

譲:よく言うよ。優勝候補だろ、彩名だって。

 

彩名:知ってて「女子の方はどう?」なんて聞いたの?意地悪なんだから。

 

譲:そこまで深く考えてなかった。ごめん。

彩名:そういえばさ、譲くんのおうち、家政婦さんを雇い始めたんだって?

 

譲:え、どうして知ってるの?

 

彩名:んー、どこで聞いたんだったかな。多分誰かが見かけた、とかそういう感じじゃなかったかな。

 

譲:そっか。

 

彩名:なあに?浮かない顔して。

 

譲:いや、なんかさ、その家政婦さんなんだけど、俺はどうも好きになれなくて。

 

彩名:ふうん。どうして?

 

譲:そもそも家、そんなに広いわけでも金持ちなわけでもないし、わざわざ家政婦を雇う必要もないと思うんだ。

 

彩名:譲くんち、私からしたらじゅうぶん広くてお金持ちだと思うけど。

 

譲:そんなことないって。この学校ならうちくらいの家に住んでる奴、ごろごろいるだろ。

 

彩名:まあいわゆる「名門校」だもんね。学費も高いし。

 

譲:そういうこと。

彩名:私、特待(とくたい)になれて良かったな。じゃなかったら、こんな学校とても通えないし、そうしたら譲くんとも出会えなかったもの。

譲:……結局さ、母さんが遊び歩きたいだけなんだよ。

彩名:なあんだ。譲くん、家政婦さんが気に入らないんじゃなくて、お母さんが家にいないのが気に入らないだけなんじゃない。

 

譲:そんなんじゃないよ。馬鹿にするなよな。

彩名:ごめんごめん。それで?何がそんなに引っかかるの?

譲:父さんも母さんも家にほとんどいないから、結果的に俺が一番その人……前島さんっていうんだけど、その人と一緒にいることになるわけ。

 

彩名:うん。

 

譲:すごく近いんだよね。

 

彩名:近いって?

 

譲:なんていうか……距離感?

 

彩名:距離感?

 

譲:最初はさ、ちょっとごつくてケバイけど仕事はきちんとするし、親切だし、いい人かなって思ったんだけどさ。

 

彩名:そうだね。それだけ聞くといい人だね。

 

譲:ただ、こないださ……


【間】

 

―譲の回想

 

潤:譲さん、今日は早いお帰りですこと。

 

譲:部活がなかったから。

 

潤:あらあら、そういうことだったんですね。それじゃあ、さっさと学校の課題を片付けちゃいましょ。

 

譲:寝る前にまとめて片付けるから平気だよ。

潤:寝る前にやると効率が落ちて寝不足になります。明るいうちに片づけてしまうのが合理的。ね?そうなさい。

 

譲:……分かった。

 

潤:譲さんは本当にいいお坊ちゃんだこと。じゃあ、その間に私は何か甘いものでも作りましょ。

 

譲:いいよ、おやつなんて。

 

潤:いいえ、イライラした時には甘いものが一番です。

 

譲:別にイライラなんか

 

潤:だって、最近の日記を見ているとお父様お母様や、お友達の愚痴ばかりじゃないですか。

 

譲:日記?

 

潤:「自分の保身しか考えていない傲慢な父親」「家族のことを顧(かえり)みずに遊び歩いてばっかりの愚鈍(ぐどん)な母親」だなんて。

 

譲:読んだの!?

 

潤:あと、何に使うか知らないけれど、エアガンなんて物騒なものを隠しているのも頂けませんわ。まあ、ベッドの下に隠されているのが、いかがわしいご本じゃないだけいいのかもしれませんけど。ふふふ。

 

譲:……なに、してるのさ。

 

潤:隠れたところの埃もぜぇんぶ綺麗にするのが、家政婦のお仕事ですもの。

 

譲:プライバシーの侵害だ。

 

潤:それも確かに大事なことですわね。でも、家族に隠し事をするのは、果たしていい子のすることかしら?

譲:秘密にしたいことくらい、誰にだってあるだろう。

 

潤:いいえ、それが良くないんです。皆がしているから自分も、と考えを停止してしまうから、どんどん要らない壁が増えるんですよ。家の中は、常に澄んだ空気にしておかなくちゃいけません。

 

譲:……父さんと母さんに言うのか。

 

潤:風通しを良くするためには、ね。それが、私の仕事です。

 

譲:そんなのは、ただの迷惑行為だ。そもそも雇われているだけの家政婦が、口を出すことじゃない。

 

潤:……なら、今後秘密はこれっきりにしましょうね。甘いものを食べて、イライラと一緒にぜぇんぶポイ!ね?


【間】

 

―教室

 

彩名:なにそれ、きっも。

 

譲:だろう?親身になるのを通り越してるんだ。

 

彩名:お父さんとお母さんに言った方がよくない?

 

譲:言ったら俺の秘密もバレるだろ。

 

彩名:まあ……そっか。

 

譲:それに、父さんも母さんもすっかりあの人を信用してるから、俺が言ったところで変わらないよ。

 

彩名:……ねえ、譲くん。

譲:なんだよ。

彩名:困ったことがあったら、私にいつでも言ってね。愚痴を聞くくらいはできるから。

 

譲:……ありがとう。

 

彩名:彼女だもん、当然でしょ。

 

譲:ちなみにそれも、家族にバレた。

 

彩名:え?

 

譲:一緒に登校してるのを、前島さんが見かけて母さんに告げ口したんだ。

 

彩名:……大丈夫だった?

 

譲:何にも問題なかったよ。だから、堂々としていればいい。

 

彩名:そう……そうね。でもやっぱり、ちょっと気持ち悪いね、その人。


【間】

 

―夜/路上

 

秀輝:(何者かと会話している)そうか、やっぱり聞いたのか。……しばらくやめておいた方がいいかもしれないな。……ああ、この学校の名誉のためだ。君だってこの秘密が知られたら困るだろう?一時(いっとき)の辛抱だ。万が一の時にはこちらでなんとかする。とにかく余計なことを――

 

潤:あらあら、旦那様。

 

秀輝: (ため息)前島さんか、驚かさんでくれ。今帰りか?

 

潤:ええ。いきなり声をかけたりしてごめんなさいねえ。今走っていったのは……旦那様の学校の子かしら?驚かせちゃったかしらねえ。

 

秀輝:帰り際にばったり会ってな。進路の相談に乗っていたんだ。

 

潤:あらあら、大変ですわねえ。

 

秀輝:まあな。

 

潤:それにしても、今の子ってば……

 

秀輝:なんだ。

 

潤:いえね、こんな遅くまで制服でうろついて、危ないわぁ、って思って。

 

秀輝:あ、ああ。

 

潤:送って差し上げなくていいのですか?こういう時こそ先生が責任を持って、お家まで送り届けるものではなくて?非行や不審者から、若者たちを守らなければ。

 

秀輝:そ、そうだな。

 

潤:ほらほら、早く追っかけて。

 

秀輝:前島さんも、良かったら一緒に。そうしたらその後、前島さんのことも送ってあげられる。

 

潤:嫌ですわ。こんなおばちゃんのことなんて誰も襲いませんよ。それにほら、私身体が大きいでしょう?それだけで抑止力になりますのよ。ほほほ。

 

秀輝:そうか。だとしても、気を付けて帰ってくれよ。

 

潤:旦那様は、お優しいんですねぇ。

 

秀輝:前島さんこそ、家内より余程私の仕事に理解がある。あいつは少し帰りが遅くなるだけでうるさいから。

 

潤:そんなことはありませんよ。部外者だから言えることもあるだけですわ。

 

秀輝:なるほど。それじゃあ本当に、気を付けて。

潤:ええ、また明日。明日は土曜日なので、少し早めに伺いますね。

秀輝:いつもありがとう。よろしく頼む。それじゃあ。

潤:はい。おやすみなさいませ。

(少しの間)

潤:いつだって風通しを良くするのが、あたしの役目ってね。(鼻歌)


【間】

 

―週末/甲斐田家ダイニング

 

譲:あれ、母さんは?

 

秀輝:今日はダンスのレッスンだそうだ。

 

譲:そう。

 

譲:……ねえ父さん。今日はもうすぐ前島さんが来るんだろ?

 

秀輝:ん?ああ、もうそんな時間か。

 

譲:あのさ。俺、今日は部屋で色々やりたいことがあるから、彼女に部屋に入らないようにって伝えておいて。

 

秀輝:課題か?

 

譲:それもあるけど、進路をそろそろ真剣に考えないとでしょ?だから、色んな大学を調べてみようと思って。

 

秀輝:なるほど、感心だな。分かった、伝えておこう。

 

譲:ありがとう。


【間】

 

―同日同時刻/商店街

 

路子:(とある雑貨店から出てくる)ふぅ。

 

潤:あらまあ奥様。

 

路子:ひっ!?ああ……前島さん。こんなところで会うなんて奇遇ね。

 

潤:ええ、本当に。奥様、今日はダンスのレッスンだったのでは?

 

路子:え、ええ。ちょっと早く出てきちゃったから時間潰しをね、してたのよ。

 

潤:なるほど、そういうこと。このお店、素敵ですものね。ほら、ショーウィンドウに飾ってあるあれ、あの薔薇の模様のエプロンなんて、憧れますわぁ。

 

路子:前島さんにもきっと似合うわよ。

 

潤:いやぁだ、ご冗談。

 

路子:そんなことないわよ。良かったら少し当ててみたら?いつものお礼にプレゼントするわよ。

 

潤:いいえいいえ、そんなことをして頂くほどのことはしておりませんわ。だってまだまだお掃除も下手ですもの、私。

 

路子:そう?いつも家じゅうピカピカで、私も主人も助かっているのよ。

 

潤:でも……ねえ?

 

路子:なあに?何か気になることでもあるの?なんでも言って頂戴。聞くわよ。

 

潤:そうですわね……。例えば、奥様のその鞄の中のものとか。

 

路子:……っ!

 

潤:よく聞きますわね、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な家庭の奥様が、何故か万引きをやめられない、なんていうのは。

 

路子:ねえ前島さん、これは

 

潤:(さえぎって)でもまさか、奥様がそんな秘密を隠してらっしゃったなんて。

 

路子:違うの、これは……ほら、品物が落っこちてきちゃって……あの……

 

潤:ねえ奥様。

 

路子:前島さん……

潤:私は別に、奥様をお店に突き出してどうこうするつもりはありませんの。

 

路子:え?

 

潤:ただ、ご家族に秘密を抱えてらっしゃることが、私には悲しくて。

 

路子:……それは、申し訳ないとは思っているわ。だけど、主人も譲も、私の事なんて興味ないのよ。私が何をしていようが、知ろうともしない。だから、こんなの秘密にもならないわ。

 

潤:いいえ、秘密です。

 

路子:……どうしろって言うのよ。

 

潤:きちんと打ち明けるのです。秘密を。

 

路子:駄目よ……そんなことをしたら……!

 

潤:大丈夫、私に考えがございます。ええ、おまかせください。きっとご主人も譲さんも受け入れてくれますわ。

 

路子:何を根拠にそんなことを。

 

潤:うふふ、そこは家政婦の私の腕を信じて下さいませ。埃はきっちり掃き出して、何処から見ても美しいお家にするのが、私の仕事ですわ。ね?

 

路子:……だめよ。

 

潤:いいえ、大丈夫。だから安心して、ダンスのレッスンに行ってらして!さあ今日は忙しくなるわぁ。

路子:あ……!

 

(潤、鼻歌を歌いながら去っていく)

 

路子:……どうしよう。


【間】

譲:……うそ、だろう?このニュースが本当だとしたら、あの家政婦……

 

(譲の携帯が鳴る)

 

譲:なんだよ、こんな時に……もしもし?

 

彩名:もしもし?

 

譲:ああ、彩名?どうしたんだよ、急に。

 

彩名:あのね……

 

譲:なに?えらく歯切れが悪いな。

 

彩名:えっと……

 

譲:らしくないぞ。言えよ。

 

彩名:……来ないの。

 

譲:は?

 

彩名:だから!来ないの……!

 

譲:……なに、が?

 

彩名:分かってるでしょう?ほら、この前に一度……

 

譲:いや、確かにあの時は……そうだったかもしれないけど、でもお前「大丈夫な日だから」って。

 

彩名:でも……来ないのよ!

 

譲:……落ち着け。すぐに、すぐに病院を探すから。大丈夫だ。

 

彩名:ねえ、どうしよう。ほら、譲のところの家政婦さん、やたら干渉してくるって言ってたじゃない?私たちが一緒にいるところも見かけたりしてたみたいだし……もしかしたら……私たちが何とかする前にバレちゃうかも。

 

譲:前島さんのことなら、俺がなんとかする。

 

彩名:そんなことできるの?

 

譲:ああ、今ちょうどあの人のことを調べていたところなんだ。あんなに過干渉な人、絶対どこかで問題を起こしているはずだと思って。そうしたらさ……

 

(少しの間)

 

彩名:……嘘でしょう?

 

譲:嘘だと思いたいけど、多分本当だ。あの人にも「秘密」があったんだ。だから、その話をすれば

 

彩名:でも、それよりも先に私たちのことを譲のご両親に話されたら?私、こわい。

 

譲:大丈夫……大丈夫だって。俺、うまくやるから。

 

彩名:ねえ……私に考えがあるの。

 

譲:なんだよ……。

 

彩名:さっきの譲の話が本当なら、それならいっそ……

 

彩名:そのおしゃべりな口を、先にふさいでしまえばいいのよ。


【間】


(チャイムの音)

 

潤:ごめんくださいませ。

 

秀輝:ああ、前島さん。今日もよろしく。それと……

 

潤:はあい?

 

秀輝:譲は今日は部屋で調べ物をするから、掃除は不要だそうだ。

 

潤:あらあら、部屋にこもりきりなんて良くありませんわ。

 

秀輝:いや、そこは尊重してやってくれ。大事な時期なんでな。

 

潤:……仕方ありませんわね。

 

(少しの間)

 

潤:ところで、旦那様。

 

秀輝:なんだ。

 

潤:奥様はいつも生き生きとお綺麗で、本当に素敵ですわね。

 

秀輝:そうだな。

 

潤:それに譲さんも、眉目秀麗(びもくしゅうれい)、文武両道(ぶんぶりょうどう)で、さぞご自慢でしょう?

 

秀輝:まあ申し分のない完璧な家庭だと思っているよ。

 

潤:……だったら、アレはよくありませんわ。

 

秀輝:アレ?

 

潤:こないだの、あの子。

 

秀輝:あの子がどうした。

 

潤:あら嫌だ。だめですよ。家のなかでは秘密事はナシです。

 

秀輝:秘密にしていることなんか

 

潤:いいえいいえ、アレは旦那様の「秘密」でしょう?

 

秀輝:何を言っているんだ。

 

潤:さすがにいくら夜道が心配だからって、自分の学校の生徒を抱きしめたりはしないでしょう?それにあの子

秀輝:(さえぎって)あんた、俺を尾行(つ)けてたのか。

潤:あら嫌だ、そんな人聞きの悪い。家政婦が汚れの気配を感じたら、そちらへ向かうのは当然のことでしょう?ピーンと来ちゃったんですもの。ほほ。

路子:……ねえ、それは一体どういうことなの?

 

秀輝:路子!?お前、ダンスのレッスンは!?

 

路子:お休みしたわ。……今日は少し、体調が悪かったから。

 

潤:奥様、またそうやって「秘密」を作る。私、申し上げましたでしょう?素敵な家庭はいつも風通しが良くなくては、と。

 

路子:でもね、前島さん。

 

秀輝:おい、「また秘密を作る」っていうのはどういうことだ。お前、まさか……

 

路子:あら、あなたの「秘密」に比べたら可愛いものよ。なるほど、そういうことだったのね、前島さん。そりゃあ私の「秘密」くらい受け入れてもらわなければ困るわね。

 

秀輝:誤解だ、路子。

 

路子:あら、何が?前島さん、あなた見たんでしょう?この人が自分の学校の生徒と……ああ、口にするのも不愉快だわ。

 

秀輝:違う!あれは無理やり迫られて……その……断れなかったんだ! 

 

路子:いけしゃあしゃあとよく言ったものね。ほんと、それに比べたら私の万引きなんて可愛いものだわ。

 

秀輝:万引き……だって?路子、お前なんでそんなこと……。

 

路子:だってつまらなかったんだもの。

 

秀輝:は?

 

路子:これまでずうっとあなたの面倒を見て、子育てもして、自分を殺して頑張ってきたのに、あなた達ときたら、私にお礼のひとつも言わない。誕生日も記念日も、ずうっと何にもなし。そのくせ注文だけは一丁前につけて。

 

秀輝:路子……

 

路子:(無視して)前島さんを雇って遊び歩いてみたけど、結局私のやってることに、二人とも一ミリも興味を示さない!新しいことを始めてみたって、それも続けば結局はただのマンネリよ。つまらなかったのよ、なにもかも。

 

秀輝:だからって万引きなんて……。外に知られたら……

 

路子:それはあなたの方も、でしょう?

秀輝:……っ!

 

路子:黙っていてあげてもいいわよ?その代わり、今後一切私に「秘密」なんて作らないことね。

 

秀輝:そんな簡単に済む話じゃないだろう!?

路子:ああすっきりした。前島さんありがとう。最初はばらされたらどうしよう、って思ってたけど、ぶちまけてみるとすっきりするものね。

 

潤:そうですわよ。全てさらけ出したその先に、真の愛があるのです。強い絆で結ばれた家族に、「秘密」なんてあってはいけませんわ。

 

譲:それじゃああんたはどうなんだよ。

 

路子:譲!?

 

秀輝:お前……全部聞いていたのか。

 

譲:ああ。聞いていたよ、全部。

 

路子:ち、違うの譲。これは

 

秀輝:そ、そうだぞ。これはそう、前島さんのでっち上げで、父さんと母さんは

 

潤:いい加減になさいませ!

 

路子:前島さん……

 

潤:譲さんも家族の一員でしょう?お二人は愛する譲さんに、さらに「秘密」を作るのですか?

 

秀輝:だがそれは!

 

譲:もういいよ。聞いてしまったことはどうにもならないから。ごめん、父さん母さん。俺がもう少し早く動いていれば……。

秀輝:……それは一体どういうことだ、譲。

 

譲:ねえ前島さん。あんた、人の秘密を暴くことに随分とご執心だけどさ、そんなあんたはどうなんだよ。

 

潤:なんのことでしょう?

 

譲:これだよっ!(潤につかみかかる)

潤:何をなさるの!服が!やめてくださいませ!

譲:なあ、この際だ。あんたの「秘密」もはっきりさせようじゃないか!(潤のブラウスの前を破く)

潤:ああっ!

路子:え……

秀輝:前島さん、あんた……

路子:お、とこ……?

譲:あんたの名前を調べさせてもらったよ。やたらこちらの「秘密」を探っては暴きたがるあんたのことだ。絶対に余所(よそ)で問題を起こしているはずだと思ってさ。そうしたら、出てきたんだ。三十年前のニュースが。

 

譲:十歳の少年が、母親を殺した、ってね。

 

路子:まさか……それ……

 

譲:下世話な犯罪検証サイトが実名を公開していたよ。

 

譲:前島潤(まえじまじゅん)。この写真、古いけど確かに今のあんたの面影がある。眉の下のほくろもぴったりだ。

 

秀輝:母親殺しが成長して、女装の家政婦だと?……狂ってる。ただの異常者じゃないか。

 

潤:ほほほほ……

 

秀輝:何がおかしい!

 

潤:(高笑い)譲さんは本当に優秀でいらっしゃる。私の「秘密」が逆に暴かれるなんて。

 

譲:あんた、一体何が目的なんだ。

 

潤:何度も言っているではありませんか。理想的な家庭は「秘密」のない、風通しの良い家庭だ、と。確かに私は、私に「秘密」を作った挙句、育児を放棄して男と遊び歩いていた母を殺しました。ですが、それからはずうっと、それはもう大人しく理想的な家庭を探し求めてきたのですよ?でも、天涯孤独な上にこのご面相(めんそう)じゃ、自分で家庭を築くことは叶いませんでした。だったら、理想に近い家庭をより理想的にするためのお手伝いをしようと思っただけですわ。

 

路子:それで女装をして……

 

潤:今まではうまくいっていたのです。どのご家庭にも大なり小なり「秘密」がありました。でも私が丁寧に「お掃除」をして、風通しの良い理想的なご家庭になっていったのです。

 

譲:それはきっと、あんたがそう思ってるだけだ。今の俺達を見ろよ。理想的な姿に見えるか!?

 

潤:まだ、払っていない埃があるんですよ。話はそれからです、譲さん。

 

譲:なんだって?

 

秀輝:……

 

潤:ねえ、旦那様。あなたが一緒にいたあのお嬢さん……

 

秀輝:あぁぁぁぁ!

 

(秀輝、花瓶で潤を殴る)

 

潤:がっ……

 

路子:あなた!?なんてことを!

 

秀輝:しっかりしろ路子!譲!

 

潤:あ、う……痛い……痛い……

 

秀輝:これ以上自分たちの「秘密」を暴かれたいか?知らなくてもいいものを知ることが、真の幸福か?俺はそうは思わない。路子の万引きの事実も知りたくなかったし、まだ聞いていない譲の秘密も、知ろうとは思わない。家族だからなんだって言うんだ!?所詮俺たちは他人同士だ。何もかも分かり合うなんて無理なんだ!

 

潤:そんなことは……そんなことはない……っ!秘密があるから……正しく愛を注げないん、だ……っ!

 

路子:っ!

 

(路子、潤を殴る)

 

潤:あぁっ!

 

譲:母さん!?

 

路子:そうね……。これ以上秘密を知るのも知られるのも、やっぱりごめんだわ。開き直ったところで、疑いと罪悪感は消えないもの。……悪いわね、前島さん。私、どうかしていたのよ。

 

潤:そんな……そんな……!

 

譲:悪いね、前島さん。これが、俺達の……甲斐田家の総意みたいだ。

 

(譲、潤を殴る)

(秀輝・路子・譲で潤を殴り続ける)

潤:(恍惚と)あ……ああぁ……家族が……ひとつになっている……!

 

譲:え?

 

潤:やっぱり俺は……間違っていなかった……間違っていなかった……!(笑う)

 

秀輝:いい加減にしろ!この変態野郎!

 

(秀輝、一層強く潤を殴る)

 

潤:がっ……

 

(潤、動かなくなる)


【間】

―数日後/とある公園

 

彩名:それで結局、家族みんなで遠くに埋めに行ったのね。

譲:ああ。家政婦紹介所には「今日は来ていない」って連絡を入れたし、恐らくただのバックレだと思われてるんじゃないかな。

 

彩名:でも、これで安心じゃない。

 

譲:そう、だね……。

 

彩名:なあに?浮かない顔して。

 

譲:確かに、これで全ては終わったよ。

 

彩名:うん。だから、良かったじゃない。

 

譲:でも、俺らの「秘密」の一部は暴かれてしまったんだ。

 

彩名:まあ……そうね。

 

譲:元に戻れるわけでは、決してないんだ。

 

彩名:譲くん……。

 

譲:父さんがうちの高校の生徒との不倫をやめたのか、母さんが万引きをしなくなったのかも、分からないままだ。

 

彩名:……

 

譲:あの瞬間……あの家政婦を殺した瞬間だけが、俺ら家族が初めて、心から一致団結した瞬間だった。あの人が死に際に言った通り、ね。でもその後は……あの人を殺したことが、家族の「秘密」になってのしかかってくる。誰がそれを漏らすか、今は家族同士で腹の探り合いをしてる。心からひとつになったって、何にもいい事なんかなかった。全てが「秘密」のままだった頃の方が、幸せで平和な、理想的な家庭だったように思うよ。

 

彩名:そう。

 

譲:君も、共犯者なんだぞ。

 

彩名:それじゃあ、譲くんは私を殺す?そしてまた「秘密」を作る?

 

譲:いいや、逆だ。

 

彩名:逆?

 

譲:彩名、高校を卒業したら、俺と結婚して欲しい。

 

彩名:私も、甲斐田家の「秘密」に取り込もうってことね。

 

譲:それにほら……子供のことも、あるし。

 

彩名:ああ、あれなら。どうやら私の早とちりだったみたい。

 

譲:え?

 

彩名:あの電話の後、ちゃんと来たの。生理。

 

譲:そうか……。それなら、「秘密」が一つ減って良かったのかな。

 

彩名:でも、結婚はする。そうでしょう?

 

譲:君がそのつもりなら。

 

彩名:だって私、譲くんが好きだもの。こんな話を聞いた今でも、ね。

 

譲:ありがとう……。

 

(譲の携帯がメッセージを受信する)

 

譲:母さんからのメールだ。最近は前島さんも真っ青な過干渉ぶりだよ。俺がどこで何をしているか、何を話しているのか、気になって仕方がないみたいだ。

 

彩名:包み隠さず言えばいいのよ。堂々と、私と会って結婚の約束をしました、ってね。

 

譲:そうだな。そうするよ。……それじゃあ、また明日。

彩名:ばいばい。

 

(少しの間)

 

彩名:くっ……ふふふふふ!うふふふふふ!ああよかった。私の「秘密」は守ってくれたのね、秀輝さん。まあそりゃあそうか。息子の恋人とデキてるなんて知れたら、自分が殺されるかもしれないものね。

うふふ、うふふふふふ!あの夜、あの家政婦に顔を見られてから、秀輝さんにも「殺しちゃえ」って言ってたけど、どうしても不安だったのよね。秀輝さん、小心者だし。だから「生理が来ない」なんて嘘ついて譲くんも焚きつけて保険かけてみたけど、結果オーライだったみたい。ああ良かった。

秀輝さんはもう私と会わないだろうなぁ。当面のお小遣いがなくなっちゃうのは困るけど、まあ譲くんの方が将来有望だし、先行投資ってことで。

あとは秀輝さんが私たちの結婚に賛成するかどうかだけど……反対はできないよね。全ての「秘密」を、私が握ってるんだもの。

 

(少しの間)

彩名:人がいいだけの、貧乏でみっともない家庭から抜け出したかったけど、こうやって考えると、「秘密」がないだけ、私の家の方がある意味マシなのかも。

うふふふふふ、まあどうでもいっか。


【間】

―エピローグ

 

(潤の鼻歌が聞こえてくる)

潤:ごめんくださいまし。フラワーハウスキーピングセンターから参りました、前島潤(まえじまじゅん)と申します。ごめんくださいまし。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【幕】
 

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