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​​#14「『あいしてる』の意味」

(♂2:♀2:不問0)上演時間50~60

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・真白
【伊藤真白(いとうましろ)】女性

和人の妻。20歳の時のひき逃げ事故によってその精神が子供へと戻ってしまった和人を支え続ける。

・和人
【伊藤和人(いとうかずと)】男性
真白の夫。結婚式の翌日にひき逃げに遭い、その精神が0歳児までリセットされてしまう。

・登
【結城登(ゆうきのぼる)】男性
和人と真白が結婚式を挙げた町の小さな教会の神父。真白と和人を見守る。

・里美

【結城里美(ゆうきさとみ)】女性

登の妻。登と共に真白と和人を見守る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―事故発生前

 

(和人の家)

和人:真白、お前また家出してきたのか。

 

真白:うん。

 

和人:……また、お袋さんのオトコか。

 

真白:あの人、すぐに私の身体触るから。

 

和人:……上がれよ。ホットココア、入れるから。

 

真白:和人は私の好きなもの、なんでも知ってるね。

 

和人:何年一緒にいると思ってるんだよ。当り前だろ。

 

真白:そうだよね。

 

和人:逆にお前、俺の好きなもの知らないの?

真白:知らないわけないでしょ。大根のお味噌汁、しょうがの効いた唐揚げ、「やさぐれにゃんこ」のグッズにたんぽぽの綿毛。

 

和人:ひとつ抜けてる。

 

真白:えぇ?

 

和人:「真白」。

 

(真白、小さく微笑む)

 

真白:うん。

 

和人:ほれ、ホットココアできたぞ。

 

(和人、真白にカップを渡し、その隣に座る)

真白:……あったかい。

 

和人:家出するのはいいけど、上着くらい着て来いよな。風邪ひくだろ。

 

真白:そんな余裕、ないもん。

 

和人:まあ、そうか。そうだよな。……なあ、真白。

 

真白:なあに?

 

和人:今朝、親父から電話があったんだ。

 

真白:また?

 

和人:ああ。 

 

真白:何て、言われたの?

 

和人:「大学受験に失敗した挙句、アルバイトをしながら安アパートでひとり暮らしだなんて、この家の恥さらしだ」って。

 

真白:そう……。

 

和人:「こんな出来損ないはどうせろくでもない大人になって、他の兄弟に迷惑をかけるに違いないから、どこか遠い山奥にでも行って、いっそ死んでくれないか?」

 

真白:嘘でしょ?

 

和人:今日はいつもより激しかったから、きっと薬を飲み忘れたんだろ。

 

真白:それでも、ひどいよ。

 

和人:俺は確かに兄貴たちに比べたら何にもできない落ちこぼれだけどさ、親父だって薬のお世話にならなきゃ、精神の均衡も保てないのにな。

真白:お母さんは?

 

和人:聞き耳をたてながら息を潜めてたんだろ、どうせ。

 

真白:和人。

 

和人:ん?

 

(真白、和人に向き合い両手をひろげる)

 

真白:はい。

 

和人:なんだよ。

 

真白:ぎゅーってさせて。

 

和人:……うん。

(和人、ゆっくりと真白の腕の中へ)

 

真白:和人は、落ちこぼれなんかじゃないよ。だっていつも私を助けてくれる。和人の家じゃどうか知らないけど、私にはいないと困る、優しい人。たくさん辛いこと言われても頑張れる、強い人。ろくでもない大人になんかならないよ。絶対素敵な大人になるよ。

 

(和人、小さく鼻をすする)

和人:うん。

真白:あ、もう私たちハタチになったんだった。

 

和人:そう、だな。

 

真白:じゃあ、和人は既に素敵な大人だね。

 

和人:……なあ真白。

 

真白:なに?

 

和人:駆け落ち、しようか。

 

真白:駆け落ち?

 

和人:もう大人なら、俺らは捨てる物を自分で選んだっていいよな?

真白:……

 

和人:俺、自分の命と真白の命以外なら、捨てられる。そうして空いたスペースに、新しい綺麗なものを集めていきたい。

 

真白:……「やさぐれにゃんこ」のノート。

 

和人:え?

真白:二人で住むところが決まったら、最初に「やさぐれにゃんこ」のノートを買おう。

 

和人:うん。

 

真白:それでね、二人で日記を書くの。

 

和人:交換日記じゃなくて?

 

真白:うん。それぞれ気持ちだけじゃなく、その日見つけた綺麗なものとか、色んなことを書き記しておくの。そうしたら、ずっとそれを覚えておけるじゃない?

和人:最初の日の夕飯は、唐揚げがいいな。

真白:大根のお味噌汁もつけてあげる。

 

和人:……真白、結婚しよう。

 

真白:結婚しよう、和人。私たち大人になったばかりだけど、大人になったばかりだから、きっと頑張れるよ。


【間】


―数か月後

(とある小さな町の小さなアパートにて)

和人:仕事帰りに買い物寄るけど、何か欲しいものある?

 

真白:えっとね、しょうがチューブ買ってきて!今日使ったらなくなっちゃいそうだから。

和人:オッケー。さては今日は唐揚げだな?

 

真白:えへへ、せいかーい。楽しみにしててね。

和人:おう。昼飯抜こうかな。

真白:馬鹿。ちゃんと食べなさい。はい、お弁当。

 

和人:サンキュ。……日記、書いてたのか。

 

真白:うん。昨日の結婚式のこと、忘れないうちに書いておきたくて。

 

和人:神父さまが優しかったよな。

 

真白:何も聞かずに二人だけの式、挙げさせてくれたもんね。奥さんも、自分の古いドレスを繕(つくろ)い直して貸してくれたりして。

和人:世の中、優しい人もたくさんいるんだな。

真白:そうだね。最高の一日だった。だから、今からひとつひとつ思い出して、全部残しておくの。

 

和人:そっか。俺も帰ってきたら書かなきゃな。それじゃ、行ってくる。

 

真白:行ってらっしゃい。気を付けてね。


【間】


―その晩

(病院の廊下。救急車のサイレンが鳴り響いている)

里美:真白ちゃん!

 

真白:里美、さん。

 

真白:通報してくれたの、里美さんたちだったんですね。ありがとうございました。

登:僕たちの教会の前でひき逃げなんて、なんてことだ……

 

里美:そんなことより、あなた。

登:あ、ああ。和人くんは無事なのか?

 

真白:怪我は、それほど酷くないそうです。意識ももう戻っています。ただ……

 

登:ただ?

 

真白:……ないんです。

 

里美:え?

 

真白:精神も、記憶も、全て。

 

里美:それってつまり……

 

真白:今の和人の心は、恐らくゼロ歳から一歳の間くらいだそうです。歩いたり、食事をしたりといった日常の動作は感覚でできるようですけど、それ以外はリセットされてしまったみたいで。

 

里美:そんな……!

 

真白:……これまでの和人は、もうどこにもいないんです。

 

登:なんてことだ……。

 

真白:でも、大丈夫です。

 

里美:全然大丈夫じゃないわよ……!

 

真白:私、このまま和人と生きていきます。

 

登:君はまだ若い。若いからこそ、思い切れてしまうこともあるだろう。でも、よく考えなさい。このようなハンデを負った和人くんの人生を背負っていくのは、そんなに生優しいものじゃない。子供を育てたこともない君が、どうやって彼の、大人の肉体に子供の心を宿した和人くんのケアができる?

 

真白:頑張ります。一所懸命勉強します。たくさん働きます。

 

里美:昨日式を挙げたばかりの真白ちゃんには酷な話かもしれないけれど、親御さんに連絡をして……

 

真白:だめです!

 

里美:え?

 

真白:大人の和人ですら受け入れてくれなかった人たちが、子供に戻ってしまった和人を受け入れてくれるはずがありません。

登:……

真白:受け入れてくれたとしても、和人はもう一度、辛い思いをし直すことになる。そんなの……、そんなのだめです。

里美:真白ちゃん……。

 

真白:だから私が、和人を支えます。リセットされたなら、また新しく幸せを積み上げればいい。和人のお母さんにはなれないけど、パートナーにはなれます。

 

登:覚悟はできているのかい?それは想像しているより、はるかに苦しい選択なんだよ。

 

真白:それでも、和人がまた苦しむより、ずっといい……!

 

(真白の瞳から涙がこぼれる)

登:……真白ちゃん、僕たちからひとつ、お願いがあるんだ。

 

真白:え?

 

登:人を頼りなさい。君たちの進もうとしている道は、とてつもなく険しい道だ。だから、頼りなさい。差し伸べられた手は全て取りなさい。もちろん、僕たちの手も……ね。

 

里美:そうよ。私たちもできる限り協力するわ。だから、ふたりきりで生きていこうとしては駄目よ。

 

真白:はい……。

 

里美:今だって、無理をしなくていいのよ。明日からたくさん大変なことが待っているのだから、今はしっかり泣きなさい。私たちがいるうちに。

(真白の瞳にみるみると涙が溜まる)

真白:う……っあ……っ、うあぁぁぁぁぁぁぁ!


【間】


―事故から二年

 

(真白・和人二十二歳/和人の心=二~三歳)

和人:ましろ、ただいまー!

 

真白:和人、おかえり。デイサービス楽しかった?

和人:うん!

真白:そっか、良かった。

 

和人:ねえ、ましろ見て!タンポポ! 

 

真白:ヘルパーさんと作ったの?

 

和人:うん!

 

真白:ストローと折り紙で作れるんだね。面白い。

 

和人:えへへ。 

 

真白:和人、タンポポ好きだよね。

 

和人:うん!ましろもタンポポ好き?

 

真白:うん、大好き。

 

和人:じゃあ、はい!

真白:くれるの?

 

和人:どうぞ!

 

真白:ありがとう。あ、そうだ。じゃあお返しに……はい!

(真白、和人の目の前にぬいぐるみを差し出す)

和人:「やさぐれにゃんこ」!

真白:そう。「やさぐれにゃんこ」のぬいぐるみ。そこのコンビニのくじで当たったの。

 

和人:にゃんこ!にゃんこ!

真白:嬉しい?良かった。

 

(和人、ぬいぐるみを抱きしめて無邪気にはしゃいでいる)

 

真白:……不思議だね、全部リセットされてるのに、好きになるものなんかは変わらないんだもん。

 

和人:んー?

 

真白:どこまで分かっててその笑顔なのかなぁ……。ほんとにもう、ずるいぞ。

 

和人:ずるい?

 

真白:ううん、なんでもない。さ、和人。そろそろ結城さんのところに行こ。

 

和人:ゆーきさん?

 

真白:そう。里美さんがね、夕飯ごちそうしてくれるって。

 

和人:からあげ!?

 

真白:唐揚げはどうかなぁ。出るといいねえ。

 

和人:ましろ!早く!からあげ!

 

真白:はいはい、今行くよー。

 

【間】

 

―結城宅

 

登:やあ、和人君に真白ちゃん、いらっしゃい。

 

和人:ちわー!

 

真白:和人、「こんにちは」でしょ?挨拶は大事だよ。

 

和人:……あい。

(登、思わず笑う)

登:なかなかに厳しいね、真白ちゃん。

 

真白:和人自身が、大切にしていたことなので。

 

登:そうか。

 

里美:和人君、いらっしゃい!ほら見て、今夜は唐揚げよ。

 

和人:からあげ!やったー!

 

里美:それじゃあ、お皿を運ぶのを手伝ってくれる?

 

和人:はい!

 

里美:ほら、あなたもよ。

 

登:ああ。それじゃあ和人君、我々はまず一緒に手を洗うとしようか。食事を美味しく頂くための第一歩といこう。

和人:はーい!

里美:真白ちゃん、仕事疲れたでしょう?少し座っているといいわ。

真白:私も手伝います。

 

里美:いいのよ、座ってて。

 

(真白、ダイニングの椅子にゆっくり腰掛ける)

 

里美:麦茶でいい?

 

真白:ありがとうございます。

 

里美:和人君、ずいぶんと話せるようになったのね。

 

真白:そうなんです。少し前に二語文を話すようになったと思ったら、一気に。

 

里美:あれから二年……あっという間だったわね。

 

真白:どうしていいか分からないままバタバタと過ごしていたら、あっという間でした。

 

里美:こうしてコミュニケーションが取れるようになると、少し気持ちも変わってくるんじゃない?それに和人君、二歳程度の精神の割には、かなり話せる方でしょ?

 

真白:だと思います。日常動作も大人と同じようにできるから、もう少ししたらデイサービスもいらなくなるかも、って。

 

里美:大進歩ね。

 

真白:お医者様の話では、脳自体は大人のもののままだし、やっぱり実際の子供とは成長のしかたが違うんじゃないか、ってことらしいです。多分今は三歳手前くらいじゃないか、って。

 

里美:嬉しい誤算ね。

 

真白:そうですね。

 

里美:……言葉、って偉大よね。もちろん言葉がなくたって行動で気持ちを伝えることはできるけれど、言葉はそれをさらに確かなものにしてくれるもの。

真白:ええ……。

 

里美:和人君に、ちゃんと言葉で伝えてる?

 

真白:え?

 

里美:「愛してる」なんて大層な言葉でなくてもいいのよ。ただ、「あなたが必要だ」「あなたがいて嬉しい」「幸せだ」ってことを、言葉で伝えられているのかな、って思って。

真白:どう、でしょう……。

里美:かつての和人君と今の和人君は、別人だって思う?

 

真白:里美さんは、別人だと思いますか?

 

里美:正直、そう思わないとは言い切れない。昔だろうが今だろうが、和人君は和人君だ、って思うようにはしているけれど。

 

真白:私には、まだそれが上手にできていないのかもしれません。だから、接し方もなんとなく安定しなくて。

里美:真白ちゃんと私じゃあ立場が違うもの。無理もないわ。困らせるようなことを言ってごめんね。

真白:いえ……

(真白が口を開くと同時に、和人と登がダイニングに入ってくる)

和人:ましろー!僕お皿運ぶ!ましろも早く!

登:和人君、真白ちゃんは仕事で疲れてるんだ。少しだけ休ませてあげよう。

 

和人:ましろ、だいじょうぶ?

 

登:僕たちが頑張れば、すぐ元気になるさ。ほら、真白ちゃんに唐揚げを運んであげよう。

 

和人:うん!

 

和人:ましろ、からあげどうぞ!

 

真白:ありがとう、和人。

 

和人:もう食べていい?

 

登:おっと、その前にお祈りをしないと。和人君、席について。

 

和人:はーい。

(各々、椅子に腰かける)

登:父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。私たちの主、イエス・キリストによって。……アーメン。

 

和人:アーメン!

 

里美:さ、それじゃ食べましょ。

 

和人:いただきます!


【間】


(食事もすっかり終えた頃。和人はソファで眠っている)

 

真白:和人、もう帰るよ。ほら、起きて。

里美:疲れたのね。もう少し寝かせてあげましょう。

真白:すみません。一度寝ちゃうと、なかなか起きてくれなくて……。「前」はすごく寝起きが良かったのに。

 

登:肉体と精神のバランスを取るのに、脳が疲れているのかもしれないね。こちらのことは気にしなくていいし、せっかくだから真白ちゃんも、少しゆっくりしていくといい。

 

真白:はい。ありがとうございます。

 

登:浮かない顔だね。何かあったのかい?

 

真白:さっきの里美さんとの話を思い出して……。

 

里美:……

 

真白:時々、和人がすごく不安そうにしている時があるんです。

 

登:不安?

 

真白:泣いたりするわけじゃないんですけど、どこか落ち着かなそうに、ぼんやり外を見ている時があったりして。

 

登:それは気になるね。

 

里美:今の和人君の心の年齢を考えると、ね。

 

真白:さっき里美さんに、「和人に愛情を言葉で伝えているか」って言われて、ちょっと痛かったんです。

登:それはどうして?

 

真白:やっぱり私は、今目の前で眠っている和人を受け入れられていないんじゃないか、って。

 

里美:真白ちゃん……。

 

真白:和人が時々不安そうにしているのは、私がどこかで「目の前にいるのは私の知っている和人じゃない」って思いながら、彼と接しているからかもしれません。

 

登:その否定の感情に対して、和人君が無意識に不安に感じているんじゃないか、ってことかな?

 

真白:……時々、混乱するんです。

 

里美:混乱?

 

真白:不思議なんですけど、好きなものなんかが事故に遭う前の和人と全く同じなんです。笑い方も。だから一瞬、期待しちゃうんです。記憶も精神もやがては全部元通りになるんじゃないか、って。

里美:……

真白:でも次の瞬間、そんな都合よく行くわけがない、って気付いて、さらに次の瞬間、愕然とするんです。

 

登:「やっぱり今の和人君を受け入れられていないんだ」って?

 

真白:「元に戻って欲しい」と思うのって、そういうことですよね。

 

登:……難しい問題だね。

 

里美:そうね……。私たちだって、和人君にどう接していいか、たまに分からなくなってしまう時があるもの。真白ちゃんはもっとよね。無理もないわ。

 

真白:今も昔も関係なく、和人自身にずっと寄り添って生きていく。その決意も覚悟も変わらないのに。

 

(真白、ちいさくため息をつく)

 

真白:どうして、なんでしょうね……。

 

登:まだ君たちは歩き始めたばかりだ。それでも現実は次々と、容赦なく正面からぶつかってくるからね。

真白:……

登:少しずつでいいんだよ。膝をつきながらで構わない。君の覚悟が変わらない限り、いつか必ず、二人で手を繋いで力強く歩ける日が来ると、僕は思う。だから、混乱する自分も認めてあげなさい。さまよった先にしか見つけられない答えも、きっとあるはずだから。

 

(真白、鼻をすする)

 

登:僕たちは毎日、君ら二人の幸福を祈っている。君たちは孤独ではない。誰も君たちを追い立てはしない。だから、君たちのペースで歩きなさい。

 

真白:はい……。

 

(和人、目を覚ます)

 

和人:ましろ……?

 

里美:あら和人君、起きたの?

 

和人:ましろ、なんで泣いてるの?

 

真白:ううん、なんでもないよ。大丈夫。

 

和人:ましろ。ん。

 

(和人、真白に向けて両手を伸ばす)

真白:なあに?

和人:ぎゅー、する。

 

真白:どうしたの、急に。

 

和人:ぎゅーってすると、嬉しくなるよ。

 

真白:うん。

 

和人:だから、ぎゅー。

 

(和人、真白を抱きしめる)

 

真白:ほんとだ、嬉しい。

 

和人:ましろ、大好き。

 

真白:……家に、帰ろっか。

 

和人:うん!僕、今日は「やさぐれにゃんこ」と寝る!

 

里美:またいつでもいらっしゃいね、二人とも。

 

和人:そうしたらまたからあげ?

 

里美:他にもごちそうを考えておくわ。

 

和人:なら行く!

 

真白:もう、和人ったら。

(登と里美、笑う)


【間】


―事故から五年

 

(真白・和人二十五歳/和人の心=五~六歳)

 

(真白と和人のアパートで、真白が咳をしている)

 

和人:ましろ、病気?

 

真白:ただの風邪だと思う。

和人:大丈夫?

真白:平気だよ。

和人:熱、ある?

 

真白:んー、少しだけ。

和人:……

 

真白:少し眠れば動けるから。そうしたら、和人の好きな唐揚げ作るね。今日は、和人の……五回目の誕生日だもの。

 

和人:別にいらないよ。

真白:どうして?

 

和人:今日は僕がましろのお世話する。

 

真白:本当に大丈夫だから。

 

和人:できるよ!

 

真白:できない、って言ってるわけじゃないよ。私がお祝いしたいの。

 

和人:いいの!からあげは明日でもいいよ!だからましろは寝てて!

 

真白:うん……。じゃあ本当に少しだけ、寝るね。

 

(和人、でたらめな節回しで歌い始める)

 

和人:眠れー、眠れー

 

真白:(笑う)なあにそれ?

和人:テレビで見たよ。寝る時に歌うやつ。

真白:そっかぁ、子守唄だったんだ。……ありがと。

 

和人:眠れー、眠れー、ふーんふーんふふふふーん

 

(真白、ほどなくして眠る)

 

和人:……僕だってひとりでできるよ。これと、これと……あっ!

 

(何かが落ちて割れる音)

 

真白:何!?何の音!?和人!?

和人:……

 

真白:なに、これ……?

 

(真白、床の破片に気付く)

 

真白:私のカップ……!

 

和人:ごめんなさい。ココア、ましろに入れようと

(真白、和人を無視して床にひざまずく)

真白:和人がくれた……お気に入りの……

 

和人:え?僕?

 

真白:……なんでもない。片づけるから、あっち行ってて。

 

和人:僕もやる。

 

真白:いいから!あっち行ってて!

 

和人:でも

 

真白:お願いだから!もう……こういうことしないで!

 

和人:なん、で……?

 

真白:今の和人には関係ない!

 

和人:……

 

真白:あ……

(和人の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる)

和人:う……

真白:ごめん、和人。和人は悪くない。ちょっと、取り乱しちゃって。

 

和人:うわぁぁぁぁぁぁぁん!

 

真白:和人!

 

和人:ましろのばかぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁん!

 

(和人、泣きながら家を飛び出す)

 

真白:待って和人!どこに行くつもりなの!待って!和人!


【間】


―結城夫妻の家

(和人、ソファに腰掛けてべそをかいている)

 

登:和人君、ココア飲むかい?

 

和人:いらない。ココアなんて嫌いだもん。

 

登:おや、こないだまで喜んで飲んでいたのに。

 

和人:嫌いだもん!

 

登:じゃあ何か他のものにしようか。

 

和人:いらない。

 

里美:なら、クッキーは?昨日焼いたの。作りすぎちゃったから、良かったら食べてくれない?

 

和人:ん……

 

登:家を、飛び出したんだって?

 

和人:ましろに聞いたの?

 

里美:さっき電話でね。真白ちゃん、すごく心配してたわよ。

 

和人:知らない。

 

登:なんにせよ、うちに来てくれて良かった。

 

和人:……ココアを入れようと思ったんだ。

 

登:うん。

 

和人:ましろが、お熱だったから。ましろ、ココア好きだから。

 

登:うん。

 

和人:そうしたら、カップ落として……割っちゃった。「僕にもらったカップ」なんだって。僕全然知らない。

 

里美:……

 

和人:お片付け手伝おうとしたら、ましろがすごく怒って。僕には……関係ないって……

 

里美:そうだったのね……。

 

(和人、再び泣き出す)

 

登:それは、悲しかったね。

(和人、泣いている)

登:……和人君は、優しいな。

 

和人:優しくないもん。ましろ、泣いてた。怒ってた。

 

登:真白ちゃんを喜ばせたかったんだろう?じゅうぶん優しいじゃないか。それに、家を出てまっすぐ僕たちのところに来てくれた。君がここに来てくれなかったら、僕たちもとても心配したし、同時に頼ってくれないことを悲しんだと思う。君はここに来ることで、真白ちゃんの心配も、僕たちの心配も取り去ってくれたんだよ。

 

和人:でも、ましろは……

 

里美:真白ちゃんは、カップが割れてちょっと慌てちゃったのよ。ほら、今風邪もひいてることだし。そういう時は、どうしてもうまくやれないものよ。

 

和人:僕、どうすればいい?

 

登:まずは「カップを割ってごめんなさい」だな。あとは、「家出してごめんなさい」。

 

和人:うん……。

 

里美:ねえ和人君。私と、真白ちゃんのご飯を作らない?真白ちゃん、今具合悪くて寝てると思うから、何か元気の出るものを作って、一緒に持って行ってあげましょうよ。

 

和人:僕でもできる?

 

里美:大丈夫、私がちゃんと教えるから。そうしたらきっと、和人君の気持ち、真白ちゃんに届くと思うわ。

 

和人:うん。僕、頑張る!

 

里美:そうと決まれば早速、お野菜を切ることに挑戦してみましょうか!

 

登:おいおい、それはまだ早いんじゃ……

里美:もう精神は五、六歳なんでしょう?早すぎるってことはないわ。真綿にくるむように接するだけが、愛情じゃないのよ。私が責任持つから、ね?

(和人、キッチンへと駆け出す)

和人:さとみー!はやくー!

登:……分かった。君の思うようにやってみなさい。


【間】


―電話

 

登:もしもし真白ちゃん?今里美と和人君がそっちに向かったよ。

 

真白:今日は何から何まで、本当にすみません。

 

登:いいんだよ。言ったろう?差し伸べられた手は余さず掴みなさい、と。

 

真白:……和人を傷つけてしまいました。

 

登:人と人とが触れ合う上で、傷つけること、傷つけられることは避けられないさ。

 

真白:少し、自信がなくなりました。

 

登:ねえ真白ちゃん、僕は最近思うんだけどね。無理に今の和人君と昔の和人君を一緒にする必要は、ないのかもしれないよ。

 

真白:え?

 

登:昔と今を同一視しようとするから、辛いんじゃないかな、って思って。

 

真白:……

 

登:精神と記憶のリセットを、「消えてしまうこと」ととらえると、どうしても消えてしまったものへの未練が残る。だから、なんとか同じにならないか、戻せないか、って思ってしまう。……けれど、こう考えてみたらどうだろう?リセットは「生まれ直すこと」だと。

真白:生まれ直す?

 

登:うん。

 

登:和人君の過去は聞いているよ。家庭で辛い思いをしたことも。その拠り所が真白ちゃんだったことも。確かに、真白ちゃんへの想いや、それまでの思い出が消えてしまったことは悲しいことだと思う。でも、背負ってきた過去を捨てて、真白ちゃんと、幸せな思い出だけの人生を生きるために、「生まれ直した」としたら?

 

真白:あ……

 

登:真白ちゃん。君は、「今」の和人君が好きかい?男女の愛だとか関係なく、「いとおしい」と思うかい?

 

真白:……はい。

 

登:なら、それでいいんだよ。君たちを繋ぎとめるものが、男女の愛である必要なんか、どこにもない。「生まれ直す」っていうのは、僕たちの勝手な、それこそ自己満足の解釈でしかないけれど、それで今を見つめていけるのであれば、僕はそれでいいと思う。

 

真白:結城さん……。

 

登:僕たちは、大好きな君らに笑顔でいて欲しいだけなんだ。だから……

 

(ドアチャイムとノックの音)

 

里美:真白ちゃーん、起きてる?

 

登:おっと、里美たちが無事に着いたようだね。それじゃ、僕はこれで。

 

(真白、ドアを開ける)

 

和人:ましろ、ただいま。

 

真白:おかえりなさい、和人。里美さん、その……和人のこと、ありがとうございます。

 

里美:いいのよ。困ったときはお互い様、でしょ。手があるときはそれを存分に使いなさい。

 

真白:(笑う)結城さんと同じこと言うんですね。

 

里美:あら本当に?まあでも、夫婦ですもの。

 

真白:素敵ですよね。お互いのことをとてもよく分かっていて、思い合っていて。私も、そうなりたかった。

 

里美:なれるわよ。今からでも。

 

真白:え?

 

和人:ましろ、ごめんなさい。

 

真白:和人?

 

和人:カップ割って、家出して、ごめんなさい。

 

真白:……私こそ、ごめんなさい。

 

和人:なんで?

 

真白:和人は、私がココアが好きだから入れようとしてくれただけなのに、何にも悪くないのに、怒鳴っちゃった。だから、ごめんなさい。

 

和人:ましろ、僕のこと嫌いになった?

 

真白:こんなに優しい和人のこと、嫌いになるわけないでしょ。

 

里美:ほらね。だからあなた達も大丈夫よ。

 

和人:さとみ?

 

里美:ほら和人君。とっておきのものを出さないと。

 

真白:とっておきのもの?

 

(和人、里美からタッパーを受け取り、差し出す)

 

和人:これ!さとみと作ったの。野菜スープ。

 

真白:和人が?

 

里美:そう。にんじんは和人君が切ったのよ。

 

真白:包丁使ったの!?すごいね和人!

 

和人:えへへ。ねえましろ、一緒に食べよ!

 

真白:うん、食べよう。これ食べたら、すぐに元気になれそう。

 

和人:ほんと!?

 

真白:ほんとほんと。

 

(和人、勢いよく家の中に入る)

 

和人:ましろは座ってて!僕お皿とスプーン取ってくる!

 

里美:じゃあ私は帰るわね。あの人、多分ご飯食べないで待ってるだろうから、食べさせてあげなきゃ。今夜はしっかり休んでね。

 

真白:あの、ありがとうございました。和人のこととか、色々。結城さんにもお礼をお伝えください。

 

里美:お礼を言われるようなことなんてしていないのよ。でも、どういたしまして。

 

和人:さとみ、ばいばい。

 

里美:(微笑んで)それじゃあね。


【間】


―事故から七年

(真白・和人二十七歳/和人の心=七~八歳)

登:……なんだって?

里美:和人君をひき逃げした犯人が、見つかったんですって。

登:七年も経って今更……間もなく時効って時に……。そうか……。

 

里美:でもね。

 

登:ん?

 

里美:その人なんだけど、先月脳出血になって入院中らしいの。その……下半身不随で、記憶もまばらなんですって。

 

登:記憶が、まばら……?

里美:なんでも、事故を起こした時の記憶もなくて、半ばボケてしまっているような状態なんだとか。

 

登:それじゃ、起訴は……

里美:ええ、難しいそうよ。示談という形で、ご家族の方が金銭面の保障はしてくれるみたいだけど。

 

登:真白ちゃんは?

 

里美:今日その人に会いに行く、って病院へ。和人君も一緒だそうよ。

 

登:真白ちゃんは、どうするのかな。

 

里美:どうにもできないことだらけのなかで、どう整理をつけていくか、よね。結局全て、真白ちゃんが片づけなくちゃならないなんて。あの子も和人君も、なんにも悪いことなんかしていないのに。

(里美、涙ぐむ)

 

登:どこまでも残酷だな。

 

里美:本当に、ね。

 

登:僕たちにできることは、二人が少しでも笑顔でいられるよう、祈り、手を差し伸べ続けることだけだ。だから、僕たちは常に微笑みを浮かべて彼らの前にいよう。

 

里美:ええ、そうね。そうよね。……あなたがいてくれて、良かったわ。真白ちゃん達にとっても、私にとっても。

登:それは、僕も同じだよ。

 

里美:……いい天気ね。

 

登:そうだね。暖かな日差しだ。

 

里美:いい日に、なるといいわね。

 

登:なるさ、きっと。


【間】


―病院からの帰り道

 

和人:ねえましろ。

 

真白:ん?

 

和人:さっきのおじさん、誰?

 

真白:昔ちょっと、ね。

 

和人:そっかぁ。

 

真白:うん。

 

和人:車いす乗ってたね。

 

真白:病気で歩けなくなっちゃたんだって。

 

和人:あと、たまに赤ちゃんみたいだったね。

 

真白:……うん。

 

和人:僕と似てたね。

 

真白:え?

 

和人:「やさぐれにゃんこ」の人形、抱っこしてた。

 

真白:ああ……。そう……そうだね。

和人:いい人だったね。

 

真白:どうして、そう思ったの?

 

和人:んっとね。

(和人、肩から下げたカバンをあさり、一枚の写真を取り出す)

和人:ましろが警察の人と話してる時に、これくれた。

真白:タンポポの写真……。

和人:うん。おじさんも、タンポポ好きなんだって。

 

真白:そっか。……ねえ和人。ちょっとそこに座って話そうか。

 

和人:うん。

(二人、ベンチに座る)

真白:あのおじさんね、ずっと前に悪いことをした人なんだけど、それをほとんど、病気で忘れてしまったんだって。

和人:うん。

真白:でも、悪いことをしたって事実は残るよね。

和人:割れたカップ?

真白:よく覚えてるね。うん、そんな感じ。……でね、例えば和人がおじさんに悪いことをされた人だったとして、和人はどうする?

 

和人:うーん……

 

真白:ちょっと難しい話だったかな。

 

和人:あのね、おじさん「ごめんなさい」って言ってたよ。

 

真白:え?

 

和人:タンポポの写真くれた時。いきなり言われたから、なんだか分からなかったけど。

 

真白:そう、なの?

 

和人:うん。

 

(少しの間)

 

和人:僕さ、ましろのカップ割ったこと覚えてたでしょ?

 

真白:うん。

 

和人:悪いことしちゃったのって、忘れられないよ。いつもは忘れてても、やっぱり忘れられないよ。

 

和人:だからおじさん、「ごめんなさい」って言ったんじゃないかな。

 

真白:そっか。

 

和人:だから、僕、許すよ。

 

真白:……

 

和人:嫌なことをされたのは忘れないけど、許す。

 

真白:うん……。

 

和人:忘れないけどね!でも「ごめんなさい」って言われたのに許さないと、僕がかっこ悪いじゃない。

 

真白:そう、だね……

 

(真白の瞳から涙がこぼれる)

 

和人:あー!また!ましろの泣き虫。

 

真白:駄目だね、私ったら。

 

和人:はい、ましろ。ぎゅー。

 

(和人、真白を抱きしめる)

 

真白:ありがとう、和人。

 

和人:ねえましろ、ゆーきさんとこ遊び行こ。悲しい時はゆーきさんとこ行くのが一番だよ。

 

真白:そだね。それじゃ、お土産を買って行こうか。

 

和人:ドーナツがいいよ!

 

真白:それ、和人が食べたいだけでしょ。

 

和人:早く行こ!

 

真白:ちょっと和人!手を引っ張らないでったら!もう!

(二人、笑って駆け出していく)


【間】


―事故から十年

 

(真白・和人三十歳/和人の心=十歳)

 

真白:ねえ和人。

 

和人:何?

真白:私と一緒に、日記書こうか。

和人:日記?

真白:うん。ずっと前にやってたんだけど、また始めようかな、って思って。でも私一人だとすぐさぼっちゃいそうだからさ。一緒にやらない?

(和人、にやりと笑って)

和人:しょうがないなあ、ましろは。

真白:ほら、これに。

 

和人:「やさぐれにゃんこ」のノート?

 

真白:そう。これにさ、一緒に書こう?

 

和人:僕、こっちの方がいい!

真白:……え?

 

和人:「やさぐれにゃんこ」はもう恥ずかしいよ。「スペースファイターズ」の方がいい。

 

真白:そう……。そっ……かあ。

 

和人:じゃあ僕、今から書くから見ててね!

 

真白:今、見ちゃっていいの?

 

和人:うん!見ててほしいんだ!

 

(和人、ノートを広げる)

 

和人:「三月十日。晴れ。今日からましろと日記を始めます。ましろはココアと『やさぐれにゃんこ』が好きです。あと泣き虫です。僕は和人です。僕はココアとからあげとタンポポと『スペースファイターズ』が好きです。でも、もっと好きなのは、ましろです。僕はましろより背が大きいけど、ましろより子供です」

真白:和人……

和人:最後までちゃんと見てて!……「でもあと十年もしたら大人だ、ってお医者さんが言っていました。十年はすごく長いけど、僕には夢があるから大丈夫です。僕は大人になったらましろと結婚します。ましろ、待っててね。おわり」

真白:……十年後なんて、私おばちゃんだよ。

 

和人:それでもいいの。僕はましろが大好きだから。

 

真白:うん……そっか。

 

(和人、大欠伸をする)

和人:頑張って書いたから、なんだか眠くなっちゃった。

 

真白:少し昼寝する?

 

和人:うん。夕ご飯はからあげが食べたい、なあ……

(和人、もう一度あくびをする)

 

真白:分かった。今日は日記記念日だから、特別ね。

 

(和人、すでに寝息を立てている)

 

真白:(適当な節回しで)ねーむれー ねーむれー……

 

(少しの間)

(真白、ゆっくりとノートを手に取る)

 

真白:……「三月十日。晴れ。私には、十歳の夫がいる。彼は十年後、また私にプロポーズするつもりのようだ。十年後の私は四十歳。きっとその頃には、和人は他の誰かを愛することだろう。そんな予感がする。でも、それでかまわない。だってあと十年は、和人といられるのだから。それでじゅうぶん。怖いことなんか、ない」

(少しの間)

真白:「自己満足かもしれない。でも、それでいい。私は和人を『愛して』いるから、強くなれる」

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【幕】

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