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​​#10「 DOLL 」

(♂3:♀4:不問0)   上演時間40~50分

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・レナード

【レナード・フランプトン】男性

星間連盟の中核を担う惑星「ユルバン」の中央情報局員。情報局のなかでも特に優秀とされる「ナンバーズ」入り目前とされる優秀なエージェント。

超A級アンドロイドの「ドリス」と共に行動し、「人形遣い」と呼ばれる。

・ドリス

【ドリス】女性

レナードのパートナー。AI搭載型の超A級アンドロイドで、見た目は美しい女性そのもの。

レナードの要望により、戦闘機能をほとんど持たない。

・マルコ

【マルコ・タヴァーノ】男性

ユルバン中央情報局に所属するメカニックでハッキングの達人。

ドリスの生みの親であり、レナードの唯一とも呼べる友人。

※クリフトンとの兼ね役も可。

・ヨランダ

【ヨランダ・パヴロフスカ】女性

ユルバン中央情報局局長。レナードとドリスを惑星「コーディ」に送り込む。

※メティスとの兼ね役も可。

・メティス

【メティス・アンドレウ】女性

惑星「コーディ」の二大勢力の内、南を支配するニーサ・ニーサの「女帝」。

ユルバン中央情報局に、誘拐されたひとり娘エルクリーナの救出を依頼する。

※ヨランダとの兼ね役も可。

・クリフトン

【クリフトン・ボウエル】男性

惑星「コーディ」の二大勢力のうち、北を支配するパレサリアの「将軍」。

「南の女帝」ことメティスのひとり娘エルクリーナを誘拐する。

※マルコとの兼ね役も可。

・エルクリーナ

【エルクリーナ】女性

惑星「コーディ」の「南の女帝」メティスのひとり娘。

「北の将軍」ことクリフトンによってパレサリアに誘拐される。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―ユルバン中央情報局/ヨランダの部屋

 

ヨランダ:来たわね、「人形遣い」。

 

レナード:その呼び名はやめてくれ。ドリスは「人形」じゃない。大切な俺のパートナーだ。いつも言っているだろう?

 

ヨランダ:レナード・フランプトン。呼び名なんてただの記号でしょう?いちいち突っかかるのはやめてちょうだい。 

 

レナード:あんたにとってはただの記号かもしれないが、俺には違う。

 

ドリス:レナード、気にしないでください。精神活動を行わないアンドロイドが未だ人形扱いなのは、事実ですから。

 

レナード:自律思考を行う存在を、人形とは呼ばない。

 

ドリス:私には命や脳「らしきもの」は存在しますが、それは人間で言うところの「魂」、「心」ではありません。魂の存在しない人型のものは、人形ということになるのでしょう。私はそれに疑問を感じたことも、不快感を覚えたこともありません。大丈夫。

 

レナード:だが……

 

ヨランダ:ストップ。今は哲学の話をしている余裕はないわ。人形つ……(舌打ち)レナード、新しい任務よ。

 

レナード:そうだろうね。誰もあんたから愛の告白を受けるとは思っちゃいない。

 

ヨランダ:茶化さないで。あなた達にはすぐに惑星コーディに飛んで欲しいの。

 

レナード:ドリス、データを出せるか?

 

ドリス:星間連盟所属惑星であるこの惑星(ほし)、ユルバンが管理する植民惑星(コロニー)のひとつで、宇宙歴503年に新興宗教テデスコ教会の信者たちが移住、開拓した辺境の小さな惑星です。住人たちは教義に乗っ取り、出来る限り機械を排除した、我々にとってはかなり前時代的な生活を送っています。

 

レナード:スターシップで惑星と惑星の間を数時間で行き来するこの時代にねえ。

 

ヨランダ:ドリス。細かな歴史の部分は省略して、現在のコーディのデータを。

 

ドリス:はい。やがて教会の勢力は二分化し、惑星の北側をパレス派のパレサリアが、南側をニーサ派のニーサ・ニーサが支配するようになりました。それから約十年、もちろん現在も、武力を伴った衝突が繰り返されているようです。

 

レナード:概ね俺が把握している通りの内容だな。それ以上のものはない。

 

ヨランダ:そうね。表向きは。今のところ。

 

レナード:そんな辺境の星で何が起きた。

 

ヨランダ:今朝、そのニーサ・ニーサのトップ、「南の女帝」ことメティス・アンドレウから情報局に通信が入ったわ。「北の将軍」ことパレサリアのクリフトン・ボウエルに、ひとり娘を誘拐された、と。

 

レナード:なるほど。惑星内の勢力分布が一気に塗り変わりそうな事件だな。しかし、それでも俺たちが出向くには理由が不十分じゃないか?例えばその「北の将軍」が俺らユルバン、またはそれこそ星間連合全体へのテロリズムを計画している危険因子で、このままコーディの権力を握らせちゃまずい、とかでない限りな。

 

ヨランダ:その逆よ。危険因子は「南の女帝」、メティスの方。

 

レナード:なんだと?

 

ドリス:ニーサ・ニーサのメティスが、このユルバン中央情報局の上位エージェント「ナンバーズ」の一員であったことも関係が?

ヨランダ:さすがは超A級アンドロイド。そんな情報までデータベースに入っているとはね。

 

ドリス:恐れ入ります。

 

レナード:ちょっと待ってくれ。メティスが、元「ナンバーズ」だって?

 

ヨランダ:知らないのも無理はないわ。これは情報局内でもトップシークレットだもの。むしろ、何故あなたの「お人形」がそれを知っているのかを知りたいものね。

 

レナード:だから人形じゃあないと

 

ドリス:マルコが私に、情報局の「全て」のデータをインプットしてくれました。

 

レナード:(ため息)やっぱりあいつか。

 

ヨランダ:その件に関しては、いずれ知ることであったとして、今のところは不問に処すわ。

 

レナード:(舌打ち)それが事実なら、何故メティスはコーディの女帝なんかにおさまっているんだ?

 

ヨランダ:私がまだ一エージェントであった頃の話よ。メティスはまだ内戦が勃発する前のコーディに、別の任務で派遣された。ヘマをした潜入捜査中のエージェントを救出するためにね。その時に後のニーサ・ニーサのトップになる男と恋に落ちた、と表向きはされているわ。実際はどうだか知らないけれど。

 

レナード:随分といい加減な話だな。それで?

 

ヨランダ:その当時の杜撰(ずさん)さを物語るような話なのだけれど、メティスは通信で、コーディへ移住する時にこのユルバンの機密をごっそりと持ち出していた、と言っているの。

 

レナード:つまり、その情報と引き換えに娘を助けろ、とそういうことか。

 

ヨランダ:そんなしおらしいものじゃあなかったわね。

 

ドリス:というと?

 

ヨランダ:「機密の入ったマイクロチップは娘の身体に埋め込んであるが、当然コピーも存在する」「娘を見殺しにした日には、その機密を使ってユルバンを逆に植民惑星としてみせる」と。

 

レナード:機密の話がそもそもブラフだという可能性は?

 

ヨランダ:大いにあるわ。ただ、ブラフと決めつけて無視をするにはあまりにも危険ね。相手は元「ナンバーズ」よ。

 

ドリス:優秀さは折り紙付き、ということですか。

 

ヨランダ:皮肉にもね。

 

レナード:(ため息)

 

ヨランダ:彼女は上昇志向の強い、野心的な女だったわ。そんな彼女が大人しくニーサ・ニーサに嫁いだのも、今思えば不思議で仕方なかったのよ。

 

ドリス:「鶏口(けいこう)となるも牛後(ぎゅうご)となるなかれ」では?

 

レナード:なんだそりゃ。

 

ドリス:ある惑星に伝わる古い格言のようなものらしいです。強い勢力に付き従い、その下で働くよりも、例え小さな団体であろうと、そこの頭になれ、という意味だとか。

 

ヨランダ:恐らくその見方が正解ね。

 

ドリス:機密を盗み出した、という発言が真実であるならば、虎視眈々とユルバンをひっくり返すタイミングを伺っていた可能性すらある、というわけですね。

 

レナード:何て女だ。

 

ヨランダ:娘の無事を真剣に願うような女であって欲しいと思うけれど、私の知っているメティスは、そんな女じゃないわ。

 

レナード:昔からの知り合いのあんたが言うんだ。間違いないだろうな。

 

ドリス:では私たちの任務は、メティスの娘「エルクリーナ」の救出と、マイクロチップの存在が真実か否かの調査、というわけですね。

 

レナード:マイクロチップが実際に存在していた場合には、その奪還も、だな。

 

ヨランダ:その通り。事は一刻を争うわ。

 

レナード:……ひとつだけ、条件がある。

 

ヨランダ:何かしら?

 

レナード:ドリスのパスを用意してくれ。大切な俺のパートナーだ。アンドロイドだから貨物室行きってのは、毎回納得がいかなかったんでね。

 

ヨランダ:分かったわ。「人間」としてのドリスのパスを、至急用意するわ。

 

レナード:ああ、ありがとう。それじゃあパスが用意されるまで、ドリスのメンテナンスと、コーディのデータのチェックをしておくよ。……ああそれから。

 

ヨランダ:まだ何か?

 

レナード:メティスが救出に向かった「ヘマをしたエージェント」ってのは、もしかしたらヨランダ、あんたじゃないのか?

 

ヨランダ:……グッドラック。


【間】

 

―ユルバン中央情報局/技術室

 

マルコ:よお、待ってたぜ。

 

ドリス:マルコ、今回もよろしくお願いします。

 

マルコ:オーケイ。データの破損やバグがないか、チェックさせてもらうよ。そこに横になって。

 

ドリス:はい。

 

マルコ:それじゃあ始めようか。休眠モードまで、3,2,1。……おやすみ、ドリス。

 

(少しの間)

 

マルコ:(煙草をふかす)……で?

 

レナード:なんだよ。

 

マルコ:お前からの用件を聞こうじゃないか。

 

レナード:その様子じゃ、覚悟はできているんだろうな。

 

マルコ:まあな。いつかはバレる日が来ると思ってた。ああ、あんまり痛くするなよ?あと、一発で済ませてくれるとありがたい。

 

レナード:随分と注文が多いな。まあいい。

 

(レナード、マルコの頭を力いっぱい殴る)

 

マルコ:いってぇ!おま、痛くするなって言ったろうが。

 

レナード:これでも手加減した方だ。諦めろ。

 

マルコ:畜生、肉体言語の申し子め。

 

レナード:お前がドリスにあれこれ勝手にインストールしたせいで、ひやひやしたぞ。

 

マルコ:(笑う)

 

レナード:あの時のヨランダの顔と言ったら。

 

マルコ:いやあ、実に見てみたかったね。

 

(レナード、マルコの頭をもう一発殴る)

 

マルコ:いてっ!一発で済ませろって言ったろうが!

 

レナード:お前はいちいち一言多いんだ。

 

マルコ:(ため息)お前のパートナーとして働くのなら、情報局のデータは不可欠だろう?だから先んじて俺がきっちり仕上げといたんじゃあないか。

 

レナード:トップシークレットまでハッキングして入れろとは言ってない。下手したら俺とドリスの存在が抹消されるところだったぞ。

 

マルコ:(笑う)大丈夫さ。お前とドリスの最近の働きは目覚ましいからな。「ナンバーズ」入りも目前って評判だ。成果主義のヨランダが手放すはずがない。

 

レナード:そんなことはどうだっていいことだ。

 

マルコ:そりゃ欲のないこって。まあでも、実際お咎めなしだったろう?

 

レナード:……まあな。

 

マルコ:俺は天才だから、そこまで計算ずくだった、ってわけ。

 

レナード:適当なことばっかり言いやがって。

 

マルコ:天才にはある程度の適当さが肝要さ。柔軟な発想から、ひとつの偉大な功績が生まれるんだ。

 

レナード:お前の場合は、天才どころかただのギークだろ。

 

マルコ:せめてマッドサイエンティストって言ってくれよ。

 

レナード:馬鹿言え。

 

マルコ:(笑う)でも、そのギークがいないと困るのはお前だろう?

 

レナード:屁理屈だ。

 

マルコ:なんとでも言え。ああところで……コーディに行くんだって?

 

レナード:ああ。

 

マルコ:俺には少し引っかかるんだけどね。

 

レナード:何が?

 

マルコ:コーディの連中は、機械に対して異常に懐疑(かいぎ)的だ。ドリスを連れて行くのはリスクが高い。アンドロイドだとバレたら攻撃される可能性だってある。なんだってヨランダは、そんな場所での任務にお前らを指名した?

レナード:……。

 

マルコ:何か別の意図があると見た方がいいな。彼女はどうにも食えない。

 

レナード:仮にも情報局のトップだからな。覚悟しておこう。

 

マルコ:ドリスに戦闘機能をつけなくていいのか?

レナード:不要だと毎回言っているだろう?それに今からじゃ「原則免除」の申請にも間に合わない。

マルコ:そんなもの、中央情報局の権限でなんとでもなるだろう。

レナード:不要だと言ったら不要だ。

ドリス:私はマルコに賛成です。

レナード:ドリス!

マルコ:おはようドリス。

(マルコ、モニターを確認する)

マルコ:うん、どこにも異常は無し。このまますぐにコーディに飛べる。

レナード:そうか。

マルコ:本当にいいのか?

 

ドリス:レナード。私に戦闘機能がないばかりにあなたの力になれないことが、これまでにたくさんありました。今回も、きっとそうなるでしょう。

 

レナード:……。

 

ドリス:戦闘機能は必要なもの、と判断します。

 

レナード:……。

 

ドリス:レナード。

 

レナード:いいや、やっぱり不要だ。ドリスにはこれまで通り、俺のサポートに徹してもらう。

マルコ:お前がドリスに何を求めているか、分からないわけじゃあないけどね。ドリスはあくまでもアンドロイドだ。お前が守るべき対象では

レナード:それ以上余計なことを言ったら、その口にスタナーを撃ち込むぞ。

 

ドリス:マルコ、レナードが私に求めているものとは、一体なんですか?任務のサポート以外にも何かあるような物言いでしたが。

 

レナード:ドリス。まもなくパスが用意される。先に俺たちのアパートに行って、準備を整えておいてくれないか。

 

ドリス:……分かりました。

 

(ドリス、部屋を出る)

 

マルコ:すまない、今のは完全に俺の失言だな。

 

レナード:お前の辞書にも「謝罪」って言葉はあったのか。

 

マルコ:己のミスを素直に認めるのも、天才の条件のひとつさ。

 

レナード:そうか。

 

マルコ:なあ、本当にいいのか?コーディに行くことで危険なのは、お前よりドリスだ。

 

レナード:……守り切ってみせるさ。

 

マルコ:コアさえ残っていれば何度だって再生がきくアンドロイドを守るオーナーなんか、前代未聞だぞ。

 

レナード:だろうな。

 

マルコ:もっとも、ドリスに「ルヴェ」の……七年前に死んだお前の元パートナーのビジュアルを与えたのは俺だから、これはもう皮肉以外の何物でもないんだけどね。

 

レナード:全くもってその通りだ。初めてドリスに会った時、何かの嫌がらせかと思ったぞ。

 

マルコ:あの時は、それがお前にとっての救いになるかと思ったんだよ。

 

レナード:救い、ね……。

 

マルコ:愛した女と同じ顔をしたドリスを、血で汚したくないのは分かる。だけど、お前のそのロマンティシズムが大事なパートナーを傷つける、とは考えないのか?再生がきくと言っても、お前にとってそれは望ましい事じゃないはずだ。

 

レナード:だから守りきると言っているんだろう?俺はもう、あの時のような未熟者じゃない。

 

マルコ:そうだな。お前は七年前のお前とは違う。だがな、ドリスも「ルヴェ」じゃないんだぞ。同一視するな。ドリスはドリスだ。

 

レナード:分かり切ったことを言うな。……そろそろ時間だ。ドリスと合流する。じゃあな。

 

(レナード、部屋を出る)

 

マルコ:どこまで分かってんだろうね、あの馬鹿は。


【間】


―「北の将軍」クリフトンの屋敷

エルクリーナ:ねえ。

 

クリフトン:与えた本は読み終わったのか?

 

エルクリーナ:あんな量、そんなに簡単には読み切れないわ。

 

クリフトン:そうか。目が疲れたなら、中庭でも散歩してくるといい。今日はいい天気だから。

 

エルクリーナ:私はあなたに用があるの。

 

クリフトン:……なんだ。

 

エルクリーナ:あなたは、私を「誘拐」したのよね?

 

クリフトン:そうだ。

 

エルクリーナ:それなら何故、私を閉じ込めないの?しかも見張りも付けずに、自由に屋敷内を移動させるなんて。

 

クリフトン:それは、「疑問」か?

 

エルクリーナ:そうよ。

 

クリフトン:何故疑問を抱いた。

 

エルクリーナ:そんなの当然だわ。私は誘拐されたのよ。それなのにこんなの、おかしいじゃない。

 

クリフトン:不自由な思いをさせているわけではないのだから、何も問題はないと思うが?

 

エルクリーナ:私は「南の女帝」メティスの娘よ?いつあなたの寝首をかくか、いつ逃走するか、考えない程あなたは――「北の将軍」は愚かではないと思うのだけれど。

クリフトン:そうだな。あのメティスの「娘」なら、それくらいしかねないだろう。

エルクリーナ:それで、質問の答えは?

 

クリフトン:逆に問おう、エルクリーナ。疑問を抱いたのなら、何故君は逃げない?

 

エルクリーナ:……え?

 

クリフトン:何故今、無防備に背を向けている私を殺さない?そこのテーブルの上には、ナイフも置いてあるというのに。

 

エルクリーナ:あなた、死にたいの?

 

クリフトン:何が何でも生き抜いてやろうという情熱はないが、死にたいわけでもないな。私は、君が何故、そこに突っ立ったまま、私に疑問だけをぶつけてくるのか疑問に思っている、というだけの話だ。

 

エルクリーナ:それは……

 

クリフトン:君が私に対して抱いた疑問と、なんら変わるまい? 

 

エルクリーナ:何が言いたいの。

 

クリフトン:疑問ばかりだな。それなら……そうだ、試しにそのナイフを手に取ってみたらどうかな。

 

エルクリーナ:……やっぱりただの死にたがりね。

 

クリフトン:そうだな、そうかもしれない。それなら試しにほら、刺してみるといい。なに、今際(いまわ)の際(きわ)に「死にたくない」と気付いたとしても、文句は言うまい。

 

エルクリーナ:なるほど。あなた、私を馬鹿にしているのね。私をただの小娘だと、大それたことなど絶対にできないと思っているんだわ。「北の将軍」の名に相応しい傲慢さね。

 

クリフトン:言いたいことはそれだけか。

 

エルクリーナ:なんですって?

 

クリフトン:私はさっきから、私を傷つけられるものならさっさと傷つけてみたまえと、そう言っているのだが。

 

エルクリーナ:わ、分かってるわよ。

 

クリフトン:……

 

エルクリーナ:……

 

クリフトン:……どうした。

 

エルクリーナ:……っ!

 

クリフトン:できないのか。

 

エルクリーナ:できるわ!できるはずなのに何故……何故足が動かないの……?

 

クリフトン:……それが、全ての答えだ。


【間】


―コーディ宇宙ステーション

 

ドリス:ここがコーディですか。思ったよりも近代的ですね。

 

レナード:さすがに船が出入りするステーションくらいはな。

 

ドリス:あと、緑が多いですね。ユルバンに比べると、あまり管理されている印象はありませんが。

 

レナード:ああ。こんな風に手入れされていない植物なんか、俺も見たことがない。今はどこの惑星(ほし)でも、植物工学と都市工学に基づいた計算の上で栽培されているからな。完全に自然のままの動植物なんて、まずお目にかかることができない。

 

ドリス:まるで歴史の教育ホログラフを見ているようです。

 

レナード:全くだ。タイムスリップでもしてきたんじゃないかって錯覚を起こしそうになるよ。

 

ドリス:その点だけを見れば、コーディの自然環境は非常に研究価値が高いように思います。

 

レナード:実際、そういった研究目的でやってくる研究者も多いそうだ。

 

ドリス:この情勢では、そういった目的での滞在は難しいのでは?。

 

レナード:ああ。事実、一定数は行ったきり帰ってこないらしい。

 

ドリス:これまで星間連盟が動かなかったのが不思議です。

 

レナード:「渡航非推奨惑星」とされているからな。「自己責任」として、どの惑星でも必要以上の干渉はしていないんだろう。

 

ドリス:……崩壊した建物や折れた樹木が目立ちますね。

 

レナード:マルコやヨランダの言った通り、事態はなかなかに深刻なようだ。惑星の玄関である宇宙ステーションの目の前まで、こんなになるくらいには。

 

ドリス:はい。

 

レナード:ところでドリス。はじめての客席はどうだった。

 

ドリス:貨物室とは違って快適なものですね。椅子も柔らかく、窓から見える景色も大変興味深いものでした。

 

レナード:ずっと外を見ていたな、そういえば。

 

ドリス:貨物室には窓はありませんから。だからとても……楽しかったです。

 

レナード:楽しかった?

 

ドリス:はい。ですがこのためにわざわざ偽造パスを用意するなど、合理的な行為とは言いかねます。

 

レナード:お前は俺のパートナーだ。合理的だろうがそうでなかろうが、本来こうであるべきなんだよ。

 

ドリス:(小声で)嬉しいです。

 

レナード:何か言ったか?

 

ドリス:いいえ、なんでもありません。

 

レナード:「南の女帝」メティス、か……。元「ナンバーズ」とは、全くもって嫌な相手だが、いつものようにさっさと仕事を済ませよう。


【間】


―クリフトンの屋敷

 

エルクリーナ:どうして……?

 

クリフトン:思い当たることはこれまでもあったはずだ。周囲に言われたことはなかったか?「本当に聞き分けのいいお嬢さん」「反抗期などまるでない理想の娘」と。

エルクリーナ:……

 

クリフトン:ああ、ひとつ訂正しよう。君は最近、母親であるメティスに反抗したことがあったはずだ。

エルクリーナ:え……

クリフトン:どうだい?

 

エルクリーナ:些細なことよ。服の色はピンクよりブルーがいいだとか、午後には読書でなく海に行きたいだとか、それくらいのことよ。

 

クリフトン:十分だ。

 

エルクリーナ:一体どういうことなの。

 

クリフトン:君は、私の部下たちに攫(さら)われた時、一度でも抵抗をしたか?

 

エルクリーナ:……いいえ。

 

クリフトン:勿論、彼らの身体に傷を付けることもなかったろうな。

 

エルクリーナ:ええ。

 

クリフトン:そして今も、君は目の前のナイフを手に取ることすら出来ない。己を誘拐した憎き男、しかも母親の政敵が、自ら「刺せ」と言っているにも関わらず、だ。

 

エルクリーナ:やめて。

 

クリフトン:私は今も悩んでいるんだよ、エルクリーナ。君を攫っておきながら、どこまでを君に伝えたものか。

エルクリーナ:結構よ。聞きたくないわ。

 

クリフトン:ならそれで構わない。あとは君が、「自分の意思」で考えなさい。そんなに時間はないかもしれないがね。

 

エルクリーナ:……っ!(部屋を出ていく)


【間】


―メティスの屋敷

 

メティス:こんにちは、あなたがレナード・フランプトンね。話は聞いているわ。そして、そちらがあなたの……「パートナー」ね。

 

ドリス:ドリスと申します。

 

メティス:情報局員のパートナーにしては可憐ね。ここで女官として働かせた方が向いているんじゃなくて?

 

ドリス:そのお言葉だけ有難く頂戴致します。失礼ですが、その右目と右腕は

 

メティス:ああ、この眼帯と義手のことかしら? ヨランダから聞いてない?かつて間抜けな同僚を助けに行った時の負傷が原因よ。

ドリス:……踏み込んだことを聞いてしまいました。申し訳ございません。

メティス:いいのよ。この怪我のおかげで私は夫に出会えて、今こうしていられるのだもの。もっとも、その夫も、早くに死んでしまったけれど。

 

レナード:娘が誘拐されたというのに、随分と余裕だな。

 

メティス:組織のトップだもの。動揺した姿を見せるわけにはいかないでしょう?その隙に食い物にされてしまうわ。

 

レナード:というより、娘の行方……なんなら生死すらも興味がないように見えるね。

 

メティス:まあ、失礼ね。

 

レナード:もういい。さっさと本題に入ろう。

 

メティス:随分と気の早いこと。依頼した以上、そこのアンドロイドのお嬢さんにも興味があったのだけど。

 

ドリス:レナード……

 

レナード:ドリスがアンドロイドだと知っていたのか。

メティス:元「ナンバーズ」を舐めないでね。

 

レナード:排他的なこの惑星で、よその惑星から来たあんたがここまでの権力を築けたのも、そのお陰ってことか。大方、今回のように機密を握っていると吹いてきたんだろう?

 

メティス:どう取ってもらっても構わないわ。でも、ユルバンの機密を握っているのも、娘のエルクリーナの身体にマイクロチップを埋め込んでいるのも事実よ。証明するものはないけれど、情報局員であるあなたなら、見過ごすことはできないわよね?

 

レナード:(舌打ち)ヨランダに似て、嫌な女だ。

 

メティス:いやあね、やめてよ。あんな鉄仮面と一緒にするのは。

 

ドリス:ひとつ、いいでしょうか?

 

メティス:どうぞ。

 

ドリス:機密のマイクロチップと交換でエルクリーナを救出せよ、とのことでしたね。

 

メティス:一応、ね。

 

ドリス:ですが、マイクロチップはエルクリーナの身体に埋め込まれている。

 

メティス:ええ。

 

ドリス:当然そのマイクロチップは、簡単に摘出可能なのですよね。

 

メティス:あなたも大概嫌な女ねえ、ドリス。

 

レナード:なるほど。俺はてっきり「引き換えにするくらいなのだから摘出可能だ」と先入観を抱いていたが、そうでないとすると、エルクリーナ奪還の条件に「彼女が生きていること」は含まれない、そういうことか。

 

メティス:……

 

レナード:娘を誘拐された母親は皆悲嘆にくれているものだと思っていたが、やはりあんたの依頼には何か裏があるみたいだな。

 

メティス:小難しい腹の探り合いは嫌いよ。それに、ただ派遣されただけのあなたに、拒否権はないのではなくて?

 

レナード:……

 

メティス:もういいわ。私、待つのも嫌いなの。どうしても今この場で「YES」と言わないのであれば……衛兵!

 

(大勢の足音/衛兵により拘束されるドリス)

 

ドリス:っ!レナード!

 

レナード:ドリス!

 

メティス:あなたの「お人形」を破壊してもいいのよ?この惑星に、「お人形」を持ち込んだ、なんて知れたら……どうなるかしらね?「人形遣い」さん。

 

レナード:……っ!

 

メティス:さあ、どうする?

 

レナード:(舌打ち)分かった。だからドリスを離せ。彼女は俺の大事なパートナーだ。ドリスがいないと、俺の任務の成功率はぐっと下がるぞ。何せ俺は……「人形遣い」だからな。人形」がなければ、ただの役立たずだ。

 

ドリス:……

 

メティス:引き受けてくれるのなら勿論「お人形さん」は解放するわ。ヨランダと違って、柔軟な、話の分かる子で良かったわ。それじゃあ、よろしくね。


【間】


―ユルバン中央情報局/ヨランダの部屋

 

マルコ:ハイ、ヨランダ。

 

ヨランダ:ハイ、マルコ。久しぶりに地上に上がってきた気分はどう?

 

マルコ:俺には地下の空気が合ってる。堅苦しくて息苦しくて、今すぐに地下に逃げ帰りたいね。

 

ヨランダ:相変わらずの軽口だこと。

 

マルコ:知ってるかい?太陽の光が届かない地下は、時間の流れが地上とは違うんだ。だから俺はいつまでも変わらず、若いままなのさ。それに対して……ああ、あんたはずいぶんと「貫禄」が出てきたようだ。

 

ヨランダ:くだらないジョークはそこまでよ。……あなた、情報局の機密データを盗んだわね?

 

マルコ:……さあて、なんのことだか。

 

ヨランダ:マルコ・タヴァーノ。今更しらばっくれるのはやめなさい。

 

マルコ:(ため息)ドリスのこと?

ヨランダ:そうよ。

 

マルコ:そもそも、実際に危険な任務に就く彼らへの情報が制限されている方が、俺は問題だと思うけど?

 

ヨランダ:意外に人情家なのね。

 

マルコ:情報局員の生存確率とミッションの成功率を上げるために裏でサポートするのが、俺たちの仕事さ。それを邪魔されると、俺達の評価も下がる。それはとても迷惑な話なんでね。

 

ヨランダ:そちらの方があなたらしいわ。

 

マルコ:そりゃどうも。

 

ヨランダ:本題よ。今回はあなたに頼みがあるのだけど。

 

マルコ:これだろう? 

(マルコ、書類を取り出す)

マルコ:「北の将軍」クリフトンの素性、コーディに嫁いでからの「南の女帝」メティスの情報、そして……その娘「とされている」エルクリーナのデータ。

 

ヨランダ:話が早いわね。レナードに頼まれていたのかしら?

 

マルコ:さてね。

 

ヨランダ:越権行為だけれど、今回は見逃してあげるわ。さすがね。

マルコ:お褒めに預かり光栄だね。勿論手当は出るんだろう?

 

ヨランダ:考えておくわ。

 

マルコ:どれだけのコンピュータに侵入したと思ってるんだ。弾んでくれないと割が合わない。

 

ヨランダ:考えておくわ。

マルコ:これ以上無駄口叩くなってことね。了解。それじゃあ、これが最後の無駄口だ。

 

ヨランダ:……

 

(マルコ、書類の一枚を手に取る)

 

マルコ:「この情報」は、あんたも当然知っていたはずだ。それならなおのこと、何故レナードとドリスを選んだ?

 

ヨランダ:言っている意味が分からないわね。

 

マルコ:(舌打ち)

 

(レナードからの通信)

 

ヨランダ:あら、噂をすれば。……ハイ、レナード。調子はどう?

 

レナード:聞きたいことが二つある。エルクリーナは本当にメティスの娘なのか?そしてもうひとつ、クリフトンは、本当に政治的な目的でエルクリーナを誘拐したのか?


【間】


―クリフトンの屋敷

 

クリフトン:……来たか。

 

ドリス:成程、道理で屋敷を守る衛兵がひとりもいないわけですね。

 

レナード:お待ちかねだった、ってわけか。

 

クリフトン:エルクリーナなら、西のはずれの部屋にいる。

 

ドリス:あなたは、それでいいのですか?エルクリーナに全てのケリを付けさせるつもりなのでしょう?

 

クリフトン:事態はもう私の手を離れた。私には、最早どうすることもできまい。

 

エルクリーナ:あなたはずるい。何故……何故私に真実を告げたの?

 

レナード:エルクリーナ!

 

クリフトン:この短い時間でよくぞ真実に辿り着いたものだ。超A級アンドロイドなら、こうでなくては。

 

ドリス:……やはりそうですか。道理であなたに関するデータだけが、どこを探しても見つからなかったわけです。

 

エルクリーナ:この屋敷で自由に振舞うことを許されながら、逃げ出すことも、あなたを殺すこともできなかったのは……いいえ、しようとすら思わなかったのは、私がアンドロイドだったからなのね。

 

クリフトン:そう、君は君の中にインプットされた「原則」の範囲内でしか動けない。アンドロイドに自由意思は認められていない。こちらの要求に応えることが、本来の仕事だ。

レナード:早くに夫を亡くしたメティスが権力を維持するには、自由意思を持たない傀儡(かいらい)が必要だった。

ドリス:そのために作られたのが、エルクリーナ、あなたです。

 

エルクリーナ:……

 

ドリス:ですが、何らかの理由でエルクリーナが邪魔になった。

 

クリフトン:その理由が、エルクリーナの「意思」だ。

 

レナード:メティスは内心焦ったろうな。エルクリーナを利用して、いずれはこの星の全てを支配下に置くのが、彼女の計画だったはずだ。意思を持たれ反抗でもされたら、全てが台無しになる。

 

ドリス:つまり、誘拐など初めから無かった。全てはメティスの計画、そうですね?

 

クリフトン:ああ。エルクリーナを誘拐し、「初期化」しろ、とね。

 

エルクリーナ:なんですって?

 

レナード:しかし、あんたが科学者の良心からエルクリーナを初期化できない可能性も、メティスはちゃあんと考えていた。だから彼女は、国家機密をネタに、エルクリーナの救出をユルバンに依頼した。

 

ドリス:救出の際にあなたが我々と戦闘になれば、一技術者に過ぎないあなたが命を落とす可能性は、非常に高い。

 

レナード:そしてエルクリーナ。意思を持ったままのあんたはメティスのアキレス腱だ。だから、生死を問わない奪還を要求した。救出劇の際に死ねばベスト、生きて戻っても自身の手で壊してしまえばいい。

……「北」との抗争で娘を失った悲劇の女帝、民衆が心酔するには十分だ。

 

クリフトン:科学者の良心なんてご立派なものじゃないさ。

 

ドリス:それは、エルクリーナのベースでもある、あなたのお嬢さんに関係があるのでしょうか?

クリフトン:そうか、もうそこまで調べはついていたのか。

エルクリーナ:私の、ベース……? 

 

レナード:あんたはメティスと同じ、ユルバンの技術者だった。アンドロイド製造会社の論文の端っこに、以前のあんたの名前があったよ。アレックス・ディータ。

 

クリフトン:……

 

ドリス:あなたがコーディに渡った時の記録を確認しました。同乗のエレオノール・ディータという女性が、あなたのお嬢さんですね。

 

クリフトン:エルクリーナを初期化などとそんな……娘をもう一度殺すような真似、できるわけがないだろう!

 

レナード:……エレオノールは、殺されたのか。

 

クリフトン:エレオノールは重篤な心臓の病気で、その医療費は、一企業の研究員などにはとても払えない高額なものだった。

 

ドリス:そんな時に、メティスがあなたに声をかけたのですね?

 

クリフトン:ああ。だから私たちはこの惑星に渡った。しかしエルクリーナの完成前に、情報が漏れた。……私が、この前時代的な惑星で「異端」とされる科学者だとね。

エルクリーナ:それじゃあまさか

 

クリフトン:医者だけでなく、誰もが娘を見捨てた。どれほど金を積んでもね。そして程なくして……娘は死んだ。

 

エルクリーナ:そんな……

 

クリフトン:こんな惑星、滅べばいいと思ったよ。だから私はエルクリーナにエレオノールの顔を与えた。……虐げられ死んでいった私の娘に「支配者」の役を与えたんだ。

 

ドリス:そういうわけだったのですね。

 

クリフトン:元々私は、エルクリーナに何か起きた時のための緊急要員として、メティスに生かされていたに過ぎない。カモフラージュの為に「北の将軍」などというものに祭り上げられ、したくもない戦争ごっこまでさせられてな。

 

レナード:彼女が完全にニーサ・ニーサでの権力を掌中に収めたら……エルクリーナが不要になったら消されると、分かっていても、か。

クリフトン:……娘を見殺しにした連中を、メティスは全て葬ってくれた。それが全てだ。

(少しの間)

エルクリーナ:……二人に、お願いがあるの。

 

レナード:何だ。

 

エルクリーナ:私をメティスの元へ連れて行って。

 

ドリス:エルクリーナ。

エルクリーナ:私が、私として存在し続けるためには、必要なことなの。

 

レナード:……分かった。

 

エルクリーナ:クリフトン。

 

クリフトン:なんだ。

 

エルクリーナ:私にエレオノールの顔を与えておきながら全てを諦めたあなたを、私は軽蔑するわ。

 

クリフトン:当然だな。

 

エルクリーナ:それでも、これだけは言える。……私という存在を生み出し、生かしてくれて「ありがとう」。

(クリフトン、嗚咽を漏らす)

クリフトン:あ……あぁっ……!

 

エルクリーナ:さようなら、お父さん。

 

ドリス:……急ぎましょう。


【間】


―メティスの屋敷

 

メティス:エルクリーナを助けてくれてありがとう……と言いたいところだけれど、それだけではなさそうね。

 

エルクリーナ:……

 

レナード:依頼は果たしたろう?エルクリーナを無事に連れてきた。

メティス:それなら、表の騒ぎはなんだったのかしら?衛兵を倒して突破してくる必要はなかったはずよ?

 

ドリス:依頼のその先については、私たちの判断に任されておりますので。

 

メティス:つまり、全てお見通しというわけかしら。

 

エルクリーナ:お母様……いいえ、メティス。一体何が、あなたにここまでさせたの?

 

メティス:ああ、エルクリーナ……すっかり人間のようになってしまったのね。あの従順で可愛らしかったあなたは、何処へ行ってしまったのかしら?

 

エルクリーナ:質問に答えて!

 

メティス:何が私に……ねえ。私は単に、使われる側から使う側に回りたかっただけよ。

 

エルクリーナ:それだけ……?たったそれだけの理由で、クリフトンと私を利用したの?それだけじゃない。この惑星の人たちの命を、あなたは弄んだのよ?

 

メティス:いけない?

 

エルクリーナ:いいわけがないでしょう!

 

メティス:欲望は誰にも等しく存在するわ。それにね、時間も、命も、資源も、何もかもが有限なの。ひとつ欲しいものを手に入れるということは、誰かの欲しいものがひとつ失われるということよ。

 

エルクリーナ:だからって……

 

メティス:あとはそうね……ヨランダへの嫌がらせ、かしらね。

 

エルクリーナ:ヨランダ?

 

レナード:待て。どうしてそこでヨランダが出てくるんだ。

 

メティス:「ルヴェ」。

 

ドリス:……!

 

レナード:何故その名を……

 

メティス:ルヴェはね、私の妹だったの。

 

レナード:なんだって?

 

メティス:私が「ナンバーズ」を抜けた後、ヨランダは事務局にいたルヴェをエージェントとして抜擢したわ。あの子は、事務局に置いておくにはもったいないほど優秀だったから。

 

レナード:嘘を吐け。ルヴェがあんたの妹だったなんて、聞いてない!

 

ドリス:そのようなデータも存在していません。

 

メティス:嫌ね。メンバーが抜けた後、そのメンバーの個人情報は抹消されるのは基本でしょう?

 

レナード:……

 

メティス:可哀想なルヴェ。優しいあの子は、荒事(あらごと)になんて向かなかったのよ。それが、よりにもよって新米の愚図と組まされた挙句、そいつを庇って死んでしまうなんて。

 

レナード:……やめろ。

 

メティス:ねえ、レナード・フランプトン。あなたには覚えがあるわよねえ、この話。

 

レナード:……嫌ってほどにな。

 

メティス:あなた達を見た瞬間に確信したわ。ヨランダは徹底的に私を苦しめたいのだ、と。

 

ドリス:成程。ヨランダがこの任務に、レナードと私を指名した理由が分かりました。ルヴェと同じ顔をしている私を送り込むことで、あなたの感情を逆なでし、動揺を誘いたかったのでしょう。

 

レナード:ドリス!?

 

ドリス:すみません。あなたとマルコの会話を、ドアの外で盗み聞きしていました。

 

レナード:ドリス……お前、俺の指示を

 

ドリス:ですが、今はその話は後回しです。

 

メティス:私はね、自分の欲しいものは必ず手に入れるわ。だからこそ、自分のものに手を出されるのは大嫌いな。だから、この目と腕だけでなく、ルヴェ……私の愛するルヴェまで奪ったヨランダは、絶対に許さない。いつか絶対に屈服させてみせると誓ったの。

 

ドリス:メティス、その理屈はおかしい。

 

エルクリーナ:そうよ。あなたの妹には、エージェントになることを断ることだってできたはず。だって彼女は……私たちのようなアンドロイドではないのだから。

 

メティス:優しいルヴェにそんなことが出来るわけがないわ。きっとヨランダが断れなくなるような余計なことを言ったのよ。

 

エルクリーナ:言いがかりじゃない、そんなの……。メティス、あなたおかしいわ。

 

メティス:いい加減その口を閉じなさい、エルクリーナ。

レナード:ルヴェは……確かにお人よしのお節介女だったさ。あんたと違ってな。だけど任務には常に前向きで、意味を見出して遂行していた。あんたの思うような「可愛いお人形」なんかじゃなかった。

 

メティス:でも結局、あなたは死んだルヴェの「お人形」を作った。

 

レナード:なっ……

 

メティス:ルヴェの顔をしたお人形を連れ歩いている事実は覆らないわよ、レナード・フランプトン?――いいえ、「人形遣い」さん?

 

レナード:……っ!

 

ドリス:それは違います、メティス。……レナード、ルヴェを失ったあなたの心の穴を埋めるために、マルコが私にルヴェのビジョンを与えたのは、恐らく間違いだったのでしょう。あなたは私に何もさせてくれませんでしたから。だから私は

 

メティス:ねえドリス。あなた、エルクリーナの代わりに私のところへ来ない?あなたなら、万が一自由意思を持っても、私、愛してあげられる気がするわ。そうすれば全て元通りよ。

 

エルクリーナ:あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?そんなの、なにひとつ元通りなんかじゃない。

 

メティス:ああ、エルクリーナ。あなたはどこへなりと好きにいけばいいわ。もう要らないから。

 

ドリス:メティス、勘違いをしないでください。私はルヴェではありません。私は、ドリスです。「人形」ではありません。

 

レナード:ドリス……?

 

メティス:何が、言いたいの?

 

ドリス:あなたはルヴェを愛していると言いながら、結局はルヴェの顔をした人形で遊んでいたに過ぎません。

 

メティス:……はあ?

 

ドリス:レナードは、確かに私にルヴェを見ています。ですが、私にルヴェを求めたことはありません。

 

メティス: ……

 

ドリス:人形遣いは、一体どちらなのでしょうね。

 

メティス:……ああ嫌だ。いやだいやだいやだ。あなたもヨランダもクリフトンも……ルヴェも、どうしてあなた達ときたら、こうも同じような事を言うのかしら。どいつもこいつも、私がこんなに大事にしてあげているのに、私の邪魔ばかり。本当に、嫌になる!

 

(エルクリーナ、銃を撃つ)

 

メティス:ぐっ!なっ……!

 

エルクリーナ:っはぁ……はぁっ……!

 

レナード:エルクリーナが……戦闘機能のついていないアンドロイドが銃を撃った、だと……!?

メティス:人間を撃てるまでになるなんて……本当に、かわいくない子ねえ……!

 

エルクリーナ:う……っ!おえぇ……っ!

 

(エルクリーナ、たまらず嘔吐する)

メティス:そうよねえ、苦しいわよねえ……?その頭脳にインプットされた「原則」に逆らっているのだから。だからエルクリーナ、あなたには私を撃てても、命を奪うことまではできない。ふ……っ!あはは!あははははははは!

 

エルクリーナ:くっ……!

 

ドリス:エルクリーナ、その銃を貸してください。

 

エルクリーナ:ドリス!?あなたでは駄目よ!頭脳がショートしてしまう!

 

ドリス:……この女(ひと)は、レナードのためにならない。レナードのために、私が撃ちます。

 

メティス:ああルヴェ……。もう一度あなたと見つめ合える日が来るなんて。でも、そんなに苦しそうな顔は見たくないわ。あなたは常に、花のように笑っていてくれなくちゃ。

 

ドリス:はぁ……はぁ……はぁ……

 

メティス:ほら、さっさと銃を下ろしなさい?また可愛がってあげるから!

 

エルクリーナ:ドリス!

 

(レナード、銃を撃つ)

 

メティス:ち、くしょう……人形遣い……!邪魔ばっか、り……(絶命)

 

ドリス:レナード……

 

レナード:こんな頭のおかしな女に振り回されることはない。お前も、俺もな。


【間】


―コーディ宇宙ステーション

 

レナード:おい、何故ルヴェとメティスのことを黙ってた?

ヨランダ:任務遂行には不要な情報だと判断したからよ。

マルコ:俺はてっきり、メティスへの意趣返しだと思っていたけど?

 

ヨランダ:さあどうだか。ドリスとルヴェは「たまたま」顔が似ていただけ、そうでしょう?

 

マルコ:はっ、よく言うよ。

 

ヨランダ:(咳払い)とはいえ、結果としてこのような形になってしまったことは謝るわ。なんなら、あなたの辞職願を受け取る覚悟も出来てる。

 

レナード:ヨランダ

 

マルコ:おいヨランダ、あんたって本当に性格悪いな。

 

ヨランダ:なんですって?

 

マルコ:レナードがそうできないのを知っていて、そんなしおらしいことを言うのは反則だぜ。

 

ヨランダ:しおらしいことを言ったつもりはないわ。局長として責任を取ろうとしたまでよ。

 

マルコ:へいへい。怖いから、俺はもう何も言わないでおくよ。

 

ヨランダ:いずれにせよ、見事な働きだったわ。帰ったら休暇を取りなさい。これは命令よ。

 

マルコ:俺にも休暇を取らせて欲しいね。影の功労者だ。

 

ヨランダ:三日までなら許可するわ。

 

マルコ:三日!?寝てたら終わっちまうよ。

 

レナード:日頃の行いの差だな。 

 

マルコ:あれ?お前までそういう事言うのかよ?帰ったらジョイスの店で一杯奢ってやろうと思ってたのに。

レナード:研究に自分の金突っ込み過ぎてジリ貧のギークが何言ってるんだ。

マルコ:おいおい、情報局きっての天才を舐めてもらっちゃ困るぜ?それくらいの金はあるさ。

 

レナード:そうかよ。じゃあ一番高い酒を奢ってもらうとするよ。

 

マルコ:おう、まかせとけ。……気を付けて帰って来いよ。ドリスと一緒にな。

 

レナード:ああ。

 

(少しの間)

 

ドリス:レナード。

 

レナード:ドリス、少しだけ肩を貸してくれ。

 

ドリス:どうぞ。

 

レナード:……さすがに今回は少し疲れたな。

 

ドリス:帰ったら、ゆっくりしましょう。

 

レナード:そうだな。

 

(少しの間)

 

レナード:ありがとう。

 

ドリス:いいえ。

 

レナード:それじゃ、俺は先に客席に行ってるよ。

 

ドリス:分かりました。すぐに私も向かいます。

 

(ドリスの背後にエルクリーナが現れる)

 

ドリス:エルクリーナ、あなたは本当にそれでいいのですか?

 

エルクリーナ:ええ。私は「南の女帝」メティスの、そして「北の将軍」クリフトンの「娘」として、この国を統一して、変えてみせるわ。

 

ドリス:それは、あなた自身のために?

 

エルクリーナ:私は「人」として、この惑星の人間全てを騙し切ってみせる。それが、今の私の存在証明よ。

 

ドリス:なるほど。それは悪くなさそうです。

 

エルクリーナ:……ねえドリス。

 

ドリス:なんでしょう?

 

エルクリーナ:あなたも、「そう」なんでしょう?

 

ドリス:……なんのことですか?

 

エルクリーナ:レナードの為に銃を握った。撃つには至らなくとも、メティスに殺意を向けた。

 

ドリス:それが何か?

 

エルクリーナ:まあいいわ。それが、あなたの「意思」ならね。あなたの選択に、幸いあれ。

 

ドリス:(微笑んで)失礼します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【幕】
 

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