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​​#27「この厳しい世界に花束を」

(♂2:♀0:不問0)上演時間20~30


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ウォルフ

【ウォルフ】(男性)

大柄で無骨なブルネットの男。嫌なことがあると、必ず二軒目にトラヴィスのバーに立ち寄る。

トラヴィス

【トラヴィス】(男性)

細身で長身のブロンドの男。バーを経営。酔いつぶれたウォルフにいつも抱かれている。

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―ある夜/トラヴィスの店
 

(店にはウォルフしかない)

(トラヴィスはカウンターでそれを眺めている)

トラヴィス:なあ、ウォルフ。
 

(ウォルフは既に酔っぱらっている)

ウォルフ:なんだよ。
 

トラヴィス:毎度毎度嫌なことがあると俺の店に来るのはいいんだけどね。なんでいつも二軒目なんだい?
 

ウォルフ:何か問題でもあるのか。
 

トラヴィス:別に。ただ、たまには素面で来てくれてもいいんじゃない?って。 
 

ウォルフ:なんで。


トラヴィス:俺、酔っぱらったお前の顔しか見てないんだけど。
 

ウォルフ:バーってのは酔っぱらうところだろうが。
 

トラヴィス:まあ、そうなんだけど。……で?何飲む?
 

ウォルフ:ジャック
 

(トラヴィスは最後まで聞かずに返事をする)

トラヴィス:ジャックダニエル、ロックね。オーケイ。
 

ウォルフ:分かってんなら聞くなよ。
 

トラヴィス:一応、商売なもんで。
 

ウォルフ:可愛いげのねえ奴。
 

トラヴィス:お前相手に可愛げなんか出して何かいいことでもある?
 

ウォルフ:……ねえか。
 

トラヴィス:あれ、今夜はやけに素直だね。いつもなら絶対突っかかってくるのにさ。
 

ウォルフ:うるせえな。関係ねえだろ。
 

(トラヴィス、ウォルフの前にグラスを置く)

 

トラヴィス:さ、それじゃあ話を聞こうか。どうせ今日も訳アリなんだろ?
 

ウォルフ:なんで分かる。
 

トラヴィス:二週間前に来た時は仕事をクビになって、その前はバイクをぶつけてた。そういうことさ。
 

ウォルフ:ふん。

 

(ウォルフはぐいとグラスをあおる)
 

ウォルフ:……ケイティが、別れようって。
 

トラヴィス:誰だい、ケイティって。
 

ウォルフ:ひと月前から付き合ってた女だよ。
 

トラヴィス:ふぅん。それで今回の別れの原因は何?金の切れ目?それとも他に男がいたとか?
 

ウォルフ:両方。
 

トラヴィス:それは……ご愁傷さま。
 

ウォルフ:うるせえ。
 

トラヴィス:頭の軽そうな女とばっかり付き合うからだよ。
 

ウォルフ:お前、ケイティのこと知らねえじゃねえか。
 

トラヴィス:でも絶対そうだろう?
 

ウォルフ:う……
 

トラヴィス:でもって、胸と尻だけは立派な子。
 

ウォルフ:うるせえな。いいだろ、好きなんだから。
 

トラヴィス:悪いとは言わないけどね。そういう子と付き合うなら本気にならない方がいいし、本気になるならそれなりの痛手を覚悟しないといけないとは思うよ。
 

ウォルフ:分かったようなこと言いやがって。
 

トラヴィス:分かっているから言ってるんだよ。
 

ウォルフ:どういうこった。
 

トラヴィス:さあねえ。
 

トラヴィス:お替りは?
 

ウォルフ:頼む。
 

トラヴィス:はいよ。
 

(少しの間)

ウォルフ:ついてねえんだよ、俺の人生。とことん。
 

トラヴィス:嫌なことが続くとそう思うもんさ。
 

ウォルフ:いちいち屁理屈で返してきやがって。
 

トラヴィス:屁理屈じゃないよ。正論。
 

ウォルフ:言われた方がむかついたなら同じようなもんだろうが。
 

トラヴィス:それは暴論ってもんだよ。
 

(トラヴィス、ウォルフの前にグラスを置く)

 

トラヴィス:はい。ちょっと俺、札かけてくる。
 

ウォルフ:んだよ、もう閉めんのか。
 

(トラヴィス、カウンターから出て扉に向かいながら)

トラヴィス:お前の相手が長くなりそうだからね。この時間からはもうそんなに客は来ないし、いいんだよ。
 

ウォルフ:一国一城の主は気楽でいいな。
 

トラヴィス:これでも自転車操業なんだぞ。
 

ウォルフ:そうなのか?
 

(トラヴィス、にやりと笑ってウォルフを振り返る)

 

トラヴィス:だから、お前の話を聞きながらどんどん飲ませた方が、ぼけっと店を開けておくより儲かるんだ。
 

ウォルフ:俺だってそんなに金があるわけじゃねえんだ。当てにすんな。
 

トラヴィス:そういえば、新しい仕事はどうなったの?
 

ウォルフ:三日前に決まって、もう働いてるよ。
 

トラヴィス:へえ、そりゃめでたい。どんな仕事?
 

ウォルフ:……花屋。
 

トラヴィス:花屋!?
 

ウォルフ:ああそうだよ!似合わねえってのは分かってるよ、くそったれ。
 

トラヴィス:ああいや、そういうわけじゃあないんだ。ただこう……意外だったな、って。
 

ウォルフ:それ、「似合わねえ」って言ってるんじゃねえのか。
 

トラヴィス:違うよ。今までのウォルフなら選ばなかっただろうな、って意味。
 

ウォルフ:……アパートの隣に、エディって爺さんが住んでるんだ。
 

トラヴィス:なんだい急に。
 

ウォルフ:その爺さんがよ、やってんだ。
 

トラヴィス:花屋を?
 

ウォルフ:ああ。ビルの谷間にぽつんとあるようなちっぽけな店でな。
 

トラヴィス:うん。 
 

ウォルフ:まあなんだ、それを手伝うことになったんだよ。
 

トラヴィス:そっか。……うん、いいんじゃない?似合わないけど、いい仕事だよ。
 

ウォルフ:あ、やっぱり「似合わねえ」って思ってたんじゃねえか。
 

(トラヴィス、くすくすと笑いながらカウンターに戻る)

トラヴィス:ついうっかり口が滑った。ごめん。
 

(ウォルフ、大きなため息をつく)

 

ウォルフ:……せっかく仕事見つかったってのによ。
 

トラヴィス:……もう一杯?
 

ウォルフ:ああ。
 

トラヴィス:はいよ。
 

ウォルフ:うまくいかねえよなあ。ほんと。
 

トラヴィス:人生、そんな時もあるさ。
 

ウォルフ:お前にもあるか?
 

トラヴィス:ゲイの俺からしたら、むしろそんな時ばっかりさ。
 

ウォルフ:例えば?
 

トラヴィス:教えてやらない。
 

ウォルフ:そうかよ。
 

トラヴィス:そんな時は、ただじっとやり過ごして、収支のバランスが取れる時を待つ。それに尽きる。
 

ウォルフ:俺はお前みたいに我慢強くねえんだよ。
 

トラヴィス:そうさ。だから俺はこうして(グラスを置く)お前に酒を出す。
 

(ウォルフ、置かれたグラスをあおる)

 

ウォルフ:サンキュ。……ちくしょう。
 

【間】
 

―翌朝/トラヴィスの部屋
 

(裸のウォルフの隣には、同じく裸のトラヴィスが眠っている)

(ウォルフがうなりながら目を覚ます)

ウォルフ:……え。

(トラヴィスも目を覚ます)


トラヴィス:ん……おはよ。……あ。
 

ウォルフ:おい……これは一体どういうこった?
 

(トラヴィス、大きく息を吐く)

トラヴィス:どう、って見たまんまさ。
 

ウォルフ:……なんで俺は裸でお前と同じベッドに?
 

トラヴィス:……さあ。


ウォルフ:見たまんま、って、それは……
 

トラヴィス:いつもの事だよ。
 

ウォルフ:なんだって?
 

トラヴィス:お前は昨夜泣き言を言いながらしこたま酒を飲んで酔っ払って、俺を抱いた。……いつもの事だ。
 

ウォルフ:待て。確かに俺は、お前の店に来ると決まってそのまま酔っぱらって、お前の家に泊まっていたけど、そのたびに……?
 

トラヴィス:ああ。
 

ウォルフ:いつから?
 

トラヴィス:覚えていないくらい前から、かな。
 

ウォルフ:なんてこった……。
 

トラヴィス:いつも都合良く記憶を失くすんだもんな。お前のことだから、それを知ったら自殺しかねないと思って、いつも俺の方が早く起きて、それと気付かれないようにしてたんだけど。昨夜は俺も一緒になって飲み過ぎたみたいだ。すまない。


ウォルフ:いや、謝るのはお前じゃねえだろ。その……やっちまってたのは俺なわけだし。
 

トラヴィス:それもそうか。
 

ウォルフ:お前は、嫌じゃなかったのか。
 

トラヴィス:俺が涙を流しながら耐えるタイプに見える?
 

ウォルフ:……見えねえ。
 

トラヴィス:だろう?
 

ウォルフ:なんで平気なんだよ。
 

トラヴィス:慣れてるんだよ。大抵のきついことは、さっさと自分のなかから切り離して、他人事としてやり過ごす。自分がゲイだと気付いたときからの、俺の処世術さ。
 

ウォルフ:……わりぃ。
 

トラヴィス:何が?
 

ウォルフ:全部。勝手に抱いたことも、それを綺麗に忘れちまってることも。それに、俺の泣き言なんか、お前からしたら、つまらないことだったよな。
 

トラヴィス:……勝手に俺の事を見積もらないでくれるかな?
 

ウォルフ:え。
 

トラヴィス:お前にとってのきついことと、俺にとってのきついことを、俺は天秤にかけたことはない。
 

ウォルフ:……
 

トラヴィス:それに、抱かれたのも俺の意思だ。小娘じゃないんだぞ。嫌ならお前をぶん殴って外に放り出してる。
 

ウォルフ:あ、ああ。
 

トラヴィス:だから勝手に、俺のことを可哀想な奴にするな。
 

ウォルフ:すまん。
 

トラヴィス:……うるせえ。
 

ウォルフ:俺、馬鹿だから、それ以外何て言っていいか分からねえんだよ。
 

トラヴィス:そんなだから女に振られるんだよ。
 

ウォルフ:……帰る。
 

トラヴィス:ああ。じゃあな。
 

【間】
 

―ひと月後のある雨の夜/トラヴィスの店
 

(客の引けた店で、トラヴィスがひとりカウンターでグラスを拭いている)

(店のドアが開き、びしょ濡れのウォルフが入ってくる)


トラヴィス:ああ悪い、今日はもう閉て……ん……
 

ウォルフ:よお。
 

トラヴィス:ひと月ぶりだね。
 

ウォルフ:ああ。
 

トラヴィス:びしょ濡れだな。
 

ウォルフ:降られた。
 

トラヴィス:見りゃ分かるよ。急に振り出したからな。ほれ、タオル。拭けよ。
 

ウォルフ:すまん。
 

(トラヴィス、くすりと笑う)

 

トラヴィス:そうやってると、でかい犬みたいだな。
 

ウォルフ:うるせえよ。
 

トラヴィス:ジャックのダブルでいい?
 

ウォルフ:いいのか?もう閉店なんだろ?
 

トラヴィス:クローズドにした後でもいつも飲んでたろ、お前。
 

ウォルフ:そういやそうか。


トラヴィス:だから今更だよ。ほら、座れって。
 

ウォルフ:ああ。


トラヴィス:今日も二軒目?
 

ウォルフ:いや、一軒目。
 

トラヴィス:珍しいな。
 

ウォルフ:そうかもな。
 

トラヴィス:ほい、(グラスを置く)お待たせ。
 

ウォルフ:サンキュ。
 

(ウォルフは黙ってグラスをあおる)

(少しの間)

ウォルフ:……なんか言えよ。
 

トラヴィス:何か言って欲しいわけ?
 

ウォルフ:……いや。
 

トラヴィス:いつもいつも俺から始めてもらえると思うなよ。
 

ウォルフ:きっついな。


トラヴィス:ひと月も売り上げに貢献してこなかった奴に、優しくしてやる義理はない。
 

ウォルフ:悪ぃ。
 

トラヴィス:ま、もう来ないと思ってたから、それよりはマシかな。
 

ウォルフ:そうか。
 

トラヴィス:……
 

ウォルフ:……
 

トラヴィス:ああもう、本当にめんどくさいなお前。
 

ウォルフ:はあ!?なんだよ急に。
 

トラヴィス:びしょ濡れの野良犬みたいなのは見た目だけにしろよな。
 

ウォルフ:お前今日えらくきつくないか。……ああいや、それは、そうか、うん。
 

(トラヴィス、ため息をつく)

 

トラヴィス:何があったんだよ。
 

ウォルフ:……
 

トラヴィス:お前が俺のところに来るのは、決まってそうだからな。また女?
 

(ウォルフ、しばし逡巡した後、口を開く)

 

ウォルフ:エディが死んだ。
 

トラヴィス:……花屋の?
 

ウォルフ:ああ。まあ俺が物心ついたときからずっと爺さんだったからな、いつ死んでもおかしくなかったんだけどよ。
 

トラヴィス:うん。
 

(トラヴィス、グラスを置く)

 

トラヴィス:ほら。
 

ウォルフ:なんだよ。
 

トラヴィス:ジャックのダブル。
 

ウォルフ:そうじゃなくて。
 

トラヴィス:話せよ。話したいだけ。
 

ウォルフ:……わりぃ。
 

トラヴィス:いいから。隣、座るぞ。
 

(トラヴィス、カウンターから出てウォルフの隣に座る)

ウォルフ:エディの花屋はさ、俺がガキの頃からあったんだ。お袋にしょっちゅう花を買いにいかされてな。
 

トラヴィス:そうか。
 

ウォルフ:男を連れ込むのに邪魔な俺を、追い出したかっただけなんだよ。多分花なんかちっとも好きじゃなかった。
 

トラヴィス:ああ。
 

ウォルフ:お袋が死ぬまで、買いに行ってた。
 

トラヴィス:その後は?
 

ウォルフ:挨拶だけして、通り過ぎるだけだったな。なんとなく決まりが悪くなって。
 

トラヴィス:そうか。
 

ウォルフ:でもエディの奴、いつも声かけてくるんだよ。「よう、ウォルフ。元気か?今日はガーベラが綺麗だぞ」なんつって。
 

トラヴィス:いい爺さんだったんだな。
 

ウォルフ:まあな。親父のいない俺には、一番身近な大人の男だったよ。そういやいくつだったんだろうな。考えたこともなかった。
 

トラヴィス:お前が歳を取った分だけ、歳を取っているはずなんだけどね。
 

ウォルフ:不思議だよな。あの花屋だけ、時が止まっているみたいに思えたんだ。
 

トラヴィス:うん。
 

ウォルフ:周りの景色はどんどん変わっていって、エディの花屋を取り囲むみたいに背の高いビルが周りに建ってよ。どこからどう見ても潰れそうなのに、エディは変わらず花を売り続けた。
 

トラヴィス:……こないだは聞かなかったんだけどさ。
 

ウォルフ:ん?
 

トラヴィス:どうしてエディの花屋で働くことになったんだい? 
 

ウォルフ:ケイティと付き合いだしたってのに仕事をクビになって、不貞腐れてたんだよ、俺。
 

トラヴィス:容易に想像はできるね。
 

ウォルフ:で、ある日牛乳を買いに出かけた時に、エディがまた声をかけてきた。「よお、ウォルフ。元気か?今日のプリムラは最高にキュートだぞ」って。
 

(トラヴィスは無言でその先を促す)

 

ウォルフ:いつもなら、適当に返事をして通り過ぎるんだがよ。その時に限って、何故か俺は、足を止めたんだ。
 

トラヴィス:……誰かに泣きつきたかった?
 

ウォルフ:気持ち悪い言い方するなよ。
 

トラヴィス:だってお前はいつもそうだから。俺に、エディに、すぐに泣きついてさ。
 

ウォルフ:何が言いてえ。
 

トラヴィス:いや。ごめん、つい話の腰を折った。続けてくれ。
 

ウォルフ:……続きなんて大層なものはねえよ。恋人ができた、仕事をクビになった、そう話したら、「ここで働きゃいい」って、事も無げに言われた。それだけだ。
 

トラヴィス:あんまり人を雇う余裕のあるお店には思えないけれど。
 

ウォルフ:だから俺も最初は断った。でもエディがよ、言うんだ。「俺の可愛いウォルフのためだ、わけねえよ」ってな。
 

トラヴィス:お前にとってエディが父親代わりだったように、エディにとってもお前は息子みたいなものだったんだろうね。
 

ウォルフ:どうなんだろうな。でも。
 

トラヴィス:ん?
 

ウォルフ:おふくろが男連れ込んでて家に入れねえ時は、いつもエディが飯を食わせてくれてた。
 

トラヴィス:そうか。
 

ウォルフ:独身で大した飯も作れねえから、いつもやっすいダイナーに連れてかれたっけ。んで「どんどん好きなもの食えよ!」って。
 

トラヴィス:いい思い出じゃないか。
 

ウォルフ:……俺を雇った時にはもう、身体ボロボロだったんだろうな。
 

トラヴィス:うん。
 

ウォルフ:どうして、そんなになってもやめなかったんだろう。
 

トラヴィス:花屋を?
 

ウォルフ:ああ。
 

(少しの間)
 

トラヴィス:俺はエディと面識がないから、なんとなくのイメージでしか考えられないけどさ。
 

ウォルフ:なんだよ。
 

トラヴィス:……意地、だったんじゃないかな。
 

ウォルフ:意地?
 

トラヴィス:周りに背の高いビルが建って、時代も変わって、どんどん置いて行かれて、それでも自分にはこれしかないから、そのまま生きるしかない、生きてみせる、ってさ。
 

ウォルフ:……
 

トラヴィス:まあ、これは俺のことでもあるんだけどね。
 

ウォルフ:だろうと思ったよ。
 

トラヴィス:なんだ、バレてたのか。
 

ウォルフ:こないだあんな話をすりゃあ、な。
 

トラヴィス:俺はどう頑張っても男しか愛せない。だけど別にそれを悲観しちゃあいないんだ。
 

ウォルフ:「勝手に見積もるな」って言ったのは、そういうことか。
 

トラヴィス:ああ。俺は俺の意思とやり方で人を愛する。例えそれが、空回りに終わったとしてもね。それでも決して自分の歩みは止められない。だからエディも、きっとそうだったんじゃないか、って。
 

ウォルフ:それなら、いいんだけどな。
 

トラヴィス:だから別に、今夜も酔いつぶれていいぞ。
 

ウォルフ:また正体なくしてお前を抱いても、か?
 

トラヴィス:言ったろ。俺は俺の意思とやり方で人を愛するって。
 

ウォルフ:俺はそれに値するような、大層な人間じゃねえぞ。
 

トラヴィス:そうかもしれないね。それでも、俺はお前が好きだよ。
 

ウォルフ:初めて聞いたな。お前の口から、そういうこと。
 

トラヴィス:お前が覚えてないだけだよ。なんならもう一回言おうか?……俺は、俺がゲイだと知っていて、それでも無防備に目の前で酔いつぶれるお前が好きだよ。

 

(少しの間)


ウォルフ:……ずっと考えてたんだけどよ。
 

トラヴィス:何を?
 

ウォルフ:俺はゲイでもないし、バイでもない。そう思ってた。なのに、なんでお前を抱けたんだろう、って。
 

トラヴィス:さあ。
 

ウォルフ:お前を抱いてたってことを知って、俺はやっぱりショックだったんだよ。
 

トラヴィス:だろうね。ひどい顔色だったよ。
 

ウォルフ:お前を傷つけちまったかもしれねえってのも勿論あったんだけど、俺、男も抱けたのか、ってのが、少なからず衝撃だったんだよ。
 

(トラヴィス、ふっと笑う)

トラヴィス:だよな。
 

ウォルフ:それでずっと考えてたんだよ。男なら誰でも抱けるのか、お前だから抱けたのか。……でも、分からなかった。
 

トラヴィス:そうか。
 

ウォルフ:だから、俺は今夜は酔いつぶれない。
 

トラヴィス:……それがいいね。
 

ウォルフ:でも、一晩付き合ってくれ。
 

トラヴィス:……は?
 

ウォルフ:お前は「勝手に見積もるな」とまた怒るかもしれんが、俺はやっぱり甘ったれなんだよ。お前やエディからしたら。
 

トラヴィス:……
 

(少しの間)
 

ウォルフ:エディは死んじまった。
 

トラヴィス:ああ。
 

ウォルフ:よく分かったよ。
 

トラヴィス:何が?
 

ウォルフ:俺がどれだけフラフラと、あちこちに寄りかかりながら生きてきたのかってことを。
 

トラヴィス:今更?
 

ウォルフ:……言うじゃねえか。
 

トラヴィス:ほんの少しの恨み言くらい許せよ。
 

ウォルフ:今更それを言うのはずるくねえか?
 

トラヴィス:お前に比べたらマシな方だよ。
 

ウォルフ:う。
 

(トラヴィス、笑う)

 

トラヴィス:悪い悪い。続けろよ。
 

ウォルフ:エディもお前も強いよな。どこにも寄りかかることなく、自分を曲げることも、憐れむこともしないで生きてる。俺は、エディにもお前にも寄りかかって、その都度その都度誤魔化してばっかで。エディがいなくなってそれをやっと自覚して、そうして今度は結局、お前に寄りかかってる。

 

トラヴィス:……


ウォルフ:正直まだ混乱してるけど、そういうのを取っ払っても、今俺は、お前にいなくなって欲しくねえんだよ。
 

(トラヴィス、ため息をつく)

 

トラヴィス:本当にそう思ってる?
 

ウォルフ:え? 
 

トラヴィス:お前が寄りかかってばかりで、って。
 

ウォルフ:だってそうだろうがよ。

トラヴィス:……俺、エディと酒を飲んでみたかったよ。
 

ウォルフ:なんだよ急に。
 

トラヴィス:ウォルフという男を挟んで、きっと分かり合えたろうな、って。
 

ウォルフ:……
 

トラヴィス:誰にだって、拠り所っていうのは必要なんだよ。お前にとってのダイナーのやっすい飯や、ジャックのダブルみたいにさ。俺もエディもきっと、お前がいたから、腐ることなく生きてこられた部分はあると思うよ。
 

ウォルフ:え。


トラヴィス:なに間抜けな顔してんだよ。まあ、そういうところなんだけど。
 

ウォルフ:もう少し分かりやすく言ってくれ。


トラヴィス:すぐ顔に出る、妙に素直なところ。なんでも美味そうに食うところや、飲むところ。俺やエディみたいな、「なんとなくレールに乗れない」人間を色眼鏡で見ない、ある種の頭の悪さ。
 

ウォルフ:「レールに乗らない」の間違いじゃないのか?
 

トラヴィス:いいや、「乗れない」のさ。やっぱり。「乗らない」つもりでいても、な。それを自覚した時に、そんな俺ら相手にも馬鹿みたいに素直に寄りかかってくるお前にさ、俺は救われてるんだよ。きっとエディも、そうだった。


ウォルフ:……やめろよ。
 

トラヴィス:いいや、やめない。
 

ウォルフ:やめろってば。
 

トラヴィス:嫌だね。「一晩付き合ってくれ」って言ったのはお前だぞ。
 

ウォルフ:それとこれとは
 

トラヴィス:関係あるね。素面(しらふ)でいてくれるなら好都合だ。……言わせろよ。
 

ウォルフ:……!
 

トラヴィス:言わせろよ。もう一度。俺を勝手に見積もるな。お前自身のことも、見積もるな。俺もエディも、形こそ違えど、お前を愛してるんだ。
 

ウォルフ:……っ!
 

トラヴィス:お前がいるから、救われる。お前がいるから、必死で生きているだけの日常を、少しだけ美しいと思える。
 

ウォルフ:やめろ。泣きそうになる。
 

トラヴィス:泣けよ。いくらでも受け止めてやるから。
 

(ウォルフ、ぐいとグラスを差し出す)

 

ウォルフ:……お替り。
 

トラヴィス:今日はここまで。酔い潰れるわけにいかないんだろう?
 

ウォルフ:ちっ。
 

トラヴィス:ホットミルクでも入れてやるよ。
 

ウォルフ:ふざけんな。
 

トラヴィス:雨に濡れた野良犬には、ちょうどいいだろう?
 

ウォルフ:うるせえ。とっくに乾いた。
 

(トラヴィス、くすりと笑う)

 

トラヴィス:そうか。それじゃあ、もっと話そうか。
 

ウォルフ:何をだよ。
 

トラヴィス:俺がどれだけお前を好きかってこと。エディを引き合いに出すのも、卑怯だしな。それに、今まで俺が伝えてきたことを、お前、酒と一緒にきれいさっぱり忘れちまってるだろ?
 

ウォルフ:勘弁してくれ。
 

トラヴィス:分かった。
 

ウォルフ:もう十分伝わった。これ以上は、お前の顔を見られなくなる。
 

トラヴィス:そうか。
 

ウォルフ:俺の事、勝手に見積もってんじゃねえぞ。こっぱずかしいだけだ。
 

(トラヴィス、照れ臭そうに笑う)

 

トラヴィス:俺も、まだまだだね。……愛してるよ、ウォルフ。
 

ウォルフ:……ありがとよ。
 

【間】
 

―数日後/エディの墓参りの帰り道
 

ウォルフ:初めてだな、お前と昼間に会うの。
 

トラヴィス:そうだね。酒の入っていないお前と話すの、俺まだ慣れないや。
 

ウォルフ:そうかよ。
 

(少しの間)
 

ウォルフ:エディの野郎、俺に店を譲るって遺言残していやがった。
 

トラヴィス:どうするの?
 

ウォルフ:分かっているくせにわざわざ聞くな。
 

トラヴィス:エディにきちんと決意表明をした方がいいと思ったんだけど。
 

ウォルフ:んなもんしなくても、伝わってる。
 

トラヴィス:それもそうか。
 

ウォルフ:お前は?
 

トラヴィス:ん?
 

ウォルフ:エディの墓の前でやけに長いこと目を閉じてたじゃねえか。
 

トラヴィス:ああ、あれね。「あなたをダシにウォルフを口説いてごめんなさい」って。
 

ウォルフ:そうか。
 

トラヴィス:なあウォルフ。
 

ウォルフ:ん?
 

トラヴィス:今後も俺の店が二軒目でいいからさ。来るときは花、持ってきてくれよ。
 

ウォルフ:ああん?
 

トラヴィス:いいだろう?俺はこう見えて花が好きなんだ。金は払うからさ。
 

ウォルフ:金なんかいらねえよ。
 

トラヴィス:サンキュ。
 

ウォルフ:……腹減ったな。
 

トラヴィス:ダイナーでも行く?
 

ウォルフ:そうだな。行くか。……あと。
 

トラヴィス:ん?
 

ウォルフ:二軒目でいいから、なんて言うな。一軒目でラストまでいる。花もいくらでも持って行ってやる。
 

トラヴィス:それは少し迷惑なんだけど。
 

ウォルフ:……それもそうか。
 

トラヴィス:俺の部屋の鍵、渡しておこうか?
 

ウォルフ:そ、それはまだ、いい。
 

(トラヴィス、微笑む)

 

トラヴィス:愛してるよ、ウォルフ。
 

ウォルフ:ああ。俺もだよ。

 
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【幕】

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