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​​#33「あなたと、アクアリウムで。」

(♂1:♀1:不問0)上演時間10~20


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【男】男性

閉館間際の水族館にいた男。

 

【女】女性

水族館の飼育員見習い。

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―夜の水族館

 

(飼育員の女、閉館間際のがらんとした空間にひとりの男が立っているのを見かける)

 

女:あのぅ。

 

男:はい。

 

女:閉館時間も近いので、申し訳ありませんが、そろそろ……

 

男:ああ、もうそんな時間なんですね。すみません。

 

女:いいえ。順路は分かりますよね?

 

男:はい。

 

男:そうだ。時に飼育員見習いさん。

 

女:え?

 

男:少し、お尋ねしたいことが。

 

女:なんでしょう?

 

男:ここの水族館の「噂」について。

 

(少しの間)

 

女:……といいますと?

 

男:夜になると、誰もいないのに人の話し声が聞こえる場所があるとか。

 

女:噂の真偽を確かめるために、ずっとここに立っていたんですか?

 

男:まあ、そんなところです。

 

(女、小さくため息をつく)


女:こちらです。

 

男:おや、案内してくれるんですか?

 

女:どうせ出口に向かって順路を進むだけですし。それに私も、ちょうど「そこ」へ向かうところだったので。

男:ほう?

 

女:ちょっと気になる子がいて、定期的に様子を見に行っているんですよ。……噂の場所は、その子の水槽のすぐそばです。

 

男:なるほど。

 

女:だから、よろしければ一緒に。

 

男:では、案内をお願いします。

 

(女、順路に従って歩き出す)

(男、黙ってそこに続く)

 

(少しの間)

 

女:……あなたは、その「噂」のためだけに、この水族館へ来たんですか?

 

男:え?

 

女:「彼ら」のことは、お好きではないんですか?

 

男:「彼ら」?

 

女:ここの住人たちのことです。

 

男:ああ……。

 

(男、水槽を眺める)

 

男:彼らに対しては、正直好きも嫌いもありません。ですが、水族館は好きです。

 

女:そうですか。それなら良かった。

 

男:というより、ここの水族館が好きです。

 

女:ここが?

 

男:あなたを含め、スタッフの方々が僕たちをとても大切にしてくださっているのが、よく分かりますから。

女:そりゃあ「お客様に楽しんでもらってなんぼ」ですから。

男:水槽のなかの「彼ら」のことは?

 

女:え?

 

男:「彼ら」のことはどうなんだろうな、って思って。楽しませたいとか、幸せにしたいとか、思わないのですか?

 

女:……彼らにとって何が楽しいのか、何が幸せなのか、私には分かりませんから。

男:……

女:彼らはここで生活していて、本当に幸せなのか、私には時々分からなくなってしまうんです。だから、その質問の答えは「ノーコメント」で。

男:分かりました。

女:もちろん、私たちなりに精いっぱい努力はしているんですけどね。

男:それなのに、不安になるんですか?

―水中トンネル

 

(男はゆっくりと視線を巡らせる)

 

男:こうして見ていると、どの子たちもとても綺麗です。何か辛い思いをしているようには、とても見えない。

女:そう見えますよね。でもそれだけなんです。実際私たちが知ることができるのは、鱗の状態や目の状態なんかを見て分かる、簡単な健康状態くらいなものです。その先は、どうやっても分かりません。

 

男:こんなに美しい場所なのに、お互いの想いは届かないんですね。

 

(ちらりと男を振り返り、女も同様に水槽に視線をやる)

 
女:私たちと彼らを隔てるこの水槽のガラスは、なんだかんだで結構分厚いんですよ。

男:なんだか切ないなあ。

 

女:私たちは、彼らの声を……言葉を聞くことができないから、どんなに頑張っても、彼らとはきっと、永遠に分かり合えません。

 

男:声は、言葉は、やっぱりそんなに大事ですか。

 

女:あなたはどう思います?

 

男:まあ大事、ですよね。想いを伝えるのに、一番確実な手段ですから。

 

男:僕も、自分の気持ちを声にして届けることができたら、と何度も歯がゆい思いをしてきたから、分かります。

 

女:苦い思い出、ってやつですか。

 

男:まあ、そんなところです。

 

(しばしの沈黙)


女:でも。

 

男:ん?

 

女:だからこそ、私はここで働くのが好きです。

男:何故?

 

女:彼らと永遠に分かり合えないことを知っているから、私は彼らの幸せを求め続けていられるし、大事にしようと思えるんじゃないか、って気がするので。

男:そうですか。

 

女:その方が、きっとずっと好きでいられます。人と人との関係も、同じでしょう?……互いに分からない部分があるからこそ、惹かれ合う。

男:そうかなあ?

 

女:だって何もかもが分かってしまったら、そりゃあ安心はするのかもしれないけれど、同時にきっとつまらなくなると思うんです。

 

男:僕は、好きな相手のことは全部知りたいし、自分の気持ちは全て声に出して伝えたいけれど。

 

女:ロマンチストなんですね。

男:そうかもしれません。

(男、水中トンネルの魚たちをそれをじっと眺める)

 

―壁にはめ込まれた小さな水槽が並ぶ展示エリア

 

男:もし彼らの声を聞くことができたら……彼らの心を理解することができたら、今の仕事がつまらなくなって、嫌いになりますか?

 

女:極端ですね。

 

男:話を聞いていたら、少し気になったので。

 

女:嫌いになんてなりませんよ。少なくとも彼らのことなら、私は全部知りたいし、私の気持ちも伝え続けたいと思っています。

 

男:さっきと矛盾していませんか?

 

女:人間と彼らとでは、わけが違います。

 

男:そんなものですか?

 

女:そんなものです。

 

(男、そっと水槽に触れる)
 
男:……やっぱりこのガラスの壁は、分厚いんだなあ。

 

女:そうですね。

 

男:どうあっても人と彼らは、違うんですね。

女:そんなの、当たり前じゃないですか。

 

男:あなたは、不思議な人ですね。

 

女:何がですか?

 

男:とても献身的で情に厚い人かと思えば、妙にドライだ。

 

女:彼らを人と同じようには愛せないことを知っているから、私たちは毎日必死に試行錯誤できるし、そしてそれが結果的に彼らのためになることだって沢山あります。それだけじゃなく、人の常識では想像もつかないようなことに気付かされる時だって。

 

男:違うから――分かり合えないからこそ、見えるものもある、ということですか。

女:そうなるんでしょうか。私、難しいことを考えるのはあまり得意じゃないので。

 

男:僕にとっては十分複雑です。

(女、小さく笑う)

 
女:私たちと彼らを同一視したら、このガラスの壁を壊してしまったら、きっとお互いにどうしていいか分からないまま、一方は干上がり、一方は溺れて、結局どちらも死んでしまいます。

 

男:それは……そうですね。

 

女:「違う」ということは、どうしようもできないんです。

 

男:……

 

女:どうしようも、できないんです。

 

男:苦い思い出、ってやつですか。

 

女:お互い様、ですね。

男:そうですね。


(二人は歩き続ける)

 

―暗い通路

 
女:もうすぐ噂の水槽です。今夜も「声」が聞けるかは、分かりませんけど。

 

男:待ってください。

 

(男、足を止め、女の背中に声をかける)

(女、立ち止まる)

 

女:え?

男:あなたは。

女:はい。

 

男:その声の主は、何者だと思いますか?

(少しの間)

女:あなたの好奇心をぶち壊してしまうかもしれませんよ?

男:はい。それでも聞いてみたくて。

女:……恐らく、水槽の主です。シロイルカの「レグルス」。しし座の季節に浅瀬で見つかって保護されてきたから、「レグルス」って名前を付けたんです。私が。

 

男:いい名前ですね。

 

女:私も気に入っています。初めてここの生き物に名前を付けました。ついでに、飼育員として最初に触れ合ったのも、彼です。

 

男:そうですか。

 

(女、再び歩き出す)


女:……実は、私も聞いたことがあるんです。彼の「声」を。

 

男:ほう?

 

女:一度レグルスの水槽の側で作業をしていた時に、同じ飼育員の先輩に呼ばれたと思って振り向いたら、誰もいなかった、ってことがあって。

 

男:その時は、彼の声だとは思わなかった?

 

女:ええ。だって、そんなはずはないと思っていましたから。

 

男:なるほど。

 

女:でも、その後からです。レグルスの水槽の側で人の話し声がすると、噂になりだしたのは。

 

男:それで、噂の「声」は彼が発したものなのではないかと思った、と。

女:でも、ひとつだけ。どうしても分からないことが。

男:分からないこと?

 

女:シロイルカ……イルカっていっても、正確には彼はクジラの仲間なんですけどね。

女:クジラは、鼻道(びどう)を使って声を出します。だから、喉頭(こうとう)を使って出す人間の声とは、どうやっても似ないんです。

男:……

女:だから、人間のような声を出すためには、噴気孔(ふんきこう)と筋肉を絶妙なバランスで、上手に使う必要があるんです。


男:でも、不可能なことではないのでしょう?

女:不可能ではありませんが、それはとても、それはもう大変な労力です。きっと肉体へのストレスは半端ではありません。実際、最近レグルスは酷く弱っていて。いえ、元々長生きはできないだろうと言われてはいましたが。

男:浅瀬に打ち上げられた時の傷が原因で?

 

女:はい。だから、だとしたら、レグルスは一体なんのために、そんなことをしているんだろう、って。毎日考えてはいるんですけど、やっぱり全然分かりません。

 

男:……命を削ってでも誰かと話したい。そんな衝動があったのではないですか?

 

女:そんな馬鹿な。

 

男:あなたと、話したかったんですよ。

 

女:まるで彼の声を――言葉を聞いたかのように言うんですね。

 

男:不愉快なら、聞き流してくれて構いません。これは、あくまで僕の自己満足だから。
 

(女はちいさくため息をついて振り返る) 

 

男:彼は、あなたが好きだった。

 

女:は?

 

男:好きになるのに理由なんかいらない。異性に惹かれるのは、本能だから。それでも、愛を伝える言葉は……声は、必要だった。そういう意味では、彼だけでなく、ここの住人達や、鳥や虫のような生き物たちの方が、人間より余程、その重要性を分かっています。

 

女:それはそうかもしれないけど……

男:でも、相手は人間だ。彼の声では、想いは届かない。人間の声と彼の声は違うから。しかも人間ときたら、声という糸を巧みに編み上げて、「言葉」にしないとそれに気付いてくれないときた。……なんて面倒くさい生き物なんでしょうね。


女:待ってください。

 

男:その面倒くささを乗り越えようとしたんですよ、彼は。それくらい、あなたのことが好きだった。手に入らないと分かっていても、好きで好きで仕方なかった。

 

女:だから人間の声を手に入れようとした、とでも言うんですか?

男:成就なんて二の次で、ただただ想いを伝えたい、って感情は、むしろ人間の方がよく理解できるはずです。彼らの世界は、もっと単純で生々しいから。その声に想いは要らない。彼らのそれは、ただ生存のための、情報交換の手段でしかない。

 

(女、はっと息を吐く)


女:……馬鹿げてる。

 

男:そう、馬鹿げています。でも、この分厚いガラスの向こう側の世界を、あなたはどれだけ知っているんだろう。

 

女:それは……

 

男:「永遠に分かり合えない」、そうでしたよね。

 

女:だってそれは、仕方のないことだもの。

 

男:その通り。仕方のないことです。彼の声が、想いが、あなたに届かないことも。……そして、彼とあなたが永遠に分かり合えないことも。

女:馬鹿げてる。

 

男:馬鹿げていても、いいんだ。

 

(少しの間)

女:……結局あなたは、何が言いたいんですか。

 

男:なんでしょう?

 

女:は?

 

男:声が届く、そしてそれを使って言葉を紡ぐことができる。大好きな人に想いを伝えることができる。これって本当に、奇跡のようなことなんだな、って思いました。

 

女:奇跡……

 

男:一体何がどうして、こんなことになったのか、分からないけれど。

 

女:あなたは一体、何者なの……。

男:僕たちは、ずっとずうっと遡れば同じ世界に生きていたのに、いつの間にか、こんな分厚いガラスで区切られてしまっていた。奇跡が起きない限り、こうして声を届けることもできない。

女:ねえ

男:切ないのに幸せなのは、彼とあなたの声がたとえ全く違うものだったとしても、あなたの声は彼に届いていたし、彼の声も、こうして最後にあなたに届けることができたから、なのかな。

女:……

(しばしの沈黙)

 

男:ねえ。

 

女:……なあに?

 

男:ガラスの壁を壊すことができないのなら、どちらかがその水槽を飛び越えて、相手の方へ行けばいいんだよ。

 

女:そんなのだめ。だってそんなことをしたら、飛び込んだ方が死ぬだけじゃない。そんなのは、嫌。

 

(男、微笑む)

男:そんなあなただから、ここに住む彼らは、あなたを愛しているんだと思うよ。彼――レグルスとは違う愛かもしれないけれど、ね。

(女、小さく息を吸い、そして吐く)

 

女:すごく……すごくありえないことを聞くけれど。

 

男:ん?

 

女:あなた、まさか

 

(閉館の音楽が流れだす)

 

男:残念。もう閉館時間だ。

 

女:えっ


男:僕は行くよ。楽しい話ができて良かった。ありがとう。

 

(女を残して、男は通路を進み始める)

 

女:ねえ待って。

 

男:……それじゃあ。いつかまた、どこかで。

女:待って!

 

男:さようなら。

女:ねえ!

(男の姿が見えなくなる)

(女、ため息をついて歩き出す)

―レグルスの水槽の前

(女、異変に気付く)

 

女:!?

 

(女、慌ててトランシーバーで呼びかける)

 

女:先輩!先輩聞こえますか!レグルスが!レグルスの様子が!

 

(女、すがるように水槽に張り付く)

 

女:ああ待って!待って!ねえレグルス……っ!レグルス……っ!

男:例えあなたが嫌だと言っても、僕はこのガラスを飛び越えて、あなたの側(そば)で、この声を届けることができて、本当に良かったと思っているよ。 

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【幕】

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