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​​#59「チョコレイト・ボム」 

(♂1:♀1:不問0)上演時間30~40


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孝則

【石井孝則(いしいたかのり)】男性

中年男。バレンタインデーの日にとある高校に包丁を持って乱入し、

逃げ込んだ女子トイレにたまたまいた智子を人質にとる。

 

智子

【古田智子(ふるたともこ)】女性

いじめられっこの高校生。恋した男が自分をからかっていただけと知ってバレンタインデーに復讐をしようとしていたところ、包丁を持って学校に乱入してきた石井に見つかり、女子トイレに共に立てこもることになる。

 

​――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―4階女子トイレ

 

(智子、可愛くラッピングされた箱を抱え、鏡に向かい呼吸を整えている)

(遠くから聞こえる悲鳴)

(足音)

(ばあんという音と共に、孝則が女子トイレに駆け込んでくる)

 

孝則:動くな!

 

智子:え……?

 

(孝則、智子の胸倉を掴み、壁に押し付ける)

 

智子:っ!

 

孝則:この学校の生徒か。

 

智子:……はい。

 

孝則:動くなよ。静かにしてろ。でなきゃこの包丁で、お前も殺す。

 

(智子、息を飲み、首を縦に振る)

 

孝則:……よし。

 

(孝則、息を切らしながら床に座り込む)

(少しの間)

 

智子:あの。

 

孝則:……っ!

 

(孝則、慌てて包丁を智子に向ける)

 

智子:ち、違う。何もしないし騒がないから、私も座っていい?って……聞きたかったの。

 

孝則:……トイレの床だぞ。

 

智子:おじさんだって座ってるじゃん。それに、立ったままってのも、落ち着かないから。

 

(少しの間)

 

孝則:……好きにしろ。

 

智子:ありがとう。あの……出来れば、その包丁も下ろして欲しい、けど……

 

孝則:……

 

智子:そうはいかない、よね。

 

(智子、孝則の向かいにゆっくりと座り込む)

(少しの間)

 

智子:このパトカーの音って

 

(孝則、包丁を智子に近づける)

 

智子:待って、いちいち包丁近づけないで。大声も出さないし逃げたりもしない。ただ……

 

孝則:ただ?

 

智子:話が、したいだけ。

 

孝則:はあ?

 

智子:……

 

孝則:俺を説得しようってのか。

 

智子:別にそういうわけじゃなくて……

 

孝則:……じゃあなんだ。

 

智子:本当にただ、話をしたかっただけ、というか。

 

孝則:……

 

智子:……ごめんなさい。

 

(少しの間)

 

孝則:……好きにすればいい。

 

智子:え。

 

孝則:話をするだけだろう?それなら好きにすればいい。俺も少し、落ち着く時間が欲しい。

 

智子:じゃあ……改めて聞くけど、このパトカーの音は、やっぱりおじさん?

 

孝則:……ああ。

 

智子:なにしたの。

 

孝則:この包丁を見れば分かるだろう。

 

智子:刃物男……

 

孝則:……まあ、そんなところだ。

 

智子:私って、人質?

 

孝則:……多分、違う。

 

智子:違うの?

 

孝則:……分からない。けど、人質を取って何かを要求したり、逃げ切りたいわけじゃない。

 

智子:捕まってもいいってこと?

 

孝則:……分からない。

 

智子:何それ。

 

孝則:そこまで考えてなかった。逃げ切れるとは思っていなかったし、どうせ捕まるだろうとも思っていたけど、事を起こした後のことまでは、よく考えていなかった。

 

智子:……

 

孝則:俺はただ……我慢ができなかっただけだ。

 

智子:……我慢?

 

孝則:殺したくて仕方ない奴らがいた。それだけさ。

 

智子:そいつらを殺したかっただけってこと?

 

孝則:なんならこのまま自分の命を絶つ未来があっても、それはそれで、ほかの未来と同じように「そうなるであろう未来」、「そうなっても構わない未来」だ。……殺せれば後はどうでもよかった。

 

智子:この学校の誰かに、恨みがあったの?

 

孝則:まあな。

 

智子:そっか。

 

孝則:……随分と落ち着いているんだな。

 

智子:別に私、どっちでもいいから。

 

孝則:どっちでもいい?

 

智子:助かろうが、別にそのまま殺されてしまおうが、おじさんと同じで、「どうでもいい」。それだけ。

 

孝則:……死にたいのか。

 

智子:それもどうでもよかった。

 

孝則:何があったんだ?

 

智子:え?

 

孝則:「死にたい」でも「死にたくない」でもなく「どうでもいい」ってほど自分に無関心になるのには、それなりの理由があるだろう?

 

智子:おじさん、お節介なんだ。

 

孝則:いいや。ただ……話を聞いてみたかった。

 

智子:どうして?

 

孝則:理由なんてない。

 

智子:そっか。

 

孝則:だから、話したくなければ話さなくてもいい。

 

智子:……

 

孝則:……

 

智子:これ。

 

孝則:その箱が、どうかしたのか。

 

智子:おじさん、今日が何の日か知ってる?

 

孝則:は?

 

智子:おじさん、娘とかいないの?

 

孝則:……いるよ。

 

智子:じゃあ分かりそうなものなのに。

 

孝則:……

 

智子:バレンタイン。

 

孝則:バレンタイン……。そうか……今日、だったか。

 

智子:うん。

 

孝則:じゃあその箱の中身は……

 

智子:そう、チョコレート。でもね、ただのチョコレートじゃないの。

 

孝則:どういうことだ。

 

智子:あのね、このチョコレートの箱には爆弾がしかけてあるの。

 

孝則:は?

 

智子:開けると、どっかーんって爆発するようになってるんだ。

 

孝則:そんな馬鹿な。

 

智子:家庭にあるものでできる爆弾の作り方が、簡単に検索できる時代だよ、今は。

 

孝則:……君も、誰かを殺すつもりだったのか。

 

智子:ううん。多分これくらいの爆弾じゃ殺せない。ガラスをいっぱい入れてみたけど、きっと顔にひどい傷を負わせるくらいじゃないかな。

 

孝則:……

 

智子:どちらにせよ、そうしたら私は絶対に捕まる。少年法に助けられたとしても、罪は残る。でも、別にいいと思ってた。逆に恨まれて殺されてしまったとしても、別にいい。だって私のつけた傷はきっとずっと残り続ける。だから彼は、私を死ぬまで忘れない。

 

孝則:振られたのか。

 

智子:ひどいと思わない?みんなと一緒に、私のことからかっていただけなんて。罰ゲームで告白して、付き合っていただけだなんて。

 

孝則:……

 

智子:聞いちゃったの。忘れ物を取りに行った時に、全部。

 

孝則:そうか……。

 

智子:彼はクラスで私がいじめられていても助けてはくれなかった。でも、そんなことはどうでもよかった。だってはじめての恋だったんだもの。馬鹿でのろまな私が手に入れることができた、絶対に手に入れることなんてできないと思っていた、はじめての恋だったんだもの。

 

孝則:だから、復讐をしようとしたのか。

 

智子:そう。なんにも知らない顔でこのチョコレートをプレゼントして、一緒に傷ついてやろうと思ったの。

 

孝則:……

 

智子:でも、それすらもできなかった。

 

孝則:どうして?

 

智子:頑張ったんだよ。可愛く作って、可愛くラッピングして。何をしようとしているのかを分かっていても、ちょっと楽しかった。

 

孝則:……

 

智子:なのに、その気持ちごと、私ごと、目の前でゴミ箱に放り込まれた。

 

孝則:……それで、君は捨てられたチョコレートと自分自身を抱えて、トイレに籠っていたのか。

 

智子:他に行く場所が、分からなかったから。

 

(少しの間)

 

孝則:ちょうどいい場所だからな、トイレは。

 

智子:……​かもね。

 

孝則:清潔なゴミ捨て場だ。要らないものを捨てて流して、綺麗なままおさらばできる。

 

智子:……

 

孝則:……俺の娘も、同じ気持ちだったのかもしれない。

 

智子:え?

 

孝則:君は君の中の悲しみや怒りや悔しさをどうにかしようと思ってここに来たのかもしれないけれど、娘は……自分の身体ごと、トイレに捨ててしまった。

 

智子:娘さん、死んじゃったの?

 

孝則:俺は未だに信じちゃいないけどな。……いや、こうして殺意を抱いた時点で、死んだのを認めているってことになるのかな。よく分からない。

 

智子:……この学校の子?だとしたらごめん、私その子のことも、その子が死んだことも知らなかった。

 

孝則:いいや、この学校じゃない。だから気にしなくていい。

 

智子:でも、この学校の奴らを殺したいって思ったのなら、娘さんになんかした奴らがこの学校にいたってことでしょ?

 

孝則:……頑張ったんだよ、美織(みおり)は。高校では奴らと一緒にならないように必死に勉強して、新しい人生を生きようとしたんだ。それなのにあいつらは……美織を逃がさなかった。追いかけまわして、辱めて、傷つけ続けた。そうして美織は、静かに自分を捨てたんだ。

 

智子:……

 

孝則:俺は、何も知らなかった。

 

智子:え?

 

孝則:美織が戦い続けていたことも、自分を捨てるほどに疲れてしまったことも、何も知らなかった。美織が残した遺書で、はじめて全てを知ったんだ。

 

智子:そんなこと、ある?

 

孝則:君のご両親は、君が今苦しんでいることを知っているのか?

 

智子:……

 

孝則:そうだろう?自分が虐げられていることを親に知られるのは、ある種の敗北宣言だ。子供は守られていていいはずのものなのに、子供自身は守られることを恥じる。だからそれは、かえって自分を縛り苦しめる鎖になる。どんどん鎖ばかりが増えてゆく。だから、知られるわけにはいかない。

 

智子:でも

 

孝則:ああ。親からすればとても悲しいことだけどね。そんな鎖、どれほど時間がかかろうとも、全て残らず壊してやりたい。けれど、俺ら親と君ら子供は別の人間だから、やっぱり思うようにはいかない。

 

智子:気付いてあげることは、できなかったの?

 

孝則:君からそれを言われるのは、結構くるものがあるな。でもその通りだ。なんとなく様子がおかしいと思った時に、俺は強引にでも美織と話をしなければいけなかったんだ。

 

智子:……ごめん。

 

孝則:子供って言うのは、本当に、愚かなまでに巧妙だよ。自分の受けた屈辱を、徹底的に隠そうとする。だから俺は、今はまだいいと、助けを請われた時に手を差し伸べられられるよう、体制だけ整えておけばいいと思っていた。それが、親というものだと。

 

智子:すれ違っちゃったんだね。

 

孝則:人間はすれ違うものだと知っていても、さすがにこれは堪(こた)えた。

 

智子:……うん。

 

孝則:堪えて、そして許せなかった。美織を追い詰めた奴らも、美織を救えなかった自分自身も。

 

智子:だから、どうでもよかったんだ。おじさんも。

 

孝則:……

 

智子:自分も美織さんを殺してしまったひとりだと思っているから、復讐をした後のことは、考えられなかったんだね。

 

孝則:わからない。

 

智子:そっか。

孝則:早くに妻を失くして、二人で生きてきたんだ。

 

智子:……うん。

孝則:俺しか、いなかったのに。

 

智子:……うん。

 

(少しの間)

 

孝則:じきに、ここにも警察が来るだろうな。

 

智子:そう、だね。

 

孝則:君はもう、逃げていい。

 

智子:今さら?

 

孝則:ひと通り話したら、落ち着いた。

 

智子:死ぬつもりなの?

 

孝則:どうだろう。それはまだ決めてない。

 

智子:無責任。

 

孝則:全くその通りだ。

 

智子:そうじゃなくて。

 

孝則:え?

 

智子:私の話を聞くだけ聞いてサヨナラは、無責任すぎない?

 

孝則:……

 

智子:私、このまま逃げたって結局何も捨てられずに、また日常に――現実に戻るだけなんだけど。このチョコレートだって、行き場をなくしたまんまだし。

 

孝則:そうだな。でも俺には、他に思いつかない。

                                                                                                              

智子:じゃあさ、これ。このチョコレート、一緒に開けようよ。

 

孝則:は?

 

智子:おじさんの許せない奴らと、わたしの許せない奴らは、きっと同じだから。

 

孝則:……

 

智子:別人だとしても、同じだから。

 

孝則:どういうことだ。

 

(智子、スマホを操作する)

 

智子:やっぱりね。そんなことだろうと思った。

 

孝則:え?

 

智子:ほら、私のスマホ。見て。

 

孝則:ニュース速報……?これは……

 

智子:おじさん、結局誰も殺せてないんだよ。怪我をした奴はいるけど、いずれも命に別状はないってさ。

 

孝則:そんな……

 

智子:誰かを殺した割には、その包丁、あんまり汚れてなかったからさ。

 

孝則:……

 

智子:きっとその程度の傷じゃ、奴らは忘れるよ。おじさんのことも、美織さんのことも。

 

孝則:そ、んな……

 

智子:今までたくさん、そういうニュース見てきたもん。

 

孝則:それじゃあ……それじゃあ俺は、なんのために……

 

智子:だよね。

 

(涙を流す孝則)

 

智子:……ねえ、おじさん。

 

孝則:……

 

智子:私とおじさん、これで対等だね。行き場のない殺意に、役に立たなかった包丁と爆弾。ね、同じ。

 

孝則:……

 

智子:私もおじさんも、まだ我慢できないじゃん。全然水に流せないじゃん。だからさ、これ、開けよう。開けて、一緒に死のう。

 

孝則:……どうして

 

智子:死ぬほどの爆発にはならないって言ったけど、もしかしたら死ねるかもしれないじゃん?

 

孝則:死ねなかったらどうする。君も俺も、要らない傷を増やすだけだ。

 

智子:その時は簡単だよ。その包丁で死ねばいい。私がおじさんを刺してあげる。そしておじさんは、私を刺せばいい。

 

孝則:馬鹿を言うな。

 

智子:だってさ、私たち、戦おうとしたって、復讐しようとしたって、やっぱりうまくできなかったじゃん。それなら逃げるしかないじゃん。この悲しみから、孤独から、怒りから、逃げるしかないじゃん。

 

孝則:……

 

智子:逃げればいいじゃん。逃げ切れるなら、これはこれで、ハッピーバレンタインだよ。

 

孝則:馬鹿を言うな。俺はそれでもいいが、君は俺に巻き込まれただけなんだぞ。

 

智子:今更それを言うのはずるいよ、おじさん。

 

孝則:……

 

智子:だからさ、開けよう。

 

(智子、包み紙を破る)

 

孝則:待て!

 

智子:どっかーん。

 

孝則:待て!

 

【間】

(何も起きない)

​智子:……なんて、ね。

(孝則、恐る恐る目を開ける)

(静かに涙を流す智子)

 

孝則:……

 

智子:……

 

孝則:嘘、だったんだな。

 

智子:……

 

孝則:爆弾なんて、初めからなかったんだな。

 

智子:ごめんなさい……ごめんなさい……

 

孝則:……

 

智子:あったんだよ、爆弾はここに……。この胸の中には、今もあるんだよ。でも、できなかった。

 

孝則:……それでいい。

 

智子:ずるいよ。おじさんは行動に移したのに、私は……

 

孝則:それで、いいんだ。

 

智子:殺してやりたかった。一生消えない傷をつけてやりたかった。人生で最悪の日にしてやりたかった。ただの過去になんて、忘れ去られるような過去になんて、なりたくなかった……!なのに、なのに……!

 

孝則:そうだな。それでも俺は、それでいいと言うよ。自分を棚上げしてね。

 

智子:ずるいよ。本当に、ずるい……!

 

孝則:大人、だからな。

 

(智子、声を上げて泣きじゃくる)

【間】

 

智子:……おじさん。

 

孝則:なんだい。

 

智子:私、やっぱり許せないよ。

 

孝則:ああ、俺もだ。

 

智子:だからね、私は私を苦しめたあいつらを、絶対に忘れない。

 

孝則:忘れられやしないよな。たとえ、何もできなくとも。

 

智子:おじさんを苦しめた奴らも、忘れないよ。死ぬまで忘れない。

 

孝則:え?

 

智子:美織さんのことも、忘れない。

 

孝則:……

 

智子:何もできないけど、忘れない。

 

孝則:……

 

智子:おじさんだって、忘れられないでしょ?

 

孝則:……そうだな。

 

智子:だから、私はおじさんの共犯者になる。

 

孝則:共犯者?

 

智子:この胸のなかで、自分の殺意と、おじさんの殺意を燃やし続ける。いつか殺してやるって思い続ける。

 

孝則:そんなことをしたって、君の未来も、俺の未来も変わらない。

 

智子:そうだね、変わらない。

 

孝則:美織と、君を傷つけた奴らは、きっとすぐに俺たちのことを忘れるだろう。君の言うとおりに。

 

智子:うん。だけど、私はずっと殺意を燃やすよ。

 

孝則:なんのために。

 

智子:分からない。でも、私は常に爆弾と包丁を抱えてお前たちの後ろに立っているんだぞ、って思えば、なんとか生きていける気がするんだ。

 

孝則:……そうか。

 

智子:平和にへらへらしているその顔に、煮えた油のような殺意を常に浴びせて、何度も何度も心の中で殺してやる。

 

孝則:負け犬の遠吠え、って言わないか、それ。世間的には。

 

智子:誰がどう思おうと、私は殺し続けるよ。殺す気になった奴が、殺される可能性なんて一ミリも考えずにのうのうと背中を晒している奴に負けるわけがないんだ。

 

孝則:……なるほど。

 

智子:だからおじさんも、その包丁は握ったままでいようよ。

 

孝則:嫌だと言ったら?

 

智子:じゃあ手放せるの?

 

孝則:……無理だな。

 

智子:だよね。

 

孝則:手放す必要は、ないのか。

 

智子:手放したら、許すしかなくなるじゃん。

 

孝則:ああそれは、絶対に嫌だ。

 

智子:そういうこと。

 

孝則:……美織は、軽蔑するだろうな。

 

智子:……

 

孝則:まあ、今更だけど。

 

智子:どうかな。

 

孝則:え?

 

智子:美織さんが何を望んでいたかなんて、私は知らない。でも、おじさんだって知らないじゃん。本当は誰かに、どんな形でもいいから裁いて欲しかったかもしれないじゃん。勝手に決めつけるのは、結局おじさんの都合で、自己満足だよ。

 

孝則:美織が死ぬ前の俺と同じ、ってことか。

 

智子:まあ……本当に「お父さんやめて」って思ってるかもしれないけどさ。私よりはいい子だったぽいから。

 

孝則:死人に口なし、だな。

 

智子:ごめん、言い過ぎた。

 

孝則:そうだよな、もう何も知ることが出来ないんだよな。

 

智子:……

 

孝則:美織は、死んだんだ。

 

智子:そう、だね。

 

孝則:殺されたんだ。たとえ美織が、違うと言っても。

 

智子:……うん。

 

孝則:ああ、やっぱり殺してやりたいなぁ。

 

智子:一緒に殺してあげる。何度でも。

 

孝則:……すまない。

 

智子:気が済むまで、殺し続けよう。

 

孝則:俺も、殺し続けるよ。君を傷つけた奴らを。何度でも。

 

智子:よろしくね。

 

孝則:ああ。

 

(少しの間)

(遠くから足音が聞こえてくる)

 

智子:この足音……

 

孝則:警察だろうな。そろそろ終わりだ。

 

智子:かもね。

 

孝則:行きなさい。今度こそ。

 

智子:うん。

 

孝則:ありがとう。

 

智子:勝手に死なないでよね。

 

孝則:殺し続けるって、君と約束したからな。

 

智子:おじさんには何も酷いことされなかったって言うから。

 

孝則:どっちでもいいさ、そこは、もう。

 

(智子、立ち上がる)

 

智子:そうだ、おじさん。

 

孝則:ん?

 

智子:これ。良かったら食べて。

 

孝則:チョコレート?

 

智子:本当にね、一所懸命作ったの。このままゴミになっちゃうのは、ちょっと悲しい、からさ。

 

孝則:わかった。有難くいただくよ。

 

智子:美味しいかは、わかんないけど。

 

孝則:そうか。

 

智子:じゃあね、おじさん。ハッピーバレンタイン。

 

(扉が閉まる音)

(近付いてくる足音)

 

孝則:……ハッピーバレンタイン。

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【幕】

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