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​​#20「ドライヴミークレイジー」

(♂0:♀2:不問0)上演時間20~30


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しずく

【二宮しずく(にのみやしずく)】女性

コールセンター社員。お洒落で可愛いとセンター内でも評判の二十代。

かすみより少しだけ年上。

 

かすみ

【松波かすみ(まつなみかすみ)】女性

コールセンターのアルバイト。化粧っけなし、服装も地味、なのにやたらと目立つ「サイボーグ」のような二十代。

​しずくより少しだけ年下。

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―コールセンター/昼休み

 

しずく:ねえ、松波さん。松波さんって何かスポーツやってた?

 

かすみ:え?

 

しずく:あ、いや、なんとなく気になって。

 

かすみ:そうですか。

 

しずく:で、どうなの?

 

かすみ:特には……。どちらかというと、運動は苦手でした。

 

しずく:そっか。

 

かすみ:というか私、どう見ても運動が得意そうには見えないと思うんですけど。

しずく:そうかなあ。

かすみ:どうして急にそんなことを?

しずく:だから、本当になんとなく、だってば。

 

かすみ:はあ。

 

しずく:……

 

かすみ:……あの、二宮さん。

 

しずく:な、なに?

 

かすみ:二宮さんの休憩時間、そろそろ終わりじゃないですか?

 

しずく:え?……あ、本当だ!戻らなきゃ!

 

かすみ:それじゃあ、また後で。

 

しずく:うん!お疲れ!

 

(しずく、立ち去りかけて足を止める)

 

しずく:ねえ、松波さん。

 

かすみ:はい?

 

しずく:今日って19時上がりだよね?

 

かすみ:はい。

 

しずく:私も同じなの。

 

かすみ:知ってます。シフト、見ましたから。

 

しずく:は、はは……だよねぇ。

 

かすみ:……?

しずく:えっと、あのね。もしクレームの入電とかで仕事が長引かなければ、夜一緒に食事とか……どうかな、って思ったりしたんだけど……。

 

かすみ:え。

 

しずく:あぁ、やっぱり変だよね。こんないきなり。そもそも私たち、同じ部署ではあるけど、ほとんど話したことないし。今日たまたま休憩がかぶっただけだもんね。

(かすみ、しずくが話し終わるのを待たずに)

 

かすみ:いいですよ。

 

しずく:へ?

 

かすみ:いいですよ。ご飯、行きましょう。ちょうど今日行ってみたいお店があったんです。良かったらそこ、行きませんか?

 

しずく:あ、うん!うん、もちろんいいよ!喜んで!

 

(かすみ、ふっと笑う)

 

かすみ:居酒屋の店員みたい。

 

しずく:あはは、学生時代やってたから、つい、ね。

 

かすみ:なるほど。それじゃあ、終わったら正面玄関のところで待ち合わせにしましょうか。

 

しずく:オッケー、そうしよ!

 

かすみ:で、そろそろ本当に戻らないとまずいんじゃないですか?

 

しずく:わ!やば!それじゃ戻るね!

 

かすみ:はい。この後も頑張りましょう。

 

しずく:え?

 

かすみ:だから、この後も頑張りましょう、って。今日は入電も多いですし。

 

しずく:あ……うん。ありがと。

 

【間】

 

―終業/正面玄関

 

かすみ:すみません、遅れました。

 

しずく:ううん、私も少し前に来たところだから。

 

かすみ:今日、本当に忙しかったですよね。お互いこれくらいの遅刻で済んで良かったです。

 

しずく:そうだね。……それじゃあ行こうか。案内してくれる?

 

かすみ:はい。

 

(かすみ、ふと思い出したように)

 

かすみ:そういえば、私一方的にお店決めちゃいましたけど、大丈夫でしたか?もし嫌いなものがあれば、今のうちに聞いておきたいんですけど。

 

しずく:ううん、全然!なんでも好きだよ!

 

かすみ:なら良かった。

 

(少しの間)

 

かすみ:あ、ここです。

 

しずく:「カルネヴァーレ」……。んーと、イタリアン?

 

かすみ:はい。以前帰りに見かけて、ずっと来てみたいと思っていたんです。ここでもいいですか?

 

しずく:えっと、イタリアンはすごく好きなんだけど、私たち今日結構ラフな格好だよ?不釣り合いだったりしない?

 

かすみ:街のイタリアンで、そんなこと誰も思いませんよ。よくそういうことを言う人がいますけど、美味しいものを美味しく食べられれば、本当はそんなもの関係ないと思うんです。

しずく:あ

かすみ:何か?

しずく:ううん、なんでもない。

かすみ:じゃあ入りましょうか。

 

【間】

 

―店内

 

かすみ:乾杯。

 

しずく:……乾杯。

 

かすみ:なんですか?微妙な顔して。

 

しずく:てっきりワインを頼むのかと思ってたから、意外で。

 

かすみ:私、飲めないので。烏龍茶、駄目ですか?

 

しずく:駄目じゃないよ。私もそんなに飲めないから、むしろ気が楽かな。

 

かすみ:じゃあいいじゃないですか。 

 

しずく:でもこういうところって、ワインなんかのお酒を飲むのが普通だと思ってたから、本当に大丈夫かな、って。

 

かすみ:またそれですか。

 

かすみ:誰もそんなこと気にしちゃいませんよ。そんなことでいちいち目くじら立てるほど、皆暇じゃないですって。

 

しずく:……あ、やっぱり。

 

かすみ:え?

 

しずく:松波さんって、怒ったりするんだね。

 

かすみ:……別に怒っていませんよ。

 

しずく:いやいやいや!さっき入口で話してた時とかも、絶対ちょっとむっとしてたでしょ。

 

かすみ:二宮さんは私を怒らせたいんですか?

しずく:ううん。なんだか良かったなぁ、って。

かすみ:良かった?

しずく:松波さんも人並みに怒ったりするんだ、って思って、安心した。

 

かすみ:二宮さん、私を一体何だと思ってるんですか。

 

しずく:……サイボーグ?

 

かすみ:はあ?

 

しずく:社員の間でも有名なんだよ、松波さん。いつも無表情で淡々と仕事をこなす人、クレームにも眉一つ動かさずに処理しちゃう人、化粧っけもないし、着飾ったりもしないのに、妙に存在感のある人。

 

かすみ:それで「サイボーグ」ですか。

 

しずく:それは、私だけだけど。

 

(かすみ、ふっと微笑む)

 

かすみ:なるほど。

 

しずく:それも!

 

かすみ:え?

 

しずく:昼も思ったんだけど、松波さんって笑うんだね!

 

かすみ:当り前じゃないですか。失礼な。

 

しずく:ごめんごめん。でも悪い意味じゃなくて、なんだかとっても新鮮だなあって思って。

 

かすみ:……そうですか。

 

しずく:ねえ松波さん、今日はなんで私の誘いに乗ってくれたの?

 

かすみ:理由要ります?それ。

 

しずく:だって松波さんって、あんまり誰かと行動するイメージないから……。

 

かすみ:まあ、興味のない相手と食事はしませんね。

 

しずく:え。

 

かすみ:センター内でも人気の、お洒落で可愛い人から誘われれば、そりゃあ嫌な気分はしませんよ。

 

しずく:え!?えっと……

 

かすみ:これも意外でしたか?

 

しずく:意外過ぎるよ……。

 

(少しの間)

 

かすみ:それで?

 

しずく:それで、って?

 

かすみ:二宮さん、私のこと値踏みしにきたんじゃないんですか?

 

しずく:え。

 

かすみ:目を見れば分かります。二宮さん、いつもそれはもう明るく可愛く振舞っていますけど、事あるごとに私の事、探るように見てますよね。もちろん、今も。

 

しずく:別に、そんなつもりは……。

 

かすみ:それに興味が湧いて、誘いを受けたのもあります。

 

しずく:……

かすみ:いくら社員さん達の間で話題になっていたとしても、自分の貴重な時間を私との食事に使う理由なんて、そんなにないと思うんですよね。

しずく:それは……

 

かすみ:意味のないことに時間を割くタイプには見えなかったので。二宮さんは。

 

しずく:う……

 

かすみ:どうです?当たってますか?

 

(少しの間)

 

しずく:例えばその理由が「松波さんに憧れていたから」だとしたら?

 

かすみ:と言うと?

 

しずく:松波さんはいつも超然としていて、自分のペースを崩さなくて、誰にも合わせないし、見た目だけならどちらかというと……ううん、すごく地味なのに、妙に人から好かれていて。

 

かすみ:どちらかというとそれ、恨み節(ぶし)に聞こえるのですが。

 

しずく:……むっかつく。

 

かすみ:はあ?

 

しずく:あーむっかつく。

かすみ:やっぱり恨み節なんじゃないですか。

 

しずく:ほんっとむかつく!その見透かすような言い方!

 

かすみ:別にそんなつもりじゃ

 

しずく:もう全部むかつく!こっちは必死に「普通」からこぼれないようにして、メイクも服も振る舞いも、人からウケる最大公約数を目指して頑張ってるってのに、松波さんはいとも簡単にそんなのを無視して、いい部分だけちゃっかり手に入れて。

 

かすみ:あの、話が全く見えないんですけど。

 

しずく:……なんで私じゃ駄目なのよ。

 

かすみ:は?

 

しずく:もう全っ然わかんない!

 

(かすみ、ため息をつく)

 

かすみ:めんどくさ。

 

しずく:はあ!?

 

かすみ:頑張っているのは二宮さんの都合でしょう?それを私に押し付けられても困ります。それに、二宮さんの言う「いい部分」が何か知りませんけど、ちゃっかりそういったものを手に入れているつもりもありません。勝手に恨まないでください。


しずく:……だって美園(みその)が。

 

かすみ:美園?

 

しずく:いるでしょ、同じセンターに。社員の笹原美園(ささはらみその)。

かすみ:ああ、笹原さん。

しずく:ずっと、ずっと美園が好きだったの。だから私、美園が喜びそうなことはなんでもしてきた。それなのに、ある日急に「私、松波さんのことが好きみたい」だなんて。

 

かすみ:それで?

 

しずく:それで、ってなによ。

 

かすみ:恨まれている理由は分かりました。私に文句を言いたいのでしょう?せっかくだから聞きますよ。料理も来ましたし、食べながらで良ければ。

しずく:こんな時によく食べられるわね。

 

かすみ:食べ物に罪はありませんから。

 

しずく:本当にむかつく。

 

かすみ:失礼。

 

(かすみ、食べ始める)

 

しずく:……好きな相手からの恋愛相談ほど、むなしいものってない。そりゃあ「好き」なんて言ったこともなかったけど、それでも、美園が私のことを「好き」って言ってきたら、付き合う心づもりはじゅうぶんにあったのに。

 

かすみ:なんで「好き」って言わなかったんですか?

 

しずく:だっておかしいじゃない。同性が好きだなんて。

 

かすみ:ふぅん?

 

しずく:世の中には、「大体こうであるべき」みたいな暗黙の了解があるのよ。松波さんには、興味のない事かもしれないけど。

 

かすみ:例えば?

 

しずく:ヒールの高さは5センチくらいが程よく可愛くて、それ以上はいかつくてこわくて「バツ」、ナチュラルメイクの女の子は可愛くて、バッチバチのメイクとかすっぴんは「バツ」。

 

かすみ:……

 

しずく:女は25になったら自分の賞味期限切れに焦るべきで、28くらいでちょうどいい男と結婚、30手前で子供を産むのが正解で、いつまでもひとりでフラフラしていたりするのは「バツ」。異性との恋愛に一喜一憂するのが正解で、恋愛に興味がなかったり、同性に興味を持つのは「バツ」。

 

かすみ:それで?

 

しずく:「バツ」の人間は「変」な人間だから、色んな言い訳をしながら、なんとなく後ろめたく生きていくものなんだと思ってた。だから私は、この世の中を安心して、楽に生きられる「マル」の最大公約数を常に求めて、計算して生きてきたのに。それなのに……なんで、同性なんか。

 

かすみ:だから、「好き」って言わなかったんですね、笹原さんに。

 

しずく:あなたも、美園も大っ嫌い。なんで「変」なのに、そんなに堂々と、屈託もなく「変」でいられるのよ。いかにもまっとうに生きています、みたいな涼しい顔で。

 

かすみ:まっとうに生きてますから。

 

しずく:告白もできないくせにこうやってぐだぐだ恨み節を吐いてる私は、馬鹿みたいに見えるんだろうね、松波さんからしたら。

 

かすみ:いいえ、別に。

 

しずく:え?

 

かすみ:人それぞれでしょう。そんなもの。

 

しずく:でも

 

かすみ:「変」であるかどうかを判断するのは、確かに自分だけではないのかもしれませんけど、「バツ」なのかどうか、それを判断するのは、自分自身なんじゃないですか?

 

しずく:だから?

 

かすみ:ちなみに私は今、二宮さんのことを「変」だなあ、って思ってます。

 

しずく:……やっぱり馬鹿だと思ってるんじゃない。

 

かすみ:「変」と「馬鹿」は違いますよ。

 

しずく:あっそう。

 

かすみ:あと、同性を好きになる、ってことについてでもありません。 

しずく:じゃあ、なによ。

かすみ:二宮さんが私の事を嫌いなんだろうなあ、ってのはなんとなく分かりました。

 

しずく:……

 

かすみ:それで?二宮さんは私にどうして欲しいんですか?

 

しずく:え。

かすみ:単に「むかつく」って言いに来ただけなんですか?

 

しずく:あ……えっと……どうして欲しい、とか、そんなところまでは考えたことなかった。というより、別にそういうのは、ない、と思う……。

 

かすみ:そう、それが「変」です。

 

かすみ:あとその感じだと、既にご存知なんじゃないですか?

 

しずく:……何を?

 

かすみ:私が笹原さんのことを振ったの。

 

しずく:……

 

かすみ:やっぱり。

 

しずく:美園から、聞いた。

 

かすみ:じゃあなんで、それを私に黙っていたんですか?恨み言を言うのなら、むしろそこだと思うんですけど。ありがちじゃないですか、「なんであの子の事振ったのよ!」って、漫画やドラマでよく見るやつ。

しずく:さすがにそこまで馬鹿じゃないわよ。そんなこと言ったところで、その気のないものは仕方がないじゃない。

 

かすみ:そう、その通りです。だからなおさら、私を食事に誘った理由が分かりません。そんなことをする時間があるなら、むしろ傷心の笹原さんに優しくして、その腕の中に転がり込んでくるのを待てばいい。

しずく:そんなこと……

かすみ:「変」だからしませんか?「バツ」だから?

 

しずく:そういうわけじゃない、けど。

 

かすみ:あと二宮さん、自分が「変」だと思われないように、「バツ」が付かないように、つまりは人生を楽に生きるために、常に最大公約数を計算して生きている、って言っていましたよね。

 

しずく:それが何よ。

 

かすみ:なんだか、全然楽そうじゃないな、って。

 

しずく:なっ……!

 

かすみ:自分が「変」なのだと自覚してしまったら、もうそのやり方では楽になれないんじゃないですか?

 

しずく:……そんなこと分かってるもん。

 

かすみ:それなら

 

しずく:分かってるけど!だって、普通じゃないのって怖いじゃない。普通じゃなくても、「変」でも許されるのは、特別なものを持っている人だけなの!

 

かすみ:特別なもの?

 

しずく:松波さんみたいな独特のオーラとか、美園みたいな……育ちのいい綺麗さとか。

 

かすみ:私のことはともかく、二宮さんも十分可愛らしいと思うんですけど。

 

しずく:頑張って作ってるだけだもん。

 

かすみ:いえ、今みたいに訳の分からない事を言いながら、訳の分からない状態になっているところも。

 

しずく:はあ?

 

かすみ:そんなものですよ、案外。最大公約数の壁って隙がないから、今みたいな隙(すき)が見えると、結構嬉しかったりするものです。

 

しずく:……松波さんも、今嬉しいって思ってるってこと?

 

かすみ:それはどうでしょう。

 

しずく:なにそれ。ずるい。

 

かすみ:だって二宮さん、私のこと嫌いなんでしょう?

 

しずく:松波さんって、感情の起伏がないサイボーグだと思ってたけど、結構意地悪なのね。

 

かすみ:そうですよ。

 

しずく:……ずるいなあ。本当にずるい。そうやって自分のことを上手に操縦して、「変」でいることを魅力にして、特別な存在になって。私は絶対にそんな風になれない。だから美園も、私には絶対振り向いてくれない。

 

かすみ:……

 

しずく:うそ。美園は言い訳。美園のことがなくても、私、はじめから松波さんのことが嫌いだった。

 

かすみ:そうですか。

しずく:私にないものを、私が秘かに欲しいと思っていたものを全部持っているのがひと目見てすぐに分かったから、嫌いだった。美園があなたのことを好きになったって聞いた時に、もっと嫌いになった。嫌いで嫌いで、だからずっと目が離せなかった。……ううん、そうじゃない。それは……私が……

 

(しずく、静かに鼻をすする)

 

かすみ:……なんですか。

 

(しずく、涙をぽろぽろと零し始める)

 

しずく:私は、きっと本当は最初から……あなたが好きだった……!

 

(かすみ、ため息をつく)

 

しずく:ほんと悔しい。今更自覚するなんて。ほんと馬鹿みたい。

 

かすみ:……めんどくさ。

 

しずく:笑いたきゃ笑いなさいよ。

 

かすみ:二宮さん。

 

しずく:なに。

 

かすみ:私と付き合いません?

 

しずく:……は?

 

かすみ:だから、私と付き合ってみませんか?って。

 

しずく:聞こえてたわよ。そうじゃなくて!どうしてそうなるの。

 

かすみ:どうせ今のまま最大公約数を維持しようとしても、苦しいだけですよ、きっと。だったらいっそ、「変」になってみません?それなら私、二宮さんが楽に生きるのに、少しは役に立てると思うんですけど。

 

しずく:だって松波さん

 

かすみ:私がいつ、異性愛者だなんて言いました?

しずく:え……?で、でも、それなら美園のことは、どうして。

かすみ:好みじゃなければ、そりゃあお断りしますよ。

 

しずく:じゃあ、なんで私?

 

かすみ:最初に言ったでしょう?お洒落で可愛いと思っていた、って。

 

しずく:いや、だって

 

かすみ:さっき私のことを「意地悪だ」って言ったじゃないですか、二宮さん。

 

しずく:うん。

 

かすみ:好きな人ほどいじめたくなるんです、私。

 

しずく:ちょっと待って。

 

かすみ:これ以上何を待つんですか?二宮さんは私の事が好きなんですよね?私も二宮さんのことが好きです。すごく要領よく生きているようで、たまに妙に疲れた顔をするところとか、好きです。そして今、こうして訳の分からない事を言ってぼろぼろ泣いている二宮さんを見て、もっと好きになりました。

 

しずく:待ってってば。

 

かすみ:待ちません。好きな相手に想いを伝えられないもどかしさ、二宮さんなら分かるでしょう?私もずっとそうでした。周りから見た自分が、それこそこの性癖も込みで「変」なのは分かっています。だから、我慢していたんです。

 

しずく:う、そ……

 

かすみ:私とて、いつも超然としてるわけじゃないんですよ?単にその……いろんなことを表に出すのが苦手なだけなんです。


しずく:えっと……

 

かすみ:二宮さん。

 

しずく:は、はいっ!

(かすみ、テーブルに乗り出し、そっとしずくの手を握る)

 

かすみ:一緒に「変」な世界を歩きましょう。

しずく:手、手を離して!ほ、他のお客さんもほら、見てるから……!

 

(かすみ、にやりと笑う)

 

かすみ:見せつけてやればいいんです。私たちは「変」だけど、最高に幸せですって。

 

(かすみ、さらに乗り出してくる)

 

しずく:ちょ、乗り出してこないで!近い近い!

 

かすみ:告白してきたのはそちらからです。諦めて下さい。

 

(かすみ、しずくに口づける)

 

しずく:んんん……!

 

【間】

 

―エピローグ

 

かすみ:美味しかったですね、今日のお店。また行きましょう。

 

しずく:もう行かない……。

 

かすみ:なんでですか?

 

しずく:だって店内であんな……あんな、恥ずかしいこと……!

 

かすみ:別に恋人同士なんだから、いいじゃありませんか。

 

しずく:恋人同士、ってことになるの?私たち。

 

かすみ:今更そこを否定されたら、さすがの私も泣きますよ?

 

しずく:え、松波さんも泣いたりするんだ……。

 

かすみ:だから言ったでしょう?表に出すのが苦手なだけなんです。泣くことだってありますよ。本当に、何だと思ってるんですか、私の事。

 

しずく:……ごめん。

 

かすみ:あ。

 

しずく:なに?

 

かすみ:シャツの裾にソースの染みが。ほら。

(かすみ、シャツの染みを指さす)

 

しずく:料理の乗ったテーブルに乗り出して、キスなんかするからよ。

 

かすみ:じゃあ二宮さんの責任ですね。

 

しずく:なんでそうなるの。

 

かすみ:あんな場所で、あんな可愛い事を言うから。

 

しずく:またすぐそういう事を言う!

 

かすみ:……今くらい、浮かれさせてください。

 

しずく:浮かれてるの、それ?

 

かすみ:サイボーグなイメージと違って、嫌いになりました?

 

しずく:そうじゃないけど……

 

かすみ:けど?

 

しずく:美園になんて言ったらいいんだろう、って。

 

かすみ:ありのままを言えばいいのでは?

 

しずく:そんな簡単にいくわけないでしょ。

 

かすみ:そうですか?

 

しずく:……松波さん、やっぱり「変」。

かすみ:知っています。

 

しずく:少しは最大公約数を考える必要もあると思うな。

 

かすみ:じゃあ教えてくださいよ。最大公約数。

 

(しずく、大きなため息をつく)

 

しずく:私、最大公約数と「変」のはざまで、しばらく悪酔いしそう。

 

かすみ:それはそれで、きっと楽しいですよ。いいえ、楽しませてみせます。

 

しずく:強気。

 

かすみ:二宮さんのことが好きですから。

しずく:う……。あ、ああそうだ!ねえ、そういえば前から聞きたかったんだけど。

 

かすみ:なんですか?

 

しずく:松波さんって、メイクもほとんどしてないし、アクセサリーも全然着けてないのに、なんでアンクレットだけは着けてるの?

 

かすみ:……よく見てますね。

 

しずく:そ、そりゃあ、ね……。

 

かすみ:大抵のアクセサリーは、ベッドに入った時に邪魔になりますけど、アンクレットだけは、シーツに鎖がこすれるのが綺麗だな、絵になるな、って思って。

しずく:絵になる、かあ。松波さん、くるぶしも綺麗だもんね。

かすみ:本当に、よく見てますね。

 

しずく:それはもういいってば!

 

かすみ:ああ、それで今日スポーツやっていたか聞いたんですか。

 

しずく:うん。

 

かすみ:……見てみます?

 

しずく:何を?

 

かすみ:アンクレットがシーツに映えるところ。

 

しずく:……今日はなし。

 

かすみ:ちぇっ。

 

しずく:今日は、最大公約数の世界から「変」な世界に飛び込んだばかりの、このふわふわした感じを堪能したいかな。

 

かすみ:そうですか。で?その感想は?

 

しずく:今のところ、案外悪くない、かな。

 

(かすみ、にっこりと微笑む)

 

かすみ:それは良かった。では改めて。これからもよろしくお願いします。しずくさん。


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【幕】

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